表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダメージディーラー  作者: 広森千林
真章 血
28/31

七 本部襲撃

 館内に警報が鳴り響き、怒号や悲鳴が交錯している。

 その中心にいるのは僕。簡単に言えば元凶だ。

 ヴァンピールブラッド日本支部、関東作戦本部の建物の地下三階。目指すメディカルセンターの部屋は地下四階。もう少しだ。

 またDDがひとり、僕に無謀な攻撃を仕掛けてくる。

 僕は左手に春夏を抱え、右手ひとつでDDを退けながら地下四階に向けて進んでいる。

 春夏を助けるために。レプリカでも、老化と、太陽にさえ気をつけていれば死なないはずじゃないのか? なぜ春夏は回復しない? ヴァンパイアとしての血が少なすぎて、回復が出来ない状態なのだろうかと予想しているのだが、真相はメディカルセンターの人間に聞かないと分からない。

 そもそも、春夏がこれほど衰弱するまで血を吸ったのが、他でもない兄である僕なのだから、笑い話にもならない。全ての血を吸いきる前に正気に戻ったのが、せめてもの救いだ。

 正直なところ、なぜ正気に戻ったのかも分かっていない。見た目はヴァンピールそのものなのに、ちゃんと人の言葉を理解できる。

 ではなぜDDと戦っているのか。それは、僕がうまく言葉を発する事が出来ないからだ。大きく肥大した牙のせいで、うまく言葉が出せない。言葉を発するという行為が必要ない生物という前提であるかのように。だから、自身の身分も説明できないし、かといって僕を分かってくれるのをゆっくり待つ余裕も無い。春夏の心臓の動きがどんどん弱まっているのが分かる。

 急ぐ理由はもうひとつ。リードクラス以上が来る前に済ませたい。昨夜の事を見ているだけに、一番下位のDDならまだしも、リード、AM、SVに束でかかられたら、とてもじゃないが勝てる気がしない。急がなければ。

 三十代とおぼしき男性のDDがスピアを心臓めがけて突き刺してくる。避ける事に神経を集中させる必要がないのは昨日実感しているから、春夏に当たらないようにだけ注意して、スピアを奪う事だけに集中する。

 DDの目が赤い事を確認し、遠慮なく攻撃を仕掛ける。スピアが僕の胸にあたってはじかれたと同時に、僕の右手がDDの心臓を貫く。その衝撃でスピアを手放した。僕は手を下に振り下ろしてDDを解放し、落ちたスピアを拾って、うずくまっているDDの心臓に容赦なく突き刺す。三十分もあれば、誰かが助けに来てくれるだろう。とりあえず目的地に到達するまで足止めが出来ればいい。

 このビルは、三階ごとに区切られていて、階段やエレベーターも三階ごとに場所が違う。こういう自体に備えてなのか、それとも四階からは別物という認識からなのか。

 さらに三人のDDをスピアで足止めし、ようやく地下四階に続く階段前に到着した。DDのIDカードでも通過できないロックが掛かっているから、扉を破壊して無理矢理通る。

 ここまで来れば、そうそう邪魔も入らないだろう。

 アンプル、もしくはオリジナルの血を手に入れて、春夏に与えないと。

 予備のアンプル二本は使ったが、少なすぎてあまり効果があったとはいいがたい。だから、本部に乗り込む事にした。ここなら、大量に血があるはずだ。

 最初は僕の血を与えようかとも思ったけれど、今の自分の姿を考えると、春夏もヴァンピールになってしまうのではないかと、怖くなって出来なかった。

 地下四階に到着し、扉を蹴飛ばして無理矢理中に入る。その瞬間、目の前を巨大な鉄の塊が通過した。咄嗟に階段の部屋に身を隠す。

 意外と早かったな……時間切れか。

 ライフルとバズーカの中間くらいの大きさの武器を持った男が三人ほど見えた。その中に、見知った顔があった。

 AM2。七草。下の名前は教えてくれない。なにかコンプレックスでもあるのだろうか。

 僕であると分かってもらうために、声をだしてみるが、やはり獣のうなり声にしか聞こえない。これを理解しろというほうが無理な話だ。

 春夏を抱えたまま、突破できるだろうか。春夏をここに置いて、先に火器持ちの動きを封じることが出来ればいいのだが、はたしてここが安全かと言われると、やはり一時でも春夏から目を離すのは怖い。

 思案していると、背にしている壁の向こうから強烈な殺気を感じた。その殺気に反応して、僕は身をかがめる。壁を破壊しながら、僕の頭の位置に甲冑のようなレギンスをつけた足が通過する。こんな人間離れした芸当ができるのは、AM2しかいない。

 僕は慌てて階段のほうに退避し、戦闘態勢をとる。目があった。予想通り、そこには真っ黒な瞳をしたAM2、七草がいた。たとえ僕がリミットブレイクをしたとしても、アンプルの力を借りなければこんな事は不可能だ。あんたのほうが今の僕よりよほど化け物だよ。

 AM2の目が、僕が抱える春夏を捉える。さすがに少し驚いた表情になる。

「なんだ……? その子は人質のつもりか?」

 違う! 分かってくれ!

「その子はよ──俺の部下の大事な妹ちゃんなんだよ。だから、あんまりなめた真似すると、必要以上に痛い思いをすることになるぜ?」

 瞳に強烈な殺意を乗せて、睨んでくる。心の弱い人間だったら、この殺気だけで昇天してしまいそうなほど強く、鋭い眼光だ。

 だが今は春夏と気づいてくれただけ、よしとしよう。あとは、どうやって僕を分かってもらうか。僕は今、全身の筋肉が肥大し、身につけていたものは全て破れて、素っ裸の状態だ。僕自身の面影が一切ない。

 考える時間などもらえるはずもなく、黒い戦闘服に身を包んだAM2が僕の腹付近に掌底を出してくる。足元が階段という慣れない場所というのもあって、避けきることは出来ず、右の脇腹に直撃する。

 堅い外皮には影響がないが、内臓に物凄い衝撃がくる。この体になって始めて痛みというものを感じた。ちゃんと神経は機能しているんだと、少し安心してしまった。

 しかし、戦いにくい。階段、しかも左手は春夏を抱えているから使えない。これだけ不利な状況でAM2相手にどうしろというのだ。

 掌底に続いて、左足による回し蹴りがやってきた。右腕でガードするが、衝撃の全てを流しきることは出来なかった。ビリビリと腕がしびれる。

 AM2はその場で一回転し、さらに勢いを増した蹴りを僕に仕掛け、同じ場所でガードする。

 攻撃を防いだ直後に、右腕をAM2の顔に突き出し、一旦後ろに退かせる。

 今の一連の流れで、春夏を抱える左手側には攻撃する気がないのが分かった。ならば、遠慮なく攻撃に集中させてもらおう。

 AM2のいる踊り場に向かって距離をつめ、腕で横になぎ払う。廊下の方に避けたAM2を追って、次は左足で蹴りを繰り出す。予想通り、左足を後ろに引いて躱すAM2。

 僕は残っているAM2の右足に狙いを付け、僕自身の右足で踏みしめる。僕が右手を突き出すと、AM2の左ひざが僕の顎をめがけて飛んでくる。ここまでは前回体験した。その攻撃を躱しさえすれば、光明も見えるはずだ。

 僕は途中で攻撃を止め、体を後ろに下げてAM2の膝を躱す。目の前を膝が通過したのを確認してから、間髪入れずAM2の脇腹めがけて再び手をのばす。

「お前……」

 AM2のつぶやきをが聞こえた。

 今度は掌底ではなく、手刀。僕の指先がAM2に触れた、その瞬間だった。

 僕の心臓に激しい痛みが襲う。

 迂闊だった。AM2に気を取られすぎていて、階段の上への警戒を怠ってしまっていた。上部、地下三階からの火器による攻撃を、よりにもよって心臓にくらってしまうなんて。僕は今、太い鉄の棒に串刺しにされていた。

 力が入らない……春夏を抱える左手にも力が入らなくなってきた。

 僕はいいから……春夏だけでも、助けてくれ!

 そんな虚しい願い……奇跡なんて無い現実社会で、これほど虚しい心の叫びもないだろう。

 分かっている。

 もう無理だ。

 もう──。

「俺の喧嘩を邪魔した奴はどこのどいつだ? ぶっ殺すぞ!」

 突然のAM2の恫喝に、失いかけていた意識を取り戻す。

 左手に意識を向けると、僕は春夏を手放してしまっていた。

 春夏はというと──AM2が抱きかかえてくれていた。

「話はあとだ、翔。って、話せねぇか。しばらくおとなしくして俺に合わせろ」

 AM2がインカムを切りながら、小声で僕に語りかけてくる。

 僕の最後の手段──先日の『喧嘩』の再現。これで分かってもらえなければ、その時にはもう観念しようと思っていた。でも……ちゃんと僕の拳の声が届いてくれた。

 AM2が再びインカムの電源を入れ、指示を出す。

「AM2よりMC。ヴァンピールの他に、レプリカも回収した。MC11はオリジナルと人間の血の用意と、血液透析機の準備をしろ」

「────」

「AM2よりMC11。いいから黙って言うこと聞け。今からお前の所に直接持って行ってやるから、準備だけしておけばいい。嫌なら、俺を殺す準備をしておけ」

 AM2は右手に春夏、左手で僕を抱え、地下五階に降りていった。扉を蹴り壊し、無機質な真っ白い廊下を無言のまま数分進んだ後、立ち止まる。

「ちょっと手が離せないんで、中から開けてくれないかねぇ。聞いてるんだろ? MC11」

 AM2の言葉のすぐ後に、自動ドアが開き、中に入っていく。

「なんのつもり? 捕らえるまでがあなたの仕事で、そこから先は私たちの仕事。あなたがでしゃばるような事は何もないはずよ?」

 この声は……MC11か。抱えられているだけだから、地面しか見えない。しかし、声には怒気を含んでいるように感じられる。

「なんだよ、なんの準備もしてねぇじゃねえか。喧嘩うってんのか? いつでも買うぞ?」

 AM2も少し苛ついているようで、声にいつもの陽気さが無い。

「あなたの指示に従う理由が無いわ。後は私たちの仕事、それを置いてもう帰りなさい。今なら報告しないでおいてあげるわ」

「はははっ。これは傑作だなぁ。報告だ? 誰に? まさかイタリアの本部にとか言わないよな?」

「……何が言いたいの?」

「あんたが日本支部局長も兼任してんのを、俺が知らないとでも思ってたのか?」

「……………」

「つまんねぇな、否定くらいしろよ。で……局長さんよ。なんで俺の部下がこんな化け物になってんのかね? 説明がほしいんだが」

「なんの事かしら?」

「おいおい。いまさらしらを切る必要ねぇだろ。俺が何の根拠もないまま、こんなことをすると思うのか?」

「……そう。いいわ。能力は買っていたけれど、ちょっと融通の利かないところが欠点ね。態度も最悪だし。残念だわ」

 必死で顔だけを上げると、MC11が静かに銃口をAM2に向けていた。

「クックックック……ははははははっ……はは……なんだよ、早く撃ってみろよ」

「この状況でよく笑っていられるわね」

 突然、AM2が僕と春夏を離し、地面に叩きつけられる。心臓に刺さりっぱなしのごつい槍を伝って心臓に衝撃がやってくる。気を失いそうになるのを必死で耐える。僕はこんな扱いでもいいから、春夏だけは大事に扱ってくれ。

「面白い時に笑わないで、いつ笑うんだよ。ほら、さっさと撃てって」

 見上げると、AM2は戦闘服のような黒いジャケットを脱ぎ、両手を広げ、好きな所を撃てとアピールしている。いくらアンプルがあるからといっても、心臓を撃たれて即死したら間に合わないのに、なぜこれほどに余裕なのか、僕にも理解できない。

 MC11は困惑しつつも、トリガーにかけた指に力を入れるのが見えた。そして広い部屋に響き渡る銃声。

「へぇ。頭を狙ってくるとは、疑り深いねぇ。防弾チョッキなんざ着込んでないってのによ」

 なんだ? 外れたのか? 外す距離とも思えないけれど……。改めてAM2を見上げると、右手には見慣れた白いスピアが握られていた。まさか、それで弾をはじいた……?

「本物の化け物はあなたのようね。解剖させてもらえないかしら? 神経の伝達の早さが尋常じゃないわね。この距離で避けるどころか、弾を弾くなんて……人間業じゃない」

「あんたのモルモットになるなんざ、死んでも御免だね。さあ、全部撃つまでがんばってみるか? あんまり時間もなさそうなんでな。撃つならサクっと頼むぜ」

 立て続けに五回の銃声が聞こえた。そして、何かを弾く金属音が同じ数だけ聞こえた。

「さて、と。最後のチャンスだ。俺の指示に従うか……それとも、力ずくで従わされるか、好きな方を選べ」

「SV、連れ出しなさい!」

 MC11が叫び声を上げる。いよいよもって余裕が無くなったようだ。外で待機していたのか、MC11の声と同時に、部屋に戦闘服に身を包んだ何人かが入ってきた。

「AM2。おとなしくすれば命までは取らない。手を頭の後ろに上げて膝をつけ」

「ほんと……血に頼る奴がなに粋がってるんだか……滑稽で仕方がねぇ。だがまあ、ちゃんと殺す覚悟を持っているだけマシか。こっちも遠慮なく殺れるしな」

 マシンガンを持った三人がAM2に狙いを定める。

「最後の警告だ。手を頭の後ろに──」

 緊迫した空気は、一瞬で飽和し、はじけた。三つの呻き声に少し遅れて、MC11の悲鳴。

 背後に目をやると、SV三人の喉に、短い状態のままのスピアが突き刺さっていた。

 正面に目を向けると、MC11の脇腹には、長くしたスピアが突き刺さっていた。あまりにも一瞬すぎて何が起きたのか把握できない。

 SVの三人はしばらく苦しんだあと、動かなくなった。手加減、容赦、そんな言葉に最もほど遠い男。簡単に人を三人殺した後にも、口は笑みをたたえ、うずくまっているMC11にゆっくりと近づいていく。

「ばばあ。あんたも殺すのは簡単だったんだ。なぜあんただけ生かされているか、賢いあんたなら分かるよな?」

 MC11の髪を掴み、無理矢理顔を上げさせる。

「ほら。インカムで指示するだけの簡単なお仕事だろ? 怪我が気になるなら、先にアンプルで治してやろうか? 何本くらい必要かな。五十本くらい打てばいいか?」

「や……やめ……て……」

「じゃあ、簡単な仕事をしてもらおうか。俺の指示は覚えてるよな?」

 ここからはAM2の背中しか見えないけれど、その表情は、さぞ凄惨な笑みを浮かべていたであろうことが容易に想像出来る、そんな声だった。

 下に落とされた衝撃か、僕はそれ以上意識を保つことが出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ