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ダメージディーラー  作者: 広森千林
動章 悶
20/31

九 ツインテールの少女

 翌日、部活をさぼり、一通りDDとしての仕事の準備をして、糸川の家から駅までの道を見張るための場所探しを始める。

 昨日が平日だったなら、ここを同じように通る可能性が高いのだが、日曜日だっただけに時間が読めない。昼に外に出ることは出来ないはずだから出勤帰りという可能性も低いし、往路、復路、どちらも見張る必要がある。

 ここを通る全ての目を、ひとつ逃さず見るまでだ。いたってシンプルに考えればいい。

 ショッピングモールの駐輪場が途切れた場所にある大きな交差点の信号を背に陣取ることにした。ここなら信号で立ち止まる事もあるから、見逃す確率を減らせるはずだ。

 日が沈むまでの時間を利用して、携帯でニュースを確認する。誘拐絡みのニュースが無い事を確認し、インカムを耳に装着。ヴァンピールブラッドの情報も常に仕入れながらの作業だ。なんとしてもヴァンピールブラッドよりも先に見つけなければならない。もし発見報告が聞こえてきたら……アンプルを使ってでも現場に急行して、妨害しなければいけない。

糸川の場所を聞き出して、先に回収さえすれば、あとはなんとでもなる。糸川の分の血も僕が稼げばいいんだ。ずっとカラーコンタクトを着けさせれば、ばれることはないだろう。

 先の事に思いをはせながら、時間が刻々と進んでいく。

日は沈んでも人の流れは途切れることなく、その全ての人の目を確認していく。それでも八時、九時、十時と時間が進んでいくと、さすがに通る人の数は減っていき、作業自体は楽になっていくが、焦りは増していく。

 覚醒まで三日。今日を逃せばあと二日になってしまう。最悪、どこかで覚醒して糸川から連絡がくれば、それでも問題はないけれど、連絡の前にシフトに入っている他のDDに見つからないとも限らないから、妥協案は頭から消し去っている。出来る事は全てやる。もう後悔はたくさんだ。

 十一時になろうかという時だった。駅の方向に信号を渡ってくる男……その目に違和感を覚える。まだ少し遠いけれど、僕のいる場所に近づいてくるに従って、その違和感が確信へと変わっていった。その瞳は……微かに……赤い。紅い。

 見つけた!

 僕はおもむろに男に近づき、信号を渡りきったところで躊躇無く声をかける。

「あの……」

 男が不審げな顔を僕に向ける。その顔には見覚えがあった。昨日、ショッピングモールで見かけた男だ。まさか、この男が糸川を……?

「ちょっと人を探してて……えっと、こんな娘どこかで見なかったですか?」

 僕は昨日撮りたてのプリクラの写真に写る糸川を指さして見せた。その瞬間、男の顔がこわばったのを見逃さなかった。

「悪いが見覚えがないな」

 男がそう言って、止めていた足を再び動かし始めた時には、僕の動きにも迷いは無かった。すぐ横に同じ歩幅で歩き、声をかける。

「あなた、血を吸われましたよね? そして、血に飢えて今度は血を吸った……違いますか?」

「…………」

 歩みを止めない男に、さらに言葉をぶつける。

「あなたの力になれると思うんです。放っておけば、いずれあなたはハンターに殺されます。僕はその組織を知っている。そいつらから身を守る手段を知っている。協力します。だから、そちらも協力してください! お願いします!」

 男はそこでやっと足を止め、改めて僕の顔をまじまじと見つめてきた。僕の言っている事が真実かどうか、見極めようとしているのだろうか。

 しばらくの沈黙の後、男が口を開いた。

「……具体的に……私は何をすればいいんだね?」

「えっと、確認させてください。この娘、ご存じですか?」

「ああ……昨日だったかな……無性に喉が渇いて……血がほしくほしくて気が狂いそうだった……苦しんでいたそんな時に、その子が声をかけてくれた。私の思考は、私のために血をくれるのだと認識し、躊躇なく吸い尽くしてしまった……」

 罪悪感が残るのか、男の表情は苦渋に満ちていた。これはこれで、ひどい話だ……普通の人間で例えるなら、寝ぼけて家族を殺してしまった、という感じだろうか。自分の意思とは無関係に、本能のままに血を求め、吸い尽くす。でも、それは『死』ではない。だから、罪悪感は次第に薄れていくのだろうか。

「私は、自分の経験から、この子を隠さなくてはいけないと思った。事件にしたくないからじゃない。この子を守るために」

 その思いこそが本能なのだろう。新しく生まれる『仲間』を守る……自らが産んだに等しい、我が子の命を守るための本能。

「そのへんは理解しています。隠した場所に案内してもらえませんか? 組織よりも先に見つけないと、処分されてしまうんです」

「組織を知っているとか言っていたが、それはどういった物なんだい?」

「詳しくは話せませんが……あなたのように血を吸われて人でなくなった存在を探し、処分する組織があるんです。拡散を防ぐために……放っておけば、どんどんあなたや、この娘のような犠牲者が増えてしまう。だから、それを食い止めるために存在しているんです」

「……自分がこんな体になっていなければ、にわかには信じられん話だな。残念ながら自分の存在が君の言葉を肯定しているのが皮肉だものだ。……分かった。案内しよう」

 よし、ヴァンピールブラッドの先を越せた。あとは、この人にコンタクトで目の色を隠す事を教え、連絡先を聞いて定期的に血を渡せば拡散も防げる。

 糸川の血も必要か……三人分……もらうペースが単純に三倍になってしまう、その言い訳を考えないと。血の代金に関してもシフトに入るだけで、三人分までならなんとかカバーできるだろう。手元には一切お金が残らなくなるが、かまうものか。もともとお金ほしさにやっている仕事ではないのだから。

 男が仕事先に遅れる旨を連絡するのを待って、糸川のいる場所に案内してもらった。そこはショッピングモールから十五分ほど歩いた所にある、工事途中で廃棄された作りかけのビルがそびえる場所だった。

 朽ち果てたビルの横に無造作に並んでいる錆びたドラム缶まで案内され、そのひとつを指さす。

「この中に隠した。無我夢中で、知ってる限りの人目の付かない場所を考えて、ここが思いついたんだ」

 僕は、ドラム缶を覆っている鉄板をどかせて、中を確認する。

 そこには──確かにいた。見覚えのある服を身に纏った、ミイラになった糸川が。一瞬ひるんで、後ずさってしまう。

 何度みても、こればかりは慣れるものではない……目を覆いたくなる。けれど、目を背けるわけにはいかない。ドラム缶に押し込まれて胎児のようにまるまっている姿を見て、改めて昨日の事が悔やまれて仕方がない。

 僕がこの男を見逃さなければ……報告していれば、糸川はこんな姿にならずにすんだかもしれないのだから。だからといって、いまさらこの男を恨めしく思う事もない。ちゃんと案内してくれたのだから。いまは無惨な姿ではあるけれど……春夏の例がある以上、必ず元の姿に戻れるはずなのだから。

「ありがとうございます」

 僕は男に深々と頭を下げ、お礼を述べた。加害者なのだから、ここまで感謝するのもおかしな話ではあるが、それでも糸川はこれで生き延びる事ができるのだから、今は感謝の気持ちでいっぱいだ。

「お手柄ね〜。シフト外なのにちゃんと仕事して、偉いわね。ほかのDDにも見習ってほしいわ」

 突然、女の声が聞こえた。体中から警告を発してくる。DDと言ったか──確実にヴァンピールブラッドの人間だ。

 僕は廃ビル前の空き地に目を向ける。

 そこにいたのは、DDであることを証明するカードを腕につけた、僕と同い年位に見えるツインテールの若い女の子だった。Tシャツにジーンズと、ラフな格好をしている。

 パニックになりかける頭を必死で冷静に保ち、まずは現状の把握に努める。打開策はその後だ。

「どうやってここに……?」

 僕はあえてDDと分かっている事以外の漠然とした問いを投げかけた。向こうの意図を引き出すのには、最初はあえて的を射ない問いが良い。そうすることによって向こう側の優先順位の高い思考の答えを導き出せる。こちらに他意がないように見せるのにも最適。

 まあ、222に教えてもらった受け売りなのだけれども。

「どうやってもなにも、リードにはね、全インカムの場所を把握できる術があるのよ。もちろん電源が入っているものに限るけどね。シフト外のインカムが動いていたら、誰だっておかしいって思うじゃない?」

 これは完全に僕のミスか……ヴァンピールブラッドの動きも把握したかったから使っていたものが、自らの動きを伝えていたなんて……!

 というか、そんなリード特権を下っ端の僕が分かるはずもないから後悔しても始まらない。今ので必要な情報は得た。誰だという質問を飛ばしたから、一気にリードであることまで分かった。次に考えるべきは、この後の対処法だ。インカムは静かだから、ここの事はまだ本部に連絡していないはず。連絡されるまえに……どうする?

 殺すしかない……のか?。

 考えろ。考えろ。考えろ。

 組織にはもう戻れないかもしれないけれど、今逃げ切れればいいんだ。ならば、僕のアンプルをリードの少女に打ち込んで無理矢理ヴァンパイア化させて、スピアで心臓を貫けば、少女は死ぬことはないし、逃げる時間も確保できるはずだ。

 問題は……リード相手に思惑通り出来るのか、という部分か。

 迷っていても仕方がない。友達を守るために、いまさら何を躊躇する必要がある。他に選択肢が無いのだから。

 やってやるさ。

「えっと、丁度いまから連絡を入れようと思っていたところなんです。最後まで僕にまかせてもらえませんか?」

 まずは敵意が無いように見せるための、それっぽい言い訳を口にしてみた。

「あら、そう。シフト外でもちゃんと報酬はでるものね。お金がほしいのか、勤勉なのか……それとも他に目的があるのかは知らないけれど」

 信じて……くれたのだろうか。

 次はアンプルを打ち込むために近づく口実を作らなくては。

「お、おい……私をだましたのか?」

 男が動揺して口を挟んでくる。たのむ……今はおとなしくしていてくれ。

「大丈夫ですよ。僕を信じてください」

 少女には、油断させるための嘘と、男には最後まで信じてくれと読み取ってもらえるように、これだけを言って、女に近づく。

 少女の目の前まで行き、背負っているリュックに入れているアンプルに右手をかける。

「スピアを忘れちゃって、困っていたんです。貸してもらえませんか?」

 男に聞こえないようにしている風に見せるべく、あえて小声で言う。

「ええ、いいわよ」

 少女は軽く微笑んで、腰につけているウエストポーチに手をかける。よし。信じてくれた。あとはスピアを受け取った瞬間にアンプルを少女に打ち込むだけだ。

「あ」

 突然、少女が何かを思い出したかのように声を発し、手の動きを止めた。

「な、なんですか?」

「222さまからこんな話を聞いたことない? 盗聴とかに気をつけてねとか」

「…………」

 なんだ? 今この場で必要な話か?

 しかし、トリプルツーさまって……。ファンクラブでもあるのか?

 そんな疑問を露骨に顔にだす僕を尻目に、少女は続ける。

「さっき、インカムの場所を把握できるって言ったじゃない? 他にもリードだけに出来る事があるのよ」

「へぇ……そうなんですか」

 とりあえず相打ちをうつが、なんだろう、この嫌な感じは……。嫌な汗が背筋にあふれてくる。

「発言したい時には、インカムのスイッチを押すじゃない? 逆に言えば、押していなければ、誰もに声は届かないでしょ?」

「……そうですね」

「でもね──」

 そこで一呼吸おき、口元に笑みを浮かべて少女は続けた。

「リードは、電源の入っているインカムの声をスイッチにかかわらず、全て拾う事が出来るのよ。知ってた?」

 な……に……?

 心臓の鼓動が大きくなる。

 それはつまり。全て……僕の声が全て筒抜けだった──という事……か?

「組織の事をしゃべっちゃったりして〜。そんなルール違反してまで吸われた人間の居場所を探さなくても、このおじさんを確保するだけで、あとは追跡班が調べてくれるのに。報酬も変わらない……何がしたかったのかしらね?」

 最初から僕の行動を知っていて、ここまでとぼけていたということは……遊ばれている? 余裕を見せつけているのだろうか。まずい。

 ならば、もう今しかない。今この瞬間しか!

 僕はアンプルをリュックのサイドから抜き去り、その先端を少女の露出している左腕めがけて突き出す。

 いくらリードとはいえ、アンプルを使っていない状態でこの距離ならかわせないはずだ。多少ずれても、体のどこかに触れてスイッチさえ押せれば、こっちのもの。

 だが……僕が突き出したアンプルは、何もない所を所在なげに漂っていた。

 アンプルのすぐ横には少女の背中が見える。体を半回転させてかわしたのか。

「本人は躊躇していないつもりなのだろうけど、体はこういう場合、無意識に抵抗しちゃうものよ。『人間』相手に、初めてなら、なおさら、ね」

 少女は、無防備な背中を、固まったままの僕に向けながら続ける。

「敵意のない相手に攻撃的な行動をするって、簡単な事じゃないの。元が善人であればあるほど……必要な覚悟が大きい。まあ──迷いが無かったとしても、私には届かないでしょうけれど。なんなら……フフ……格の違いを見せてあげましょうか?」

 背中を向けたままの少女が顔の左半分だけを僕に向け、僕を視界に捉える。その左目が妖しい色を帯びだした。蛇にでも睨まれたように、僕の体は逃げる事も、まして戦う事もできず固まっている。

 いや、違う。固まっているんじゃない。僕が動く時間が一瞬もないままに、少女の手が僕の腹にめり込んでいただけだった。そのあまりにも速く、思い一撃に、胃液を全てぶちまけてしまい、呼吸が一瞬できなくなる。

 攻撃の過程を全く見ることが出来なかった……結果しか把握できなかった……。

 222との戦いの時に感じたあの絶望感と全く同じだ。これがリードクラスの……力。

 僕がうずくまっている間に、男の悲鳴が聞こえてきた。必死に顔だけを動かして、男がいた場所を見ると、すでに少女が男の胸にスピアを突き刺していた。行動、判断、全てが迷い無く、そして圧倒的に速い。

 駄目だ……あきらめるな! 糸川だけでも……あいつだけでも助けないと! 春夏を悲しませてたまるか!

 僕は手放してしまっていた、胃液にまみれたアンプルを拾う。

「DD333(ディーディートリプルスリー)よりOC──」

 少女の声が聞こえる。僕は自らの首にアンプルをそえ、スイッチを押した。

「V確保につき──」

 選択肢は最悪な物しか残っていない。

 失敗すれば殺してしまうかもしれない……けれど、さきに深手を負わせ、そのあとにアンプルを少女に使ってヴァンパイア化させ、心臓をスピアで刺して逃げる時間をかせぐ。

 少女はすでに仕事が終わったと判断して安心し、僕に対して無防備に背中を向けている。

 今しかない。

 血が全身に行き渡るのも待たず、僕はスピアを握りしめて一歩を踏み出した。

 少女の腹付近に狙いを定め、一気に距離を詰める。アンプルによってヴァンパイア化した今の僕の突進は、一瞬にして彼女との距離をゼロする。

 僕が最初の一歩を踏み出した瞬間に気配を感じたのだろか、少女はわずかに動いた。そのせいで狙いが少し逸れたが、手応えは感じた。

 スピアが肉を貫く──嫌な感触。

 しかし、あまりにも勢いをつけすぎたため、跳んだ勢いは止められず、僕は少女もろとも、廃ビルの脇の狭く暗い空間に身を投げ出された。

「いて……」

 光は届かず、辺りは闇に包まれていた。次の行動に移るべく、立ち上がる。

 手応えはあった。少女は深手を負ったはずだ。あとは、予備のアンプルを使って少女をヴァンパイア化させ、スピアで心臓を貫く。殺さずに動きを封じるには、これしかない。それで逃げる時間くらいは稼げるはずだ。

 少女を捜し、闇に目を凝らす。

「やって……くれたわね……」

 僕よりもさらに奥の暗がりに、少女の気配と声──そしてアンプルのスイッチの音が微かに聞こえた。

 まずい……僕の意図とは違う──少女が自らの意思でヴァンパイア化してしまった。先ほど与えた傷はもう回復してしまっただろう。

 暗がりに二つの赤い光が浮かび上がった。

 その光は、鬼火のように、灯火のようにゆらめいて──そして──美しく燃えていた。

 我を忘れて、見とれてしまうほどに。

 少女は、僕が刺したスピアを脇腹から忌々しげに抜き、ゆっくり近づいてくる。

 インカムからは、オペレーションセンターから報告の続きの催促が聞こえる。

 オペレーションセンターも当然、インカムの場所を把握しているから、いずれメディカルセンター、もしくは別のDDが調べにくるだろう。

 ゆっくりと近づいてくる、少女の形をした美しい二つの鬼火は──絶望という文字が死神として実体化したようにしか見えなかった。

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