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ダメージディーラー  作者: 広森千林
黎章 命
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一 四十一キロです

 六月に入り、梅雨にも突入したというのに、今日は雲一つ無い晴天。予報では夜に雨が降るらしいけど。

 校舎の屋上が最も居心地のいい季節だ。

 耳を澄ませば、三時間目がもうすぐはじまるよという知らせの予鈴が鳴っている。本来ならば、急いで教室に戻らないといけないわけだが。

「お兄ちゃんっ」

 僕以外誰もいないはずの校舎の屋上で、唐突に後ろから聞こえた声に一瞬驚く。平静を装ってゆっくりと振り返ると、非常階段を昇りきったところに、僕の妹である花籠春夏はなかごしゅんかがいた。

 一五〇センチに満たない小さな体を息弾ませ、呼吸を整えながらゆっくり近づいてくる。

 グレーのチェック柄のスカートに黒いソックス、白のシャツに赤い小さなネクタイが可愛さを一層引き立てている。

「なんだよ?」

 僕の無愛想な問いかけに、足を止めずに返事を返してくる。

「なんだよじゃないでしょ……また授業さぼる気?」

 あきれたように春夏が言う。まあ、実際あきれているのだろうけど。

「こんな気持ちのいい天気の日に教室で授業なんて、もったいないじゃないか」

 僕は、うーんと伸びをする。

「いやいや……、そういう問題……?」

「そういう問題」

 春夏の視線から逃れるように、金網ごしに運動場を見下ろす。次の授業が体育のクラスがぞろぞろと出てくる光景が目に入る。もうすぐ本鈴が鳴るか。

「じゃあ……私も一緒にさぼる」

「お前はちゃんと出ろよ。僕と違って優等生なんだから」

「他の人が私をどう見てようと、興味ないし。別に優等生というのを目指しているわけでもないし……普通にしてるだけだもん」

 僕の横に来て、同じく眼下の運動場を見下ろす春夏を僕は見る。

 最近髪を伸ばし始めたようで、後ろで申し訳程度に結んでいるものだから、後頭部がスズメの尻尾にしか見えない。どこまで伸ばす予定なのだろう。尻尾を鷲掴みしたくなる衝動を必死に抑える。

 なんてバカな事を考えていると、本鈴が鳴ってしまった。

「あ……鳴っちゃった……」

 体を半回転させ、金網にもたれながら春夏がつぶやいた。

「お前、授業さぼった事ないよな? のわりには、えらく落ち着いてるな……」

「初めてだから、どんな風に怒られるんだろうって、ちょっと興味がある」

 なんだか楽しそうだ。

「不良扱いされるぞ」

「さっきも言ったけど、他の人が私をどう見るかなんて興味ありません」

「そんな強気になれる根拠が、この小さい体のどこにあるんだ」

「まだまだ成長するもん!」

 すこし拗ねた表情になる。

「女子は小さいほうが可愛くていいじゃないか。自分より大きい彼女とか、僕は抵抗あるなぁ」

そもそも僕より大きいとなると、一七五センチ以上が必要になるわけで、この学校の中にはそんな女子は一人もいない。小さい時から野球をやっていたせいなのか、それとも遺伝なのかはわからないけれど、僕は春夏とは対照的に体が大きい。

 野球部特有の長髪禁止令のせいで、前髪は眉毛を超えてはいけないので、ワックスで髪を立たせてごまかしていたりする。その髪の分、他の人が僕を見たら、あと五センチほどは高く見えるだろう。そんな僕を、塔でも見るかのように春夏が見上げる。

「おやおや〜? 彼女できたの?」

 興味津々の顔でくいついてくる。コロコロとよく表情のかわる奴だ。

「なぜそうなる。そんなのいねーし」

「お兄ちゃんの口から彼女なんて単語が出るなんて……、もしかしたらって思ったのに」

「そりゃ彼女とか、その単語の響きに憧れるくらい渇望はしているが、残念ながら現実は残酷なんだよ」

「お兄ちゃん、友達多いんだから、その中に好きな子いないの? 格好いいんだし、断る子はなかなかいないと思うよ?ファンも多いらしいじゃない」

 んー……、そりゃまあ、かわいい子もいるっちゃいるけど、なぁ……。女友達の中に好きと思える子がいるのか……?

 自分の事なのだから答えは単純明快である。

 いない。

 別に男が好きだとか、そんな変わった趣味はない。

 とはいえ、僕の場合は、ある意味もっとひどい理由だ。男好きのほうが、もしかしたらマシかもしれないレベル。だからこそ、誰にも言えないし、相談なんてもってのほかだ。

「お前こそ、どうなんだよ? 彼氏候補でも見つかったか?」

 とりあえず話題の方向を変えてみた。

「私は……、内緒」

「またそれかよ」

「なーいしょっ」

 あははと笑って、再び金網にもたれる春夏。そしてそのまま、体を僕の方に傾けてきて、僕の左腕にもたれかかってくる。

「重い」

「四十一キロです」

「他の女子達が聞いたら怒りかねないな」

 春夏は眼を閉じ、すっかり寛いでしまった。僕の腕が宿り木であるかのように。

 それでも、春夏の体温を感じることのできる今の状況が、とても心地いいものでもあり、うれしくもあり。

 そうとも。

 僕にとって、春夏という存在があまりにもまぶしすぎて、愛おしすぎて。

 クラスメイトの女子達には、なんの感情も持ち得ないほどに。

 だから誰にも言えない。

 血のつながりが無いとはいえ、同い年の妹、花籠春夏を好きなのだと。

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