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ダメージディーラー  作者: 広森千林
動章 悶
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八 行方不明

 警察から家に電話があったのは、0時を回った頃だった。

 すでに眠りについていた僕は、勉強していたらしい春夏に起こされ、寝ぼけたままリビングで親父に受話器を渡された。

 電話の相手は……糸川の父親だった。

「夜分に申し訳ない。うちの娘がまだ帰っていなくて、君達と遊びに行くと聞いていたので、最後に見たのはどこか、教えてくれないだろか」

 そんな、悲痛な訴えだった。僕は一瞬で目が覚め、ショッピングモールから見送った事を告げた。なんだ……またあんな悪夢を体験しないといけないのか?

 冗談じゃない!

「あの、心当たりを僕も探します! 警察に捜索願をだしてください!」

 僕は早口でそれだけ言うと、親父に車でショッピングモールに連れて行ってもらうことにした。春夏も同行を申し出たが、時間が時間だけに連れて行く訳にはいかない。

「やだ……私も探す!」

「親父やお母さんが心配するから、お前は家にいろ。僕にまかせろ」

「でも……」

「まだ赤目が絡んでるとは限らない。その確認をしてくるだけだ。もし家になにか連絡があったらすぐ教えてくれ」

 最後は小声で両親に聞こえないように言った。赤目絡みは、隠語を含んでいるとはいえ、両親には聞かれたくない。

 春夏はしぶしぶではあったが、納得し、僕だけが親父に車でショッピングモールに連れて行ってもらうことになった。二十分ほどで到着し、入り口らへんで降ろしてもらう。さすがに真夜中だけあって、人っ子一人いない。駐輪場にわずかに残る自転車を撤去している従業員らしき人がいるくらいだ。

「ひとりで大丈夫なのか?」

 親父が心配そうに声をかけてくる。

「うん。いったん帰ってて。寝ててくれてもいい。最悪、始発で帰るから」

「しかし……」

 春夏ともども行方不明になった時のことがひっかかるのだろう。心配してもらえるのはありがたい話ではあるけれど、この件に家族を巻き込む訳にはいかない。

「大丈夫だから。たぶん、春夏のほうが動揺してるだろうから、元気づけてあげてよ」

 親父は一瞬考え、僕の目をまっすぐ見つめて、出した答えを告げた。

「……わかった。迎えが必要になったら、いつでも電話しろ」

「うん、ありがとう」

 親父の車を見送ったあと、僕は糸川が歩いていった道に向かった。糸川の家も中学の時に一度だけ遊びに行った事があるから、微かな記憶を便りに歩を進める。途中になにか手がかりになるような物があってくれたら……そう祈るしかない。

 可能性はいろいろとある。

 普通に誘拐されたかもしれない。

 何かの事件に巻き込まれたのかもしれない。

 そして……赤目に襲われたかもしれない。

 僕は歩きながら、携帯を取り出して電話を掛けた。もちろん相手は。

「よう」

 ワンコールででた。DD222……ナナさんだ。

「夜分にすみません」

 謝罪からはいる。気まずい形で別れて以来だから、コールを無視されたらどうしようと思ったが、それは杞憂に終わった。

「いいさ、夜はこれからだしな」

 遊ぶ気まんまんらしい。

「あの、今晩、赤目絡みの事件があったか知りたいのですが」

 ヴァンピールブラッドで既に処理済みの可能性もあるから、さきに確認をしておきたかった。

「知るか」

 …………。

 嫌がらせだろうか。やっぱり根に持っているのだろうか。むしろ根に持ちたいのは僕のほうだと思うんだけど。

「リードだからって、シフト外の事まで全部知ってるはずないだろうがよ」

 そういうことか。そりゃそうか……。

「しゃあねぇな。ちょっと調べてやるから、いったん切るぞ」

 僕の返事も待たず、一方的に切られてしまった。ぶっきらぼうではあるが……あの人は信頼は出来る。ちゃんと調べてくれるだろう。あとは、それまで僕自身の目で手がかりを探すだけだ。

 とはいえ、どういった手がかりかもわからない状態では、あまりにも漠然としすぎていて、道の左右を見渡しながら歩く以外に思いつかない自分がもどかしくて仕方がなかった。

 途中に小さな公園を見つけては隅々まで見て回り、埋めた形跡がないか確認する。そういえば、もし血を吸ったのならば、そのあとはどういった行動をするのだろうか。そのまま、放置すればすぐに誰かに発見されて騒ぎになるはずだし……。

 考え事にふけっていると、ポケットの携帯が着信を知らせる振動を伝えてくる。ナナさんだ。

「もしもし」

「よう」

 この人の第一声はどうやら「よう」しかないようだ。

「なにかありましたか?」

「何も報告はあがってなかったな」

「そうですか……」

「で? 何があった?」

 今度はこちらが質問をされてしまったが、今はまだ話す訳にはいかない。でも、聞かないといけないことは他にもある。こちらが答えないのに、こちらの質問に答えてくれるだろうか……。駄目だったら、諦めるしかない。

「あの……質問してもいいですか?」

「あん?」

「赤目が吸血行為を行ったあと、吸ったミイラ状態の人はその場で放置されるのですか? それだと、すぐに見つかって拡散しないですよね?」

「ああ。奴等は強烈な喉の渇きを満たすために血を吸ったあと、理性がもどり、吸った対象を隠す習性がある。ヴァンパイアという種族にとっては、新たな命の誕生になるわけだしな。母性本能的な衝動にかられるんだと。蘇った後、同族になるのだから、まあ分からなくはないがな。だから、誰にも見つからないように、人目の付かないところに持って行く、もしくは自宅にもっていく場合もあるらしい」

「じゃあ……吸った本人に聞けば、分かるんですね」

「そうなるな。俺たちが捕獲したあと、メディカルセンターに引き渡すだろ? あのあと、吸血履歴を聞き出してから処分される。そいつ一人でどれだけ赤目が増えたか、おおよその目処がつくからな」

 そうか……それならば……糸川は時間的にも寄り道をしたとは思えないし、帰宅途中のどこかで襲われた、もしくは誘拐されたはずだ。

 誘拐だった場合は警察に頼るしかないけれど、もし赤目絡みなら……この道を明日見張っていれば、吸った奴を見つけることができるかもしれない。

 血に飢えた、喉の渇きを満たさずにはいられない状態なら、遠い場所で足が付かないようにとか、そんな理性が残っているとも思えない。

 ……思いたい、か。あくまでも希望的観測にすぎないけれど、糸川と同じこの道を使う奴だと仮定するしか残念ながら今の僕に出来ることは無い。

「あと、もうひとつ……血を吸われた人を見つけた場合、その家族に連絡して僕のように組織に入ってもらえれば、春夏みたいに対象外にしてもらえるんですか?」

「お前の場合は例外だ。その特例は、あくまでも既に組織に加入している奴の家族が犠牲にあった場合への救済案なだけで、本来はその逆、つまり、犠牲者を救いたいから身内が組織に入るって手順は無い」

 例外……?

「なぜそんな例外が認められたんです?」

「さあな。俺が、いい殺気だったから伸びしろあるぜ、とは言ったが、だからといってそんな意見を真に受けたとも思えないしなぁ。本来ならお前もあのまま治療されずに死んでいただろうしな」

「偶然、現場に居合わせただけで、とくに怪我をしていなかった身内がいた場合はどうなるんですか?」

「簡単だ。記憶を消されて放出、だな」

 僕だけの例外……か。222の意見と、なにか別の思惑が合致したとか、そういった物だろうか? どっちにしても、真意がはっきりしない以上、糸川の家族にヴァンピールブラッドに入ってもらうという選択は無理そうだ。

 よし。聞くべき事はこのくらいだろうか。

「ありがとうございまました! では、おやすみなさい!」

「おい、俺のしつ……」

 お礼だけ言って無理矢理切る。さっきのお返しだと思えばそれほど罪悪感はない。

 さあ、やること、いや、出来る事は限られてはいるけれど、それでも出来る事が見つかった。

 赤目絡みしか僕には対処できないし、それに絞るしかない。ならば、さっき聞いたみたいに、どこかに隠されている場合、携帯にかけて着信音で探るのもひとつの方法だが、むやみに音をたてるのも他の誰かに発見されかねないから得策ではない。やはり、吸った張本人を見つけて案内してもらうしかないだろう。

 ならば明日だ。正確にはもう今日か。今日の放課後、日が落ちる前にここら辺を見張って、絶対に見つけてやる。

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