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ダメージディーラー  作者: 広森千林
動章 悶
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三 自由という名の恐怖

 ナナさんにステーキをおごってもらったあとに、ヴァンピールブラッドの日本関東支社を案内してもらい、アンプルや血液の補充のやり取りの復習をし、家に戻ったのは夕方だった。夕日が目に染みる。

 今日の夜は初めての実戦だ。

 とはいえ、レプリカを見つける事がなければ、見回りだけで終わるのだけど。

 実戦を一回経験するまでは、リードであるナナさんが一緒に行動してくれるらしい。

 家に戻ってすぐに二階にある自分の部屋に向かう。階段を昇りきると、春夏が声をかけてきた。

「おかえりなさい」

「ただいま」

 それだけ返すと、自分の部屋に入ってすぐにカーペットの上に横になる。疲れた……いろんな意味で。

 主に、精神的に、か。

 自分の下した決断。それは、もう日本の法律の影響しない場所。誰も責任を肩代わりしてくれない場所。間違った行動をしたら、それは誰も僕をしかってくれることはなく、責められる事もなく。

 間違ってしまったら、それを全て自分の中だけで消化しないといけない。

 自由で、いい事じゃないか。そう思おうとしても、納得してくれない。

 ただただ、怖い。

 自分を縛る物がなくなるというのが、これほど怖い事だとは思わなかった。普段の学校の生活において、校則とかがうっとおしく感じた事もあったが、違う面から見ればそれはつまり、僕達生徒を守ってくれていた物だと思える。

 そういった物が無くなったのだ。

 なんでも出来る。

 完全な自由。

 それが怖くて仕方がない。

 なぜだろう。

 分からない……今は何も考えられない。

「お兄ちゃん?」

 春夏の声がする。なんだろう。

 仰向けに横たわったまま、部屋の入り口を見ると、春夏が立っていた。

「どうした?」

「こんな時間に帰ってくるの、珍しいなって思って……何かあった……?」

 心配そうな表情を僕に向ける。

 そういや、普段は七時まで部活だもんな。まだ五時か。仕事は……八時から。

「今日はちょっとヴァンピールブラッドのほうで用事あってさ。夜にまた出かけるけど。だからなんでもないよ」

「そっか……なんか、大変そう。ごめんね、私のせいで……野球に集中できないよね」

「僕の心配なんかするな。お前のほうが大変なんだから」

 春夏の環境の変化に比べたら、僕のことなんて軽いものだ。どうってことない。

「それより、糸川から明日のこと何か聞いてるか?」

 春夏の声を聞いた時に明日の事をふと思い出した。買い物がどうとか言ってた気がする。

「うん。日が落ちてから、久しぶりに遊びに行こうって」

「そっか。僕も誘われたけど、お前等ふたりのがいいなら、断わるけど、どうする?」

「せっかくだし三人で遊ぼうよ。高校生になってからは、全然遊んでないじゃない」

 んー、まあそうだけども。

 糸川とは中学二年の時に同じクラスになって友達になった。その頃はよく三人で遊んだっけ。

 高校に上がってからは、部活が忙しいのもあって、学校以外で会う事はまずない。

「じゃあ、護衛役についていくよ。昼は今日の遅れを取り戻したいからバッティングセンターに行っとく」

「うん。ありがと。伝えとくね。それじゃ、もうちょっとだけ勉強してくるね」

「おう、がんばれ」

 土曜の夕方だってのにまだ勉強か……。そういえば僕も宿題をしないといけないんだった。さすがに今日はする気になれない。明日がんばろう。もう春夏のを写させてもらうという手段が使えないから自分でしないといけない。僕にとって、これが一番大きな弊害かもしれないな。

 それはさておき。

 今晩は初めての実戦だ。

 整理しよう。

 作戦行動中は常にIDカードを専用のカードケースに入れ、左腕につける。

 アンプルを使ったら、その報告書を書くのと、補充のためにヴァンピールブラッド東日本支社に行き、このIDカードと暗証番号を入力して裏口から入り各種手続きをする。

 このへんをヴァンパイア化しているうちに済まさないと、別途交通費がかかるので注意。ヴァンパイアの身体能力を使って、公共交通機関に頼らずに往復できるから。

 そして……このIDカードはなぜか警察の一部に認知されていて、あらゆる行動の自由が保障される。

 僕なんかに使いこなせるのだろうか? というのが、素直な気持ちだ。

 どう使う?

 何のために使う?

 いつ使う?

 ナナさんがスピード違反を例に見せてくれたけれど、それを今の僕におきかえた時に、どういう時に使えばいいのかさっぱり思いつかない。

 もちろん無理に使う必要がないのも分かっている。

 それならば、今考えても仕方がないのもまた答えのひとつか。

 必要になった時に使えばいいだけじゃないか。

 そんな状況になりたくないという本音はさておき。

 …………。

 何か大切な事を忘れている気がする。なんだろう。

 ……。

 僕に与えられた仕事。

 ダメージディーラー。

 通称DD。

 それは、偽物、レプリカと呼ぶヴァンパイアを捕獲すること。

 何のために?

 偽物を根絶やしにするために。

 なぜ根絶やしにする必要がある?

 レプリカという存在をゼロにするために。

 ゼロになれば、春夏と同じ思いをする人がいなくなる。

 いい事じゃないか。すばらしい仕事じゃないか。

 なのに、しっくりこないのは何故だろうか。

 何か思考から抜けている気がするんだけど、それが何なのか、明確な答えになってくれない。大切な事だと思うのに……自分の頭の悪さが恨めしくなる。

 オリジナル……レプリカ……ヴァンピール…………春夏と同じ存在……? 同じ……。

 ……………。

 ……………。

 ……………。

「お兄ちゃん」

 ………。

「ご飯だよ〜」

 !

 しまった! 爆睡してしまった!

 今何時だ?

 慌てて壁に掛かった時計に目を向けると、時刻は十九時を回ったところだった。

 あぶない……初出勤から遅刻するところだった。

「気持ちよさそうに寝てたから、起こすのが忍びなかったよ。起きたすぐだけど、食べれる?」

「もちろん」

 僕は即答し、春夏の後ろについて下のリビングに降りていった。まだまだ育ち盛り。どんな状況だろうとも、食べますとも。

 そして初仕事まであと一時間。

 ちゃんとできるさ。やってやる。

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