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ダメージディーラー  作者: 広森千林
黎章 命
10/31

九 目指すは完全犯罪!

 何かの夢を見ていたけれど、どんな夢だったのか思い出せない。目が覚めてしまった以上は、起きないわけにはいかないし、仕方なく目を開ける。

 真っ暗だ。まだ日が昇る前に目覚めてしまったのだろうか。仕方がない、二度寝するかともう一度目を閉じた瞬間に、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。だんだんと近づいてくる。仕方なくもう一度目を開けると、扉らしきものが開き、外の光が部屋を照らしだす。

 眩しさに目を細めながら、現状把握に努めてみる。白衣を着た男女が二名、近づいてくるのが見えた。

 誰だろう。ここはどこだ?

 その答えはすぐにやってきた。

「気がついたようだね。流れは覚えているかい? 君は交通事故にあった。意識不明のまま三日たち、ようやく身元が分かって両親が来た。四日目の深夜、君は意識が戻った。それが現状だ。このあとの流れも大丈夫か?」

 なるほど。この人はヴァンピールブラッドの関係者か。やっぱり夢じゃなかった。夢だったらどんなにいいだろうと、改めて思う。

 あのあと、僕は麻酔で眠り、一般の病院に運ばれたのだ。麻酔の効かない春夏は、目隠しをされていたのだけは覚えている。先に春夏の意識が戻ったという設定でこの茶番は進んでいるのだろう。

「大丈夫です」

 僕はそれだけを答え、頭の中で軽く予習をする。しばらくすると、再び足音が近づいてきて、部屋に誰かが入ってきた。僕の両親だ。意識が戻ったとの知らせを聞いて、駆けつけてきたのだろう。これだけすぐに来たということは、病院に泊まり込んでくれていたのだろうか。罪悪感で胸が張り裂けそうになる。それでも、僕は嘘を突き通さなければいけない。春夏のために。僕のわがままのために。両親を悲しませないために。

「翔……俺がわかるか?」

 親父が静かに聞いてくる。いつも無神経な親父でも、この場ではさすがに気をつかってくれているのだろうか。こんなに心配そうな顔をする親父を見るのは初めてな気がする。顔も少しやつれた感じだ。そりゃあまあ、三日も二人の子供が行方不明となれば、心配もするか。

 本当に悪いことをしたと思う。

「ごめん……心配させちゃったよね」

 シナリオにない言葉を言ったために、後ろの医師の顔が一瞬こわばるが、このくらいはゆるしてほしい。こっからはちゃんとするからさ。

「僕は……どうなったの?」

「ひき逃げにあったんだ。警察が犯人を捜してくれている。春夏も少し前に意識が戻った。心配ない。今は何も考えずに、ゆっくり休みなさい」

 お母さんも、後ろで泣いている。春夏もきっと、おなじ罪悪感を味わったのだろう。どれだけあやまり続ければいいのだろうかと考えると、気の遠くなる思いがした。それでも自分で決めたことだ。後悔しない。迷わない。

 シナリオ的には、親父に傘をあずけて、寄り道していた春夏と僕が合流した瞬間にふたりそろってひき逃げにあい、頭をうって意識不明、三日目にようやく携帯に登録されている番号から両親に連絡が行き、現在に至る。

 頭の打ち所が悪かっただけだから、とくに外傷はない、という、非常に都合のよすぎるシナリオだ。僕はこのまま普通に退院する予定になっているが、春夏はまだ先がある。ヴァンパイアになったことによる夜型の生活に移行させるために、特殊な病気を併発した、という追加シナリオがあるのだ。

 色素性乾皮症。

 僕も詳しくは知らないとうか、まったく知らなかったのだけど、この病気は日光をあびると、そこにしみがたくさん生じ、皮膚が乾燥して皮膚がんが生じ、死に至るという実際にある病気なのだそうな。

 この病気が春夏に突然発生したから、絶対に日光にあたらない生活をさせてくださいと医師に告げられれば、両親も信じざるを得ない。治療法も現時点ではまだ無いらしく、これほどヴァンパイアである事を隠すのに適した口実もあるまい。

 念には念をということで、さらに今回の事故の後遺症で視力も低下したということになっている。これによって、MC11に渡されていたカラーコンタクトで、赤目も隠すことができる。

 まさに至れり尽くせり……正直なところ、手慣れすぎていて気味が悪いというのが本音だけど。

 両親は、昼に改めて精密検査をするので夕方にでもまた来て下さいと言われ、しぶしぶといった風に帰路についた。ずっと眠れていなかったようだから、子供の無事も確認出来て、ようやくゆっくり眠れるだろうし、ありがたい配慮ではある。両親が帰ったあと、春夏の様子が気になったので、麻酔のせいですこしふらつきながらも春夏の病室までスタッフに案内してもらった。

 ノックをして、春夏のいる個室に入ると、春夏が上体を起こしたまま、壁の向こうを向いていた。

「入るぞ」

 声をかけて、僕はゆっくり近づいていく。

「ねえ、お兄ちゃん」

 僕がベッドのすぐ横の椅子に座ったところで春夏が口を開く。

「この部屋、窓がないんだ」

 言われて、改めて見回してみると、たしかに窓がない。日の光が入らないようになっているのか。

「なんか、さみしいね……もう太陽の下で生きられないなんて。まだ夢を見てるみたい」

「……」

 どう声を掛けたらいいのか考えていると、突然春夏は僕の方に向き直り、椅子に座る僕に抱きついてきた。

「春夏……?」

「……うっ……うう……」

 顔をのぞき込むと、春夏は涙を流しながら、必死に声を押し殺していた。

「いっぱい……いっぱい……嘘を……ついちゃったよ……ひどいよね、私……」

 これからの自分の人生を、両親に実際に再会して、ようやく実感したのだろう。

 嘘。太陽。

 ふたつの大きな変化を同時に受け入れなければいけない春夏の悲しみは、僕なんかが想像するよりも、もっと深いものだろう。分かってはいた。分かっていて、あえて僕は選択した。春夏は決して僕を責めることはしないだろう。そして、ひとりで悲しむのだろう。

 僕は胸の中で自らを責め、涙を流す春夏に、何を言えるだろうか。

 何も言えはしない。

 今はただ、抱きしめてやる事しかできない。僕まで泣いている場合じゃない。春夏に比べたら、僕のこれからの人生なんて、気楽な物だ。

 僕が決めた事。だから、僕が全ての責任を背負う。春夏の重荷を全て引き受ける。どうすればいいのかなんて分からない。でも、今日から僕の人生は、春夏の為だけにあると断言できる。

「お前は何も悪くないよ。全部僕が勝手に決めた事だ。嘘をつき続ける生活を強いるのも僕が原因だし、お前は被害者なんだから、自分を責めるな。責めるなら僕を責めろ。僕に怒れ」

 全部僕のわがままなんだ。春夏の居ない人生に耐えられなかった僕のせい。両親を悲しませたくないとか、そんなのはただの口実で、綺麗事で……。

「なーに甘い事言ってんだよ」

 突然の背後からの声に、すぐさま僕と春夏は体を離し、声のした方に目を向ける。いつのまにか、扉の横の壁にもたれている人物がいた。

 DD222である。

「大人になってもずっと嘘をつかずに生きていけると思ってんのか? 世の中そんなに正直に出来てんのか? 歪みまくってるぜ? その歪みを自分の中で調整するのが嘘って奴だろ。いつまでも何も知らないお子様でいられると思うなよ」

「びっくりした……いつからそこにいたんですか?」

 動揺を抑えるように、出来るだけ声を抑えて聞いた。

「心配するな、ちちくりあってるとこは見ていない」

「誰がちちくりあってましたか!」

 思わず大声を出してしまった。DD222が声を出して笑っている。上司みたいなものだし、研修でも世話になったからあまりきつく言い返せないのがもどかしい。

「冗談にムキになるなよ。っと、お嬢ちゃんとは初対面だったな。残念ながら本名での自己紹介は出来ないが、ヴァンピールブラッドの人間だ。よろしくな」

「は、はじめまして……花籠春夏です」

 おどおどしながらも、とりあえず挨拶をする春夏。

「話を戻すぞ。お嬢ちゃん、あんたは一生嘘をつかない人間でいるつもりだったのかい? さすがにそこまでバカじゃないよな? なんでも正直に言えば済むとか思ってないよな? 正直なのはもちろんいい事だが、時と場合によっては嘘のほうが相手にとっていい時もある。相手を傷つけないための嘘。正直に言うことで相手を傷つけることもある。今のあんたは、嘘をつくことが正解なんだ。人間じゃなくなった、と言われて喜ぶ親がいるか? 飯はいらねぇ、血だけよこせって正直に言うのか? なんでもかんでも正直で通そうと思うな。それこそただの自己満足だ。もっと相手の事を考える生き方をこの機会に覚えてみな」

「昨日今日でいきなり環境が激変したんです。そんなすぐに頭を切り換える事出来ませんよ」

 春夏へのきつい言葉をやめてもらうために、おもわず言い返してしまう。

「お前も甘すぎんだよ。同情してんじゃねぇ。お前が救った命だろ? だったらもっと堂々としてりゃいい。太陽がダメになった? 死ぬよりましだろ、でいいじゃねぇか。同情だって自己満足だ。望まれてない同情ほど最悪なもんはねぇぜ? もう高校生だろ? 大人になれよ」

 今度は僕にもお説教がやってきた。まったくもって言い返せない。言葉が出てこない。

 DD222と僕はそれほど大きな年の差は無い感じだったけれど、それはあくまでも見た目の問題で、中身には大きな差が有ることを痛感させられた。

 言われたことは理解できる……でも、急に大人になれと言われて、はい、なりましたって簡単になれる訳でもなく、無茶ぶりもいいとこだ。

「まあ、どうでもいいけど、よ。飽きたから用件だけ言うぞ。例のケースをお前の部屋に置いておいた。その中に二回分の血液も入れてあるし、アンプルも同じく二回分ある。お嬢ちゃんは必要になったら躊躇せずに飲めよ。坊やも、必要な時だけアンプルを使え。使わずに済めばそれに越したことはないから、ちゃんと使うタイミングを見極めろよ。まあ、最初は俺が同行してやるがよ」

「ケースを置いたって……不法侵入!?」

「くっくっ、ばれなきゃ犯罪にならねぇんだよ。嘘も一緒だ。墓場までもってきゃ、嘘にならねぇ。嘘ってのは嘘って認識されて初めて嘘になるんだからよ」

 いま僕にばれましたよ! この人、悪い意味で割り切りすぎている!

「ほんとは監視対象との接触も禁止されてんだけどな。聞いてたら説教したくなっちまった。内緒にしとけよ」

 そう言いながら軽くウインクし、止める間もなく病室から出て行った。本当に、いつからこの病室にいたのだろう。どうやって気づかれずに入ったのだろう。

 そもそもあの人は本当に人間なのだろうかと、ふと考えてしまう。まさか本物のヴァンパイアとか……。さすがにそれはないか。本物にはDD222でさえもまだ会った事がないと言っていたし。それでも、やはり気になってしまう。

 研修中のことだ。

 血によってヴァンパイア化していて力やスピードが人間を超越した状態の僕に対して本気で殺しに来いと指示し、従ったにもかかわらず、かすり傷ひとつつける事が出来なかった。何者なのだろう……。

 春夏に目を戻すと、下を向いてじっとしている。落ち込んでしまっただろうか。

「春夏……その、えっと……」

 声はかけたものの、何を言えばいいのか思いつかずに言い淀んでしまう。

 何も思いつかないまま、お互いに時間が止まってしまったかのように動かなくなって数分経過しただろうか。

「うん」

 うん?

 突然、その一言を春夏は口にして、顔を上げる。

「落ち込んでても、何も解決しないよね。しっかり前を向かなきゃ。あの人の言うとおり、自分だけ綺麗事の世界にいたいって、ほんと自己満足だよね。嘘をつくからには、墓場までもっていくよ! 目指すは完全犯罪!」

「墓場って……えらい気の長い話だな……」

「なんか……ネガティブな事ばかり考えちゃってたけど……きっといい事もあるよね。うん。後悔してもはじまらないし……しっかり前を見て生きていかないと。終わっていたかもしれない命なんだし」

 いい事か……夜に限って言えば、殺されても死なないってくらいか? 力も強くなってるらしいから、身の安全も保証されるか。将来、大人になったらとか、結婚は、子供はって、不安な事も沢山あるけど、そういった壁に直面したら、その都度考えればいい。あせって今全てを解決する必要なんてないのだから。

「お兄ちゃん」

「ん?」

「ひとつだけ、わがまま言っていい?」

「なんだよ?」

「なんか怖いから……朝まで一緒にいたい」

 微かに頬を赤く染め、照れくさそうに言う。さっきまでの泣き顔よりは、ずっといいな。

 どうやって慰めようかと思ったけれど、杞憂に終わってよかった。やっぱり賢い奴は違うな。DD222の言葉に反発せず、素直に受け入れる事もまた、ある種の才能だと思う。

 しかし、これって……DD222のおかげなのだろうか……? わざときつく言った……?

 僕に出来なかった事を簡単にやってのける男。うらやましく思ってしまう。いつか……もっと大人になったら、僕もDD222のようになれるのだろうか。

「お兄ちゃん……? もしかして無視?」

 春夏が口を尖らせる。DD222に嫉妬していて返事をするのを忘れていた。

「いいよ。とはいえ、さすがに眠いから地面で寝ていいか?」

「一緒に寝よーよ。けっこう大きいベッドだよ」

「僕が一として、春夏はその半分だから、なんとか二人分なら寝れそうか」

「そこまで小さくないし!」

 ふくれる春夏の顔がおかしくて、おもわず笑ってしまう。大丈夫だ。ちゃんと笑えている。今までと変わらないじゃないか。世界は変わっても、種族が違っても、僕達は変わらない。これからもずっと。

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