第九話
本日、私が記憶喪失の状態で目を覚ましてから3日目。
“お母様”によると、私の兄が留学先から帰ってくるそうだ。
到着予定時刻は夕刻らしい。
何となく、兄が帰ってくると聞いたときから落ち着かない。
“お母様”も“お父様”も“ルーベルト様”も“使用人”達も、何となく信用できない。
疑心暗鬼になっていると言われればそれまでだが、それとはまた違う気がするのだ。もしかしたら、リサ・アージェンとして生きてきた20年間が今の私に警告をしているのかもしれない。
“ルーベルト様”を拒絶したいと考えたことも。
「お嬢様!若様がお帰りになりました!」
「今行きます」
突然飛び込んできた侍女の言葉に服装を整えながら、早足でエントランスホールへ向かう。
現在時刻はおやつ時。つまり、まだまだ昼なのである。
「お兄様のお帰りは夕刻ではなかったの?」
「そのはずですが……」
実際には昼に帰ってきたと。
(一体どうなっているのやら)
☆
「リサ!」
「…お帰りなさいませ、お兄様。王太子殿下のお付きは宜しいのですか?」
「許可はもぎ取ってくるものだよ、可愛いリサ。怪我は大丈夫なのかい?」
「はい。今朝に包帯が取れたばかりですけど、かなりの早さで治っているからと、お医者様が」
柔らかく抱きしめられ、その腕の中で兄妹らしい会話を交わす。
“お母様”や“お父様”、“婚約者様”に抱き締められたときには全く感じなかった安堵。それを、お兄様の腕の中ではとても感じる。
お兄様に関することは混乱することなくすらすらと思い出せる。
危険人物と安全な人を分けているのかもしれない。
そう思いつつ、エスコートされるままにサロンへ移動するのだった。