第四話
昔から、あの子はとても賢かった。
何かを言うわけではないけれど、病弱だったあの子の弟の面倒にかまけて、親として接することを忘れていたときも、ただ静かに本を読んでいた。
妬むわけでもなく、悲しむわけでもなく。
だからこそ、忘れていた。
あの子も、一人の人間であるということを。
私に似たのか、常に無表情であることが多かったあの子の感情を読むことができるのは、姉の訪れを一番楽しみにしていた息子だけだったように思う。
でも、息子も隣国へ留学している。誰も、あの子の感情を読めなかった。
ウェディング・ドレスを作るために部屋を訪れたとき、あの子は涙を流していた。
私にだけ、教えてくれたその理由。
それを聞いて、私は。
☆
「…ふむ。記憶喪失、でしょうな。見る限り、後頭部に深い切り傷がございます。頭を打ったときにできたと思われるこの傷の所為で記憶が失われたと考えるべきでしょう。人間の体はとても繊細なもの。こればっかりはわしでもどうしようも御座いませぬ」
失踪から五日。リサが目を覚まし、現在は医者の診察を受けていた。
下された診察結果は、皆が予知したもの。
そして、最悪ともいえるもの。
「…体の傷も御座います故、数日は絶対安静ですな」
薬を持って参りますので、といって老医者は部屋を下がる。
残された伯爵夫妻とルーベルトは、沈黙を保っていた。
それぞれの心情はとても複雑で。
やがて、伯爵が口を開いた。
「……ルーベルト君。君も聞いたとおりだが、娘は記憶喪失になってしまったようだ。従って、挙式の日時は延期させて貰う」
「……はい」
挙式の延期。中止ではないのなら、まだ、手の打ち様はある。
“絶対に、離さない”
その黒い感情がどこからくるのかも自覚しないまま、彼は、ただ彼女を得るために。
いえーい、ぶらっきーだぜー。