第十七話
「…シェイディ」
「何です王太子サマ」
「ルーカスは帰ってくるんだよな?」
「王太子サマを見捨てなければね」
「……見捨てないよな?」
「さあね」
書類処理に疲れたらしいエドワードに話しかけられているシェイディの手には菓子折りがある。
この数日でエドワードの世話をする辛さを思い知ったシェイディが経費で買ったもの。
経費で買うには上司の承認が必要になるが、その上司がエドワードであり、彼の部下もこぞって賛成したために許可が下りたのである。
彼ら影がエドワードの保護者ともいえるルーカスに最大限の敬意を示すことになる数日だった。
そんなことになっているとは露知らず。
ルーカス・アージェンが帰還した。
☆
少年は舞う。
「うぬぬぬぬ……」
非科学的現象が信じられていないこの世界で、少年は宙を舞う。
少年を唸らせているのは、彼の視線の先にいる愛しい愛しい少女。
寂しげな眼差し。時折、誰かを捜すように目が宙に向く。
見せつけるようにその顔を曇らせながら、彼女は瑠璃と呼ぶ少年を捜していた。
リサを抱きしめたい。
リサを愛したい。
そんな思いを抱きながらも少年は躊躇する。
自分が神だから。
きっと、人間の妻は認められない。
確かめることもせず、ただ、少年は躊躇する。
「……」
☆
「…ヘタレ、ね」
「主様?」
「いえ、何でもありません」
(実力行使あるのみ、でしょうが…)
美しき神は心の中でそっと呟く。
瑠璃の母親である彼女は、人間が神になる方法を知っていた。
それが、真に愛している者同士であれば、確実に成功することも。
神と人間が伴侶になるための方法も尋ねず、一人悶々とする我が子に美しき神は密かにお怒りであった。
(あの子が死ぬまで永遠と悩むのかしら。我が子ながらなんてヘタレ…)
己の伴侶を力ずくで振り向かせた――神の力を乱用したという意味ではなく、相手に群がっていた女共を一人の女として叩きのめした上で必要なアピールをしたのである――彼女にとって、瑠璃のヘタレっぷりは既に亡くなっている伴侶の姿を思い出させるものでもあり、同時に娘ができるという期待がある為に今すぐにでも教えに行きたい気持ちが相反するものであった。
神が静かに発する怒気に周りの天使達が怯えているのも目に入らないまま、自らが担当する世界の管理を続けるのであった。
☆
「……シェイディ」
「どうされました?ルーカス様」
「私の好物なんてどこで知ったんだい?」
「え?当然リサ様に教えていただきました。ルーカス様って本当に巧妙ですよね」
「……そうか」
政敵などに好物を悟らせないために全ての食べ物を平等に好いていると見せかけている彼の好物は、ラスク。
0.5cmから1cm程度の厚さに切ったパンの表面に、アイシング(卵白と粉砂糖を混ぜたもの)を塗り、オーブンで焼いたものである。
二度焼きしているため水分含量が少なく、保存性が高い。そのため懐にいつも数枚忍ばせているのである。
今回シェイディ達が用意したラスクは、王家御用達の店が作ったものである。
ルーカスの手が迷わずそれらに伸びたのを見て、シェイディ達は密かにガッツポーズを取ったのであった。
ラスクの名前が出てこなくて苦労した。




