結ばれる絆
緩やかに穏やかに…二人の間は、木々が葉を広げ花を咲かせ実を結ぶように広がり満ち足りたものに変わっていった。
黒王はじいさまの手当てと何より朱緒の献身的な看病で、すっかり癒え今は山での生活に必要な事をじいさま達から教わっていた。
最初は随分ぎこちないやり取りも、今ではすっかり慣れ今では名前で呼び合うほどになっていた。
元々大きな体をしているくせに、身の軽い男だったこともあり山を行き来する事は苦にならない。
そのうち山を自由に行き来出来るようになり、時折じい様に頼まれて使いに出るようになった。
山の獣も、何故か黒王の言うことはよく聞いた。
ある時山の中で黒王と汀は、一匹の大きな山犬に出会う。
その山犬はこの辺りの山の主のようなもので、汀も何度か襲われ危ない目に遇っていた。
汀はその時の事を思い出し、随分警戒したのだが…
山犬は汀の傍に黒王の姿を見ると、尻尾を振りながら寄って来た…これには汀も驚く。
「一体どう手なずけたんだ?」
「うん、こいつと一度喧嘩をしたんだ。その時、地面にねじ伏せてやったらこうなった。
…よしよし…この者はわしの知り合いじゃ。良いか?襲ってはならんぞ。」
山犬はしばらく汀の匂いを嗅ぐように周りを歩くと、ぺたり…と足元に座った。
汀は目を丸くしてそれを見ていたが、恐る恐る頭に手をやると唸ることもなく大人しく撫でられていた。
そんな山の生活が続くある日…
じい様は黒王と朱緒、汀を伴い奥の山の滝を訪れるべく山道を歩いていた。
どうしてそんなところに行くのか?…と、黒王が問うとじい様は何も言わずにニヤリと笑う。
朱緒も汀にも聞いてみるのだが、じい様に何か言い含められているのか同じように笑って答えがない。
何度か聞いてみるのだが答えは同じ。そのうちじい様が一言だけ…
「黙ってついてくればわかろうて…ははは…」
そう言われてしまった。
ふた山越えて陽も暮れかかる頃、四人は奥の山の滝壺にたどり着いた。
滝壺の側には、じい様の仮小屋があった。
「…ここはこの辺りの山の神が集う聖域。明日はこの上の神の集う水場に案内しよう。」
夕食を食べながらじい様はそんな事を言った。
そうして狭い小屋の中に四人は入れない。朱緒を中に寝かせ、残りの三人は火を囲んで交代で番をしながら休んだ。
翌日…目の覚めた黒王と朱緒の二人は、朝陽を受けながらほとばしり落ちる滝の姿に思わず息を飲んだ。
照る朝陽の緋色は、滝の水をその光で染め抜き…ほとばしり落ちる滝の中に一柱の大龍神の姿を浮かび上がらせる。
光は次第に強くなり、染まる水の柱は金色に変わり始める。
飛び散る水の玉は、金鱗銀鱗の煌めきを見せながら滝壺へと降り落ちる。
大龍神のその足元には、幾重にも七色の輪が広がる。
陽の光は更に強く、滝に映るその姿を顕にしていく。
黒王と朱緒の二人は寄り添いながら、顕現する大龍神の姿を声もなくただ見ているだけだった。
じい様は静かに滝の正面に立つと、そのまま滝を見つめ立っていた。
その足元には従うように汀が跪きじっとその様子を見ていた。
やがてその陽の光も弱まり、滝には大龍神の姿は無く陽を浴びて白い飛沫が流れ落ちる普通の滝の姿に戻っていた。
じい様は、声もなく立ちすくみ滝を見ている二人のところに行くと…
「どうやら許しが出たようじゃ。上に登るから仕度をしなさい。」
その声に二人はやっと目が覚めたように動き始めた。
じい様の言う、滝の上への道は女の足では厳しい。
朱緒はここで待っているから…と言い張ったのだが、じい様も珍しくそれではここに来た意味がない…と強く言い張り、結局黒王に背負って上に登る事になった。
顔を朱に染めながら朱緒は黒王の背に背負われる。
滑り落ちぬように帯で体を支えていると汀が朱緒をからかう。
「まるで赤子が背負われているようじゃ。」
その言葉に 朱緒の顔は更に朱に染まる。
「これこれ…汀、からっておるとそなた叱られるぞ。」
じい様が汀にそう言いながら、ちらりと黒王の顔を見た。
黒王は何やら緊張の面持ちで滝の上をじっと見つめていた。
じい様の言葉にじろり…と、瞳だけを動かし汀を見る。汀は思わず肩をすくめた。
それを見てじい様はからからと笑い黒王の腕を軽く叩いた。
「その様に緊張せずともよい…」
「しかし…じい様、ここは…」
そう言いかけた黒王の言葉を遮り、じい様はにたりと笑うと…
「黒王…そなたもわかるようになったか。それゆえであろうの…まあ後は行ってから教えてやろう。
さて…良いな、わしが先頭になって登る。その後を黒王、汀は殿じゃ…そなた黒王の登るのを助けてやれ。」
「わかりました。」
二人はじい様にそう答えると、後を追うように歩き始めた。
滝を右手に見ながら、道無き道を歩き始める。道は獣道にように狭く険しい。
伸びた枝で朱緒が怪我をせぬように、黒王は細心の注意を払いながら歩く。
朱緒は背中からそんな黒王の気持ちを感じ取ったのか、邪魔にならぬように小さくなり黒王の背中に身を預けている。
汀はそんな二人の姿を見ながら、自分の中に何やら不思議な思いが浮かんでくるのを感じた。
道の中程で一息つこう…とじい様が岩棚の傍で足を止めた。
黒王は岩棚の上に上がり、背負った朱緒を下ろす。
「随分疲れたのではないか?」
黒王は朱緒を気遣い声をかけた。朱緒は黒王に水の入った筒を渡しながら、にっこりと笑い首を横に振る。
眼前に広がる景色は、いつも見る山の景色のそれとは違う。
山の高低は、波打つように七重八重と重なりその間を霞が漂う。山の緑は遠くに行くほど深みを増し、青みを帯びた色は陽の光に輝いている。
その上を白鷺の群れが翼を陽に照らし、白く煌めきを放つように舞い飛んでいた。
「面白いものが見れるぞ…」
じい様はその白鷺の群れを指差しそう言った。
白鷺は低い山の上でくるくると円を描くように回り始める。
周りの山からも、白鷺の小さな群れが飛び上がり円の中に入っていく。
やがて白く煌めきを放つ、白い柱が立ち上がる。
最後の群れがその柱の中に吸い込まれた時、柱の高いところから糸が引きほどかれるように白い煌めきは散っていく。
山の深い青緑の中に、煌めく白い光が集まり散るその様子はとても美しいものだった。
四人はその光景をそれぞれの思いを持ちながら声もなく眺めていた。
「いつまで見ておってもきりがない…さて、出発するかの。ここが目的地ではないからの…」
じい様はそんな余韻を断ち切るように一言そう言う。その言葉に皆は我に帰り動き始める。
背負われなが黒王の耳元で朱緒が何かを言った。
背中を振り返り、朱緒をちらりとみた黒王は顔を朱に染め思わず動きが止まる。
「黒王…何を言われたか知らんが参るぞ!朱緒も余計なことを申すな。」
じい様はそう言うと笑いながら、ぽんぽんと黒王の腕を叩くとさっきと同じように先を歩き始めた。
黒王は朱緒に何か小さく言うと、その後を追うように歩き始める。
先ほどとは違い朱緒を背負い登るのに慣れたのか、黒王の足取りもいつもと変わらぬ様子になってきた。
しばらく登ると切り立つ岩の下にやって来た。
「ここからは、朱緒を背負うては難しいか…」
上を眺めながらじい様が一言そう言うと…
「何、造作のないこと。」
と、黒王は岩肌に張り付くように伸びる葛のつるをを眺めながらそう言った。
黒王は朱緒を、傍らの岩の上に座らせるようにして背から下ろした。
「汀、すまぬがこのまま先に登って足場を見てくれぬか?わしも後から行くから。これを伝って登ると容易く登れよう。」
そう言いながら、数本束ねた葛のつるを汀に渡した。
汀はつるの強さを確かめると、ひょいひょいと登って行った。
「じい様と朱緒はここで待っておれ。」
そう言うと汀と同じくつるを握ると、岩肌をするすると登って行った。
「ここらは平たくなって、足場には問題ない。」
登ってきた黒王に手を貸しながら汀はそう伝える。
「そうか…良かった。」
黒王は、さっき登るのに使った葛のつるの根元を確かめた。根元は綱ほどの太さがあり、人を吊り下げても大丈夫な強さがあった。
「じい様!このつるを朱緒に巻き付けて縛ってくれんか?」
黒王は腹這いになり下に向けてそう言うと、つるを揺り動かす。じい様は、軽く手を上げそれに応えた。
しばらくして下の準備が整ったのか、じい様が上を見て合図を送る。
「良いか朱緒、つるを握って放すでないぞ! 」
黒王はじい様の合図に頷いて答えると、不安そうな顔をした朱緒に向かいそう叫ぶ。
朱緒は上を向き黒王の顔を見ていたが、声を聞いて安心したのかつるをしっかりと握って目を閉じた。
それを確かめると、黒王はつるを握りゆっくりと手繰り始めた。汀も黒王の後ろでつるを握り手繰り寄せるのを手伝う。
朱緒の体は少しずつ上に上がってくる。
岩の上に体が見えた時、黒王は朱緒の腰に巻かれたつるを掴み岩の上に持ち上げた。
「なんと…おぬしならではの力技じゃの。」
朱緒を引き上げると同時に、そんな声が聞こえる。見るとじい様が傍に立っていた。
「…朱緒を上げたら、じい様を上げようと思うていたのに…」
黒王はわざと悔しそうにそう言った。
「黒王…わしを年寄り扱いするか?まだまだわしも捨てたものではないぞ。このくらいの岩ならまだ大丈夫じゃ。」
「おじじ様…そうして腰が痛いだの、足が痛いだのは止めてくだされ…」
「汀…そなたまでそのようなことを申して…」
三人がそんなやり取りをしていると、朱緒がそれを見て声を立て笑う。
「ふん、まあよい…さあ、こちらじゃ。まったく…若いと思うて………」
じい様は、何やら言いながら繁みを掻き分け奥に歩いて行く。
しばらく行くと、小さな水が湧き出すところへ着いた。水は低い岩の間から湧いており、その岩の下に水を湛えていた。
「ここから先は山の神の集う聖域になる。みだりに足を踏み込む事は許されぬ場所じゃが、此度は許しを頂き足を踏み入れる。
黒王と朱緒は、ここの泉の水で身を拭い清めこれに着替えなさい。」
じい様はそう言いながら汀が背負っていた包みを二人に渡す。
「…汀はわしに付いてきなさい。良いか、わしが呼ぶまでここで待っておれ。」
じい様と汀の姿が消えた後を、二人は包みを持ったまましばらく眺めていた。
「まずは言われた通りにしよう。」
黒王の言葉に、朱緒は頷き湧き水のところへ行く。
懐から出した手拭いを水に浸し、絞ると傍にやって来た黒王の顔を拭き始めた。
汗にまみれた肌に冷たい水を含んだそれは気持ちよい。
黒王は朱緒の手を止めると一口水を飲み、先に身を拭い清めるように言うとさっきいた場所に戻る。
そうして朱緒のいる場所を背に座ると空を眺めていた。
抜けるような空の青さが眩しい…それを眺めながら…
じい様が何を意図してここに二人を連れて来たのかわからないが、朱緒を背負い登ってきた事がなんだか嬉しくて仕方ない自分を感じていた。
背中に朱緒の重さを感じながら歩く…確かに気の使う事もあるが、ずっと傍に居られる…その嬉しさに勝るものはない。
一緒に同じ景色を眺めて…笑って、山道の登りの辛さがそれで全て消されてしまっている…黒王はそう感じていた。
しばらくすると朱緒が傍にやって来て手拭いを渡す。
それを受け取り黒王は、湧き水のところへ行き帯をほどく。
懐から、さっきじい様から渡された物がぽとり…と落ちた。
黒王はそれを、脱いだ着物の上に無意識に置き身を拭い始める。
朱緒はじい様から渡された包みを開いていた。
中から出てきたのは、白い絹織りの着物だった。
帯も絹で織られたその品を、朱緒は見て驚いたように声を上げる。
「まあ!なんてきれいな!」
それから立ち上がると、袖を通し光に照されきらきらと光る布地に頬擦りしたり…眺めたりしていた。
鏡がないのが惜しいと思いながら、それでも嬉しそうに帯を絞めた。
黒王はそんな気配を感じ、振り返りたい気持ちをぐっとこらえ身を拭いながら朱緒の声がかかるのを待っていた。
「黒王…おかしくはないですか?」
朱緒の声に振り返ると、真っ白い着物に身を包み袖を広げるようにしはにかむように笑う朱緒が立っていた。
射し込む木漏れ日を受けて立つ朱緒の姿は、空から舞い降りた天女のようだと黒王は思う。
思わず手にした手拭いを落とし、そのまま朱緒の姿に見とれていた。
朱緒はそんな黒王の姿がおかしかったのか、くすり…と笑うと着物の裾をそっと持ち上げるようにして歩いてくる。
黒王は朱緒を見つめたまま、ふらふらと歩き始める。
「…なんと…天女が舞い降りたかと思うたぞ。おかしくはない…」
朱緒の顔を見ながら、髪を撫でそう呟いた。
そうして、紅があればもっと美しくなるのに…と思った。
ふと、じい様から持たされた物を思い出す。着替えのときに使え…そう言いながら渡されたものだった。
袋を開けると、櫛と紅が入っていた。
黒王はそれを持って朱緒の傍に行き、髪をとかし紅をつけてやる。
朱緒の白い肌に、纏われた白い着物…紅をさすと、なんとも艶な雰囲気が朱緒の姿に現れる。
「なんと…朱緒…そなたのその姿、誰にも見せとうないのう。わしが一人眺めていたい。」
黒王はそんなことを言い、自分は着物を着るのも忘れて眺めていた。
朱緒は黒王の視線が照れ臭いのか、じい様に叱られるから…と言いながら黒王に着物を着せ始める。
黒王の着物も朱緒のものと同じく、白い絹織りのものだった。
黒王の髪をとかしていると、じい様と汀がやって来た。
「二人とも仕度はよいかの?そろそろ参ろ……」
繁みを掻き分け顔を覗かせた瞬間、じい様は言いかけた言葉を飲んだ。
木々の深い緑を背に身仕度をしている二人を、木漏れ日が照らしている。
白い衣装を着けた二人は、その木漏れ日を浴びて緑の中に白い姿を浮き上がらせていた。
まるで二羽の白いつがいの鳥が、仲良く羽繕いをしている…そんな姿を錯覚させた。
これまで見たことのない朱緒の幸せそうな笑い顔。それを静かな視線で受け止める黒王。
「なんとの…」
じい様は頷きながら二人を見ていた。
このような山の中に住んで、自分の片翼を選べぬままに花を散らしてしまうのか…じい様は朱緒を見るたびにそれを思い、憂いていたのだが…
幼い頃から朱緒を見ていたじい様の目は、自然に露を帯び潤んでいた。
声をかけるのを忘れてじい様はそこに立ち尽くして、二人の笑いながらやり取りをする姿を見ていた。
「…おじじ様…そろそろ…」
汀の声に、じい様は我に返る。そうしてやっと二人に声をかけた。
「ならば、参ろうかの…」
「じい様………」
二人はじい様に向かい礼を言おうとしたのだが、にこり…と笑って手でそれを止められた。
繁みの中に着ていた着物を包みを隠し、じい様が先に立ち黒王が朱緒の手を引くようにして前に進む。
汀は繁みを掻き上げるようにして、朱緒の進むのを助けた。
繁みを越えるとそこは…正に聖域と言った景色が広がる。
黒王は、びりびりとした空気を感じ足を止め、思わず朱緒の腰を抱く。
朱緒も何か感じるものがあったのか、不安そうに黒王を見るとそっと黒王の背に手を回し帯を握る。
「わしが傍におる。大丈夫じゃ…」
黒王は回された朱緒の手から伝わる不安を感じ取ったのか、顔を見ながら小さくそう呟くとそのまま一歩踏み出した。
眼前に広がるのは、水面に大きな波立ち一つない池だった。
澱みのない清らかな水は水底を顕にし、池の中ほどには青く透明な水が静かに湛えられている。
ただ静かな水の面は鏡のように冷たい面を見せ、その周りを覆う緑を…木々の一枝、葉の一枚漏らさずその面に映し込む。
これだけ木々が深いと言うのに、周りからは鳥のさえずり一つ聞こえない。
音のないその様子が、一層この池の水の冷たさを…何やら伝えてくるように黒王は感じた。
池の中ほど…青く透明な水が見える中央に、まるで玉座のような大岩が一つ顔を出していた。
じい様はその大岩の正面になる場所に、二人を導き歩いて行く。
水際には赤い錦が敷かれ、じい様はそこに二人並んで座るように合図した。
不安そうな朱緒の手を引きながら敷物の前に立つ。
黒王は以前じい様から感じた気配と同じもの…いやそれ以上のものを周りから感じていた。
後ろに立つじい様にちらりと目をやると、頷いて座るように合図される。
黒王は心を決めて朱緒を先に座らせ、自分もその横に座った。
座る片手の袖の下では、しっかりと朱緒の手を握り…
二人が座るのを合図にするように、どこからともなく笛の音が聞こえ始める。
不思議な笛の音にに誘われるように、四羽の白鷺が大岩の脇に舞い降りてきた。
水面に波を立てる事なく舞い降りた白鷺は、大岩の両脇に二羽づつ並ぶ。
そうして羽を広げ何かを呼ぶように、空に向かい一声鳴いた。
その声に応えるように、風を切り一羽の大きな鳶が岩の上に舞い降りた。
岩に舞い降りた鳶は、陽の光に照され金色に輝く。そうしてその鋭い目はじっと黒王を見つめていた。
黒王は今感じているもの…いや、それ以上に強いものを舞い降りた大きな鳶から感じ取る。
二人はしばらく鳶を見つめていたが、やがて静かに目を閉じ岩の上の鳶に向かい深く頭を下げた。
「さあ…顔をあげて…これを。」
じい様は二人に、水晶で出来た杯を持たす。
汀が池の水を口の付いた白い器にすくい、二人の杯を水で満たした。
「さあ、それを空けなさい。この水はここの山の神が二人に渡す山の命…」
二人は静かにそれを空ける。
汀が空になったその器を受け取り、今度は赤い塗りの杯を黒王に渡す。
きょとん…とした顔で受けとる黒王に、じい様は一言…
「朱緒を頼むよ…良いな、あの時の思いと言葉を決して違えるでないぞ。」
そう言いながら、瓢を取りだしそのなかにある酒を注いだ。
その言葉に…杯に、なぜここに連れて来られたのか黒王は悟った。
黒王はじい様の目を見て強く頷く。
杯を空けると、じい様はそれを朱緒に渡し同じように酒を満たす。
「よい殿御を選んだの…決してその手を離すでないぞ。」
じい様の言葉に、朱緒の目から大きな滴が杯の中にこぼれ落ちる。朱緒はそれを飲み干した。
黒王に再び杯が渡され中が飲み干されると同時に、岩の両脇にいた白鷺が羽を羽ばたかせながら声を上げた。
それはまるで二人の門出を祝う声のようにも聞こえた。
黒王と朱緒は、再び大岩の上の金色の鳶に向かい深く頭を下げる。
鳶はじっとそれを見ていたが、やがて大きく羽ばたくと二人の上を何度も旋回しやがて空の彼方へ消えて行く。
鳶の姿が消えてすぐ、白鷺も後を追うように飛び立っていった。
鳥が飛び立つのを見送り、二人は揃って向きを変えると畏まるように礼をする。
じい様はそれを笑いながら止めるのだが…
「じい様は私にとっては親も同じ…どうか二人の感謝の思いを受け取ってほしい。」
と、朱緒が一言そう言った。
じい様は二人の前に向き合うように座り直した。
そうして改めて二人の思いを頷きながら聞き届ける。
「良いな…今の気持ちを忘れずに…決してこの手…何があっても離すでないぞ。」
じい様はそう言いながら、二人の手を取りしっかりと重ねた。