七話 相談 Ⅱ
「あ、こんなとこに木の実が――いや、またあたる可能性も……」
リリルとノウルが朝食を食べていた頃、ヴェシュナは食料調達のため宿から町と反対側の山に入って木の実をとっていた。それが彼女の毎日の日課である。
ヴェシュナは目の前にある木の実が身体に毒か否かを真剣な面持ちで考えていた。もちろん食べなければ何も起こらないが、食べなければお腹は満たされない。ヴェシュナは食べるまで毒か否かわからない状況から箱に入った猫の話を思い出し、たしか中二病などが好きそうな名前だったと、頭の隅にしまった。
因みにヴェシュナが食べるか食べないかと考えている木の実はヘビイチゴというもので別名ドクイチゴとも呼ばれている。だが毒はまったくなく食べても身体に害はなく、単に味がまったくなくまずい木の実である。赤く、丸いつぶつぶが全体的にあり、葉ぎざぎざで深緑でクローバーと似た形をしていて花弁は五つ。主に地を這っている。山で見かけたら特に似た毒草はないので食べてみても良いが味はない。食べるならキイチゴ類が良く、低い木に実っていてブドウのような形をしている。ラズベリーなどはこの種が大部分である。もし山に遭難したときはタンポポ(葉)やツクシを食べることをオススメする。どんぐり等は食べれるものがあるが、似たものに猛毒のあるものがありオススメは出来ない。
「やっぱやめとこ。もうあんな痛いの嫌だしーっと」
ヴェシュナは食べるのをやめ、近場にあった岩に飛び乗った。木漏れ日にあたりその部分の髪が白銀に輝き髪の揺れに次々と色が変わる。その姿は幻想的で神秘的で美しく、その岩に降り立つ姿は見るものを虜にし、その場にいる動物の目を惹きつけた。
「ん?」
飛び乗り終えたヴェシュナを、見ていた動物たちが正気に戻り、さっきまで自分を惹きつけていたものに対して警戒心を抱いていた。
「別にとって食ったりしないわよ?」
そんな動物たちにヴェシュナは苦笑しながら手をひらひらと振り語りかける。言葉が通じたのか動物たちは警戒心を解き、ヴェシュナのもとに集まった。
「お、おおーすっごーいわ、これ」
動物が集まったことに喜びを感じあははと笑い、岩の上に座った。そんなヴェシュナを動物たちは好意の目で見ていた。
「あたしも二百年は生きてるけどあんたたちも大変ねー。毎日敵から身を守って、食料調達して……でもここはいい所よね、他では無計画や無理な伐採とかで棲みかを失ったりしてるもんねー」
ヴェシュナがほんの少し気の沈んだ表情で言うと動物たちはなんのことか理解できてないらしく、そのまま彼女を見つめていた。
「……まぁあんたたちにはわかんないか。あはは」
そんな動物たちの様子を見て、ヴェシュナはしばらく沈黙した後で開き直ったように冗談でも言うかのように明るい表情でしゃべり、笑った。
「っと。とりあえずもう帰るわね」
ヴェシュナは岩から飛び降り、動物たちにそうつげて手を挙げ振りながら宿へと走っていった。そして動物たちも元の自らの作業にとりかかった。
「I'm come back!やほー」
宿に着いたヴェシュナは玄関を勢いよく開け、玄関についているベルをけたたましく高い音と同時に外でウクシナの鳴き声が響いた。因みに『I'm come back』は『私は戻りました』という意味で『ただいま』という意味ではない。『ただいま』を英語で言うならば『I'm home』だが、これは『おーい、帰ったぞー』と出迎えがいない場合に使う言葉で、出迎えがいる場合は『Hello』や『Hi』と言う。
「あ、ヴェシュナさんお帰りなさい」
「…………」
帰ってきたヴェシュナをリリルは礼儀正しく出迎え、ノウルはテーブルに突っ伏したまま手を挙げた。
「あれ、ヤオトは?」
ヴェシュナは普段料理をまったくしない二人が二人だけで食事をしていたことを不思議に思い、あたりを見渡しながらそう言った。
「ヤオトさんは学校へ行かれましたよ」
「あーっそうだったそうだった」
ヴェシュナはさっきヤオトと会ったことをすっかり忘れていたのを思い出して、頭をかいた。
「んで何話てんの?」
「えーっとヤオトさんの私が会う前どんな人だったかを――」
「あいつは前からあんな感じだよ」
リリルが言い終わる前にヴェシュナは即答で答え、いつものように明るく笑った。
「……なるほど、ヴェシュナさんはノウルさんが来た頃より後に来たんですね」
リリルはノウルの話とヴェシュナの話し振りからそう考察した。
「ん、あたしはあいつがちっちゃい頃に会ってるわよ」
そう言ってまた明るくヴェシュナは笑った。
「え!?それってどういう――」
「それにしても宿元々レストランなのよねー。酔いつぶれた人とかを一時的に泊めるために個室があるだけでさー」
リリルの問いをさえぎるかのようにヴェシュナはこの宿について語り始めた。後頭部に結った闇色の髪を尻尾のように揺らして明るい口調で語る。
「またいろんなことがいっぱい――」
「リリル……人の過去を詮索しな……ふあぁ~」
今度はノウルがテーブルにまだ突っ伏したままリリルの言葉をさえぎり忠告し、あくびをした。
「あの……私さっきからさえぎられてばっか――」
「そういえば……ヴェ、ヴェ……なんだっけ?……ちゃんと日本語で話せてるわね」
「なんのいじめですか~」
ノウルはさらにリリルをさえぎり、ヴェシュナが他国の言葉を使わずに日本語で話しているのを指摘した。そして、さえぎられ続けているリリルはまぶたに涙を溜めて二人に訴えた。
「まぁ、普通に話せるけどね。……なんていうか、構ってほしいのかな?ほらあたしよく戦場に行くでしょ。だからね、人間とケンカばっかしてても楽しく笑えるのが好きになったっていうのかな。だから日本語話せないふりしてるのよ」
ヴェシュナはノウルの指摘に答え、答えていくにつれて表情を穏やかにしていき、言い終わって恥ずかしくなったのか苦笑した。
その言葉にノウルも納得したのか賛同と一言言った。
「……なんか悪いわね、重い話しちゃって」
「ヴェシュナさんも苦労してるんですね」
「んじゃまた出かけてくるね」
そう言ってヴェシュナはすぐに宿を出て行った。玄関を勢いよく開けたため、また大きな高いベルの音を宿に鳴り響かせた。
「昔……ヤオトに会っ……ああ、あのときの無駄に明るい娘か。……ずいぶんと大きくなったな……」
「へ?」
今日の朝、リリルはなんども驚いたと自分の日記に記した。