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一話 再談 Ⅰ

「『よって、この世界にイスラーム教、キリスト教等宗教などががあがめる神は存在しない。』ってよくこんな異端聖書もってたなあの婆さん」


 宿の掃除の途中に見つけたほこりやクモの糸が張り付いて表紙が見えなくなった本を彼、黒髪に黒眼のヤオト・オルゴットは読んでいた。そこにはどこの聖書にも書かれていない内容があったが、ヤオトはそれより重要な悩みを抱えていたので、そんな内容に興味がわかず少し目を通しただけで元の位置へ戻した。


「ドブレウトロ~ヤオト。何してんの」


 ロシア語で『おはよう』と言った見た目少女は後頭部に適当に結った闇色の髪を尻尾のようにゆらし、寝ぼけてまぶたで半分隠れた髪と同じ色の瞳を除かせながら近づいてきた。寝ぼけているせいか肩を壁に押し付け体を支えている。


「ヴェシュナか、おはよう。まだ日本語覚えてねぇのか」

「だってディフィカルトだしー」


 ヤオトの言葉に対して、ほおをふくらますヴェシュナ。だが、彼女の言うことももっともである。この島はさまざまな国の文化が混ざり日本語では『小さな地球』と呼ばれており、ほとんどの人が全ての国の言葉を話すことができるため、島の法律で三年に一度どの国の言葉をベースに使うかが決められる。そこで今年日本語と決められたはいいが、日本語は難しいと多くの人々が困っている。彼女もそのうちの一人だ。因みに日本語をベースにするだけであって、必ず日本語を話さなければならないということはない。


「英語をまぜるな。難しいって言え」

「えぇーめんどいぃ」


 ヤオトの話に聞く耳も待たないヴェシュナはかったるそうに返事をし、乱れた髪を整えている。

 日本語が難しいと言っておきながら日本の今風の話し方をするのでいらだちを覚えるヤオトだが、日本語を正しく使わないヴェシュナのことはすでに諦めているため、それ以上は言い返さず肩を揉みほぐす。


「ま、現に今日本語は流行語だのといって乱れてるからな。それより、今月を含む今までの宿代に――」

「あーあー知ってる。KYとかTKGとかいうやつでしょ?」


 ヤオトが宿代について話そうとしたとき、ヴェシュナが話をさえぎり日本の乱れた言葉について笑顔で次々と話し出し、言葉を発する際に身体を左右に揺らし、後ろに結った髪が尻尾のように揺れる。その行為から彼女がまた今月代すら払えないことがわかる。それが今ヤオトの抱えている悩みである。

 いつまでも続くヴェシュナの話に怒りが収まらなくなり――


「お前、いい加減にしろ」


 と、手に持っていた掃除用ほうきの柄を彼女ののど元に瞬時に突きつけた。


「おーけーおーけー。わかったからほうき下ろしてって」


 ヴェシュナはそれほど怖がることもなく少し引きつっているが笑いながら両手を挙げヤオトにほうきを下げるよう促す。


「てってじゃねぇだろ。……まぁいい、宿代を払えるのかまた払えないのかどっちだ」


 ヤオトはほうきの柄を突きつけたまま獲物をにらみつける狼のような目つきでで淡々と話しかける。しかし、ヴェシュナは見逃してとウインクで語ってくる。手のつけようがないとヤオトはため息を漏らし仕方なくほうきを下ろた。


「そもそもよ、魔族にマネー払えって言ってるのが間違いじゃない?」


 さも、当たり前のように豊満な胸をはって言ってのけるヴェシュナに金がないなら宿に泊りに来るなと言い返すが、全く聞こうとしない。まるで台風や津波の後に一本だけのこった大木のように思考に根をはりめぐらせそびえ立っている。


「ったく、元々人型なんだから働けるだろ」

「……あたしには時間ないからむりよ。バトルフィールドにいつかりだされるかわからないし」


 そう言いヴェシュナは前髪を少し引っ張った

 そう、ヴェシュナは魔族のうちヴァンパイアまたは吸血鬼とい種族にあたる。というのもこの島では他種結婚に対する嫌悪感がないため、さまざまな種族の血が交じり合っている。彼女はヴァンパイアの血が濃いということだ。

 ヴァンパイアは基本能力が高く、特に彼女は弱点がほとんどないため戦場にかりだされてしまう。

 ヤオトも人間と魔族との戦争が荒れているという現状知っているため黙ってしまう。それに、髪を引っ張るしぐさはがんばる、向上する気のあるという心理状態ということもあり、しばらく沈黙した後でほうきを杖代わりにして体重をあずけ、もういいと手を払った。


「サンキュ。じゃねっ」


 ヴェシュナはウインクをすると細く柔らかそうな脚を飛ぶように、見せびらかすように優雅に駆け、足早に部屋に戻りちゃっかりと鍵をかけた。

 それと同時に宿の屋根に止まっているカラスが鳴き始め、静かになった宿にその鳴き声が響く。この宿は町からだいぶ離れているため鳥の鳴き声がはっきり聞こえる。


「あいつがきたな……」


 ヤオトはネクタイを緩め、ため息を吐きながら言葉を発した。すると宿の玄関が開き、上についているベルの美しく大きな音が宿に響く。


「っよ、ヤオト。今日も学校こねぇのかー」


 宿に入ってきた紺色の髪を左側をオールバックにした青い瞳の少年、セード・ブローズンが大きな声でヤオトを呼び、探す。クラス委員になってしまった彼は毎日ヤオトを学校に誘いにくる。

 一階の半分は食事場で二階は食事場部分が吹き抜けでその他は客室でさらにヤオトは玄関から正面の位置に立っている。そのため二階にいるヤオトと少年はどちらもすぐ目に付くので探す必要はない。


「いかねーよ。俺が行くのは事件が起きたときか幼馴染に呼ばれたときしかな」


 ヤオトは一階に下りながら返事をする。

 セードの元にたどり着き、ヤオトはさっさと学校へ行けと手を払う。が、整った顔立ちをゆるくしてニヤニヤと笑みを浮かべて動こうとしない。


「どんだけ惚れてんだよ……」

「感じたんだ。こう吸い込まれるような・・・?」

「なんで疑問形なんだよ」


 セードは自分でもよくわからないと返し、頬をかいた。彼とのやり取りはいつものことだがヤオトはなかなか慣れないと思い、肩をもんだ。


「んで、リリルさんはまだ起きてないのか?」

「遅刻するぞ。さっさと行け」


 セードは宿の中を見渡しながら尋ねた。自分が恋した相手を一途に思う彼はヤオトにはうらやましくもあったがうざいという思いが強く、学校へ登校するようにうながした。


「わーったって。じゃぁな。っと、そうそう。最近学校でファンタズマ――じゃなかった、幽霊のうわさがだいぶ出てるから気が向いたら来てくれ」


 セードは手を振り宿を出ていき、去り際に学校のうわさを伝えて遅刻だぁ!と言いながら走っていった。

 ソメイヨシノ、桜が一応あるこの町では春に桜の花びらでうすい桃色がつけられ、セードの紺色の髪とは反対色で彼はその散る中ではよく目立っていた。


「ファンタズマ……ああ、イタリア語で幽霊か。あいつはまじめだなぁ」


 ため息をつき、ヤオトはセードが日本語しか使おうとしないことに感心とあきれを同時に感じた。

 セードの相手もすみ、掃除に戻ろうとしたとき背筋を悪寒が走った。それは彼のもうひとつのなかなか慣れない存在の気配だった。

 振り返ればそこにいるだろう。そしてつかまるだろう。確実に……。


「ふふふ……」


 女性の淫らな笑い声が木製の宿に反響した。

 それが試合の合図となった。


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