思い出さない転生者
彼岸と此岸の狭間、転生を司る神々のしもべたちが迷い込む一軒の店がある。
CAFÉ Blessyou。そこではボルゾイみたいなマスターが来店客の悩みをきいている。
さて、本日の迷い子は―――――。
本日も成果なし。10年近くやっててこれは、しんどい。
もういい加減辞めたい…。そんな憂鬱な気分で歩いていたら、
いつの間にか英国風の喫茶店前にいた。赤いランタンの下にはCAFÉ Blessyouと書いてある。
入ってみると、アンティークのランプがやさしく照らす店内。そこには、テーブル席が2つとカウンター席がある。
カウンター奥の席には、いかついおじさん。テーブル席にはグレーの猫が丸くなっている。
そんな光景をぼんやり見ていたら、
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。」
急に声をかけられた。マスターかな?ウエストコートを着こなした、細身の男性にモノクルの向こうからやさしく見つめられている。
手には見事なチョコ細工が乗った巨大パフェを抱えている。…でも何故、細工が木彫りの熊なのか。
「やっと完成したよ!名付けてベアーズ・ラブリー・たっぷりパフェ、略してBLTパフェなんてどうかな」
「相変わらず見た目とネーミングがなぁ…。うまいのはうまいんだけど…。」
カウンター席のおじさんはぶつくさ言いながら、パフェを食べ始めた。
キラキラのパフェと、いかついおじさんの組み合わせは…何とも言えない。
「お客様もいかがです?BLTパフェ。本日のおすすめですよ。」
声をかけられて、はじめて自分がまだ座ってもないことに気付いた。
店に入ったのなら注文しなければ。あわてて手近な席に座る。
「あっあの、いえ、あの、ホットコーヒー1つ…。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
マスターはそう言うと、コーヒー豆を挽き始める。
さすがに今あのパフェを食べる元気はない。
それに今度こそ状況を動かさないと、またお小言をもらうハメになる。
そんな気持ちが溜息として吐き出された。
「お客様、何かお困りの様子。よろしければ、ここでお話していかれませんか。」
突然、コーヒーを仕上げているマスターに声をかけられた。
顔を上げると、やさしいまなざしと目が合った。
「え、その…、仕事に関わることなので、おいそれと話すわけには…。」
そう口を濁すと、
「この店はちょっと特殊でな。あんたらみたいなのの悩みを話したところで外には漏れないし、上司にもばれん。そんなシケた溜息吐くぐれぇなら、言ってみたらどうだい。」
パフェのおじさんにそう言われた。思ったより優しい声音だった。
その声に押されるように、私は今一番の悩みを話し始めた。
―――――実は今、とある転生者の担当をしてるんです。
転生先は中世の英国を模した世界。上司としては、その転生によってその世界に産業革命を起こしたかったらしいのです。
ですが、困ったことにその人、なかなか前世を思い出してくれないんです。
最初はね、幼児だし、そのうち…と思ってたんです。それなのに、社交デビューする歳になってもぜんっぜん自覚してくれない。きっかけさえあれば、思い出すようになってるはずなのに!
思い出さない転生者なんて、もう前代未聞ですよ!
物語では、よく頭をぶつけて思い出すパターンがありますよね。私の能力で突風を吹かせて、落馬させようとしたら馬に蹴られて…。
高熱パターンもあるから、水につき落とそうとしたら、毎回華麗に躱されて私が水浸しになるわ、熱病を流行らせたら私が代わりにかかるわで…。
この案件を最初に担当してた先パイはやっと取れた有休を満喫中で連絡取れないし、
引継資料は上司の汚部屋で行方不明。
手詰まりのまま、もうすぐ10年目。上司には“そろそろ革命起こった?”ってせっつかれて…。
―――――気付けば私は泣いていた。
「相当思い詰めていたようですね。さぁ、コーヒーをどうぞ。オリジナルブレンド『涙の虹』です。おいしいですよ。」
名前になんだか引っかかったけど、マスターの声掛けにまた泣いてしまう。
その後、マスターにコーヒー一杯分の穏やかな休息と『前世の記憶に眠る曲』というヒントをもらった。
「マスターのおかげで元気出てきました。次の手は、私の能力で風に『前世の記憶に眠る曲』を歌わせようと思います。ごちそうさまでした!」
そう言って、店を後にした。
後日、私はまたCAFÉブレッシュの前に来ていた。この遣る瀬無さをマスターに聞いてもらいたくて。
手前のカウンター席には猫が寝ていて、奥の席では例のおじさんがまたBLTパフェを食べている。やっぱりものすごい違和感。
カウンター席に座ると、
「おやお客様、お久しぶりですね。問題は解決されましたか?」
マスターが奥から出てきた。
えっと…その手にある精緻なゴリラチョコは一体…何?
「それは、まぁ…。その世界に20年程前から建設されていた『ビックベン』という時計塔があるんですけど。実は先パイ、そこに覚醒のカギを隠してたらしくて…。
お披露目の鐘がなってすぐ、転生者は前世の記憶を手に入れて、トントン拍子に産業革命は成っちゃったんです。
ちゃんと引継資料に書いてたよって、有給から戻った先パイに言われました。
私の10年って何だったんだろ…ハハ…。」
そう自嘲していると、
「あー、それはそれは…。『ビックベンの鐘の音』ですか。転生者さん、前世は日本の方なんですね。でしたら、その音色は学生時代の記憶に眠るメロディーだったでしょうね。」
そう言いながら、マスターがホットミルクを出してくれた。
そしておもむろに投入されるゴリラチョコ。
「そちらの常連さんからのオゴリです。『ゴリラに溺れるミルク』。常連さん推しの逸品なんです。召し上がれ。」
出されたミルクを一口飲む。やさしい甘さが身に染みる。でも…
「これ、ゴリラ《が》溺れるミルクでは?」
転生した人の裏側妄想劇。ちなみに、『ビックベン』の鐘は、学校の授業前後になる「キーンコーンカーンコーン」と鳴ります。
次回、神隠しはありえない時代になった気がする話。




