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第18話 囁く想い

「ふふ、眠ったみたいだ」

 いつの間にか腕の中で寝息を立て始めていた凜を、蒼雪はそっと寝かせて布団を掛けた。頬に残った涙の跡を拭い去り、蒼雪は微笑む。

「こうして触れられるのが、僕だけだなんてね」

 婚姻の儀で彼女の第二の異能を知り、今までの彼女の触れられる事に対する恐れに納得した。同時にその異能が自分の霊力過多を解決できると知り、喜びに震えた。妖怪と人間が共に生きる社会で妖怪の秩序が変わり、それが原因で今更生まれた問題を解消できる異能を、他でもない凜が持っていたなんて、運命以外の何物でもない。

「君の強さも、剛胆さも、その異能も。全部、僕のためにあるみたいだ」

 だからつい、想いが溢れてしまった。霊力過多の状態を解消したいだけなら、凜の異能が明らかになった時点で儀式を取りやめ、彼女に交渉すれば済む話。なのに婚姻の儀まで完成させてしまったのは、やはり凜と本当の意味で繋がりたいと願ったからだ。恐らく凜は、そこまでの想いに気付いていないだろうが。

「婦女子誘拐事件の件も、ちゃんと話を聞いてくれたし。戸隠の件だって、自分の元部下だからと変に庇ったりしなかった。やっぱり君は、頼れる宵鴉の分隊長で、僕の愛すべき人だよ」

 さらりと凜の髪を撫でる。湯浴みを終えた彼女の髪は柔らかくて心地いい。

 凜が庵を発見してくれたことで、早い段階から婦女子誘拐事件の調査に宵鴉の協力が得られた。経験豊富な凜なら、戸隠に気付かれないよう動く術を考えてくれるだろう。宵鴉とこちらの持つ情報を合わせれば、すぐに証拠は集まるはずだ。

「だから、早く事件を終わらせてしまおう。君にもう一度、本当の意味で求婚するために」

 眠る凜の額に口付けをする。

 いずれ告げる想いに、彼女が応えてくれることを祈りながら。


   ***

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第19話 二人の長


 帝都の西――帝東とは対極に位置する地区、帝西。高級志向の店が立ち並ぶ通りにある料亭。その一室で、凍鶴と蒼雪が向かい合っていた。凜は蒼雪の隣に座り、内心ひやひやしながら二人の様子を見守っている。周囲に漂うひりついた空気に、机に並んだ豪華な料理も、なんだか置物のように思えてきた。

「久しぶりだね、凍鶴。少し前まで、雛みたいに上司の後をついて回っていた新人が、いつの間にかお偉い方になっているなんて」

「おかげさまで昇進して、今はその雛を引き連れる立場なのですよ。にしても蒼雪様に覚えていただけているとは光栄です。長い時を生きていらっしゃるので、とっくに忘れているものと」

「僕が老人だとでも言いたいのかい?」

「いえいえ、長生きな分、出会う人も多いのにという意味ですよ」

「ふふふふふ」

「ははははは」

 ほがらかに笑い合う蒼雪と凍鶴。だが対照的に、周囲の温度は一気に下がっていく。比喩ではなく、物理的に。宵鴉の中でも凜とは異なる意味で最強と呼ばれる、凍鶴の氷の異能が発動しているのだ。一方で蒼雪も、いつの間にか九本の尾と狐火を出現させている。どう見ても威嚇している様子だ。

「二人とも、そこまでにしてください。話が進まないでしょう」

 これでは埒があかないと、凜は二人の会話に割って入った。今日集まったのは喧嘩をするためではない。

「事件について、協力のために話し合いをするんですよね。なら早く本題に入りましょうよ」

 凍鶴と蒼雪は凜の方にちらと横目をむけると、互いに小さく息をついた。

「それもそうですね」

「凜に言われたら仕方ないな」

 気温が元に戻り、蒼雪は尾と狐火を引っ込めた。凜は内心ほっと胸をなで下ろしながら、交互に二人へ視線を移す。

「では凍鶴支部長。今回の婦女子誘拐事件について、私が調査した蒼雪の容疑に関する報告を、改めてお伝えいただきます」

 今回の会合は凜の調査報告と、その結果に伴う蒼雪からの協力要請について話すためのもの。定期報告で凍鶴にこれまでの経緯を軽く話をしたところ、蒼雪も交えて三人で話したいということになり、この場を設けたのだ。

「結果として、蒼雪は潔白。屋敷のすすり泣きは、彼が保護していた婦女子誘拐事件の被害者のものでした。被害者を保護したことで、彼は独自にこの事件を調べており、現場に現れていたという証言はそれに伴う誤解かと思われます」

 報告を終えると、凍鶴はゆっくりと頷いた。

「分かりました。今回もお手柄でしたね、光堂分隊長。……対象に潜入がばれたこと以外は」

「……すみません。相手にサトリがいるとは思いもしなかったので」

 嫌な指摘をされ、凜の口角が引きつった。あの庵で全てを知らされた凜がどれだけ後悔し、蒼雪に負い目を感じたのか、この万年笑顔の鬼畜上司は理解すらしないのだろう。そもそも潜入捜査で結婚なんて無茶な要求をされたのに、ここまで調べきっただけで十分ではないか。

 凜が内心苛立っていると、蒼雪が隣で口角を上げる。

「うちの部下が優秀で申し訳ないね。まあそのお陰で、こうして協力しようという話になったのだからいいだろう」

 相変わらずの憎まれ口だが、凜に助け船を出してくれたのは伝わってくる。いつも凍鶴と対峙するときは一人なのも相まって、味方になってくれた蒼雪に、胸がじんわり温かくなった。

「そうとも言いますが。で、協力の内容はなんですか、蒼雪様」

「真犯人の証拠集めを宵鴉に協力してもらいたい。それと最終的には、捕縛もそちらに頼むことになるかな」

「とすると、目星を付けているのは人間、もしくは異能者ですか」

 妖怪頭たちは罪を犯した者が妖怪の場合、その者を罰する権利を持つ。しかし人間や異能者相手の場合は、基本的に犯罪者であっても捕縛し罰することができない。彼らと中央政府が結んだ、人を傷つけないという協力関係に違反するからだ。

 一方で、中央政府が管轄する宵鴉を初めとする治安維持組織は、当たり前だがそういった制限がない。

 凍鶴の問いに、蒼雪は笑みを浮かべながらゆっくりとその名を告げた。

「ああ。君のところにいる、戸隠だ」

「……なるほど?」

 戸隠の名前が出ると、凍鶴の目が一気に険しくなった。再び周囲が凍り付く。まるで氷の中に閉じ込められたような寒さを感じた。

「うちの者の名を出すとは、相応の覚悟があるのでしょうね」

 蒼雪の首に、凍鶴の異能で作られた氷の刃が当てられていた。少し凍鶴が指示すれば、刃は蒼雪の喉を掻き切るだろう。

 凜の体からさっと血の気が引いていく。堪らず凍鶴の方へ身を乗り出した。

「やめてください、凍鶴支部長!」

 だが凍鶴は、蒼雪を睨んだまま冷ややかに告げる。

「少し一緒にいたからと情が移りましたか。あなたに限ってないと思っていたのですが……流石は狐、人を籠絡するのが上手いですね」

「違います。私は自分の持つ情報と彼の話を聞いた上で、今の話が信頼に値すると判断したのです。ですので支部長も、まずは話を聞いてください。宵鴉、東支部の長として」

 凍鶴はしばらく目を閉じ黙っていたが、やがて異能を解除し、ため息をついた。

「……まあ、いいでしょう。私としても、この頃の戸隠は怪しいと思っていましたからね」

「よかった。凜の話を聞いても刃を引っ込めなかったら、その体を燃やしてやろうと思っていたところだったよ」

 蒼雪が微笑みながら手を振ると、凍鶴の背後から青色に燃える狐火が現れた。それを見た凍鶴は苦い顔になる。

「狙われていたのはこちらもでしたか。確か妖怪頭は、人を傷つけられないはずですが?」

「特別な状況なら許されているよ。正当防衛とか、人命救助とかね。君こそ無実の僕を傷つけたら、世間的にまずいでしょう?」

「……はぁ、食えない狐ですね。普段からあなたとやり合えている凜さんを、心から尊敬しますよ」

「お褒めにあずかり光栄です」

 そんなことで尊敬されても嬉しくないと思いつつ、凜は話の舵を引き取った。二人に任せていては喧嘩ばかりで、何も進まなくなる気がする。

「ではまず、蒼雪が集めた情報について話しましょうか」

 そして凜は蒼雪と共に、これまで分かっている情報を凍鶴に共有していった。蒼雪が街で感じた禁術の気配、それと同じ気配を戸隠から感じること、禁術の性質に、それと婦女子誘拐事件が関連している可能性。全てを話し終えると、凍鶴は唸りながら腕組みをする。

「確かに話からすると、霊力源奪取の禁術の特徴に似ていますね。実証は難しそうですが、中央に頼めば術の痕跡からその特徴を分析することはできるかもしれません」

「さすがは宵鴉。味方につくと頼もしいね」

 皮肉を言う蒼雪の横で、凜が凍鶴に問いかける。

「戸隠さんの家についても、調べることはできますか? 禁術を知った経路が分かれば、犯人である証拠になるでしょうから」

「もちろん。その調査も、こちらで行っておきましょう。七日ほどあれば、証拠は十分集まるかと」

「ありがとうございます!」

「当然ですよ、帝東を守るためですから」

 頭を下げた凜に、凍鶴は頷きながら言葉を続ける。

「さて、話はこれくらいで以上でしょうか」

「そうですね」

 凜は内心胸をなで下ろした。一時はどうなることかと思ったが、なんとか最後まで話がまとまったようだ。

「それじゃあ、改めて食事をしましょうか」

 一仕事終えた達成感を覚えつつ、凜は箸を取る。だが、机の上を見て固まった。

「全部凍ってる……」

 机の上に並んだ料理は、どれも綺麗に凍り付いていた。原因は言うまでもなく、この部屋の気温を何度も下げていた鬼畜眼鏡上司だ。

「凍鶴支部長……?」

「はは……すみません。つい感情的になりすぎたようで」

 凍鶴は苦笑いしながら頬を掻いている。さすがに少しは悪いと思っているらしい。そのやりとりを聞いていた蒼雪が、隣で呆れた声を出す。

「まったく。凜のためだからね」

 ぱちりと蒼雪が指をはじくと、青い大きな狐火が生まれ、ごうっと机の上を通っていく。狐火が消えた時には、凍っていた料理もすっかり溶けて、温かな湯気を立てていた。

「すごいわ。ありがとう、蒼雪!」

 蒼雪に感謝しながら、凜は茶碗を手に取った。宝石箱のように並んだ小鉢に、高級そうな肉や魚。蒼雪の家で食べる料理も美味しいが、料亭で出てくる物は高級感も相まって、またひと味違った美味しさがある。

 三人で料理に舌鼓を打ちながら、他愛もない雑談をしていると、凍鶴が思い出したように凜に問うてきた。

「そういえば凜さん。任務は終わりましたが、戸隠が容疑者となった以上、彼に怪しまれないよう事件が解決するまでは、蒼雪様の結婚相手として過ごして欲しいのですが、構いませんか?」

「ええ。それは全然構いませんが……」

 方針自体は凜も賛成だったし、元々そのつもりでいた。だが敢えて蒼雪との話題を振られると、何故か胸がざわついてしまう。

 ぎこちなく答えた凜に、凍鶴は不思議そうに瞬きをした。

「なにかあったのです?」

「い、いえ。特には」

 さすがに上司に、今の蒼雪との関係について知られるのは恥ずかしく、凜は誤魔化しながら目線をそらした。隣で蒼雪が、飄々と笑いながら口を開く。

「そうそう、別に何もないよ。強いて言うなら、婚姻の儀をしたくらい。結婚相手なら普通でしょう?」

「婚姻の儀? 婚姻の儀を、したのですか?」

 婚姻の儀と聞いた凍鶴は、ほんの少しだけ目を見張った。

「それが蒼雪側の、結婚の条件でしたから」

「なるほど……?」

 凍鶴は何故かじっとり蒼雪を見つめる。蒼雪は肩をすくめて見せた。

「心配要らないよ。今はこういう関係だから」

 蒼雪は凜の手から手袋を外した。そして自分の指を絡め、繋いだ手を凍鶴に見せつける。今度こそ、凍鶴は目を皿のように見開いた。

「それは、その……大丈夫なのですか?」

「そうみたいです。不思議ですけど」

 凍鶴はしばし蒼雪と凜を見比べていたが、やがて微笑み口を開いた。

「なんだかんだで、お似合いだったのですね」

 改めて上司に言われてしまい、凜は顔が熱くなるのを感じたのだった。



 そして会合からちょうど七日後。凍鶴から戸隠が犯人である証拠が集まったと連絡があり、捕縛作戦が計画されることになる。



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