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第11話 中間報告

 翌日、凜は失敗を踏まえて、昼間に屋敷を調べることにした。

 日差しが空の真上に登る頃、凜は散歩を装い自室を出て、怪しいと目を付けたところを散策していく。相変わらず屋敷には妖怪たちの出入りはあったが、夜の時間帯に比べると確かに少なく、また居場所も庭園に集中していた。使用人の妖怪たちも睡眠時間なのか、本邸も別邸も比較的静かだ。

 しかし怪しいどれだけ調べてみても、何の成果も得られない。鍵のかかっていた蔵や物置小屋を針金で開けてみるも誰かがいる気配はなく、別邸にある塀に面した数室も、ごく普通の座敷だった。

 ――探す範囲が狭すぎただろうか。

 そう思って範囲を広げて探してみても、誰かが隠されているような場所は一向に見つからない。そのままなんの成果もなしに二日が潰れ、凜は焦りを募らせていた。

「どうしようかしら……」

 調査を初めて三日――蒼雪の屋敷に来てから四日目の午前中。凜は中庭を歩きながらため息をつく。午後には中間報告で凍鶴と街で落ち合う予定なのに、話せる話題が何もない。

「そもそも、本当に泣き声なんて聞こえたの?」

 証言をした人たちの空耳か、もしくは何か別の音と聞き間違えたか。証言は複数あったらしいが、何も見つからない今の状況では、つい疑いたくなってしまう。

 内心暗い気持ちになりながら、周囲を観察しつつ歩いて行く。

 そのとき、小さな泣き声が耳に届いた。

「えっ?」

 凜は顔をあげ、周囲を見回す。泣き声は幼い子供のようだった。人数は恐らく二人。どちらも悲しくて仕方がないというような声ですすり泣いている。

 だが凜は、困惑せずにはいられなかった。

「何もないけど……?」

 別棟でも、蔵でも、物置でもない。声は中庭の隅から聞こえてくる。慎重に耳を澄ませて声の方に近寄っていくも、塀に面した中庭の端に辿り着いただけだった。

「敷地の外からかしら? でも、確かにこの辺りから聞こえるわよね……」

 凜は砂だけの地面を見渡して、一言声を掛けてみる。

「誰かいるの?」

 すると、ぴたりと泣き声がやみ、その場はしんと静まり返ってしまった。理由は分からないが、凜の声が泣き声の主に届いたことは確実だろう。問題は、凜の目の前は何もない空間だということだ。

「どこにいるのかしら……」

 凜は腕組みしながら、足を前に踏み出した。だが数歩進んだところで、ごつんと頭が何かにぶつかってしまった。

「痛いわね……なんなのよ」

 しかし顔を上げるも、目の前には相変わらず何もない。不思議に思って手を差し出してみると壁のようなものに指が触れた。

「これ……結界?」

 そういえば景一と戦った時、彼は瑠風が様々な種類の結界を張れると言っていた。その中には「外から中が見えないようにする結界」もあったはず。

「じゃあこの先に、結界で隠されている空間があるってこと?」

 どくりと凜の胸が脈打った。

 ようやく手がかりが見つかった。これで調査は前進するだろう。

 だが一つ大きな問題がある。凜には結界を解除する術がないのだ。

 もちろん、雷の異能を使って無理矢理結界を破壊することもできる。しかしその場合、中にいる誰かも無事では済まないだろう。それに派手な動きをすれば蒼雪や他の妖怪たちに気付かれ、争いになってしまう。妖怪だらけのこの屋敷で、目立つ動きをするのは得策ではない。調査を進めるには、安全かつ穏便かつ確実に、結界を解除する方法が必要だ。

「これはもう、この後支部長に相談するしかないわね」

 宵鴉には東支部だけでも様々な能力を持つ者がいる。他の支部や中央を含めれば尚更だ。支部長の人脈を使えば、結界を解除する方法を掴めるかもしれない。

 凜はその場を離れて自室に戻り、外出の準備を整える。着物から白いワンピースに着替え、腰にベルトを巻いた。髪を後ろで一つにまとめ、手袋はワンピースに合わせて白い長手袋に付け替える。以前潜入捜査の支給品としてもらった洋装だが、動きやすいので思いのほか気に入り、一人で出かける時は何かと着ていた。

 門番へ気分転換に街へ出てくると断って、凜は蒼雪の屋敷を出て行った。

 以前は馬車で来た道を、今度は足で歩いて行く。たった数日蒼雪の屋敷から出なかっただけなのに、随分久しぶりな感覚がした。以前は宵鴉の見回りで、毎日あちこちを歩いていただけに、屋敷から出なかった日々が長く感じられる。

 凍鶴との待ち合わせ場所は、帝北との境目にあるミルクホールだった。扉を開けるとワンピースにエプロンを着けた店員が、笑顔で出迎えてくれる。

「いらっしゃいませ! お席はご自由におかけください」

 時刻は正午を少し回ったところで、店内は少し遅い昼食を取る人々で賑わっていた。凜が店内を見回すと、店の端にある四人がけの机で、一人新聞を読みながら珈琲を飲む着流しに眼鏡をつけた遊び人風の男性が目に入る。変装した凍鶴だとすぐに分かった。

 凜は彼のすぐ後ろの机を選ぶと、凍鶴と背中合わせに座った。やってきた店員にホットミルクを頼むと、凜はカバンから本を取り出し適当なページを開く。

 不意に、後ろから声がした。

「久しぶりですね、光堂分隊長」

「今は光堂でも分隊長ではないですよ。書類上では」

 凜は目線を本に落としたまま言葉を返す。

 店員がホットミルクを運んで来る。軽く礼を言うも、ホットミルクには手を付けず、意識を後ろに集中させた。

 店員が遠くへ去って行ったところで、再び凍鶴が話しかけてくる。

「それでは、凜さんと。その後、調子はどうですか?」

「ひとまず手がかりは掴みました。確かにあの屋敷には、何かがある。ですが私一人の力では、これ以上の調査は難しいかと」

「と、言うと?」

「例の泣き声は確認しました。しかし泣き声を上げた誰かは、結界で隠されているのです。ですので結界を解除する方法や道具を用意していただければと」

 凜の報告に、凍鶴は「ふむ……」と小さく唸る。しばしの後に、口を開いた。

「結論から言えば、用意することはできるでしょう。ですが結界の術者は、蒼雪自身ですか?」

「いえ。恐らくその部下の、瑠風の方です」

「やはりですか。厄介ですね……」

 曰く瑠風は蒼雪の部下の中では戦闘能力こそ低いものの、結界を張る能力に関しては蒼雪以上だという。故に並みの解除方法は効かないらしい。

「中央に協力を要請しましょう。本部の霊力開発部隊に頼めば、結界解除の呪符を作ってくれるはずです。三日後の午前中には渡せるかと」

「三日後、ですか……」

 三日後といえば、婚姻の儀の当日だ。その日に儀式で口付けをしてしまえば、凜は霊力を奪う異能を知られてしまい、蒼雪の家を追い出されかねない。

 だが儀式は「満月の晩」――恐らくは夜だ。午前中にもらえるのなら、まだ調査の余裕はある。

「分かりました。ですが、できるだけ急いでください」

「努力はしましょう」

 凍鶴はそう返事をした後で、新聞を畳んで席を立った。背後に気配がなくなったのを確かめて、凜は本を閉じようやくホットミルクを一口飲む。

 カップの中のミルクは、すっかり冷め切っていた。


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