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蒼海戦機ヴァルハラ・ホライズン ~追放令嬢と鋼の従者~  作者: 不乱慈


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第8話 契約履行は我が社のモットー

(ブイ)3……ナイアはそのまま、周辺の敵GS増援を警戒して頂戴』

『了解っ、ボス。でも本当に大丈夫? あの“カニ”、本当にヤバそうなんだけど』

『なあ、セレジア嬢、まさかアイツとやり合えなんて、言わねえよな?』


『……――フィン、ジョニーの居る左舷まで回ってきて。作戦を教えるわ』


「了解した」


 ただ無感情に答え、彼はペダルを踏み込んだ。

 ぐっと慣性が掛かるのと同時、ポンプの唸り声が増す。

 その間にも、声だけのセレジアは説明を始めた。


『あれは試製突砕艦〈ティルヴィング〉。敵艦に激突することで轟沈を狙う特殊大型兵器ですわ。GSとはベクトルの違う設計思想だけれど、採掘艦などを狙う都合上、護衛機として随伴するであろうGSとの交戦も、当然ながら想定されていましてよ』


 旋回し、エフェスティア号の船首を大きく回り込むと、その景色が見えてきた。

 静止浮揚状態で立ち尽くす〈ライカントロピー〉の姿と、波に揺らぐ水平線。

 異形の甲殻獣である〈ティルヴィング〉の威容が、徐々に大きくなりつつあった。


『……遅せえぞ。ようやく来たか、青いの』

「セレジア、アレはどうやれば沈められる?」

『正面からは無理ですわ。胴体の接合部分を狙って』

『それはどこにあるんだよ!』


 割り込むように、ジョニーが怒鳴る。


『落ち着いて。あれは敵艦との衝突時、衝撃を本体から逃すために、衝角となる前面装甲部と、後ろの推進ユニット部が分割された構造になっているのですわ』

「その繋ぎ目が弱点なのか。弾は通るのか?」

『後ろに回り込んで、あの盾のような頭の装甲裏を狙えば』

『そんなん出来ると思ってんのかよ、えぇッ?』

『やってもらいますわ。でないとエフェスティアも、この船も……』


「――了解した。Ⅴ1、行動を開始する」


 〈ライカントロピー〉の隣から、〈ブルー・ブッチャー〉が発進した。

 蒼い影がハイドロ・ジェットの白い軌跡を残し、海原を切って走った。

 少しの、戸惑いのような静止の後に、ジョニーも機体を移動させる。


『青いの! ひとりで突っ込むつもりかよッ!?』


 ジョニーの声が通信に響くが、フィンは振り返らない。

 機体は既に〈ティルヴィング〉との距離を半分にまで詰めていた。

 盾状の前面装甲が、陽の光を乱反射して眩く光る。

 その下から覗く二門の長砲が、蒼い影を捉えようと蠢いた。


「……コイツ、機動と照準にラグがある。複座式か?」

『この大きさだもの。一人が機体を、一人が砲座を操ってますわ』

「それならば、付け入る隙はいくらでもある」


 低く呟きながら、フィンは操縦グリップを左右に振って動かす。

 間を置かずに〈ティルヴィング〉の黒い主砲が、火を噴いて吠えた。

 飛び出した20センチ級の砲弾。空気が衝撃波で引き裂かれる。


「回避行動」


 〈ブルー・ブッチャー〉は身を屈め、海面と弾の隙間に素早く滑り込む。

 鈍色の弾頭がギリギリと装甲を掠めて、灼熱色の火花を撒き散らした。

 二発目の砲弾が通過するのを見送り、アサルト・ライフルを浅く構える。

 狙うのは、敵が装甲の下に抱える二門の重レールガン――その隙間だ。


「弾薬庫はこの辺りか――?」


 引き金を引く。鋼腕のパワーが、跳ねる銃身の先を抑え込んだ。

 火線が弾を打ち付け、敵の装甲に幾つものへこみを作り上げる。

 しかし、貫通には至らない。巨大なハサミが立ちはだかったのだ。


「コイツ……」

『回避して、反撃が来ますわ!』

「わかっている」


 直後、対となる右手のハサミが開いて、フィンの視界を埋め尽くした。

 咄嗟にペダルを踏みなおし、ジグザグの軌道で機体を素早く走らせる。

 〈ティルヴィング〉はさらに加速し、厚いハサミを打ち鳴らして振るった。

 閉鎖する構造体の切っ先が、〈ブルー・ブッチャー〉の背面装甲を擦る。

 鮮やかな機動でステップをし、すんでのところで彼は圧殺を免れた。


『フィン、正面からは無理ですわっ!』

「データが少ない。少し試しただけだ」

『それで潰されかけてるじゃねーかよ!』

「お前は黙っていろ、問題はない」


 援護に出た〈ライカントロピー〉が、回り込んでハサミを狙撃。

 アサルト・ライフルの弾が、敵のアーム関節に殺到する。

 が、芸術的な曲線美を持つ装甲板が、すべてを跳弾してしまった。

 それから相手の挙動が変わる。視線はジョニーを追っていた。


『クソッタレが、引き付けたぞ!』

「そのまま船から離れろ、距離を稼ぎたい」

『お前が俺に命令すんじゃねえ!』


『でかしましたわ。さあ、今のうちに!』


 セレジアの声に被さるように、空気を震わす砲声が轟く。

 二門のレールガンだけが、射角ギリギリでフィンを追っていた。

 即座に機体をスライドさせて、プラズマを帯びた砲弾を躱す。


「やはり照準が遅い……っ」


 切り返して、〈ブルー・ブッチャー〉は水飛沫と共に再接近を開始した。

 加速に次ぐ加速。補水索が海面を捉え、ポンプが獣の唸り声を上げる。

 敵との距離、五十メートル。二機のGSで相手の両舷を挟んだ形だ。

 〈ティルヴィング〉の船首は〈ライカントロピー〉のほうを狙っている。


「抜刀」


 ぶん――と、〈ブルー・ブッチャー〉が右腕を振るった。


 前腕部、外側のホルダーに収められたモーターナイフが跳ね上がる。空中に射出されたそれを片手で掴み取って、逆手に握って起動。刀身が微振動し、再び静止する。

 機体は低い前傾姿勢を取り、その勢いのままに直進ルートで突っ込んでいった。


 蒼いGSの接近に気づいた〈ティルヴィング〉が旋回を開始する。が、しかし。


「――遅いッ」


 ナイフの切っ先を突き立てる。狙いは精密。装甲の裏側、前後ユニットの連結部。

 火花を散らして、高周波に抉られた装甲の絶叫が、荒波立つ海原に響き渡る。

 力任せに掻き回して抉った。垂直に刺さった刃のグリップが、軋む音を立てた。

 装甲の傷口が開かれる。ナイフは破片を散らしながら折れて、刀身が砕け散った。


「沈め」


 左手に持ち替えていた“カトラス”アサルト・ライフルを構え、銃口を差し込む。

 亀裂に銃弾を注ぎ込むと、装甲の向こうから無数の弾が跳ね回る音が響いた。

 ライフルに装填されたドラム式マガジンが空になるまで、トリガーを引き続ける。


 ――EMPTY(残弾ゼロ)。銃身を引き抜くと、それを追うように傷口が炎が噴き出した。


 敵機の内部で火災が発生していた。跳ね返った銃弾が内側を破壊し尽くしたのだ。


『――やりましたわね……!』

「目標……突砕艦〈ティルヴィング〉の撃沈を確認」

『……はぁ? マジかよ……――』


 〈ティルヴィング〉の残骸が黒煙を上げながら海に沈んでいく。

 フィンは、その光景をコクピットから無表情に見下ろしていた。

 機体のセンサーは、周囲を警戒モードのまま走査し続けている。


『見事でしたわ。各機、ポジションに戻って』

「了解。帰投する」


 通信を切ると、振り返ることなくエフェスティア号の方へ機体を向けた。

 ハイドロ・ジェットの推進音が海原に響く中、ジョニーが隣を並走してくる。


『お、おい、青いの……』

「報告か、V2」

『……いや、なんでもねえ』


 フィンは僅かに眉を動かしたが、返事をすることはなかった。


 ◇


 浮揚都市オクシリスの港湾区画。その埠頭は、夕刻のオレンジに染まっていた。

 巨大なガントリー・クレーンが立ち並ぶ景色の向こうには、都市の中枢部が見える。高くそびえるのは、アルジャバール・インダストリーの社章を刻んだビル群。


 オクシリスは、いわゆる「企業都市」として知られる形態をとっている。

 都市政府と交わした契約によって、企業が治安・行政を執行しているのだ。

 インスマス号は指定された商業埠頭に接岸を完了し、エフェスティア号も隣の貨物埠頭で荷役作業を開始していた。セレジアは艦橋のサロンで、その光景を眺める。

 今回、クランが引き受けた護送任務は、これにて全て、滞りなく完了した。


「ふう……ひと心地、ですわね。後は……」


 艦橋オペレーターたちは既に持ち場を離れ、バートラムも機体格納庫での作業に向かっている。セレジアはスマート・パッドを手に、柔らかなソファに腰を下ろした。


(……ゼニットが、海洋民兵たちに兵器を横流ししているのは、いったい)


 突砕艦〈ティルヴィング〉は、既に頓挫した計画のはずだったのだ。

 製造コストとパフォーマンスが割に合わず、単純にGSより機動性に劣る。

 心理的な威圧効果は無視できない。しかしながら、ただそれだけの話だ。


 あれは大きく、鈍く、単純すぎる兵器だった。だからこそ凍結された。

 その試作機は全て解体・廃棄されたと聞いていたが、どういうわけか――。


(……あの海に現れた。ソフィアの計画と関係があるのかしら)


 ――逡巡は無意味に終わる。情報が足りていない以上、考えても仕方がない。

 それよりも、と時計を見ると、そろそろ約束の時刻が迫ってきていた。

 パッドの画面を撫でて、接続を確認。アルジャバールの社章が映し出される。

 銀色の歯車を背にした三叉槍。その下に浮かび上がる「兵器開発局」の文字。


「接続完了。音声は聞こえていらっしゃいますか?」

『――ええ。お疲れ様でした、ミス・コリンズ。実に見事な手腕でしたね』


 そう言って現れたのは、セレジアより五つほど年上か、と思しき男性の顔だった。

 きちんとした比率で分けられたブロンドの前髪、温厚そうな表情と裏腹に、鋭い知性を宿したブラウンの瞳。資料で見た通りの、アルジャバール兵器開発局の局長だ。

 セレジアは僅かに逡巡を巡らせ、思い起こす。確か、彼の名前は――。


『……っと、失礼しました。初めまして、私はウィリアム・キュービス。アルジャバールの兵器開発部門の局長です。どうか、気安くウィリアムとお呼びください』

「存じておりますわ、局長。何でも史上最年少で、そちらの地位に就かれたとか?」


 セレジアは姿勢を正して、丁寧に会釈を返した。


『ふふ。恐縮ですが、私はただ、運が良かっただけの男ですよ』


 画面の向こう側で、ウィリアムが微笑みを浮かべる。


『……改めて、今回の任務、本当にお疲れ様でした。事前の情報通り、海洋民兵たちの襲撃は激しかったようですが、あなた方の対応は実に見事なものでありました』

「ありがとうございます。GSパイロットたちの技量に助けられましてよ」

『おかげさまで、オクシリスに持ち込みたかった試作品を無事届けられました』

「それは何よりですわ。私共としても、五大企業に名を連ねるアルジャバール・インダストリー様からご依頼いただけたことは、とても名誉なことだと思っております」


 二人は一瞬の沈黙を挟み、互いの笑みを確認する。


『ところで、ミス・コリンズ。報酬の方は既にお振り込みさせていただきましたが、確認はお済みでしょうか?』

「はい、確認いたしましたわ。迅速な対応に感謝しております」


 クラン・アカウントの画面に表示された残高を思い出し、内心で安堵の息を吐く。

 今回の報酬は、クランの運営資金として十分すぎるほどの額だった。これで当分の間は、機体の整備代や弾薬費、乗組員たちの給料に頭を悩ませることもないだろう。


『それは良かった。契約履行は我が社のモットーのひとつでありますから』


 ウィリアムの表情に、ほっと安堵の色が浮かぶ。

 画面越しでも分かるほどに、彼は誠実な人物のようだった。

 演技であるか、演出であるか――その判別はつかない。

 だが、セレジアには、その全てが嘘ではないように感じられた。


『……さて、連絡事項は以上となりますが、我々としては、優秀な開拓者クラン様とは末永くお付き合いしたいと思っております。そこで提案なのですが――』


 画面の向こうで、ウィリアムの指が端末を操作した。

 オービタル・リンクの秘匿回線越しに、新しいファイルが送られてくる。

 そのファイル名は、セレジアの見知らぬ誰かの名を冠していた。


 ――《カティア》――。

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