第7話 海は母、我らは子
二つの青色、空と海の境界線。それを背に浮かぶ巨大な廃墟の姿があった。
主脚六本が支える高層施設、海底を狙って配置された採掘用の魚雷ランチャー。
此処は、この星にありふれたアビサル・クォーツ採掘施設跡のひとつである。
跡地――とはいえ、施設機能はほとんど完全に近い状態で残されていた。クォーツ鉱脈が枯渇した瞬間、企業は作業員を引き揚げ、プラントをそのまま放棄する。
解体・清掃などは行われない。彼らの「利益主義」に適合しないからだ。
そう。星の恵みを一方的に搾取し、海を汚して、後はただ捨て置くだけ――。
まさに企業の所業を象徴する、皮肉な記念碑だとタリク・フロストは思う。
「……――了解だ。やはり奴らは〈ティルヴィング〉を避けたか」
廃棄プラントの中央棟に残された制御室で、タリクは通信を受けた。
テーブルの灰皿にタバコを押し付け、忌々し気に歯噛みする。
あの航路に用意した「例の兵器」のことだったが、見え透いていたか。
とはいえ、せっかく手に入れたものをここで使わない理由もない。
タリクはマイクを再び手に取り、通話越しの部下に命令を達する。
「今からでも向かわせる。到着まで足止めをしておけ」
『了解です、同志タリク。――海は母、我らは子』
同志の言葉はタリクの心に沁み入り、再びの闘志を熾した。
青き海を、自由を取り戻す戦いの、これは始まりに過ぎないのだ。
「海は母、我らは子。我々は決して、企業の支配には屈しない」
◇
出港から十二時間後。インスマス号は、ルートCの航路を進んでいた。
そこは捨て置かれたであろう難破船や廃材の漂う、見通しの悪い海域だった。
昼間の高い陽の光が、遥か頭上から遮蔽にいくつもの影を生んでいる。
照度はあるのに、明るさを感じられない――そのような鬱屈した場所だ。
『こちらV3! 前方、距離800にGSを確認!』
コールサイン・V3のナイアが、通信リンク越しに告げる。
インスマス号の前方、廃棄船の裏手側から飛び出した一機のGS。
灰色のボディ。レトロな潜水服を思わせる、無骨で重厚な外観。
アルジャバール製、第二世代の普及モデルである〈ザーウィ〉だ。
大量生産品であるがゆえにブラックマーケットを流れ、それは皮肉にも敵の尖兵へと成り下がった。企業の兵器が、企業に刃を翻す――いまさら驚くことでもない。
輸送船「エフェスティア号」を狙って、決死の突撃を行ってくる。
『――撃ってきたよッ!』
『迎撃して、武装使用自由!』
『オーケイ、ボスっ!』
弾倉を背負った敵機が、腰だめに構えたチェーン・ガンを放ってきた。
甲板上の〈グラベル〉は、すぐにカウンター射撃を開始する。
『うらうらうらぁーーーッ!』
二基ずつ両腕に取り付けた、計四門のガトリング砲。
弾帯が高速で巻き取られ、無数の薬莢を甲板にばら撒いていく。
砲声が轟くたびに、〈ザーウィ〉のボディは歪み、ひしゃげた。
穴だらけの虫食い状態になった機体が「ざぷん」と水面に沈む。
「……始まったか」
砲声によって、警戒から戦闘へと、意識の“質感”が切り替わる。
〈ブルー・ブッチャー〉のコクピットで、フィンは低く呟いた。
すぐにインカムが鳴ると、入ってきたのはセレジアからの通信。
耳元の端末をタップして回線を繋ぎ、彼女の声に耳を傾ける。
『インスマスよりV各機。V3が接敵しました。警戒して』
「こちら、V1。索敵行動に移行する」
『……V2、了解だ。狩りの始まりだぜ』
V1のコールサインがフィン。V2がジョニーで、V3がナイア。
各機はブリーフィング通りに、エフェスティア号の周囲に布陣していた。
〈ブルー・ブッチャー〉が船体右舷、〈ライカントロピー〉が左舷に随行。
先行するインスマス号の甲板上から〈グラベル〉が構えている。
エフェスティア号には、指一本ふれさせやしない――というセレジアの布陣。
『おい、青いの……』
ドスの効いた声が、短距離通信用の短波無線で入ってくる。
エフェスティア号の船体を挟んで、ジョニーの機体からだった。
フィンは視界モニターに目を向けながら、彼に応答する。
「どうした、V2」
『敵が来たら、ちょっとした勝負をしようや』
「何を言っている、お前。勝負だと?」
『勝負さ、どちらが多く沈められるかってのをな』
「――くだらん。任務に集中しろ、作戦中だ」
通信終了。センサーのフィルターを切り替え、廃墟を見渡す。
伏兵がひとりきりというわけがない。すぐに増援が――。
『敵GS、さらに三機出現! また〈ザーウィ〉タイプですわ!』
彼の思考が巡りきらないうちに、セレジアが声を張り上げた。
戦術マップに赤い光点が三つ追加表示され、薄く瞬き出す。
今度は無人の幽霊船の陰から、三機のGSが出現したのだった。
エフェスティア号から見て二時の方角、距離・六百メートル。
整備された〈ザーウィ〉の足なら、十秒程度で詰められる距離だ。
「V1、迎撃する。移動開始」
とはいえ、所詮は鈍重な装甲型の第二世代型GSである。
第三世代の〈ブルー・ブッチャー〉の方が機動戦では上手だ。
フィンは機体の向きを転換し、ペダルを力強く踏み込む。
「背中から叩く」
しなる尾。大腿部から伸びる三対六本の装甲化ホース、捕水索システム。
機体がどのような姿勢であれど、給水口である尾先が必ず接水する機構だ。
すなわち安定した給水量は、ハイドロ・ジェットの莫大な推進力を生む。
スペック上、海面滑走の最高速度は、実に毎時220キロメートルに及ぶ。
暗灰色の六尾をうねらせながら、蒼躯の獣は三機のGSに突撃を開始した。
『…………ッ!?』
「撃つのが遅い」
チェーン・ガン。アサルト・ライフルと、バズーカ。
対する〈ザーウィ〉たちが、各々の武器を構えて迎撃の姿勢を整える。
――が、三機が持つ武装から放たれた弾幕が、蒼い機影をすり抜けた。
的外れなバズーカの弾頭が爆ぜて、巨大な水飛沫を噴き上げる。
それが雨として注ぐよりも早く、フィンは機体を切り返していた。
刹那の間にすれ違い、無防備な敵機の背中を、緑色の眼光が睨む。
「ひとつ」
ロックオンすら不必要な距離で、フィンはトリガーを絞る。
“カトラス”アサルト・ライフルが吠えて、銃口から劫火が迸った。
些か装甲の厚い〈ザーウィ〉ではあるが、この距離からの直撃だ。
背負うように配置されたコクピットの隔壁を、弾丸が突き破る。
痛ましい痙攣をおこしながら、バズーカ装備の一機が死んだ。
「次っ――」
続けて左右に銃身を振ったが、残りは流石に仕留めきれない。
二機は旋回しつつ後退を始めて、厚い前面装甲で弾を受け止めた。
敵の反撃が開始される。二つの殺意が、こちらを照準し捉えた。
「……殺してみろ」
海原を打つ波の高低差。僅かに相対高度が上がったのを見て、高く跳躍する。
水面を蹴ったのと同時に、水流圧によるジェット噴射で加速したのだ。
突如として上方に跳んだ相手の姿を、二機の〈ザーウィ〉は追えなかった。
「ふたつ、みっつ」
トリガーを引き絞り、ライフルから30ミリ装鋼弾を降らせる。
『……!!』
『――……ッ!?』
角ばった機体の上面部、乗り込み用のハッチを潰すように弾頭がめり込んだ。
目が眩むようなスパークと、装甲の破片が飛んで散る小爆発。どす黒い噴煙。
二機はコントロールを失って、糸の切れた人形のように海面へ倒れこんだ。
〈ブルー・ブッチャー〉が着水し、盛大に水飛沫が散って、霧が陽光にきらめく。
「V1、右舷の三機を排除した。ポジションに戻る」
通信に告げるフィンの声色、息遣いは、少しも乱れてはいない。
◇
インスマス号の艦橋には、一角だけ明らかに異質といえる空間がある。
柔らかいウールのカーペット。白磁色のティーテーブルと、L字のソファ。
――誰もが「サロン」と呼ぶその場所。だが、本来の意味の応接間ではない。
セレジアの私的な空間にして、指揮官の玉座。艦橋における一種の聖域。
スマート・パッドを注視しながら、彼女はヘッドセットのマイクを寄せる。
「Ⅴ2、少し前に出てインスマスの左をカバーして」
『あいあい、わかってるよ……!』
「そのままⅤ3は火力を展開して、敵を蹴散らして」
『了解、ボスっ! 弾の節約はしないよん』
「バートラム、エフェスティアが少し遅れてるわ」
「かしこまりました。――両舷、半速。針路そのまま!」
「後はフィンですわね。あの子は……」
接敵から十二分。敵数は次第に増えて、戦いは激しさを増していた。
敵の――海洋民兵たちのGSを、既に二十機は沈めているはずなのだが。
「随分と必死に喰いついてきますわね。まるで……」
「センサーに感! 大型高熱源体、本艦に接近しています!」
「――これの足止めですわね……ッ!」
艦橋オペレーターの叫びに、セレジアは半ば腑に落ちたようだった。
バートラムが艦長帽のつばを掴み、ぎろりとモニターを睨む。
「いったい何が来たというのだ?」
「おそらくは、ルートDに置いていた“何か”ですわ」
「……どうされます、お嬢様」
「この速度、たぶん逃げ切れませんわ」
戦術マップに映し出された、ひときわ巨大な赤い光点。
それは圧倒的な速力で、二隻の艦への距離を縮めつつあった。
――やがて、水平線の向こうから水飛沫が見え始める。
インスマス号の八時方向、エフェスティア号の左舷からだ。
『おい、セレジア嬢! なんかヤバいのが来たぞ……ッ!』
『何あれッ……カニのお化け……!?』
激しく泡立つ白い水の中から、陽光を照り返す黄土色の装甲。
ナイアがそれを「カニ」呼ばわりした理由は、すぐに理解できた。
扁平な盾が、海面に覆いかぶさったかのようなボディ。
その左右に添えられた、二つの攻撃的なフォルムを持つ構造体。
まるで、それらの構造体がカニのハサミのようにも見えるのだ。
「あれは……まさか〈ティルヴィング〉ですの……?」
「お嬢様。あれが何かをご存知なのですか?」
「――ゼニットの試作兵器ですわ。でも、どうして彼らが」
セレジアは口元に手をやり、視線を卓上に落とした。
澄んだブルーの瞳が、僅かに揺れ動いて、震えている。
「お嬢様。理由は色々考えられますが、いま為すべきは……」
「ええ、わかっています。わかっていますわ、バートラム」
と、コンソールにしがみつくように、艦橋オペレーターが再び叫ぶ。
「対象、さらに接近ッ! 距離3000、2800……2500……!」
「各員に通達いたします。以後、対象を〈ティルヴィング〉と呼称――」




