第6話 いつもこんなこと一人でしてるの?
インスマス号の機体格納庫は、省電力のために照明の光度を落とされている。
艦の動力はそのものが、無際限のエネルギーを持つ普及型の核融合炉。だが、如何せん古い船でもある。連続稼働時の“クォーツ・フィラメント”の消耗が激しい。
平時の運行は、バッテリーに溜めた電力を利用するのが、艦の慣習となっていた。
「OSの白兵戦プログラムがアルジャバール製の武器統制システムと合っていない? だったら、SAVIOのFe:639に……これでは排熱性が下がる……」
その薄っすらとした暗闇の中ほどに、絶えず反響する抑揚のない男の声。
「……一度、冷却スタックをSAVIO製で揃えてみるか? これなら――」
格納庫には〈ブルー・ブッチャー〉の他に二機、新たなGSが収められていた。
マットな黒色と、光沢ある白色。バーシュ兄妹が駆るカスタム機たちである。
〈ライカントロピー〉が軽装かつ、鋭利なフォルムのギラつく白銀色。
黒のフレームに、紫のヘキサ模様が描かれた豊満な巨体が〈グラベル〉だ。
両GSは兄妹の開拓者らしく、連携攻撃を前提にした機体仕様だった。
〈グラベル〉は両手に抱えた二連装ガトリング砲を――すなわち四丁分の大火力を前面に投射しつつ、その重装甲で敵反撃を遮り、弾幕を形成する役割だ。
中量級の〈ライカントロピー〉が、短銃身化されたアサルト・ライフルを手に携え、機体サイズに由来する小回りの“利き”で妹の死角を補い、近接戦を対応する。
〈ブルー・ブッチャー〉とは異なり、どちらも第二世代型のGSが素体だった。
獣の尾のような補水索の有無が、第三世代と、第二世代の最大の差異である。
リアクターの冷却剤、機体の推進剤にも使われる海水。補水索と呼ばれる給水ケーブルは、GSのボディがどの向きを、どの体勢にあっても常に海面を捉え続ける。
それを持たない第二世代は「海水の汲み上げ」を、ただひとつの着水面である脚部裏に依存している。跳躍やステップを利用した柔軟な立ち回りは期待できない。
GS戦力が三機となったいまでも、前衛は「ブルー・ブッチャー」が努めていた。
「……なら伽御廉の併用型で代用して、リソースの供給をCプラグにスイッチ」
データ端末からの青白い光を顔に浴びて、フィンは真顔で調整を続ける。
クラン「ヴァルハラ・ホライズン」の結成から、何度目かの出撃後の夜だ。
この日の戦いで覚えた微かな違和感を、どうにか今日中に確実に解消したい。
絶妙な感覚のズレだ。雇いの整備士たちは皆呆れて、先に眠ってしまった。
彼は、誰も居ない格納庫の中程で、ひたすら呪詛のような言葉を唱え続ける。
「いや、武器統制に問題が寄るか。ここはモーション・パレットを減らして……」
「へぇ~、驚いた! フィンって二言以上も喋ることあるんだね!」
ふいに、梯子を下りてきた少女の人影が言う。
「ナイア・バーシュか。どうした、何か用か?」
「よかった、ようやく覚えてくれたんだね」
バーシュ兄妹の妹、ナイアは軽く笑いながら、階段を数段飛ばしで降りる。
コツコツとブーツを鳴らして、猫のような軽やかさで向かってきた。
フィンの手元を覗き込み、長い脚を見せつけるように整備ベンチに座る。
「フィンってさ、いつもこんなこと一人でしてるの?」
淡いラベンダー色の前髪を指先で弄びつつ、彼女はおもむろに言った。
フィンは言葉に一瞬だけ反応を見せたが、すぐに視線をデバイスに戻す。
ナイアはその素振りを楽しむような表情を浮かべ、また話し続ける。
「そっか。無口でクールなところもフィンの魅力だね」
「……何か用事があるのか? セレジアからの言づてか?」
「いや。明日の任務のこと。ぶっちゃけどう思ってる?」
「成功率は高い。以上だ」
フィンはモニターから目を逸らさず答え、作業の手を決して止めない。
ナイアは、黒いベレー帽の位置をそっと直しつつ「待ってよ」と続けた。
「いやいや。あの五大企業からの初仕事だよ? 緊張とか、ないのさ?」
心配――ではないのだろう。彼女は藍色の目をキラキラと輝かせる。
フィンはわずかに思案し、それから回路基盤のひとつを取り外して言った。
「……アルジャバールには敵が多い。それが今回の任務に影響する可能性はある」
取り外した、アルジャバール製のFCSプロセッサをカゴに放り込む。
フィンはナイアの存在をようやく認識したように、ゆっくりと見据えた。
その瞳は虚ろで、奥底には吸い込まれそうな暗闇だけが広がっている。
「だが、今の段階でストレスを感じることに意味はない」
「そりゃそうだけどさぁ、なんというか……」
「これは雑談か? あまり重要性を感じられないが」
沈黙。彼はじっと無表情のまま見つめ続ける。
やがて根負けしたように、ナイアが顔をしかめて立ち上がった。
「……怒らせちゃったか。フィンを口説くのは難しいね」
「怒っていない。怒る理由がない」
「いやいや、怒ってるって。……ま、いいや」
くるりと背中を見せて、彼女はリズミカルな足取りで歩き出す。
梯子に手をかけたところで、細い顎をこちらに向けて言った。
「明日のチームプレー、楽しくやろう! 期待してるからね!」
カンカンと、ブーツが梯子を踏む音が遠ざかっていく。
フィンはそれを見送ることなく、手元の作業に再び没頭する。
「格闘モーションをトレース。予備パレットにコピーすればどうだ……」
◇
――明朝。
セレジアは、ブリーフィング・ルームの中央に配置された、ホログラム装置の映像を見つめた。投影されたデジタル海図には、幾つかのルートラインが描かれている。
浮揚都市「オクシリス」に向けて、出発点となる「ティレムス」から辿るいくつかの海路。一隻の輸送艦のアイコンが、二つの浮揚都市の間を何度も往復していた。
彼女は振り返り、部屋に集まったフィン、ナイア、ジョニーの顔を見渡して言う。
「さっそくですが、今回の任務概要を説明していきますわ。アルジャバール・インダストリーの輸送艦『エフェスティア』号を、ここティレムスから、オクシリスまで護衛し、無事に送り届ける『浮揚都市間の護送』が作戦の目標となります」
「……クォーツではないと聞いたが、積み荷の情報はあるのか?」
「急かさないでくださいまし、フィン。同艦には、いくつか先進的軍事技術が積載されているとの情報です。内容はもちろん非開示ですが、くれぐれも敵の手に渡らないよう、万が一の場合はエフェスティアの撃沈も視野に入れてほしい……とのこと」
ジョニーがオールバックの金髪を両手で撫でつけ、意地の悪そうに笑った。
「へぇ、五大企業サマの輸送船を吹き飛ばしてもいいってのか」
「もちろん最悪のケースに限りの話ですが、判断は私が下します」
「勝手な真似はするな、ジョニー・バーシュ」
彼の行き過ぎたジョークに、フィンが暗い眼差しを向けて言う。
もはや反射的ともいえる速度で、ジョニーは肩を怒らせて答えた。
「――あぁ? 偉そうに、なに文句垂れてんだよ」
「意味不明だ。ブリーフィングに集中しろ」
「あぁ!? お前やっぱ気に入らねえわ、表出ろや」
「ちょっと! ふたりとも喧嘩しないでよ!」
火花を散らす二人の視線を、ナイアが遮る。
セレジアは溜め息を吐きつつも、ホログラムの操作を続けた。
「……よろしくって? ブリーフィングを続けますわ。過去数週間に渡って、同社の輸送艦は『海洋民兵』の襲撃を受けています。今回も例外ではなく、事前偵察でルートAからCの航路にかけて、不審船舶が複数展開しているのが確認されましたわ」
A、B、C、Dの航路が示され、うち三本の周りに無数の赤い光点が浮かぶ。
それらは全て敵性のマーカーであり、民兵たちの企業への敵意が如実に窺える。
「はん、空いてるのは残りのルートDひとつだけってわけかよ?」
「そうでもなくってよ。おそらく、ここにはわざと戦力を置いていない」
「罠……奴らがルートDに何かを隠し置いている、ということだな」
「そうなりますわ。それも、一手に航路を塞げるような威力の何かをね」
「……それで? どうするんだよ、セレジア嬢や」
セレジアは目を細めて、敵の勢力をぐるりと指先で囲んだ。
「AからC航路のいずれかを突破します。この敵性マーカーの数、さすがに全てが敵の実数だと考えるのは非現実的ですわ。戦力は間違いなく分散されている……」
「なるほど。いくらかはダミー、実際にはそれほど大した数じゃねえってか」
「ルートDの“何か”を相手するよりかは、よっぽどマシなはずですわ。私たちの戦力ならば押し通せる。次、作戦中の機体配置について説明しますわ。よろしくって?」
バートラムが淹れた紅茶のカップを受け取り、彼女は言葉を続ける。
「まず、ナイア。貴女の〈グラベル〉はインスマスの甲板に固定」
「ええぇーーー! なんでさ!?」
「貴女の機体だけ、巡航速度が合わないのですわ。我慢して頂戴。フィンとジョニーは、エフェスティアの右舷と左舷に随伴し、それぞれ周囲の警戒を行って」
「――任務了解」「あいあい、了解だ」
フィンはすぐに返答した。さほど間もなくジョニーも頷く。
ナイアも不服ながら、渋々了承したという様子だった。
「では、質問がなければブリーフィングは終わりですわ。以降、各自で機体の最終点検をやっておきなさい。出港は二時間後きっかりでしてよ。――では、解散」
ホログラムを消すと、三人は退屈な映画を見終わったように部屋を出て行った。
窓の遮光フィルターを解除したセレジアは、真っ青な空を見上げて深い息を吐く。
「いよいよ、らしくなってきましたわね、バートラム」
「はい、お嬢様。これぞ開拓者といった風情ですな」
“ヴァルハラ・ホライズン”に「仕事の幅」をもたらした、バーシュ兄妹の参加。
本来、クォーツ探鉱を生業とする開拓者であるが、惑星メルヴィルで繰り広げられてきた長い闘争の歴史の中で、彼らは次第に「傭兵」としての価値を帯び始めた。
――採掘艦、輸送艦の護衛・襲撃。鉱脈の奪還や、採掘プラントの占拠……。
オービタル・リンクで競り得た今回の仕事も、その典型的な例といえるものだ。
(……ゼニットと渡り合える力。必ず、近づいてみせますわ)
アルジャバール。メルヴィルの市場経済を支配する五大企業のひとつ。
彼らへの“コネ”は、今後のクラン発展のためにも是非とも築いておきたい。
セレジアは再び席に着いて、護衛オペレーションの検証を続ける。
警備陣系に不備はないか、被襲撃時の手順は、指揮システムの調整は――。




