第5話 追い出す必要はあるか?
応接室に入ると、既に二人の男女が待っていた。ナイアとジョニーだ。
ナイアは艶やかな黒のジャケットを肩に引っかけるように羽織り、その下には銀のラインのアクセントが映える、タイトなボディスーツを身に纏っていた。
わざとジャケットの前を閉じず、豊かな胸元の膨らみを惜しげもなく見せているその装いには、同性であるセレジアであっても挑発的な意図を感じ取れてしまう。
彼女はソファに深く腰を沈め、リラックスした様子で脚を組んでいた。指先では、チャームで飾り立てられた鍵――GSの起動キーをくるくると回し弄んでいる。
「どーも、貴方がセレジアさんだね。ほら、兄貴も挨拶しろって」
「あ、あぁ? ああ…………」
兄――ジョニーの方といえば、どうも無線越しで聞いていた声とイメージが異なる。彼はナイアに負けず劣らず華奢で、顔には疲れのシワと隈が刻まれていた。
どうにも主張の強い性格らしい。いかにも染めたような金髪オールバックに、ジャケットのトゲトゲとした肩飾り。それらは却って、ひ弱な彼の体格を強調している。
「……お二方、ようこそインスマスへ。紅茶はいかが?」
セレジアは穏やかに問いかけたが、ナイアは笑って軽く手を振った。
「ありがたい申し出だけど、アタシは遠慮しとくよ。どーせ味なんてよくわからないしさ。でも、ちょっとお話があって。いいかな?」
「もちろんですわ」
セレジアが快く応じると、ナイアはうんうんと頷きながら話し始めた。
「率直に言うと、アタシたち、セレジアさんのクランに入りたいんだ」
その言葉にカップを置き、彼女をぎょっと見据える。
「わたくしの、クランにですか?」
「そうそう。アタシたち兄妹を、セレジアさんのクランに入れてほしいってコト。特に、あの青いお友達には興味があるんだよね、アタシ」
ナイアはいたずらっぽく笑い、黒いベレー帽を被り直した。
綺麗に澄んだラベンダー色の前髪が、くしゃりと押し潰れる。
「フィンにご興味がおありで」
「背ビレっていうんだね。……クールだ。そう思うよね? 兄貴」
「名前なんざいい。俺は、あの野郎のツラを拝みに来ただけだ」
言いながらも、彼の目が泳いでいる。明らかに動揺を抑えられていなかった。
先日の小競り合いで、フィンから植え付けられた恐怖心のせいだろうか。
だが、それでも辺りを見回している。彼が来れば、よもや掴みかかりそうだ。
「しかし……彼への関心、たったそれだけのことで?」
「簡単なことだよ。アタシは強い奴が好きで、フィンはとびきり強い」
ナイアはニッと笑って、ソファから立ち上がった。
「この前のコンビネーションも悪くなかったし、アタシもそろそろ二人ぼっちは飽きてきたからね。どうかな、セレジアさん。アタシたちと組んでみない?」
「待て。妹が決めたことに文句は言わねえポリシーだが、安い金では働かねえぞ」
「本物のお紅茶飲んでるような人が、ケチンボなわけないでしょ、バカ兄貴!」
「あぁ? 俺はな、お前のことを思ってだな――」
予想外の申し出だが、悪い提案ではない、とセレジアは思った。
彼女の気楽さの裏には、戦場をくぐり抜けた者に特有の気配が垣間見える。
なにより、先日の作戦で知った通りに技量は折り紙付きだ。
兄の方の実力は未知数だったが、あの状況を生き延びたことも確か。
「……わたくしとしても、信頼できる人材はいつでも歓迎しますわ。特に、貴方のように経験豊富なパイロットは貴重ですから。ようこそナイア、そしてジョニー」
「じゃ、決まりだね! よろしく、セレジアさん!」
「…………ちっ、好きにしろや」
ナイアは手を叩き、満足げにソファに座り直した。ジョニーは顔を背ける。
「じゃ、これでアタシも――って。聞いてなかったな、セレジアさんのクラン名」
「クラン、名……? クラン名ですの? あれ……?」
セレジアは一瞬戸惑い、そのまま言葉に詰まった。
その様子を見かねたバートラムが、そっと口を挟む。
「……コホン。お嬢様、現在わたくしどものクランは暫定的に『クラン2184』という管理番号だけが付与されている状態でございます。2184、でございます」
「クラン2184……」
「はぁ? ……決めてねえのかよ。だっせぇな」
「えー、もっとカッコいい名前にしようよ、セレジアさん」
「お嬢様、いかがなされますか?」
一同の声を受けて、バートラムがそっと促す。
「……そうね。クラン名を考えないといけませんわ」
セレジアは少し悩み、ナイアとジョニーの方を向いた。
「提案はあるかしら?」
「兄貴は何かある?」
「知らねえ、勝手に決めろよ」
ナイアは腕を胸の前に組んでから、しばし考え始める。
やがて彼女はハッとしたように、明るい顔を持ち上げた。
「じゃあ、『ホライズン』なんてどう? ミライへの広がり、感じない?」
「ホライズン……」
名を頭の中で反芻しながら、セレジアがそっと目を瞑る。
後ろに控えていたバートラムが、控えめに口を挟んだ。
「お嬢様。僭越ながら、わたくしめにも、一つ提案がございます」
「あら、珍しいわね。どうぞ、バートラム」
「それでは……『ヴァルハラ』などはいかがでしょうか? 古い神話において、死闘を戦い抜いた戦士たちが最後に辿り着くという、栄光の殿堂のことでございます」
「ヴァルハラ……確か、戦士たちの楽園でしたわよね。なるほど」
セレジアは微笑み、ナイアたちに目を向ける。
「それも悪くないですわね。では、両方を合わせてみるというのは」
「あ、いいね! それありかも!」
「そうね、でしたら決まりですわ。未来への広がりと、戦士たちの栄光を求める旅路。――きっと、私たちに相応しい良い名前だと思いますわ」
ナイアが手を叩き、バートラムは「さすがです」と頷く。
その時、ふと応接室の扉が開かれて、フィンが無言で現れた。
彼が持つ独特の気配に圧倒され、ジョニーがよろめきをみせる。
「どわっ……、あ……! てめぇだな……!」
「誰だ、お前は。顔を覚えていない」
「会ってはねえが、この俺を忘れたとは言わせねえ」
「……? 悪いが記憶にない」
一方でナイアは、まるで子供のように彼に手を振る。
「やっほー、生で会うのは初めてだね」
「……その声、あの重量級GSのパイロットか」
「ちょっと待てや! なんで俺のことは――」
喚きだすジョニーから視線を外し、フィンはセレジアに尋ねた。
「セレジア、こいつらを追い出す必要はあるか?」
「大丈夫よ、今日から彼らは仲間ですわ」
「そうか、ならいい。騒ぎを確認しにきた。以上だ」
警戒を解いた――というより、興味を無くしたように目を伏せる。
セレジアはソファを叩いて、隣の席に座るようフィンに促した。
「……」
彼は決して椅子には座らなかった。が、より近い位置にまで寄る。
「フィン。貴方にも言っておくと、クランに名前が決まりましてよ」
「名前。2184から更新するということか? ……そうか」
――関心の有無の掴めない返事、声色。視線も合わない。
それでも彼が耳を傾けていることを、セレジアは知っている。
だから彼女は、迷わず新しいクランの名を言葉にした。
「おほん。――今日から私たちは『ヴァルハラ・ホライズン』ですわ」




