第4話 そこの青いの、援護するよ
〈ブルー・ブッチャー〉は一丁のアサルト・ライフルを装備し、再出撃した。
名を「カトラス」と銘打たれた、その突撃銃の予備弾倉を腰元に二つ。
機体右腕部には、引き続きモーターナイフ「フェゼント」が収められている。
万全の戦闘準備を備えて、蒼い影はオクタヴィア号のもとへ向かっていた。
『何が起きてるんだ!? このクソ野郎は何だ!』
『知るかよ! とっとと艦から離れやがれ!』
『もう、サイアク! 報酬はどうなるのよ!?』
――垂れ流しの無線に、慌てふためく開拓者たちの声が錯綜する。
炎上するオクタヴィア号の周りでは、GS同士の撃ち合いが始まっていた。
開拓者たちの機体と、一機。深紅の――血のように赤い機体。
フィンは開拓者のGSのうち一機を見つけると、その肩を乱暴に掴む。
作戦中、トマホークで彼に脅しを仕掛けてきた開拓者の機体だ。
『ひっ……アンタはさっきの青い奴……』
「状況はどうなっている」
『わからねえ! 急にあの赤いのがいきなり暴れて……』
それだけ聞くと、フィンは無造作に白銀色の機体を放り出した。
彼の関心は、目の前で繰り広げられているカオスに切り替えられる。
赤い機体――深紅のGSは、次々に開拓者たちを狩り立てていた。
白光する蜘蛛のような複眼が見渡す度、また戦場で誰かが命を落とす。
絶え間なくを火を噴くショットガンの弾頭は、スラグ弾だろう。
撃たれた開拓者のGSが、引きちぎられたスクラップになっている。
「セレジア、脅威を確認した。対象を排除する許可をくれ」
『待ってくださいまし、フィン。その機体、様子が――』
開拓者のGSが二機、躍り出て深紅の機体を挟み撃ちにした。
その瞬間だった。敵の機体の上部から、赤い光輪が発せられたのだ。
途端に動きの“質”が変わり、深紅の影は姿を消す。
『あれは……ヘイロー……!?』
二機の間をすり抜けた敵は、滑らかな軌道で彼らの背後を取っていた。
トリガーを引いたままで、黒い銃身のポンプを圧縮する。二発。
重たいスラグ弾に装甲を突き破られて、即座に鉄くずが二つ出来上がる。
『よく注意して、その機体のパイロットは“強化兵士”ですわ!』
「なるほど、了か――」
不気味な複眼と目が合った瞬間、銃口がこちらを向いた。
低い前傾姿勢を取り、〈ブルー・ブッチャー〉は銃撃を回避する。
アサルト・ライフルの弾を、カウンターとしてバラ撒く。
だが相手の反応は、凄まじいほどに鋭く冴えわたっていた。
ショットガンのバレルで海面を叩き、大きな水飛沫を立てた。
目くらましだ――フィンがそう直感するのと同時、霧の向こうが光る。
銃口のマズルフラッシュ。反射的にペダルを蹴って、機体を翻す。
「……興味深い」
――彼の意識の底に、ふいに鈍いが痛みが生じた。
ぼんやりとした光が降りて、薄暗いコクピットを白く照らす。
眠りの中から醒まされたように、視界が鮮明になっていく。
赤い機体に呼応するように、フィンのヘイローも発現していた。
ヘイロー。その輝きの原理は、インプラントが神経回路を書き換えし、脳の処理性能を向上させる際に、副次的に大気中のタキオン粒子が共振していることにある。
フィンのヘイローは、彼の頭の上に浮かぶ程度の、ごく小さな光輪を発していた。
一方で、あの深紅の機体は――GSそのものに覆いかぶさるような光を放つ。
いったいどれほどの強度で、パイロット脳を書き換えているのだろうか。
二機の戦いを見守っていたセレジアの全身に、底の知れない嫌悪がはしる。
(そんなことをしたら、人間では無くなって……)
「……速い。だが、なるほど。性能は俺よりも上か」
いつも通り淡々としたフィンの呟きには、まるで焦りは感じられない。
むしろ、いつもより抑揚を取り戻して、生き生きとしているような――。
『――そこの青いの、援護するよ。一旦、機体を下げて』
ノイズと断末魔の入り混じるオープン回線から、澄んだ声が鳴った。
追われる〈ブルー・ブッチャー〉と、追う深紅との間に、GSが割って入る。
そのGSは、黒と紫に彩られた重厚なボディを盾のようにした。
『あの機体は……』
セレジアは、今回の作戦参加者リストを検索した。
重装甲型のGS、黒と紫の装甲色、女性パイロット――。
『機体識別名:〈グラベル〉。搭乗者名:ナイア・バーシュ……』
ナイアの〈グラベル〉はショットガンの砲火を物ともしていなかった。
というより、器用に装甲の「厚み」の部分でスラグ弾を防いでいる。
状況をみて、敵が一歩引いた。その隙を狙ってフィンが撃った。
即席のコンビネーションであるが、十分に敵の不意を衝くことはできた。
「沈め」
フィンは影を縫うようなステップで肉薄し、容赦なくトリガーを引いた。
30ミリ装鋼弾が、深紅の機体の胸部装甲に無数の穴を穿っていく。
貫通。コクピットを潰された瞬間、赤いヘイローの光が霧散して消えた。
魂が抜けたように四肢から力を無くして、死んだ敵機が海中へ沈する。
「やったか」
『……ナイスっ!』
沈没を見届けるフィンのもとに〈グラベル〉からの通信。
『良くわからないけど、なんとかなったね』
「警戒を怠るな。あれが一機とは限らん」
『……あっそう。――あ。貴方、朝からジョニーと揉めてた青いのでしょ?』
「ジョニー? 誰だ」
『アタシのバカ兄貴。貴方に喧嘩売って、秒でボコられたヤツだよ』
「……あれか。それがどうした」
『ありがとね。アイツ、最近調子に乗ってたからさ』
ガコン、とナイアの〈グラベル〉の手のひらが、背中を軽く叩いた。
フィンは一瞬だけ、ナイフに装備ダイアルを合わせようとしてやめる。
攻撃ではない。彼女の所作から殺気を感じ取ることが出来なかった。
『じゃ、また会おうっ』
そう言い残すと、彼女の機体はくるりと旋回して離れていった。
未だ混乱が渦巻く戦場の名残りの中を、軽快に駆け抜けていく。
『……助かりましたわね、フィン』
「セレジア、この後はどうすればいい?」
『そうですわね。いまのうちに敵機の回収を』
「了解した、すぐに取り掛かる」
戦いが終わり、また声のトーンがひとつ落ちていた。
彼はペダルを蹴り、機体を沈みゆく残骸の方へと寄せた。
◇
――あれから三日が経つ。
アウステル港に帰港したインスマス号の甲板には、穏やかな潮風が吹いていた。
浮揚都市ティレムスに降りる朝日は、パールホワイトのビルディングを黄金色に染め上げている。眩い光は港の外縁に押し寄せる波にかかって、閃いては消える。
遠く見える水平線の、薄暗い空のグラデーションの境界は、ひどく曖昧だった。
「はぁ……甲板でのティータイムもオツなものですわね」
今日の紅茶はセイロンだ。中でもとりわけ輪郭の深いルフナ。それを少量のラプサン・スーチョンとブレンドしてある。はっきりとしたコクと、松で燻された茶葉のスモーキーな香りが、甲板を漂う濃い海風と混ざりあって独特の風情を生んでいる。
だが、たとえその一杯があっても、セレジアの気配は少しも冴えてはいなかった。
「……」
赤い光輪を発した深紅のGSによる襲撃事件は、様々な噂や憶測を呼んでいた。
企業の兵器テストだったとする説。その反対に“海洋民兵”の仕業だという説。
宇宙人の侵略説、古代文明の遺物の封印が解かれたという奇妙なものまで。
だが、あの禍々しい輝きの正体を知るセレジアには、犯人は知れたことだった。
(ゼニット・コンツェルン……お父様、ソフィア……)
間違いなく、妹・ソフィアが進めていた「ヘイロー・プロジェクト」の産物だ。
敵機の残骸を回収した後、セレジアたちは機体のコクピット内部を検めた。
巨大なGS用突撃銃によって、粉砕された肉塊の中に見つけたインプラント装置。
それは、フィンの中に埋め込まれたものより、より洗練された次世代型だった。
ATS社の作戦に参加した、開拓者記録との照合も行った。
機体名は〈アラクネ〉。パイロット名は、U.P.の二文字。
(U.P.……名無し……ってことね)
その悪趣味さに、薄ら怖気がはしる。
「アーキタイプの次の、ファースト・ロットが、もう戦場にまで……」
セレジアは呟く。あの場所は強化兵士の実地試験戦場にされたのだ。
都市から遠い海域、一か所に呼び寄せられた開拓者たちとGS。
新型インプラントの対人能力を測るには、間違いなく最適の環境だったろう。
父。それか――もしくは妹は、研究の成果を見極めようとしていたのだ。
紅茶をまた、一口含む。カラカラに渇いた喉に、濃厚な茶葉の味が染みる。
(あれの完成だけは、なんとしても……止めなければ……)
意志を持たない武力、名誉なき力、ひどく虚ろな暴力の完成形。
それは――それだけは、彼女にとっては許せないことだった。
「……お父様、ソフィア。私は貴方たちを必ず止めてみせますわ」
セレジアは誓いを言葉にして、カップをソーサーにコトンと戻す。
ふと、テーブル上の端末が振動して、バートラムの声が鳴った。
『お嬢様、お客人がいらっしゃいました』
「……どなたですの?」
『先日の作戦に参加していたナイア・バーシュ様と、その兄君、ジョニー様です』
セレジアは眉をひそめた。ジョニーはフィンと一悶着を起こした開拓者だが、妹のナイアには助けられた借りがある。無下にするわけにもいかないだろう。
彼らが船に来る理由を考えながら、セレジアは応接室へ向かうことにした。




