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蒼海機動ヴァルハラ・ホライズン ~報復の指揮を執る追放・企業令嬢は、無感情な「最強パイロット」と共に戦火の海に歯向かっていく~  作者: 不乱慈


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第18話 うふふ、ハッピーバースデイ

 躍動するGSたちの機動が、今日もメルヴィルの海原に荒波をあげる。


「カティア、左脚ポンプの推進ベクトルがおかしい。修正しろ」

『む、排水ベーンが右に寄っとるな。0.3度ほど補正っと、っと……』


「それと、いま右腕の狙いが硬かった。そっちの駆動系(アクチュエータ)も緩めてくれ」


『相分かった。――まったくぅ、AI使いの荒い御人じゃな……!』


 三機目の〈ザーウィ〉を仕留めた直後、フィンは殺気を感じて機体を切り返した。


 寸前まで〈ブルー・ブッチャー〉の胴が在った空間に、砲弾が数多、降り注ぐ。

 「ヴァルハラ・ホライズン」が追跡している「偽装貨物船」による砲撃だった。

 地に注がれる雨水が恵みならば、海原に堕つ鉄の雨は、対となって死をもたらす。


『民兵の艦が、砲門を開きましたわ! 気を付けてくださいまし!』

『うおお!? 大砲(キャノン)じゃ、主殿! めちゃくちゃ降ってくるぞぉい!』


「わかっている! 死角に潜り込んで沈黙させるだけだ」


 がなるカティアの声に返して、フィンは機体を更に、更に加速させる。

 背後には海洋民兵のGSたちと戦うV2、V3(ジョニーとナイア)。眼前には偽装貨物船。

 揺れる波頭を踏み台にして跳び、砲撃の間を縫うように駆け抜けた。

 不自然に深い喫水線(きっすいせん)を睨みながら、船の舷側に向かってハイドロ推進する。


 フィンの駆る蒼影は、群がる〈ザーウィ〉を蹴散らし、敵艦へ肉薄していった。

 その後ろ姿を見届けつつ、護り抜く兄妹のGSが、無線越しの言葉を漏らす。


『……ケッ。テロリスト退治たぁ。これじゃ本当に、まるで正義の味方だな!』


 短銃身(ショートバレル)の“カトラス”を振り回しながら、ジョニーが自分たちを皮肉る。


『ひたすら、ひたすら雑魚狩りって感じで、正直なとこ退屈なんだけどね……』

『万々歳じゃねーか。(ロー)リスクで金が貰えんなら、それに越したことはねえよ!』


『……これだから兄貴は。あのさ、セレジアさん。最近、民兵狩りばっかだけど!』


 ナイアの〈グラベル〉が、ガトリング砲を掃射。迫りくる雑兵を薙ぎ払った。


『――いったい、いつまで続けるのさ。稼ぎだってしょぼいしっ』

『あら? 貴方たちへのお給料は、いつも通り滞りないはずですけれど』

『それもセレジアさんの懐からでしょ! そうじゃなくってさ……』


『わかっていますわ、ナイア。けど〈アラクネ〉たちが動きだすまでは我慢して』

『奴らを誘い出すんだよね? それは分かるんだけど、このやり方――』


(……理解できん)


 もう既に、数日前のブリーフィングで話したことだ。掘り返して何の意味がある。


 “蜘蛛狩り”が公布依頼としてバラまかれた今、ヘイローの流出リスクには一刻の猶予もない。とはいえ、連中に迫る道筋は、ゼニットか、あるいは海洋民兵だけだ。


 選び取ったのは、ひたすら海洋民兵の戦力を叩き続ける、という道筋だった。

 それによって彼らが擁する〈アラクネ〉たちを挑発し、引きずりだす作戦。


 彼女――ナイアは、この作戦にただ一人だけ反対していた。倫理的な観点からの反対ではない。戦力的に劣る勢力の掃討。一方的な戦いが、作業的に繰り返される。

 曰く、そのことが「退屈」だと言うのだ。それでも彼女は、ひとまずは承知して、この作戦に参加したはずである。であるというのに、再び不満を言葉にしている。


 フィンとって、ナイアのそれは、不可解極まりない言動であった。


 ナイアは、セレジアの思想に理解を示したはずだ。それなら、その通りに動け。

 非効率的で、無意味。やがて彼は、二人の会話の内容から意識の焦点を外す。


 二人のやり取りを無視して、現状の戦場における優位性(アドバンテージ)が失われることはない。

 既に、敵艦は目と鼻の距離にあった。GS戦の力量差も明白に圧倒していた。


 それならば、二人が言い合う様子に聞き耳を立てて、何の意味があろうか。

 ペダルを交互に蹴り、操縦スティックを掴む指先へ全神経を集中させる。 


 ――右へ、左へ。〈ブルー・ブッチャー〉はするりと死の雨粒を躱していった。

 装甲を貫通する距離に入り、偽装船の横っ腹を、ライフルの射程内に収める。


「入った――……沈め!」


 トリガーにかかった指先に、力を込めたそのとき。


『うぬぬ!? 主殿、上じゃ!』

「――生身の人間……かッ!」


 視線を上げる。甲板のふちに歩兵が三人、対装甲ランチャーを構え立っていた。

 人の身にGSほどの熱源反応はなく、ランチャーは非ロックオン式であった。


 アナログと人力の技、それは〈ブッチャー〉を被照準警戒器をすり抜ける。


 気付くことができたのは、カティアの“勘”のような演算のおかげといって良い。

 二本の装脚から海水を吐き出してバックステップ。――撃たれる前に、撃つ。


 民兵のうち、二人は弾丸に喰われて、一瞬で血の霧となった。

 だが、最後の一人がトリガーを、どうにか引き絞ってから死ぬ。


 ロケット弾頭から閃光が迸る。インカムの向こうから、ナイアが叫んだ。


『――フィン!』

「ッ、ぁがッ……」


 直撃は免れた――が、弾頭は鋭く海面を突いて、白光を放ち、炸裂。

 次いで衝撃が来た。見えざる大力が装甲を通り抜けて、全身を圧する。


 一瞬だけだが、電磁のヴェールのようなものが視界を覆い尽くした。


 頭蓋骨が浮くような感触が痛みに代わり、首筋を、背骨を伝っていく。

 モニターが途端に消灯し、外部映像の表示が目の前から消え去った。


「カティ……ア……」

『……』


 彼女は応えない。スピーカーからは、ただのノイズだけが鳴らされていた。

 震える手でコンソールを叩くが、電気系統が全て落ちてしまっている。


 察するに、先の爆発には、電磁妨害作用のある“パルス”が含まれていたらしい。


 ふと、脳を締め付けられるような頭痛がして、視界の縁に暗黒が差した。


「っ…………ぅ゛……そうか、インプラントが干渉を……ッ」


 瞼を開いているのに、視界がブラックアウトして、そして何も見えない。

 刹那。脳裏に光の破片がちらついて、逆行するかのように瞬いた。


 そうして、フィンの意識はぷっつりと途絶え去ってから――――……。


 ◇


 そこにあったのは、どこかにあるようで、どこにもない暗闇だった。


 光を消したというより、光の届かない、深くて暗くて、冷たい場所である。

 濁り切った闇のつぶが視界を奪い、鼓膜の奥をきつく、圧迫していた。


 まるで深海だった。いったい、どこまで沈んでしまったというのだろうか。

 彼は、大いなる暗がりの中で、自我を形成する輪郭(フレーム)を見失いつつあった。

 自他の境界が、緩やかにぼやけて、水中に溶け出していくかのような感覚。


 ――総帥も悪趣味だな。わざわざご子息のDNAを採って培養とは……。


 どこか遠くで、誰かの話す声が聞こえる。いや違う。余りにも近すぎる。

 誰かが、闇の向こうで叫んでいるのか。或いは、それは自らが発した声なのか。


 ――仕方あるまい。最もインプラント適正の高かった、貴重な素体だ……。


 別の声が、言葉に応える。あるいは、全ては彼の一人芝居だとでもいうのか?


 うるさい、うるさい、うるさい、うるさい。


 ――報告します。コード:ブルー、自力でのヘイロー発現に成功しました……。

 ――他は? 他クローンのインプラント適合率はどうなった?……。

 ――コード:レッド、死亡。イエロー以降はいずれも基準値未満です……。

 ――了解。失敗作はすべて破棄だ。ブルーを基準にして量産に取り掛かる……。


 そう。これは現在(いま)のことではなかった。未来(あした)のことでもない。

 もはや誰にも覆すことのできなくなった、遠い過去の追憶だった。


 ――うふふ、ハッピーバースデイ。私のアーキタイプ…………。


(……セレジア? ――いや……)


 彼女ではない。遠く昔――歪んだ笑顔の誰かに、そんな祝福をされた。


 ◇


 ――偽装船の追討作戦から、およそ十二時間後。

 インスマス号のブリーフィング・ルームに、ホログラムの投影装置が起動する。


「彼が連れ去られたのは、ロドス海上のSAVIO社・採掘プラント施設跡――」


 光の粒子が流動的に動きだし、現れたのは八脚構造のプラットフォームだった。

 セレジアは施設に付随する情報ファイルを開き、それを手で示しながら続ける。


「通称“エダフォス”。いまは放棄されて、海洋民兵の活動拠点になっていますわ」

「それが分かっているんならさ、さっさと乗り込んでフィンを連れ戻そうよ」

「私もそうしたいですわ、ナイア。けれど、いくつか懸念すべき問題があるの」


 遠い地球の、古宗教の信徒が十字架を切るように、細い指先が空間を撫でる。

 立体ホログラムの操作。ファイルがひとつ解放されると、数値が起き上がった。

 セレジアは目を伏せながら、どこか切ない表情をして、粛々と告げる。


「推定総人口は二千人弱。ほとんどが都市のIDを持てない難民たちですわ」


 ……難民。辺境の水の惑星にあっても、高度な社会性動物である人間は、この問題から逃れることができていない。それが共同体(コミュニティ)(さが)であり、構造の生む犠牲だった。


 ティレムスなどのほとんどの浮揚都市において、インフラの供給は無償ではない。


 土地を踏むことにも、水を飲むことにも、全て“代価”が課されている。造られた大地は有限であり、海水を飲用に濾過することにさえ、莫大なコストが掛かっている。

 それを賄っているのが税という契約だった。そして、その契約を履行し続けることこそ市民証明である。資源と対価の応酬。経済の輪に連ならざる者に居場所はない。


 だからこそ。この「エダフォス」のような廃棄プラントに、彼らは寄り添い合う。

 富める者に捨て置かれた、それらの土地こそが、貧しき者の最後の故郷となる。

 失業者、開拓者くずれ、傷痍軍人。力がものを言う惑星(ほし)で、力を()くした者たち。


 そういった人々が、廃墟の中、ガラクタの寄せ集めの町に生きている。


「……これは単に、落とせばいいだけの要塞ではないと、私は考えていますわ」

「巻き添えが怖いんだ? いまさら恰好を気にしてる場合じゃないと思うけど!」


「ナイア。力を振るう者には、相応の責任が生じることを忘れないで頂戴」


「セレジアさんは、いい加減に自分の責任を思い返したほうがいいんじゃないかな」


 睨み合う二人の間で、空気の質感は急激に、冷たくなっていく。

 いつになく(こわ)い顔をして、ナイアはセレジアに食い下がった。


「仲間の命が掛かってる。それに私たちだって、元は難民の生まれだよ」

「それでも……貴方たちには、その逆境を覆すほどの才能があったのでは?」


 傍に立っていたジョニーが、腕を組んだまま言う。


「才能なんかねえよ。俺たちが、生きるか死ぬかで手に入れた“チャンス”だけだ」

「なら、それに手の届かない弱者は、身の起こる全てのことが自己責任だと?」


 兄妹は同じ色の瞳を揃えて、彼女に向けた。彼らの想いは珍しく一致している。

 セレジアは深く息を吸い、二人を睨みつけると、掠れるような吐息と共に吐いた


「……そう。私は、偽善者ですわ」

「また懺悔? いい加減に――……」


「お黙りなさい。私は父を否定しておきながら、それと全く同じ“力の論理”を行使していた。それでも、私には、そうまでして否定したい理屈がある、消し去ってやりたいものがある! 理想のために手段を択ばないと決めた今だからこそ、手段のために理想を棄て去るようなことは――絶対に、するつもりはなくってよッ!」


 はぁ、はぁ……と、セレジアは肩で息を切らしている。

 久しぶりに、人を大きな声で怒鳴りつけるということをした。


 到底、こんなことは我慢ならなかったからだ。


 同志となったはずの彼らに、ただ潔癖なだけの生娘などと思われたくなかった。

 言い放って十数秒。ナイアは怒気を丸め込めるように、ソファに深く座った。


 きっと、彼女は納得したわけではないのだろうと、セレジアは解っている。

 それでも“形”ではなく、内の“意志”で動いてるということは伝えきれたらしい。


 セレジアもまた、資料を別のものに切り替えながら、状況の説明を再開した。


「…………より現実的には、敵の全容が見えないことこそが、問題なのですわ」


 対峙する開拓者兄妹の眼が、怜悧なプロフェッショナルのそれに変わる。


「二千人の難民の――どれだけの人間が民兵なのか、分からないってわけ、だよね」


「そういうことよ。私たちの兵力は強力だけれども、比べてみれば余りに少ない」

「それじゃ――どうするのさ、セレジアさん。うちのエースを、どう取り戻すの?」


 ナイアが低い声色で問う。彼女は顎先に手を添えたまま、ただ答えられずにいた。

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