第17話 特に“大きな”問題はないよ
空を灼いた青白い光芒の残像が、未だにカメラの端に焼き付いていた。
フィンは〈ブルー・ブッチャー〉の頭部を、咄嗟に跳ね上げさせる。
モニターの視界に収まったのは、護衛対象のビルが溶鉄を垂れ流す姿。
大きな穴が、赤々と蕩けた穴がその中腹に穿たれていたのである。
倒壊は――どうにか堪えているらしい。が、一言でいえば凄惨だった。
『な、何? いまの光はさ……』
通信リンク越し、ナイアの微かな呟きは、畏怖と戦慄で震えていた。
開拓者としての経験が長い彼女ですら、戦場で見たことのない光。
光が瞬く間に青空を駆けたかと思えば、ビルに穴が穿たれていたのだ。
『レーザーか!? SFじゃねえんだぞ……ッ!』
ジョニーの怒声が響く。フィンは、カティアが観測した数値を視ていた。
『光学兵器ではないようじゃが。とんでもない熱量の塊であったな』
「……Ⅴ1より、インスマスへ。――セレジア、いったい何が起きている?」
『フィン。悪いのだけれど、都市を回り込んで。ボレアス港の防衛をお願い!』
疑問は要らない。了解した、と彼は即座に機体を切り返す。
『じゃあ……オレも、あの青いひとについていくべきかな? セレジア』
『お願いできるかしら、ミゼッタ。貴方たちの機体じゃないと間に合いませんわ』
『ふふ、伊達に“傭兵貴族”なんて呼ばれてないよ。姫君の願いは叶えなくちゃ』
〈ブルー・ブッチャー〉の背中を、〈カデンツァ〉が追った。
二機は補水索をしならせながら進み、やがて最高速で並走する。
航続性に優れた第三世代のGSであれば、脚を休める必要はない。
『……さぁて。いったい絶対、何が出てきたんだろうね』
「わからないが、一刻も早く戦場から排除する必要があるだろう」
『同感だね。あんな下卑たもの使われちゃ、戦いがつまらない』
ミゼッタの〈カデンツァ〉が、横目に視線を送りながらに言った。
彼女の答えを無視して、フィンは更に機体の速度をあげる。
と、二人宛てのプライベート回線で、セレジアは交信を求めた。
彼女は息を溜め込むような間をおいて、言った。
『あれは〈ティルヴィング〉級・重砲撃艦。その名も〈ダインスレイフ〉』
『ダインスレイフ! 生き血を啜る魔剣の名前か。実にロマンティックだ』
『基本的な仕様は〈ティルヴィング〉と同じですけれど、厄介なのは背面に積載されたプラズマ・ランチャー。莫大な質量と熱量を同時に放つ、試作の射撃兵装ですわ』
その説明に、カティアが『ふんふん』と呻る。
『なるほど、通りで。レーザーであるなら、光の波長に基づく現象であるが……』
『あれが行っているのは、粒子化したクォーツの、電離分解によるプラズマの発生ですわ。プラズマはチャンバー内で瞬時に灼熱化し、音叉のような二又の形をした砲身の間に送られて集束されるんですの。それを、電磁砲の原理で打ち出している……』
「仕組みは理解した。所要チャージ時間はどのくらいだ?」
『先は浮上から三十六秒ほどでしたわ。次の射撃までは、推定……』
『――十二秒というわけだね。急ごうか? 青いひと』
二機はより鋭い前傾姿勢になって、速度を増した。
『私たちが止められたとしても、この一発だけは間に合わない……ッ!』
苦悩に満ちたセレジアの叫びから間もなく、光芒が、再び天空を引き裂いた。
トライデント・プラザ・ビルはまたもや直撃を受けて、大気がもろとも震える。
貫通はしなかった。代わりに別フロアの表層が溶かされて、抉れていた。
倒壊を踏み堪え、それは違法建築じみた姿に成り果て、ただ形を保っている。
『ほー……。意外と頑丈だけど、どう見ても三度目はないね』
「――セレジア、会合は、中の様子はどうなっている?」
『避難が継続中ですわ。会場への直撃はなんとか免れましたけれども……」
もしビルの崩壊が起これば、辺り一帯は、瓦礫の海と化す。
避難の意味など、微塵もなくなってしまうことになるだろう。
『三発目の発射だけは、絶対に阻止してくださいまし……!』
「了解した」『なるだけやってみるさ』
――やがて、加速を続ける二機の前に現れたのは、鋼の異形だった。
甲殻を持つ怪物が、雷光を纏った魔剣を背負い、殺意を漲らせている。
これが〈ダインスレイフ〉か。二機は、散開して敵の左右に着く。
『もう発射体制に入ってる。早漏なんだね……カワイイ子だ』
〈カデンツァ〉は、両腕部のグレネード・ランチャーを交互に撃ち放った。
爆発が生じる度に、子弾として内蔵されているフレシェット弾が爆ぜる。
まるで、豪雨の雨粒が、ごっそりと釘に置き換わったかのような光景。
そうであっても怪物の甲殻を貫くには至らない。無数に火花が弾け散った。
「無駄だ、奴の装甲は厚い。狙うなら体の脇の接合部を狙え」
『ノンノン。今のは爆発を押し付けたかったんだ。あれを見て?』
「……なるほど。そういうことか」
示されて見れば、プラズマ・ランチャーに集束する光が弱まっていた。
フィンは、瞬間的に現象の背景と、ミゼッタの真の狙いを理解する。
グレネードの爆風は、バレルの間に集められた粒子を吹き飛ばしたのだ。
あれはレーザーではない。すなわち干渉不可能な光そのものではない。
であるならばだ。爆発のような物理的なエネルギーで妨害も可能である。
収束する粒子を散らし続けて、その間に沈めてしまえばいいワケだ。
『まだまだイッちゃダメだよ。これからが楽しいところじゃないか……!』
〈カデンツァ〉は接近しながら、グレネードを撃ち続けた。
二度、三度。プラズマのチャージが立て続けに妨害されていく。
急旋回した〈ダインスレイフ〉が、鉄のハサミを振り回した。
『おおっと、怒らせてしまったかい? でも』
「――……関節を見せたな」
割って入るように、滑り込んだ〈ブルー・ブッチャー〉が“カトラス”を撃つ。
ハサミを懸架する極大のアームの節を、30ミリ装鋼弾が食い荒らした。
アームは根元から折れて、先端が海面に叩きつけられる。水飛沫が散った。
無残にも片爪と化した姿は、まるで金属製のシオマネキにも見える。
『ぐぬぅ……ッ! 負けるわけにはいかんのだ! 海は母、我らは子ォッ!』
スピーカーから発せられる絶叫。〈ダインスレイフ〉が突撃を仕掛ける。
だが。二機のGSは、それを手慣れたマタドールのように、容易く躱し切った。
晒し出された無防備な脇腹――頭部と胴体ユニットの接合部を、照準する。
「……沈め」
『チャ~オ!』
急所を左右同時に穿たれた〈ダインスレイフ〉は、真っ二つに折れて轟沈。
沈みゆく巨大な残骸を見下ろす二人の元に、セレジアからの通信が鳴る。
『……――お疲れ様ですわ、二人とも。残存する敵機も、撤退を始めました』
『いやはや、中々楽しめた! 噂には聞いていたけど、いいパイロットだ』
『貴女は相変わらずですわね……。ひとまずこっちへ戻ってきてちょうだい』
「V1、命令を了解。警戒を維持しつつ、インスマスへ合流する」
と、〈カデンツァ〉の双眼のセンサーが片目を瞬かせて“ウィンク”する。
フィンは彼女のサインを気にも留めずに、目の前を通り過ぎて推進。
ミゼッタは誰に見せるでもなく、愛機に「やれやれ」と肩を竦めさせた。
◇
協議会の秘密会合から、三度の晩が過ぎた日の、暗い夕刻。
甲板のバルコニーセットのテーブルに、セレジアはカップを置く。
ふっ、と息をついてから、彼女はティレムスの都市を見上げた。
「……本当に、穴が開いてるんですのね」
トライデント・プラザ・ビルには、溶接の火花が時折瞬いて見えた。
周囲を羽虫のように飛び回っているのは、修復用のドローンたち。
大穴の開いた醜悪な姿は、復旧までに相応の時間を要することだろう。
「――……クソッ……私は……ッ!」
本当に、酷いテロリズムだった。セレジアはいつになく、はっきりと憤る
ナイアに目を覚まされて、もはや自らを“正義の使者”だなどとは、思わない。
だが、あの空洞を見れば、激しい憤りが胸のうちに沸き上がるのだ。
声をあげる間もなく、肉体が蒸発した会社員たち。唐突に、瓦礫の下に圧し潰された街の通行人。協議会の代理人に死者が出なかったことは、ただ確率でしかない。
「それでも君たちのおかげで、僕は生きて此処に来られたわけだ」
セレジアが声に振り向くと、そこにはウィリアムが立っていた。
彼は手に紙袋を下げ、少し離れたところにバートラムが一礼をしている。
「……はしたないところを、お見せいたしましたわね」
「いやいや。礼に茶菓子でも差し入れようと思って寄ったんだ」
「局長がご無事で何よりですわ。すぐに紅茶を淹れましょう」
彼は袋の中から、ティレムス市内の有名店の、焼き菓子の包みを取り出す。
セレジアが紅茶を淹れる傍らで、ウィリアムはマドレーヌを配膳した。
――……。
「これは……なかなかの味ですわね」
「良かった。お気に入りの店でね」
ようやく人心地、といったところで、彼はおもむろに話を切り出す。
「……さて、あの会合での話を、いくつか君の耳にも入れておこうと思って」
「それは助かりますわ。けれど、いいんですの? 秘匿事項もあるんじゃ……」
「いや、そのうちに公開される情報だからね。特に“大きな”問題はないよ」
“大きな”と、ウィリアムは強調して言った。つまり、問題がないわけではない。
君のために贔屓してルールを破っているのだと、彼は言葉の裏に語っていた。
その真意は――借りを返すという気なのか、新たな貸しのつもりか。
「まず、海洋民兵が使っている大型兵器については、ゼニットが白状したよ」
「……というと? あのエビやカニじみた戦艦のことですの?」
「そう。どうも彼らの兵器工廠から、盗み出されたいくつかの試作艦ということらしい。民兵たちに手を貸す、あの赤い部隊の襲撃から奪取された……という話だ」
まったく白々しい言い訳だ、とセレジアは内心、忌々し気に思った。
しかしながら、そのシナリオを通すための証拠は用意しているのだろう。
「まあ、言わんとすることは分かるよ。だが、彼らが明け渡したデータから弱点も見えてきた。今後の対処はもっと楽だろう。それと肝心の『赤い部隊』なんだが……」
本題だ。真に聞きたかったもの。ゆっくりと瞬きをし、意識を研ぎ澄ます。
「正式に〈アラクネ〉と呼ぶことが共有されたよ。オクタヴィア号事件のときに、テロを起こした機体の登録名をそのまま持ってきた形だね。そして……これから数日の内に、協議会から懸賞金付きの『蜘蛛狩り』の依頼が、バラまかれることになる」
「バウンティ・ハント……というより害虫駆除というわけですわね」
「ああ。もちろん、我々アルジャバールも、彼らの首に賞金を懸ける予定だ」
セレジアの瞼が、ほんの一瞬だけ、鋭く降りた。
そのことに気づかず、ウィリアムは言葉を続ける。
「いやあ、例の発光現象と、あの圧倒的な性能。実に興味深いと思わないか?」
「……そうですわね。もしかして〈アラクネ〉を手に入れるつもりですの?」
「当然だろう。ぜひ鹵獲して、どういう仕組みなのかを解き明かしたいところだ」
「揉めますわよ。あれを作るほどの技術が、民兵にあるとは思えませんもの」
「ふむ。彼らの背景には、企業勢力の関与があると? ……まあ、驚かないが」
と、彼はカップを置き、セレジアに微笑みを投げかけた。
「さて、そろそろ戻らないと。狩りに参加するつもりなら、早い方がいいぞ」
「――ええ。情報をありがとう。どうかお気を付けて、お帰りなさって」
控えていたバートラムがエスコートし、彼を埠頭まで送っていく。
その背中を眺めながら、セレジアは事件について思考を巡らした。
(一連の〈アラクネ〉による民兵への肩入れは、この暗殺のためだった……?)
“五大企業”に名を連ねる各社の施設が、船舶が、立て続けに襲われたとなれば。
協議会は、重たい腰を三十年越しにあげてでも再始動せざるを得ないはずだ。
そうして選ばれた企業の代理人たちを、〈ダインスレイフ〉の攻撃で一掃する。
――いや、そんなことをしても、また新たな代理人が議席に座るだけである。
それだけでは、何の権力構造の変化も起こりえない。
ソフィアの実験……にしては、あの戦場には〈アラクネ〉の姿は現れなかった。
ならば、海洋民兵たちの独断によるテロだったのか。それも否だろう。
結局のところ、セレジアの考えは堂々巡りだった。
父は闘争狂とはいえ、これほどの大事を、ただただ享楽で引き起こす男ではない。
突砕艦はゼニットのものと知られ、現に犯人だと疑われてすらいるではないか。
権力、武力、あらゆる力を渇望する彼が、協議会での立場を自ら揺るがした。
何を掛け金に、これほど無意味な殺戮と、過剰な暴力の誇示を為したのか?
その果てにあるものが何なのかを、セレジアには計り知ることができない。
だが、それでも次に為すべきことは決まり切っていた。
「――蜘蛛狩り、ね……」




