第15話 よほどの大事みてーだな?
――メルヴィル南半球に位置する大型浮揚都市・ヘシオドス。
その規模は、惑星最大のティレムスに次ぐものであり、企業が行政・治安管理を請け負う「企業都市」の区分で見るとなれば、これよりも大きいものは存在しない。
都市の中枢にそびえる“剣”の形をした構造物が、ゼニット・コンツェルンの本社機能を担う建物である。それは俗に“リング・タワー”と呼ばれる、支配の象徴だった。
その支配の血を継ぐ少女は、タワーの地下深くの研究所で激情を露わにしていた。
「――この出来損ないぃぃいィぃいーーーッ!」
ソフィア・リングは醜く怒り狂って、目の前の男をデータ端末で殴りつける。
端末は折れた。プラスティックのカバーが割れて、基盤が散った。
だが、殴られた男が動じることはない。男の表情が見えないのは、仮面のせいではなかった。彼にはただ、そのことへの怒りも悲しみも、痛みさえなかった。
貌のない男――シュルプリーズは、ソフィアに淡々と、機械的に応えを告げる。
「私の完成度は、これまでのどのモデルよりも、相対的には高いはずだが?」
「黙りなさいよッ! どうしてアイツのところに……まだアーキタイプがいるのッ!」
「お前が命じたのはヤツを使った実戦テストだ。処刑でも鹵獲でもなかったろう」
顔の全てを覆う、デスマスクのような面。目元にはスリット状のレンズ。
シュルプリーズの赤い異形は、視線というものを全く感じさせない。
だが、ソフィアは彼に“睨みつけられている”と錯覚し、酷く怖気立った。
「――どうして、どうして言うことを聞いてくれないのッ!」
「私は、本来の目的を果たし、自らの存在意義を確立したにすぎない」
「……どういう意味!? どういう意味よ、それは!」
半ば狂乱に陥ったソフィアを無視するように、彼は部屋の出口へ歩いていく。
「総帥が語られる“力の論理”。それによって造り変えられる世界こそ、私に本当に必要なものだと――そう言っただけのことだ、ソフィア。まさに忠義の徒だろう?」
研究室の扉が自動的に開き、廊下の電灯が差し込んだ。
男の背中に追いすがるように、ソフィアは叫ぶ。
「貴方の生まれた理由を、私のプロジェクトの重要性を忘れないで頂戴ッ!」
最後にシュルプリーズは一度だけ振り向き、仮面越しの視線を返した。
「……忘れてなどいない。生まれた意味も、死にゆく意味もな。……ふふふふ」
◇
――已まない砲声は、その海域が戦場と化したことを雄弁に語る。
『こちらサーペント1! 現在交戦中、至急増援を……ぐああァ!』
『撃てェ! 照準はいらない、とにかく撃ち続けろ!』
『は、早すぎる……! なんだってこんな奴らが……っ!』
通信リンクから鳴り響くのは、数えきれないほどの断末魔である。
炸裂した海面が、噴き出す水柱が、大粒のしずくを叩きつける。
装甲を雨に打たれながら、土砂降りの下を這いずるのはGSの群れ。
〈ハイドラ〉――白と水色に彩られた、SAVIOの正式採用機。
第二世代に特有の狭いコクピットで、一人の兵士は叫びをあげた。
『こいつらァぁぁーーーッ!』
モニターの向こうで躍る深紅の影に、無我夢中でトリガーを引く。
しかし、その弾の一発とて、敵機の装甲を捉えることはない。
質量ごとすり抜けるような――おぞましいほどの手応えのなさ。
『ゆ、幽霊なのか……!?』
「それもいいだろう」
迫りくる弾幕の嵐の中で、深紅の“幽霊”は低い声色のままに応えた。
五秒の即時潜航、切り返して十メートル後退、二秒後に左へ側面跳躍。
ここで照準が振り切れたのをみて、幽霊は静かにトリガーを絞る。
たったの一発。全てが機械的に実行されて、淡々と命を奪っていく。
「……企業のとて、こんなものか」
幽霊――仮面の男シュルプリーズは、〈ハイドラ〉の残骸から視線を外した。
メイン・コンソールを操作し、索敵フィルタを切り替える。残敵数:ゼロ。
接敵から、ものの数十秒。SAVIOの採掘艦、その護衛のGSは全滅した。
シュルプリーズの率いた〈アラクネ〉部隊の力は、圧倒的だった。
だが、勝利の余韻に浸ることはしない。マイクの向こう側へと告げる。
「各機、損害報告を」
『R2、損傷なし』『R3、右に同じく』
『R4、何も問題ありません』
誰も彼も感情が見えない。だから、良い。
人間性は“力”の純度を落としてしまう。
ここに揃えられたのは完全な“力”の形だ。
「上出来だ。あとはアレを沈めて作戦を終了とする」
シュルプリーズの赤い機体の眼が、遠ざかっていく巨影をじっと睨んだ。
この荒れ狂う海域から離脱しようと進む、SAVIOのクォーツ採掘艦。
もはや、彼らを守る剣も盾もない。船体にゆっくりと照準を重ね合わせる。
「共に逝け」
トリガーが引かれて、グレネード弾頭が轟と爆ぜた。採掘艦が傾く。
GS機外の集音マイクが、微かに船員たちの悲鳴を、絶叫を拾う。
万が一にも生存者が出ることはないだろう。だが、手順のうちだ。
「誰も生きては帰れない、誰も生きては帰れない」
グレネード・ランチャーの弾を入れ替えて、致死性ガス弾を装填する。
今度は艦橋に狙いを定めて、発砲。着弾と同時に白い煙幕が噴き出した。
海水との接触で生じる毒素が、僅かな命すらも摘み取っていくだろう。
「任務完了。撤退する」
『――了解』
広がっていく死の霧が、人の形をした残骸と、沈む船とを覆い隠した。
それを為した赤い死神たちは、暗い海原にすべてを置き去りにしてゆく。
◇
二人の「決闘」から一週間。インスマス号、機体格納庫。
フィンがタラップを降ると、ジョニーが睥睨しながらに言った。
「……よう、青いの。見な」
彼が親指で示した先にあったのは、銀威を纏った人型の巨人像である。
〈ライカントロピー〉――修復された両腕が、少し厳つく、逞しい。
肩回りに取り付けられた増加装甲が、鎧武者の如き気配を放っている。
「修理のついでの、強化改造か」
「おやっさんが仕上げてくれたぜ」
「ふむ。マハルはどこにいる?」
彼は舌打ちして、顎の先で〈ブルー・ブッチャー〉の区画を指す。
駐機状態のボディの前に屈みこんで、マハルは作業を行っていた。
激しい銃撃を受け止めてひしゃげた左腕部も、今では元通りだ。
ブーツの音を鳴らしながら、フィンは熱中する中年に声をかける。
「どうだ、直ったか? マハル」
「フィンか。ばっちりよ。……なあっ?」
マハルが訊ね、フィンが見上げる。
機体のカメラアイが緑色に明滅し、応えた。
『主殿、ご照覧あれ! 新型フレームの柔軟性!』
〈ブルー・ブッチャー〉がひとりでに、ぶんと新しい左腕を振りまわす。
外装こそ変わりはしないが、内部部品は丸ごと取り換えられたらしい。
フレームの可動域、モーターの駆動力、全てが向上してみえる。
慌てて立ち上がったマハルが、鼓膜を割るような大声で怒鳴りつけた。
「って危な、カティア! クレーンに当たったらどうする!」
『――おぉっと、失敬失敬。わっはっはっは!』
その行動支援論理AIは、以前と変わりのない様子で、豪快に笑っている。
セレジアが真の目的を打ち明けた今となっては、もはや機密保持の意味はない。
彼女のモジュールは引き続き機体に搭載され、解体破壊は保留されることとなった。
――少なくとも、アルジャバール社に引き渡されるまでの間は。
フィンがじっと睨むと、〈ブルー・ブッチャー〉は再び、元の駐機状態に戻る。
「ハッチを開けろ。新しい腕に慣れておきたい」
『承知にござるっ! 転ぶでないぞ、主殿!』
脚を折った「正座」に近い姿勢のまま、機体の胸ぐらが開く。
剥き出しになったコクピット。ハッチが階段めいて倒れる。
濃い青色の装甲端に、フィンがブーツを乗せかけた時だった。
ブゥー、と気の抜けるブザーと共に、セレジアの声が鳴る。
『GSパイロット各員に告ぐ。至急、ブリーフィング・ルームに……』
「……呼ばれちまった。おい、行くぞ青いの!」
「わかっている。……カティア。機体を起こしておけ」
『承知承知。お戻りまでに、座席は温めておきますぞい!』
◇
うす暗いブリーフィング・ルームには、既に三人が集まっていた。
セレジア、バートラム、そして、パイロットスーツ姿のナイア。
ホログラム投影装置を囲む彼らは、どこか神妙な面持ちである。
否。ナイアだけは、何かに思いを馳せるような笑みを浮かべていた。
フィンとジョニーは彼女の隣に並び、ホログラムの光を見上げる。
「来ましたわね、さっそくブリーフィングを始めます。今回の依頼主は――」
空中に、演出が再生され、企業のロゴが“順番”に浮かんでいく。
アルジャバール・インダストリー。伽御廉重工。SAVIO。
ベリトリーニ・グループ。そして――ゼニット・コンツェルンだ。
「……はぁ?」
「五大企業……」
ジョニーは露骨に動揺を示し、フィンも僅かに眉を持ち上げた。
「その通り。五大企業の代理人による軍事同盟――『協議会』ですわ」
「……協議会、か。最後に動いたのは、三十年前だと聞いているが」
「俺らの生まれる前じゃねえかよ。そりゃあ、よほどの大事みてーだな?」
「大事も大事です。ここ数日間、企業の艦が襲撃されていることはご存じ?」
「さすがにな。オービタル・ネットで散々、報道されていただろ」
「その件ですわ。協議会からブリーフィング・ビデオが届いています」
セレジアはホログラムを指先で触り、ひとつの映像ファイルを開いた。
協議会のロゴ――五本の剣を互いに握り合う手が、五芒星の形に浮かぶ。
その剣の一つから、ベリトリーニの社章が入ったウィンドウが現れた。
音声メッセージ。窓枠の波形表示を、若い男のバリトン声が震わせた。
『ご苦労様です、開拓者の皆さま。こちらはベリトリーニ・グループ代理人、アレッサンドロ・カラヴェッタです。さっそくですが、今回の案件の概要を説明します』
その声の主は、どこか鼻にかけたような口調で語る。
『ご存知のことでしょうが、ここ数日、我らが協議会に加盟する企業群の――まあ俗っぽく“五大企業”と言っても差し支えありませんが――各社が保有する採掘艦やプラントが、立て続けに襲撃を受けています。まあ、いつもの海洋民兵の仕業ですが。しかし……』
ぐにゃりとホログラムが変形し、甲殻類のようなフォルムへ変わる。
かつてフィンが、作戦中に沈めた突砕艦“ティルビング”と同じ姿だ。
『彼らは、不明なルートで入手した新兵器を続々投入してきました。おかげさまで、こちらの損害は……まあ、桁の多い数字を貴方がたに見せたところで、気分が良くなる話ではないですねぇ? さて、問題はここまで損害が広がった理由ですが』
ジョニーが舌打ちをし、ナイアはうめき声をあげる。
「なんかイラついてくるな、コイツ」
「もうヤダ。これ絶対、長い話だよぉ……」
おほん、と咳払いが混ざって、再び波形には退屈な波長が描かれた。
三人のパイロットの中、まともに聞いていたのはフィンくらいか。
『件の兵器の提供も含めて、民兵を支援する、とある“外部勢力”の存在があります。構成も出自も不明。ただ実態として、赤いGSの姿だけが確認されている。この“部隊”の手によって、我が社の採掘艦が一隻、SAVIOのものが二隻、そして、アルジャバールの施設が一基潰されています。我々、代理人は極秘裏に集まり、このテロリズムへの対策を講じることになりました。場所は“ティレムス”――トライデント・プラザ・ビルの三十六階。貴方がた“ヴァルハラ・ホライズン”には、ティレムス周辺の警備をお任せすることになります。会合は、明日の午後二時より開始。六時間前からティレムス周辺海域の哨戒任務に就き、不審船舶の監視と排除を行っていただきたい。本件について事態が動くまでは、企業軍や都市警を大々的に動員することはできません。彼らの即応性には期待なさらず』
――話の気配が締めに入る。
と、息継ぎの気配からパイロットたちが感じ取った。
ホログラムの背景は、再び協議会の五本剣のロゴへと変わる。
『過去のミッションにおいて、件の赤いGSと二度も交戦し、どちらも撃退したという貴方がたの手腕。協議会は大いに期待を寄せていますよ。良い狩りを――』
いくつかの情報ファイルを展開し、サウンド・データが途切れる。
セレジアは背伸びをしてから、室内の照明を一段あげて明るくした。
「……要領を得ないお話でしたから、こちらで要約いたします」
「ありがと、セレジアさん。私もうヘロヘロだよぉ……」
彼女は、空間を浮遊する情報ファイルを順々に開いて並べる。
「まず、今回のミッションは浮揚都市“ティレムス”の警備ですわ」
ティレムスの遠景が映り、都市をぐるりと囲む円環が描かれる。
その境界が赤く明滅し、アウステル港の側にアイコンが置かれた。
――インスマス号と、チームに属する三機のGSである。
「協議会は、先般から活発化しているテロ攻撃に対策を講じるべく、会合の場をティレムス中枢の――トライデント・プラザ・ビルに設けました。彼らはこの機会を狙って、海洋民兵の襲撃が発生すると予想し、我々に秘密裏の行動を要求しています」
「セレジアさん。話をほとんど全部聞いてなかったんだけど、どうして私たちが?」
疲れた声色のナイアに微笑みを向け、セレジアは穏やかに答える。
「秘密の会合ですもの。軍隊を派手に動かすわけにはいきませんわ。ティレムスは五大企業の緩衝地帯だから、市民感情を刺激したくないのもあるでしょうけどね」
「……加えて赤いGSの参戦も加味し、俺たちへと話が回ってきたというわけか」
「その通りですわ、フィン。直接的には、バートラムが話を取り付けてくれました」
傍に控えていたバートラムが、艦長帽をかぶり直して言う。
「海洋民兵たちに手を貸す、所属不明の部隊――あのシュルプリーズ率いる〈アラクネ〉だと推測できます。無論、ヘイロー関連の情報は協議会には伏せてありますが、過去二度に渡る交戦経験を材料に、我々が適任者であると交渉いたしました」
「……っておい、待てよ。さっきから“部隊”っつってるが、一機じゃねえのかよ?」
「あの〈アラクネ〉が複数機、戦場で確認されているようなの。どうやら、強化兵士を量産を始めたみたいですわね……」
「なんだってよ、ゼニットの操り人形が民兵のテロリスト共に手ェ貸してんだよ」
「わかりません」
「その会合をヤツらは襲ってくんのか?」
「わかりませんわ」
溜め息をついて、ジョニーは天井を仰いだ。
「手がかりなしじゃねーかよ。ヤベーんじゃないか? この仕事」
「確かに、不確定要素が多いものであることには変わり在りませんが――」
肩をすくめるようにして、セレジアは溜め息をついた。
「とにかく彼らが現れる可能性がある以上、私たちも動くしかありませんわ」
「ああ、そうかい。おい青いの、こないだの礼がしたいんじゃないか?」
「……礼? ……それが報復を指すのなら、俺にとって意味のない行動だ」
フィンの虚ろな眼差しが、ホログラム上の赤いGSを睨んだ。
「だが、もしヤツが再び俺の前に現れたのなら――必ず排除してみせる」




