第14話 契約料は三割増しだよ
日が、沈みかけていた。波立つ海面が血の赤色に染まっている。
その果てしない水平線を乱すように、影が二つ対峙していた。
二機のGS、〈ブルー・ブッチャー〉と〈ライカントロピー〉――。
蒼と銀の、二つの鋼鉄の威容の間には、迸るような殺気が漲る。
『まるで西部劇だよな、青いの。インスマス牧場の決斗、って感じか?』
挑発的な“敵”の声が、クランの通信回線から発せられている。
フィンは改めて、モニター端のステータスに目を通した。
弾薬満タン。リアクター正常。敵味方識別装置――“非作動”よし。
『さあ、先に抜けよ』
「俺は、いつでも、構わない」
『……上等だぜ、死ねや』
〈ライカントロピー〉が身を屈め、アサルト・ライフルの銃身を上げる。
それが合図となった。〈ブルー・ブッチャー〉は右方向へスライドし、加速。
彼らは同時にトリガー引いて、瞬間的に銃声を重なり合わせる。
時計回りに旋回する二機が、死の円環を描く。互いの装甲を火線が掠めた。
銃口から吐き出されているのは、決して、演習用のペイント弾ではない。
フル装填された実弾。実戦と何ら変わりない、命と命のやり取りである。
『オラオラオラァーーーッ!』
「カティア、左足の張力を二つ落とせ」
『……り、了解じゃ、主殿……!』
交互にペダルを蹴るフィンの足捌きが、直に機体に伝達される。
〈ブルー・ブッチャー〉は華麗なフットワークで、弾を躱し続けた。
海面をハイドロ・ジェットの推進力が蹴り、水飛沫があがる。
「……はッ!」
装甲に海水を浴びながら、敵の弾幕をすり抜け、徐々に距離間を詰めていく。
対する〈ライカントロピー〉は、背中の武装マウントに手を伸ばし始めた。
近接戦の用意だ。フィンは瞬間的に、剥き出しになった相手の肘関節を狙う。
狙いの先で火花が散った。銀色の機影が傾き、左腕をだらりとぶら下げる。
『テメェッ!』
「――遅い……」
『……くそがッ!』
「……――ッ!」
ジョニーが乱射する弾の一発が、こちらのドラム弾倉を直撃した。
一瞬ばかし、脳裏に踊る死神の気配。潔くアサルト・ライフルを捨てる。
直後に弾倉が誘爆して、破片と火炎が、嵐となって襲い掛かった。
咄嗟に手のひらを持ち上げて、コクピットとセンサーだけは守り抜く。
「ぐっ……ぅ……」
――ステータス警告。左腕部駆動系が、一瞬で40%の出力低下を起こした。
だったら盾として扱うまでだ。半ば機能を喪ったそれを、前のめりに突き出す。
絶え間ない射撃をアーマーで受け止めながら、鋼鉄の蒼躯は前進を続けた。
『コイツ……強引に……くそっ!』
弾幕を蹴散らすかのような、猛々しい獣の突撃。
〈ブルー・ブッチャー〉の右手には鋭い刃が光っていた。
その切っ先が素早く突き上げ、敵機の胴体を狙う。
『――がぁぁぁぁぁーーーッ!』
モーターナイフ“藍銅”の切れ味を、ジョニーは当然、知っている。
だが、彼はあえて機体を前進させて、GSのボディを正面から激突させた。
捨て身の体当たりだ。瞬間的に〈ブルー・ブッチャー〉の姿勢が崩れる。
「……――っ!」
次いで、フィンはシートに叩きつけられた。機体の顔面を「何か」で強烈に殴打されたからだ。〈ライカントロピー〉は、トマホークを保持していなかったはずだが。
相手の手元を見れば、そこには動かなくなったはずの「左腕」が掴まれている。
ジョニーは左腕を引きちぎって、より原始的な攻撃手段――棍棒としていたのだ。
『……っせぇ、テメェさえ、いなければッ!』
二発目の打撃。振り下ろす鋼腕がしなって、装甲が装甲を鞭打つ。
どこかの内部部品がイカレたらしく、警告アラートがけたたましい。
〈ライカントロピー〉が僅かに退いて、再び得物を振り上げる。
『お前なんざ、消えてなくなりゃあいいッ!』
「――――ここだッ」
鬼気迫る乱打であったが、その単純さゆえ、三度目で見切られた。
振り上げた一瞬の間を縫って“藍銅”のブレードを振り下ろし、斬撃。
肩関節の接続構造を裂いて、右腕部ユニットがもろとも吹き飛んだ。
『く……っそ、バケモノがァ!』
『――主殿、もう勝負はついた、待たれよ!』
「脅威の完全排除を実行する……死ねッ」
カティアが発したデジタルの叫びにも、フィンはまったく耳を傾けない。
両の腕を失った白銀色の鉄骸に、モーターナイフを突きつける。
あと少し、これを差し込むだけで、切っ先はコクピットのジョニーを貫く。
操縦グリップを握る腕、指先のトリガーが絞られる。ナイフが駆動した。
そして――――閃光が過る。
『そこまでだよ、フィン。バカ兄貴も』
弾の群れが二機の間を通り過ぎ、致命の一撃を中止させた。
〈ブルー・ブッチャー〉の中破したカメラが、弾道の元を睨む。
インスマス号の甲板に、砲を〈グラベル〉が構えていた。
「……ナイア・バーシュ、か」
『チッ、余計な真似を……』
『そのへんにしときなよ。私、そろそろ怒るから』
インカム越しのナイアの声は、硬質な殺気を纏わせている。
◇
二人は、再び互いの表情を見ることになるとは、思ってはいなかった。
次にコクピットから出るとき、どちらか片方は死体のはずだったからだ。
だが、現に彼らは応接室で顔を突き合わせている。死に顔ではない。
テーブルを挟んで二つのソファ。セレジアとフィン、ジョニーとナイア。
――それは奇しくも、四人が初めて対話したのと、全く同じ形だった。
「……で。皆ずっと黙ってるわけ? これって時間の無駄って思うんだけど!」
足を組みなおして、ナイアは背伸びをしながら言った。
セレジアは意を決したように、ジョニーの方に向き直る。
「私に言いたいことが、あるのでしょう?」
腕を組んだままの彼は、じっとセレジアを睨み続けている。
だが、居住区の廊下で出会ったときほどの、あの剣幕ではない。
やがて、ジョニーは睨むことにも疲れたように、息をついた。
「妹はただ一人の肉親だ。俺にはコイツを守る義務がある」
「……ほっといてって、いつも言ってるのになぁ」
「コイツが傭兵に、開拓者になると決めたとき、俺もそうした」
二人一組の開拓者兄妹。ジョニー・バーシュとナイア・バーシュ。
ジョニーの乗機〈ライカントロピー〉は、中量級のカスタムGSだ。
それが重量級の〈グラベル〉の随伴仕様であることは明白。
機動性で劣る妹の機体を、死角を補う為の近接戦用カスタマイズだ。
「妹の敵はブッ飛ばす。……開拓者にとって、敵ってのは二つあるだろ」
二本指を立て、ジョニーは露骨にセレジアへと視線を向けた。
「一つが、俺たちが戦う正面の敵だ。そしてもう一つが――」
「……信用ならない雇い主、ですわね? ジョニー」
「ああ、そうさ。余計な敵を増やす奴なんざ、ただ敵でしかねえ」
一本残された人差し指がゆらりと振れ、彼女の方を指した。
「俺たちは開拓者クランに入っただけだ。革命家のお嬢様に仕えたつもりはねえ。強化兵士だか、改造人間だか知らねえが、妙な因縁は俺たちの居ないところでやれよ」
「ごめんなさい。けれど私には力が必要で、あれは遺してはいけない技術で……」
「それはテメェの事情だろうが。生き死にのリスクは俺たちが負うことになるんだ」
「……それは…………ごめんなさい。ジョニー、ナイア。不誠実な行いでした」
セレジアは、二人を見据え、はっきりと謝罪の言葉を口にした。
だがジョニーの表情は険しく、その魂にトドメを刺すように放つ。
「ヴァルハラなんて、聞いて笑わせるぜ、まったく。何が戦士たちの殿堂だっての。お前ら死人だ。死人の巣窟に招かれた、こっちの側の身にもなれってんだよなッ!」
「……――……ッ」
セレジアは白い手袋の甲で、噛み切った自分の唇の血を拭う。
ジョニーは気付かなかったが、フィンはナイフの柄に手をかけていた。
しばしの沈黙がおり、十秒か、それ以上かが経って声がする。
ナイアがただ変わらない、朗らかな笑みで彼らに語りかけたのだ。
「いいよ、その辺。私は割り切ってるから。この業界じゃよくあること」
「……――チッ。プロ気取りしやがって、本当に生意気な妹だぜ……」
「何をいまさら。甘ちゃん兄貴なんかより、よっぽどプロだよ~?」
と、一瞬だけ目がすわって、ナイアが「でもね」と言葉を続ける。
「セレジアさんの必要な『力』は貸してあげる。けど、それ含めて雇ってほしいな」
「……当然ですわ。私は貴方たちに、然る対価を払っていなかったんですのよね」
「それとね、もう一つ。さっきのセレジアさん家の話を聞いて、思ったんだけどさ」
彼女は首を傾げて、微笑みかけるようにフィンを見つめた。
「フィンってさ、どうして、セレジアさんのところで戦ってるの?」
「俺は、ヘイロー・プロジェクトを抹消するために戦っている」
「違う違う、そうじゃなくて。どうしてフィンが戦う必要があるのさ?」
「強化兵士である俺は、ゼニットの強化兵士への有効な対抗手段だ」
「いや、そのことじゃなくて。難しいな……なんて聞けばいいんだろ」
質問の意味が分からない、とばかりに彼は沈黙する。
やがてナイアが閃いたかのように、手を打って訊いた。
「ナントカ・プロジェクトを潰すのが、セレジアさんの願いだよね?」
「ええ。あれは本来、兵器としてあってはならない禁忌の――」
「そうだよね。じゃあ、フィンの願いはあるの? 目的じゃなくて」
フィンは口を閉ざしたまま虚ろにテーブルを見ている。
さっと、血の気が引くように、セレジアの表情が消えた。
「……ナイア、私は――」
「セレジアさんのやってること、お父さんと一緒じゃない?」
「――――っ……違いますわ、私は、私は……!」
彼女は身を前のめりに、語気を強くした。
だが、ナイアはそれに構わず言葉を続ける。
「だって。必要ってだけで、フィンに戦わせてるんでしょ」
「――貴方に、いったい何が分かるんですの……?」
「分からないから聞いているんだよ。どこが違うのかな」
“正義”と言葉を口にしようとして、喉管の内が硬くなった。
そんなものが果たして、本当に自分にあるのだろうか。
冷たい鉄の塊が、胃の奥底の方から這い上がるような不快感。
セレジアは両膝の上に置いた拳を、ぎゅっと固く握った。
「…………同じ……」
「私には、そう見えるよ」
「……そう、ですのね」
息が詰まる。ジョニーに、壁に押し付けられたときの比ではない。
まるで肺の細胞が、酸素を取り込むことを拒否しているかのような。
静寂の中を反復する小さな息遣いが、次第に弱まっていく。
「――俺に願いはない。セレジアの命令を実行し、そのために戦う」
サメの眼が、ナイアを睨んで――否、見つめていた。
彼女はそっと微笑みを返し、諭すような声色で尋ねる。
「命令なら、フィンはセレジアさんや、バートラム艦長とも戦うかな?」
「それがセレジアの命令であれば。だが、その命令はありえない」
「ありえないことが起こるのがこの“世界”だよ。そのとき、何も思わない?」
「回答不能だ。俺は何も思わない。その仮定にも意味を感じられない」
彼の答えを眺めるセレジアの目には、僅かな憂いが滲んでいた。
「……思い上がっていましたわ。私は貴方を救っているのだと」
「事実だ。俺はあの施設で、研究の後に、廃棄される予定だった」
「でも、貴方を『過去』から救い出せたわけではなかった」
教会で祈りを捧げるように、彼女はそっと、まぶたを落とした。
黙祷めいた一拍の後、決意の眼差しが三人の開拓者たちを見据える。
――そこにはもう、弱々しい光に潤んだ少女の瞳はない。
「……クラン『ヴァルハラ・ホライズン』は、五大企業のひとつ、ゼニット・コンツェルンに対して明確な敵対行動を取る武装組織です。それはすべて、私の個人的な理想を叶えるための戦いです。彼らの秘密を掴み、野望を妨げるための、影の戦い」
背筋を伸ばし、落ち着いた息遣いでセレジアは訊く。
「そのうえで、貴方がたに問います。どうか私と共に、戦っていただけませんか?」
「――オッケー。その代わり契約料は三割増しだよ、セレジアさん」
真っ先に答えたのは、ナイア・バーシュ。
「……俺は、妹の行くところについていく。二度と欺くな、セレジア・リング」
「もちろんですわ。――ただし。今の私は、セレジア・コリンズでしてよ」
ジョニーが続き、しかめっ面で腕を組みなおす。
最後にセレジアは、フィンの顔を覗き込んだ。
「どうかもうしばらく、我がままに付き合ってくださいまし」
彼は頷き、静かに答える。
「了解。戦いを継続して、ヘイロー・プロジェクトを抹消する」
フィンは無意識に、首元の認識票を握りしめていた。




