第11話 四の五の言ってられませんわね
出航から三日間の航海を経て、インスマス号は「ブルー・レーン」近傍へ着いた。
天を突く居住棟、構造下部の採掘魚雷ランチャー、採掘艦を収容するドック。
朝靄が立ち込める海域に浮かんでいたのは、ありふれた浮揚型の採掘施設だった。
施設の周囲には、取り囲むように警戒用センサー・ブイが張り巡らされている。
「Ⅴ各機、機体をアクティブに。まもなく作戦開始時刻ですわ」
モニター越しの威容を見据えつつ、セレジアはヘッドセットのマイクに告げた。
三人分の応答が返ってきて、戦術マップの味方マーカーが青色の光で点灯する。
通信リンク、指揮システム、接続完了。各機のパラメータ取得にも問題はない。
「システム、オールグリーン、と。諸君。準備はよろしくって?」
『Ⅴ1、準備完了』『Ⅴ2、いつでもいけるぜ』『V3、問題ないよ』
よし、とセレジアは深く頷き、マイクを口元に引き寄せ宣言した。
「――時間です。ヴァルハラ・ホライズン、出撃ですわ」
インスマス号のカタパルトから、三機のGSが砲弾のように発進した。
◇
発進した三機のGSは、“ブルー・レーン”に向けて加速を続けた。
薄明かりの中、蒼い機影が先頭を切り、左右を兄妹の機体が固める。
『センサー範囲まで距離1200、1000……800……』
フィンの耳元で、セレジアの声が鳴る。
だが、その数字が減るごとに、違和感が募っていく。
それを感じたのは、彼だけではなかったようだ。
『……なんか妙じゃねえか』
『だよね、兄貴。あれって……』
「施設が破壊されている?」
接近するにつれて、"ブルー・レーン"の惨状が明らかになっていった。
居住棟の外壁には無数の砲弾痕が刻まれ、クレーンがへし折れている。
センサー・ブイのいくつかは半ば浮力を失い、破片が漂流していた。
さながら廃棄プラントの風情である。人の気配はまるで感じ取れない。
『どういうことですの? センサー範囲内に到達。敵の動きは――』
『……なさそうじゃな。主殿、少し状況が変わってきたようじゃぞ』
『Ⅴ各機は、そのまま待機を。ウィリアム局長に連絡を入れます』
フィンは呟くようにカティアに訊ねた。
「既に“ブルー・レーン”は襲撃を受けていた……なぜ気づかなかった?」
『おそらくジャミングじゃな。さっきから電波がピリピリしおるわ』
「救難信号が塞がれていたのか。V1よりインスマス、次の指示を乞う」
『――状況を確認中ですわ。そのまま待機して』
セレジアからの返答を待つ間、〈ライカントロピー〉が施設を指さす。
『……おい、あれを見ろ。中央棟の、屋上――』
ジョニーの声に促されて、フィンは採掘プラントを見上げた。
殺気。そう直感した気配に、グリップを握る手が僅かに強張る。
純銀の機体が指で示した建物の上には、紅い機影が立っていた。
その手には、太刀。白光を灯す六基のカメラアイが見下ろす。
『アイツが、ここを滅茶苦茶にしやがったのか』
『ねえ、フィン。アレって前に戦ったヤツだよね……?』
あの身元不明の強化兵士が駆っていた〈アラクネ〉という、GS。
蜘蛛のような機眼が、“ブルー・レーン”の頂上から冷たく見下ろしている。
「おそらく同型だ。セレジア、新たな指示を要求する」
三人の声が届くと、通信越しのセレジアは言った。
『……四の五の言ってられませんわね。各機、戦闘に備えて』
声と同時か、共に甲板を蹴って、紅い影が跳んだ。
太刀とは対の手に保持されたサブマシンガンが、弾を吐き出す。
三機のGSは散開し、銃弾の雨を這いまわって避ける。
『クソッタレ、いきなり撃ってきやがった!』
「足を止めるな。三機で囲んで叩くぞ」
巨大な質量が着水し、ひっくり返るように海面が波打つ。
跳ねる水飛沫と荒い高波が、一瞬で視界を覆い隠した。
『うらうらぁー!』
ナイアの〈グラベル〉が両手を突きだし、ガトリングを撃ち放つ。
砲口から怒涛の勢いで放たれた砲弾が、霧の壁の向こうへ殺到した。
その間に、ふたりが左右へ回り込み、射線を十字に交差させる。
ガトリングの射線も閉じるように集束し、両翼の二機もトリガーを引いた。
――だが、霧が晴れた直後には、紅い〈アラクネ〉の姿はなかった。
『ううぇっ!? 消えた!』
「潜水しただけだ。足元を警戒しろ」
『またこの流れかよ、クソ!』
〈ブルー・ブッチャー〉の背後で、ふいに水飛沫が上がり、影が降りた。
飛び出してきたのは、もちろん〈アラクネ〉だった。太刀の切っ先が光る。
ナイフをクイックドロー。逆手に構えたブレードを横薙ぎに振った。
激しい火花。閃光と共に両機の距離が開いて、格闘の間合いは失われた。
「……これなら、多少は雑に扱っても構わないな」
モニター越しの視線で、刃こぼれ一つない刀身をなぞる。
硬質な太刀の一撃は、極端に重く、澄んだ殺意に満ち溢れていた。
だが、それを新装備たる“藍銅”は受け止めきってくれた。
バートラムが語った通り、このナイフの仕上がりは完璧らしい。
『撃ってくるぞ、主殿!』
「喋るな、分かっている!」
コンソールから声が鳴らされた、記憶の隅においやっていたカティアだ。
彼女の警告から間も無くして、二機を隔てる空間を弾丸が突き抜ける。
素早く海面を蹴り、サイドステップで弾を躱す。噴き上がる霧は目くらましだ。
その間にフィンは装備を持ち替えて、アサルト・ライフルを再び照準した。
「死ね」
火薬が弾け、空気が引きちぎれる。轟音は海面を震わせ、硝煙が霧に混じった。
“カトラス”アサルト・ライフル。毎分、約七百発もの発射レートを誇る重突撃砲。
特に〈ブルー・ブッチャー〉のものは、30ミリ装鋼弾入り、ドラム弾倉仕様だ。
その方程式から導き出されるのは、GSの装甲を容易く食い破る鋼鉄の雨である。
だが――、対峙する赤影は、そこから逃げようともしない。
『な、なんだってぇんだ……!?』
その光景に、通信リンク越しのジョニーは、驚愕の声を漏らすほかなかった。
トリガーは引かれた。照準も合っていた。しかし〈アラクネ〉は被弾しなかったのだ。
その頭上に、赤い光輪が生じたかと思えば、太刀の軌道が弾丸を拒んでいた。
超絶の剣術が、想像を絶する技巧が、連続する火線を弾き、全て逸らしている。
――“カトラス”の砲口から、マズル・フラッシュが消える。
ドラム弾倉の中身を撃ち切ってなお、深紅の装甲は貫かれていなかった。
『なんだよ、ありえねえだろ……!』
『またあの光……なんなのさ……っ?!』
ジョニーとナイアは、ヘイロー・インプラントのことを知らない。
だがあの禍々しい光そのものは、ルコールの冷たい海原で間近に見ている。
再び未知の怪物との邂逅には、さぞや怖気が差していることだろう。
セレジアは静かに息を吐き整えてから、彼らに最も最適な指示をくだした。
『各機は、Ⅴ1の援護だけに徹して。あれを倒せるのはフィンだけですわ』




