第10話 極めて真剣なビジネスです
浮揚都市オクシリスに滞在してから数日が経った、ある朝。
「――さて、ブリーフィングを始めますわよ」
セレジアはクラン員たちをブリーフィング・ルームに呼び出した。
フィン、ナイア、ジョニーが順に並び、ホログラム装置を囲む。
そうして空間に映し出されたのは、いつも通りの海図ではなかった。
『お初にお目に掛かります、ヴァルハラ・ホライズンの皆さま』
どこからか中継接続された、白衣を着た男性の立体映像。
彼は朗らかな笑みを浮かべつつ、一同を見渡してから言った。
『私はウィリアム・キュービス。アルジャバール・インダストリー、兵器開発局局長を務めております。以後、お見知りおきを』
フィンは無表情のまま、ホログラムの男性を見つめていた。
典型的な企業エリートの風貌だった。年齢は三十代前半といったところか。
整った顔立ちと温和な表情だが、その瞳の奥には聡明さが宿っている。
「アルジャバールの偉いひと……ってこと?」
ナイアが首を傾げながら呟く。
「ええ。そして、今回のミッションの依頼人様ですわ。今回はウィリアム局長直々にブリーフィングを行っていただきますの。くれぐれも静かにお聞きなさいな」
セレジアが彼女の問いに答え、ウィリアムに目配せした。
『ありがとうございます、コリンズさん。では早速――』
「はいはい! 質問いいですか!」
ナイアがぴょんぴょんと、跳ねるように挙手をする。
セレジアは大きな溜め息をついた。
「お静かになさい、ブリーフィングは始まったばかりでしてよ」
『はは、構いませんよ。何でしょう』
「今日はどうしてセレジアさんがブリーフィングをやらないの?」
「こら、ナイアっ!」
セレジアはキッとナイアを睨みつけ、一瞬で黙らせた。
『良い質問ですね、順を追って説明いたしましょう』
ウィリアムは苦笑いを浮かべながら、彼女の問いに答える。
『今回の件は極めて機密性が高く、私が直接説明する必要があるのです。また、これまでに皆さんが行ってきたミッションとも、少し違う趣向になるはずです――』
彼は一瞬、手元の向こうで何かを確認するような仕草を見せた。
『まず、ヴァルハラ・ホライズンの皆様には、我が社が保有する採掘プラントのひとつ、通称“ブルー・レーン”を奇襲し、GS戦で制圧して頂くことになります』
「……はぁ? いまなんつった?」
ジョニーが、素っ頓狂な声をあげた。
ナイアは視線を泳がせ、何か言おうとして言葉を見つけられずにいる。
フィンだけは表情を微塵も変えず、ウィリアムを見つめ続けていた。
『驚かれるのも、無理はありません』
ウィリアムは困ったような、しかしどこか楽しそうな表情を浮かべた。
『"ブルー・レーン"は、我が社の重要な採掘施設のひとつです。しかし最近、海洋民兵による襲撃が頻発しており、警備体制の見直しが急務となっています』
「……そういうことか。俺たちに襲わせて警備をテストするって話か?」
『ですが、使用するのは実弾です。双方に戦死者が出る可能性も十分にあります』
「……えぇっ!? 実弾じゃあ死んじゃうじゃん!」
『ですから、いまそう申し上げました。戦死者が出る可能性もある、と』
セレジアが静かに口を開く。
「限りなく実戦環境に近づけた、抜き打ちテスト……というわけですわね?」
『ご心配には及びません。警備部隊の兵士たちには、事前に十分な危険手当が支給されており、生命保険も完備されています。契約上、何ら問題はございません』
「それは実際に殺しても構わない、ということか?」
『フィンさん。私はただ、彼らの契約状態を確認しているだけです』
ウィリアムの口調は終始穏やかだったが、言葉は実に悪魔的なものだ。
彼と事前に打ち合わせていたのであろうセレジアの顔に、動揺の色はない。
が、粒のような汗が首筋を流れていくのを、フィンは見逃さなかった。
怒りか、恐怖か、嫌悪か――それらがない交ぜのものか。
それを測り知ることはフィンにはできない。
ただただ、彼女の苦痛の反応を視てとっただけだ。
『なお、パイロットを生存させたまま機体を無力化する、いわゆる"非致死撃破"を達成された際は、ボーナス報酬を加算いたします。一機につき報酬の0.7%を……』
「……おい、ゲームじゃねえんだぞ、クソ野郎」
ジョニーが低く呟く。提案への不快感を露わに、目元を引きつらせている。
『ええ、ゲームではありません。これは極めて真剣なビジネスです。我が社の警備体制の欠陥を洗い出し、改善することで将来的により多くの命を救うことができる』
苦笑いのような表情だったウィリアムが、途端に真剣な眼差しになった。
『さて、今回のミッションにあたり、皆さんに困難な状況を強いてしまったことは自覚しております。そこで、我が局から特別な支援を用意しました。こちらです――』
彼が何かを操作するのと同時、彼の形を作っていたホログラム映像が崩れた。
光の構造体はみるみるうちに形を変えて、見慣れたGSのフォルムを形成する。
フィンの専用乗機である〈ブルー・ブッチャー〉の、その断面図モデルだ。
「これって〈ブッチャー〉だよね? これが支援?」
『はい。コクピットの、この部分をご覧ください』
「――これは、なんだ……」
無関心に振舞っていたフィンが、おもむろに眉間にしわを寄せる。
何やら見知らぬモジュールが、機体の中枢に取り付けられていた。
「これはなんだ」
『多目的支援論理AI“カティア”。こちらを、フィンさんの〈ブルー・ブッチャー〉に搭載いたします。このAIは、パイロットの負担を軽減しつつ、戦闘中の意思決定をサポートし、あらゆる戦闘状況で、最適な戦術を提案してくれることでしょう』
「いらない。俺には必要ない」
『そうおっしゃらず。これは依頼を受けて頂くうえでの条件でもあります』
ギッ、とフィンの暗い眼差しが水平に動き、セレジアを捉える。
「フィン、どうか受け入れて頂戴。これはウィリアムさんのご厚意でもあるの。ギルドの信用ランクがC帯の私たちにとって、これは得難いチャンスなのですわ」
「はっ、そういうことかよ。見えてきた。なるほどねぇ……」
ジョニーが背伸びをしながら、ぼそりと言う。
「要するに、抜き打ち検査にかこつけて、AIの運用データを取りたいって腹か」
『それは否定はしません。しかし、これは“本人”きっての希望でもあるのです』
ナイアが首を傾げた。
「……本人、って?」
ウィリアムは静かに笑みを返すと、プロジェクタのホログラムを切り替えた。
『次に、作戦の概要について説明します。まず、警備の機体配置は――』
◇
ブリーフィングを終えたフィンは、機体格納庫へと足早に急いだ。
「――マハル、妙な装置の取り付けを阻止しろ」
フィンが呼びかけたのは、艦の機体整備士長であるマハル・マイヤーのことだ。
整備ハッチを解放した〈ブルー・ブッチャー〉の傍らで、彼は屈んでいた。どうやら、左大腿部の裏側にある「捕水索」のコネクタの具合を調べているようだった。
「ちょっと待ってろ、フィン。……あー、本当だ。精密ナットが6ミリもズレてやがる。道理で、ここで吸い上げ効率が下がるわけだ。ありがとうな、カティアちゃん」
『うむ。お安い御用というやつじゃ、マハル殿』
フィンは、コクピットのスピーカーから響く女の声に気づく。
「……何だ、今の声は」
マハルがニヤリと笑い、作業を続けながら答えた。
「ん、お嬢に聞いてねえのか? AIのカティアちゃんだよ。既に〈ブルー・ブッチャー〉に組み込み済みだ。自主点検から照準補正まで、諸々楽にしてくれるぞ」
『――というわけじゃ。よろしく頼むぞ、主殿っ!』
スピーカーから鳴るカティアの声に、フィンは鋭い問いを返す。
「マハル。コイツは喋るのか?」
『“コイツ”ではなく、カティアじゃ。質問に対しては“肯定”といったところかの。局長秘蔵の「必殺剣! 時代劇コレクション」からラーニングさせてもらったんじゃ』
言葉が終わるのを待たず、コクピットに乗り込むフィン。
彼は無言でコンソールを叩き、カティアの声を抑え込もうとした。
が、どう操作しても、この声を消すことはできないらしい。
『ふっふっふ。そんなに邪険にするでない。必ず主殿の役に立って見せようぞ』




