第1話 さあ死んで、お姉さま
毎日(夜20時)の1話ずつ更新です。
海洋惑星を駆け抜ける戦術ロボアクション、開始!
――資料室。
多くの兄弟たちを殺し尽くした青年の記録に、セレジア・リングは暗い顔をしていた。
映像の中、彼らに与えられたのは、同じ兵器と、同じ条件、そして――同じ命だ。
戦闘試験の為だけに設けられた疑似海洋プール。注水槽に漂う残骸の中、ただ一機で佇む勝利者の機体。その内部から現れた青年は、暗い瞳で、人工照明の空を仰いだ。
セレジアは、その虚ろを、サメの眼のような黒色を見て、思わず口元を抑える。
「これが、強化兵士のアーキタイプ……。やっぱり実在していた……」
実験用クローンの殺し合いの中、ただ独り生き残った“完成品”。それこそが彼だ。
彼が生まれたのは僅か数週間前だが、歳の差はセレジアとさほど違って見えない。
青年は、機体を這い出し、前のめりに倒れたハッチに立ったまま、ヘルムを脱いだ。
「……」
黒いウルフカットが波風を受けて、血と、硝煙と、灼けたオイルの匂いの中にそよぐ。
彫りの深い顔には、死人じみた無表情の貌だけが浮かべられている。
培養元となった、どこかの誰か――その人種の影響を引き継いでいるのか。遺伝子調整を受けた彼の貌には、時代を問わない普遍的な美しさと、均整感がある。例えるならばダビデ像。
そんな青年の頭上には、天使のような光輪が発せられていた。白い光の輪である。それこそが、彼に埋め込まれた「脳内インプラント」の証であり、人間離れした“異能”の源だった。
「ソフィアは、いよいよ人間に“ヘイロー”を埋めたのね」
すると、セレジアの背後で自動扉の開く音がした。仄暗い資料室に入り込む廊下の電灯光をバックに、武装をした兵士が三人。コンツェルンの上級警備兵たちである。
「セレジア様、いまの貴女はレベル5のアクセス権限をお持ちではありません」
「どうか、お引き取りください」
あくまで銃口は上を向いていないが、兵士らの纏う硬質な気配が、セレジアを阻む。
「……誰の差し金ですの? 妹――ソフィアかしら。それともお父様?」
「カシウス総帥直々のご命令です。どうかお引き取りを」
「あの人はどこ? いつもみたいに執務室で偉そうにしているのかしら」
兵士たちは答えない。それが答えだった。
セレジアはヒールをカツカツと鳴らして、三人の兵士の脇を通り抜ける。廊下の電灯に照らされたバレッタが一瞬きらめいた。長い銀髪が揺れて、その後ろ姿が遠ざかっていく。
セレジアとの距離が十分になってから、兵士のひとりが、どこか忌々し気に毒づいた。
「……ケッ、白手袋が」
清廉な白色の薄い手袋。一点の穢れもない、それは彼女を渾名する蔑称だった。
兵士のひとりが吐いたのは、口の中で消えるような小声でしかなかった。だが、ヒールの音が確かに止まる。兵士の視線が廊下の先をなぞり、歩みを止めたセレジアの背を捉えた。
彼女は片方の目だけを兵士たちに向け、さながらティータイム後の優雅さで微笑んだ。
「聞こえていましてよ?」
◇
ゼニット・コンツェルン社、第一企業都市・ヘシオドス。
その中枢にそびえたつ高層構造物こそ、この都市の全てを見下ろす、支配の象徴たるもの――通称“リング・タワー”だ。
白亜の色と、メタリック・レッドに彩られたそれは、さながら天を突き貫く儀式剣である。
セレジアは役員用のエレベーターに乗ると、タワー最上階のフロアに向かった。
チン、と鈴が鳴って扉が開く。広大な“海”の風景を一望するガラス窓と、陽の逆光を背に、樫机の前に腰掛けた一人の男の威圧的なシルエットが、堂々と視界に入ってきた。
このフロアまるごとが、その男のための執務室として扱われている私的な空間である。
机の上で両手の指を組み、影の中に表情を消した男は、覇気の在る低い声で訊ねた。
「セレジアよ。未だにソフィアのプロジェクトを嗅ぎまわっているらしいな」
机までの遠い距離を歩み、セレジアは怯むことなく答えた。
「お父様、あれは我が社の名誉と信頼を汚すことになると、申し上げたはずです」
それだけじゃない、と彼女は樫机の前に立ち、男――父・カシウスを見下ろす。
「あの“ヘイロー・プロジェクト”が、人間を単なる機械に変えるモノだと……なぜそれが忌むべきものであると分からないのですか? 貴方にとって人道は――っ!」
セレジアの声には決意があったが、カシウスは微動だにはせず、冷徹な眼差しで彼女を見据えていた。口元には、わずかな笑みが浮かんでいる。それは娘への嘲りの笑みであった。
「くだらんな。……名誉、信頼、道徳、倫理。そんなものは弱者の縋る幻想に過ぎん」
カシウスは断つように語った。娘の言葉が、生易しい夢想に過ぎないとばかりに。
「つい先にも、海洋民兵どもが我が社の採掘プラントの一つを占拠した。なぜ、あんな虫ケラどもにそんなことが出来る? 奴らが持っているものが何か、考えたことはあるか? 戦士としての名誉か、搾取に立ち向かう理念が奮い立たせていると? それらはどれも、本質ではない」
彼は心底不快そうに、鼻で笑った。
「ヤツらが知り、持ち得るのは、ただの力だ。それがこの星の仕組みであり、理だと、あの害虫どもは知っている。ならば、我がゼニット・コンツェルンが、それを上回る力をもってして、この惑星に秩序をもたらすこともまた――必然の理なのだ、我が娘よ」
「ソフィアの計画が、ヘイロー・インプラントが! そのために必要なものだと!?」
「当然だろう。あれらは人の持つ脆弱さを克服するための力だ」
父の言葉にセレジアは、固く拳を握りしめた。
「私には到底、認められません。尊厳なき力など、ただの暴力に過ぎません!」
言い返す娘に、感情を読み取れない笑みのままで答える。
「暴力、それは結構なことだ。ゼニット・コンツェルンは、強者であり続けるために手段を選ばぬ。我がリング家も然りだ。勝利して、支配する――そこまでの過程などどうでもよい」
「……そう、ですか。そうですか、なら」
セレジアは、懐からおもむろに小型のデバイスを取り出した。それを手元で組み立てて銃の形にする。グリップを両の手で握ってから、銃口で父の額を睨みつけた。
「ほう。どうやってここまで持ち込んだのだ?」
「セラミックとプラスチックで造った使い捨てです。弾はニードルに、地球の“スズラン”という花の毒を込めています。これなら検査にかからない。射程は短いですが……この距離ならば」
父の顔色に恐怖は無かった。ただただ興味深げに、組みあげられた玩具をみている。
「良い顔だ、娘よ。私をそれで脅して、プロジェクトを止めようと言うのか?」
「はい。貴方の掲げる“力の論理”に則れば、つまりはそういうことでしょうから」
「結構、愉快だ。だが――詰めの甘さは母親譲りなのだな」
銃声。セレジアの手元から使い捨て銃が吹き飛んで、部屋の隅へ転がる。
「……っ誰――ッ!」
「うふふ、動かないで、お姉さま。どうかそのまま、じっとしていて」
赤い血の垂れる右手首を抑えて、セレジアは声の方を振り返った。
そこには自分とよく似た顔の少女が居て、金色のリボルバーを握っていた。
輝く黄金の銃口の向きが、そっとセレジアの視線と重なって捉える。
「……ソフィア、貴女……!」
「ほんっと、予想通りに動いてくれるのね、お姉さまは単純だから。ぜーんぶ、お父様の言う通りに動く。ラジコンみたいで、面白いわ!」
睨み合う二人を見て、カシウスは肩を揺らして、くつくつと笑い始めた。
「良い。実に良いぞ、お前たち……」
セレジアに銃口を向けたままで、ソフィアは父の傍らに歩み寄り、並んだ。
「さあ死んで、お姉さま。私は昔から貴女のことが大嫌いなの」
「――ソフィア、貴女は……!」
一瞬ばかり空気が硬直して、引き金の指がゆっくりと動き始める。
だが、寸前でカシウスの大きな手が開かれて、ソフィアを制止した。
「……だめなの? お姉さまを始末するんじゃ」
「気が変わった。――セレジアよ、お前は生かしておく」
セレジアは震える手を見つめ、深く息を吸った。
「……それは、どういう意味でしょうか」
「言葉の通りだ。お前は処刑するのではなく、追放する」
「お父さま。情けなど、貴方らしくもありません!」
「黙れ。――セレジア。お前にはもう二度と、リングの名の財産も、ゼニットの肩書も使わせるつもりはない。我が社の繁栄を阻む者は排除される。わかるな?」
固いつばを飲み、彼女はどうにか言葉を紡ぎ出した。
「それが貴方の答えならば」
「結構だ。ならば、一つだけ餞別をやろう。何でも一つくれてやる。それが何であれな。お前がこの星で生き残るために何が必要かは、自分で判断するがよい」
まさか。セレジアは目を見開いた。父が餞別を与えるなど考えもしなかった。
この間際に、僅かにでも親としての情を取り戻したとでもいうのだろうか。
――違う、そうではないと、奥歯を噛んで現実味のない考えを振り切る。
この男は単なる闘争狂だ。先の態度が“血のううずき”を感じさせたのだろう。
食らいつく弱者を見下ろし、叩き潰す。その愉しみを期待しているだけなのだ。
「さあ娘よ、お前の望みを言うがよい」
屈辱。だが、セレジアはその言葉に思案を巡らせ、やがて答える。
「……それでは、ヘイロー・プロジェクトの被験体となった青年を」
降ろされていた黄金色のリボルバー銃が、勢いよく振り上げられた。
鬼の形相をしたソフィアが、姉を睨みつけ、殺意をむき出しにしている。
「あれは……あのアーキタイプは、私のッ……!」
「ソフィア。それをすぐに下げろ。これは総帥命令だ」
怒りによってか、腕が震えている。カシウスは溜め息をついた。
「お前までも、私に逆らうつもりか? 個人の感情は不要と知れ」
「……っ、クソッ! クソクソクソクソクソ! ……セレジアッ!」
トリガーは半分まで絞られていたが、叩き伏せるように銃口が下ろされる。
それを横目に見届けてから、カシウスは姉妹の姉のほうに視線を戻した。
「あの『コード:ブルー』は単なる技術デモだ。くれてやってもいいが――」
机の上に組んだ両手に顎を添えて、父はゆったりと訊いた。
「伽御廉重工、それかSAVIOにでも売りつけるつもりなのか?」
「そんなことはいたしません」
「ならば、アレを飼い育てるつもりか。どこまでも甘い。母方の血だな」
その言葉に、喉奥へ熱した泥を詰め込まれたような怒りが沸く。
「……っ貴方はどうせ、お母様の顔も思い出せないでしょうに!」
息が詰まりながらに吐いた皮肉だが、滲む涙で父の顔が見えない。
それを見て、すっかり興味を失くしたようにカシウスは吐き捨てる。
「終わりだ。二人とも、もう下がってよい。ソフィア――ご苦労だった」
――
――――
――――――
「お嬢様、お嬢様」
温かな、繰り返される呼び声とともに、セレジアの意識は緩やかに現実へと引き戻された。瞼をゆっくり開けると、そこにはバートラム・チェスターの顔があった。
彼はしわの刻まれた顔に心配そうな表情を浮かべて、彼女を見つめている。
セレジアはまだ“二年前の悪夢”を見ているのかと一瞬戸惑ったが、彼が纏う艦長服を見て、現実に戻ってきたことを自覚した。彼はもう、リング家の執事ではない。
「また……悪い夢を見ておられましたか?」
見渡す。カシウスの執務室ではなく、採掘艦「インスマス」号の艦内に居た。夢の余韻に囚われたまま、ぼんやりと海を眺める。船の揺れが微かに感じられ、外の風が艦橋の隅のサロンに薄く流れ込んでくる。それは穏やかな昼下がりの潮風だった。
「少し、居眠りをしてしまっただけですわ」
セレジアはそう言いながら身を起こし、バートラムに微笑みを向けた。
その微笑みには疲れが滲んでみえるが、穏やかな老執事は何も言わない。
「〈ブルー・ブッチャー〉のメンテナンスは終わったのですか?」
「はい。その報告をと思いまして」
「そうでしたのね……貴方には迷惑をかけてばかりだわ、バートラム」
「そんなことはございません、お嬢様。私の役目は、いつだってあなたをお守りすることですから」
バートラムの存在は、セレジアにとってかけがえのないもののひとつだ。
彼は、リング家に仕えてきた数十年の間、ずっと彼女を見守り続けてきた“家族”であり、彼女が家を追われてもなお、迷わずついていくことを決めた忠実な執事だ。
セレジアは息をついて、紅茶のカップに手を伸ばす。カップは熱く、香り高い湯気が漂っていた。眠っている間に、忠実な執事である彼が、淹れ直してくれたらしい。
セレジアは無言の気遣いに感謝の念を抱きつつ、カップ隣にあったスマート・パッドから、海図アプリを起動した。インスマス号の位置が、緑色の光点で浮かぶ。
「……目標海域までは、あとどのくらいかしら」
「はい、お嬢様。おおよそ三時間でございます」
老執事は懐から銀の懐中時計を取り出し、答えた。
「作戦エリアに到着したら、すぐに採掘作業を始めて」
「御意にございます。……いよいよ、ですな」
ふいに冷めた潮風が吹き、彼女の澄んだ銀色の髪がそよぐ。
サロンの開け放たれた窓からは、太陽の放つ光条が見えた。
「ここからですわ、私たちの戦いは。……“彼”を起こして来て頂戴」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
恭しいお辞儀の後に、バートラムは艦橋を立ち去った。
再び静寂の降りた空間の中で、セレジアは呟きを漏らした。
「お父様、ソフィア。これは決して復讐ではありませんわ。だけれど――」




