第6話 セルヴァンの来訪
セルヴァンは、仕立屋マルセルの店の前に立った。
ここへ訪れたのは一週間ぶり。セルヴァンは、依頼した鎧下をなかなか受け取りに来ることができなかった。
……先日、自分の無粋な一言でリネアを怒らせてしまった。
反省したセルヴァンは、彼女にどう謝ろうか思案した結果、ささやかな詫びとして贈り物をしようと考えた。更にその贈り物を選ぶのにも、時間がかかってしまったのだ。
(リネアは、これを気に入ってくれるだろうか……)
戦場では一切揺れることのないセルヴァンの、ドアノブに掛けた手が僅かに緊張で震える。
カラン。
おもむろに扉を開けると、工房の椅子にリネアが座っている。
「リネア」
セルヴァンは彼女を真摯に見据え、声を掛けた。
リネアはセルヴァンの来訪を知ると、慌ただしく机の上を片づけ始めた。
いつもなら笑顔で迎えるのに、この日は目を合わせようとしない。
(やはり、この前のことを引きずっているな……)
「リネア、この前は」
セルヴァンが口を開くと、リネアは工房の奥へと消えていく。
しばらくして、完成した鎧下を持ってきた。
「セルヴァン騎士団長。ご依頼の品でございます。どうぞお受け取りください」
リネアはしずしずとした手つきで、鎧下をセルヴァンへと差し出す。
相変わらず目を合わせようとしないリネアに、セルヴァンは焦燥と苛立ち――そしてチクリとした痛みを覚えた。
「リネア、なぜ俺を見ない?」
リネアは無言のまま、気まずそうに視線を泳がせる。
「……そんなに俺の顔を見るのが嫌か?」
「いえ。そんなことは……」
リネアが戸惑うと、セルヴァンは少し息を緩めた。
「いや、違うな……」
セルヴァンは小さい声で独り言ちると、リネアから視線を逸らす。
二人に束の間の沈黙が降りる。
セルヴァンは意を決したように、リネアを真っ直ぐに見詰める。
そして、大きな手でリネアの細い肩に手を添え、告げた。
「リネア。俺から目を逸らさないでくれ。心が痛む……」
いつになくしめやかな声色に、リネアの胸がぎゅっとなった。
「ごめんなさい……」
リネアは僅かに潤んだ瞳で、セルヴァンを見上げた。その瞳はどこか憂いを帯びている。
「……やっと、目を合わせてくれたな」
セルヴァンは心底ほっとしたような顔で、小さく息をつく。
そして肩に掛けていた使い古された革製のバッグから、淡いピンク色の布で包まれた物を取り出した。
「先日は済まなかった。お詫びの印にこれを受け取って欲しい」
「これは……?」
「開けてみてくれ」
リネアはコバルトブルーのリボンを摘まみ、ほどく。布の中から現れたのは木箱だった。
リネアは不思議そうな顔でセルヴァンを見る。
セルヴァンは微笑みながら頷いた。
木箱を開けると、裁縫ハサミが出てきた。
刃の輝きやグリップの造形など、一目で上質なものだと分かる。
「わ……」
リネアは目を輝かせてハサミを手に取った。
軽くて自分の手にも良く馴染む。
「このような上等なものを私に……?」
「ああ。受け取ってくれるか?」
「それはもちろんですが……宜しいのでしょうか」
「リネアへ贈るために選んだものだ。逆に、受け取って貰えなければ困る」
辛く、打ちひしがれるような痛みを感じていたリネアに、セルヴァンの優しさが沁みる。
「ありがとうございます、セルヴァン様……」
リネアは目に涙を浮かべながら、ふんわりと微笑んだ。
その笑顔を見たセルヴァンもまた、心に温かい火が灯る。
「ところで、どうしてこの品を選んでくださったのですか?」
「指にマメができているのが目に入った。もしかしたら、ハサミが合わないのではないかと……」
リネアはハッとなった。彼女が使用している裁縫バサミは父母の代から使用している古いものだ。
確かに少し使い辛いと感じる時があった。
「セルヴァン様はよく見てくださっているのですね。……けど、マメができた指を見られていたのは少し恥ずかしいです」
リネアは頬を紅潮させながら苦笑った。
「恥ずことではない。リネアが真摯に仕事へ向き合っている証だ。俺はそれを何より美しいと思う」
「セルヴァン様……」
リネアは涙ぐみながら声を詰まらせる。
そしてハッと思いだしたかのように「そうだ、こちらが仕立てた鎧下です」と、セルヴァンへ完成された鎧下を手渡した。
「今回の鎧下も素晴らしい。美しい刺繍もありがとう。着るのがもったいないが、大事に使わせてもらう」
リネアは嬉しそうに「はいっ」と微笑んだ。
……この笑顔を守りたい。
セルヴァンは心の中で静かにそう思ったのだった。
◇
工房を後にしたセルヴァンは、リネアと仲直りできたことに安堵しながらも、彼女の顔色がどこか冴えなかったのが気になっていた。
(……元気がなかった。まさか、何かあったのか)
一抹の不安を胸に街を歩いていると、通りすがりの商人たちの会話が耳に飛び込んできた。
「聞いたか? あの仕立て屋の娘、騎士団長を手玉に取ってるらしいぞ」
「権力者の寵愛にあやかって、店を広げてるとか……。真面目そうに見えてしたたかだな」
その瞬間、セルヴァンの足が止まった。
背筋に冷たいものが走り、次いで、腹の底から熱い怒りがこみ上げる。
(……これか。これがリネアを苦しめていたのか!)
リネアがどれほど誠実に針と向き合ってきたか、自分が一番知っている。
両親を亡くしてからも、決して折れずに工房を守り続けた姿を、誰よりも近くで見てきたのは自分だ。
そんな彼女を「権力者に媚びた女」などと嘲るとは――。
セルヴァンの拳が硬く握られ、血が滲むほど爪が掌に食い込んだ。
「……許さん」
低く、誰にも聞こえぬ声で呟く。
その声音には、騎士団長としての冷徹さではなく、一人の男として愛する女を傷つけられた怒りが滲んでいた。
(噂の出所を必ず突き止める。必ず――)
冷たい決意を胸に、セルヴァンは踵を返し、騎士団詰所へと向かった。




