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ivy  作者: 雨上紡佳
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保健室1

 目を開けると何故かベッドに横になっていて、天井が見えた。ここが保健室だ、ということはすぐにわかった。右の窓の方に顔を向けると、眩しい日差しの中、体育なのか、部活なのかわからなかったが、外を走っている誰かが見えた。左を向くとカーテンで覆われていた。誰かが見に来る様子もない為、そのまま目を閉じて静かな空間に浸っていた。数分経っただろう時にチャイムが聞こえた、何時間目なのかも、休み時間なのかもわからない私は、大人しく目を瞑っていた。すると遠くから走ってくる音。先程見ていた外の誰かが怪我でもしたのか、と呑気に考えていた。「先生!」とものすごく大きな声。なんか聞いたことあるかも。「……っていないじゃん。クッソ、どこ行ったんだ……。」これは、柊。あいつの声だ。急に記憶が戻ってきた。直前の嫌な気分。また針で刺されている感覚。思わず体を小さく縮こめた。「!?乙、どっか痛いのか?」服と掛け布団が擦れる音に柊は反応した。この反応で確信してしまった。柊は保健の先生に用事があったわけではない。私に用事があったのだ。柊は慌てふためいて、ベッド周りの閉めていたカーテンを人一人分、勢いよく開いた。「こないで!」思わずきつい言い方で柊を突き放してしまった。「……ごめん。」柊は素直に謝り、カーテンを戻して後ろに引いた。私の心は裂ける寸前だった。その時保健の先生が帰ってきた。「あら、柊くん。また来たの?さっきもみたけど寝てたわよ。あなたもマメねぇ。毎回休み時間に来るじゃない?次6時間目でしょ?大丈夫よ、ちゃんと頃合い見て放課後までには起きてもらうし。あなたが気にすることじゃないのよ?」先生は諭すのが得意なのかと少し感心した、と同時に柊が口を開いた。「俺が心配してきてるだけです、あまりよく思われてないかもですが。放課後、教室帰ってくるまで待ってます。」心なしか、柊の声に自信がないように聞こえた。あんなに天真爛漫な振る舞いが多い彼も、自信のない声が出ている。確実にその原因を作ったのは紛れもなく私だ。心配させといてあの言い方は無かったな、と一人で少し反省だ。保健の先生は何を考えているかわからないが「じゃあ放課後、卯月さんお願いできるかしら。それなら、先生報告書、それで作っておくわ。」訳がわからないが柊は少し自信を取り戻したかのような返事をして、教室に戻っていった。

 私も少し落ち着いて、一息ついた頃。起き上がってまた、ぼうっと外を眺めていた。カーテンの向こうから、甘いココアの匂いがした。スプーンとマグカップが擦れて、カラカラと音がなるのが心地よかった。先生がカーテンの向こうから、入るね、と一言。私はベッドの縁に座り直した。先生は甘い香りを漂わせるマグカップを渡してくれた。マグカップに口をつけると先生は話し始めた。「あなた、貧血ね。大丈夫よ、高校生にはよくあること。それより、これも高校生にはよくある、多分心理的な何かで、貧血を起こしたと思っているんだけど。何かあった?」先生は、私は医者じゃないから細かいことはわからないけど、と一人で言い訳のようなものを並べていた。その横でマグカップに入ってるティースプーンをくるくる回して、思ったことを言い出せずにいた。「いいのよ、言わなくても。大人には子供じゃわからない感覚があって、勘とかみんな言うけど、それは先生も大人になるまでに経験してきたことの全てがモノを言っているってだけなの。客観的な言葉が人より多いっていうのかしらね。」先生は微笑む口角を崩さずに優しい印象を持って話してくれた。「しんどいんです。全部。」思わず言葉が漏れた。先生はその言葉を聞いて何をいうわけでもなく、私の口から漏れる本音を、聞く姿勢をずっと崩さなかった。その姿勢に甘えてしまい、全てを話した。先生は私が話し終わるとゆっくり息を吸い口を開いた。「そうね。あなたも授業受けてたらわかる通り、高校生ってやっぱり思春期に部類されるのよ。一番感情に敏感で、ある意味それは才能と同じくらい鋭くて脆いの。あなたのお友達は、多分人よりその感覚を持ったのが早かったのね。あなたが遅いわけじゃないのよ、この時期なら正しい気持ち。その気持ちを捨てて群れの中で生きていくことができる人もいるわね。男の子と違うのは、女の子は群れを作りやすいということ。理由は昔から決まってるのよ?女は身体的にも精神的にも脆いの。動物の世界だってそれがベース。」授業を聞いているみたいだ。でも生き抜く術の授業だ。今までとは違う、こころの授業と言えば聞こえはいいか。私が私として立っていられるための授業。先生は続けた。「でもね卯月さん。あなたは、まだ壊れてないのよ。気持ちに正直な心を、素直でいたいと思う心を、捨ててない。だからヒトは苦しめるのよ。苦しくていいことない、って思う気持ちも十分理解できるわ。でもあなたには諦めたくない人がいる気がする。これこそ勘ってものね。」ふふ、と微笑む先生の頭の中と、私の頭の中に浮かんでいた人は、同じだと思う。これは私の勘だ。チャイムが鳴った。「あら、話し込んじゃったわね。これは6時間目の終わりのチャイム。これ飲み終わったら教室戻りましょ?荷物もあるだろうし、担任の先生には私から説明しておくわ。今日はそのまま帰っていいわよ。」先生は落ち着いていて、とても魅力的な人だ。思っているより私は子供で、先生は大人だ。もう冷め切ったココアを、少し混ぜてから一気に飲み干した。完全に冷え切っていなくて、喉元をすぎる時に暖かさを少し感じた。余韻も感じることができた私は、ほんの少し余裕のある大人に近づけた気がした。私はゆっくり立ち上がった。「先生、ありがとう。」空になったマグカップを渡した。「いいのよ、卯月さんいい子だから、ココアはサービス。内緒ね?」いい子、なんて褒められたのが少し恥ずかしくて、サービスと言ってココアを出してくれたことも嬉しくて、なんだかうまく表情に出せなかった。けれど、次することは決まっていた。覚悟を決めて先生に伝えた。「先生、私、行かなきゃ。」先生もわかっていると言いたげな笑顔のまま、答えてくれた。「いってらっしゃい、またいつでも話、しにおいで。先生も待ってるわ。」勇気に満ち溢れた私。今度はお昼の時に感じた勇気よりずっと心強い気がした。「ありがとう。また、きます。」別れの挨拶を済ませて教室に戻る。先生は手を振ってくれた。私は振り返って見えなかったけれど、先生は私が見えなくなるまで手を振ってくれている気がした。

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