教室1
靴箱にローファーを入れて、上靴に履き替えて、教室にまっすぐ向かう。ここまでは想像通りのシナリオ。今日は教室の扉が閉まっていて、自分で開かないといけない。少し勇気を出して扉を開いた。その先に見えたのは、始業式と同じ光景。他の人で構成されたグループの面々。刺激しないように……、そっと自分の席に座り、始業式同様にイヤホンをさして携帯を眺めていた。ここまでは、一応シナリオ通り……のはず。先生が早く入ってきた。「今日はやることあるから、早く席ついてー。ホームルーム始めるよー。」救われた。よかった、まだもう少しの期間は一人で先生を待つ時間は少なくて済みそう。前からプリントが回ってくる。片手で無愛想に取っていただけなのに、前の席の女。やたらと「はい!」と微笑みかけてくる。首を少し傾けてお辞儀をして毎度毎度受け取っていた。プリントが配り終わって、少し記入する欄があった。スクールバッグの中のペンケースを机に出して机に向かった時、目の前の席の女がこちらをじっと見ていた。学校生活三年目、何かしてしまったのか?と心配になり恐る恐る顔をあげた。「……ごめん!何もいらないと思って、ペンケース忘れたの。何か書くもの借りていい?」よく顔を見ると可愛らしい、女の子らしい女の子だった。「あ……、うん。シャーペンでいい?」呆気にとられまともに答えられたかよく分からずに、予備のシャーペンを渡した。ついでに消しゴムも小さくなった方を握り締めて、新しい綺麗な消しゴムを渡した。「ありがとっ!」さっきの可愛い微笑みで彼女は前を向いて書類に書き始めた。書類も書き終えて、時間が余ってしまった。ルーズリーフを一枚出して簡単な落書きをして書類回収の時間を待っていた。この時私は、貸していた物があったことを脳味噌から忘れさせていた。久しぶりに書くイラストに少し気合が入ってしまい、周りを見ないでいた。すると前の彼女が振り返っていた。「……可愛い!上手じゃん!」思わずビクッと体が揺れた。「あはは、ごめんごめん。びっくりさせちゃった。ん!これ、ありがとう!」彼女の掌にシャーペンと消しゴムが置いてあった。「あ!ちょっと待って!」掌のシャーペンをもう一度握って、落書きされたルーズリーフに名前を書き込み始めた。夏芽歩夢。こう書いてあった。「私、かがあゆむ。これ貸してくれたし、これも何かの縁だよね。よろしくね?」こんな、もう最終学年だし、友達とか諦めていた私に、彼女、歩夢は気さくに話しかけてきた。「うん、ありがと。」思わすこぼれたお礼の言葉に彼女は、何でお礼?と笑っていた。私も名乗った方がいいのかな、と思っていたら彼女は既に前を向いて他のクラスメイトと話していた。ちょっと期待した私はやっぱりバカだった。こんなに気さくな彼女が、私と仲良く、ましてや「友達」などもっての他。ただ、物を貸していただけ。もう返ってきている。これ以上もこれ以下もない。また俯いて手元に書かれた名前だけ切り取って、残りはぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に捨てた。
時間は無情にも流れて、昼休みになった。私の周りの人たちはみんな、仲の良い友達たちとお昼を過ごすみたいで、私に入る隙は無さそう。そっと席を立ち教室を後にしようとしてバッグを抱えて教室の出入り口に向かった。その時、出入り口の目の前に、購買に行っていたであろう柊と鉢合わせた。「どこいくの?俺らと食おうよ。」誘われて嬉しい半分。周りの視線を一気に集めた気がした。「あ……。いや、いい、大丈夫。」その場を一刻も早く逃げたかった。私は一目散に逃げて、逃げて逃げて、階段を駆け上がった。最上階、屋上の扉の目の前にきて、ドアノブに手をかけた。なぜか今まで2年間試した扉が今日は開いていた。少し強い風が吹く屋上で、大きくため息をついた。疲れた足を引きずるように、必死に前に進んで、屋上のフェンスにもたれかかりながら座り込んだ。座って一息ついて、お昼ご飯のおにぎりに手をつけようとした。その時だった。右側の扉が、大きく音を立てて開いた。「……っ、おい!おと、お前足早いのな。でも追いついた俺もなかなかだろ?」あ……。朝の心と同じ音がする。柊が私を追いかけて来て、この突飛な、想像を遥かに超える行動。どうしようもなく心が高鳴ったあの瞬間にそっくりの感情。驚きで声を出せない私の目の前で「あ、え?……え?」と動揺している柊に必死の思いで声を出した。「……っ、何で追いかけて来たの?」思ってることと、何か違う言葉がでた。「お前が!……おとがいないよりいた方がいいと思ったから……!」どうも調子が狂う。そんなこと、思われたこともない。私の何を知っているのか。少しイラついた。おかげで冷静な判断が出せそうだ。私はいつものように俯いて「……そう。それなら他当たってくれる?気が合いそうな人他にいたんじゃないの?」と呟くようにこぼした。柊はなぜか怒っていた。「またユウレイ。」何か言った気がしたけど風の音に吸い込まれてあまり聞こえなかった。「柊の隣の女の子、夏芽歩夢、さん。あの子、良い子そうよ。」さらに友達のところに戻るように追い討ちをかけたつもりだったが、やはり怒っている様子。何を考えているか、よく分からないまま、柊は急に隣に座って来た。「ちょっ……!何?」驚きすぎて少し体をずらした。そうしたらこの男。ずらした分しっかり寄ってくるのだ。数メートルずれた後、諦めてバッグからおにぎりを取り出した。少し距離感を意識した私は、普段より一口を小さく見積もって、おにぎりを食べた。海苔をパリッと鳴らした時「中身何?」と不機嫌そうに聞いてきた。おどおどしながら「……う、め。」と答えてすぐに柊は私の腕を掴み大きな一口で私のおにぎりを食べた。海苔の千切れる音が耳の奥まで響いた。「ちょっと!何してんの?」と引き戻した手元を見ると中の具が鮮明に見えるほど食べられた痕跡。柊は悪びれもせず口いっぱいに頬張ったご飯を必死に噛んでいた。「……私のご飯。」と思ったことが思わず声に漏れてしまった。その声を聞き逃さなかった柊は少ししおらしい顔をして「……しゃけ。嫌い?」と聞いてきた。人のご飯の場所も時間もさらにはおにぎりもを横取りしておいて。腹が立った。私がしばらく無言で自分のご飯を黙々と食べている姿を目にした彼は、私のバッグに無言で何かを入れた。口の中にご飯が入っていた私は、目線だけ柊にむけて何をしたのか訴えかけた。彼は眉を下げて、少し微笑んで屋上から立ち去った。去っていった柊の背中を唖然と見送って、バッグの中を見た。中には、しゃけのおにぎりと小さなクシャクシャのメモのようなもの。よく見ると先生に配られたプリントの端くれだった。裏返して見てみると柊の文字で「おとは可愛い。」と書かれていた。いつこんなの書いたんだ、と思いたかった。この時の私は人から見れば、顔を真っ赤にしている乙女そのものだ。やっぱり彼は私の予想をはるかに超える突拍子もないことをする。高校一年生。あの時の記憶が少し蘇った。あの時、許されるなら、私がどうしたかったか。




