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ivy  作者: 雨上紡佳
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 ピピピピ……「うる、さ……。」まだ重いまぶたを無理矢理こじ開けて、朝日を感じた。今日は、晴れ、てるけど雲がばらついている。自室のドアを開け放し、リビングに行く。虚ろな目のまま朝ごはんの準備された机にむかう。今日もいつもと変わらない惰性の日々を過ごすため、いつもと変わらずご飯を食べていた。……ピピピピ。「もう!またアラーム止めずに来て……。」母が少しイライラしながらぶつくさものを言う。ここまでは特に変わらない。自室に戻って制服に着替える。シャツに手を通して、スカートを履いて2回折り込む。全身鏡で丈の確認をして、紺色の靴下を履く。ピピピピ……。いい加減うるさくなったアラームを止めてカーディガンとブレザー、あとネクタイを左腕に抱えて、簡素なスクールバッグを右肩にかけて、今度は洗面台へ。スクールバッグは、洗面台の脇に置いて、空いた右手でネクタイを首元にかける。他のものは近くの棚にまとめて置いた。「うわ……。今日寝癖ひど……。」と呟きながら歯ブラシを口につっこむ。片手で歯ブラシを動かしながら、ぼうっと寝癖を片手でなぞる。「……ぃっ!」何かを思い出した私は、急いで歯磨きを終え、ヘアアイロンのコンセントを刺す。温度設定は170℃。ヘアアイロンが温まるまでに、口をゆすいで、首元のネクタイを結ぶ。こういう日に限ってネクタイに時間を取られる。結んでも結んでも、何故か歪む。「ちょっとー!もう時間じゃないのー?」と母が急かす。「……んー!」と精一杯の返事をして少し歪んでいるが及第点のようなネクタイが完成した。急いで寝癖をヘアアイロンで直す。普段はそこまで気にならない髪型まで気にしてしまう。理由はひとつだった。先程まで忘れていた昨日のあの男が脳裏を過ぎったからだ。結果、私は男に少し媚びてしまう節があるのは認めざるを得ない。やっぱり私も女(の子)だし、可愛いとか綺麗とか思われたいし。馬鹿な妄想を一瞬だけしていた。普段なら乱雑にヘアピンで止めてある前髪を巻こうと取り掛かる時「あつっ……。」普段から慣れていないことをするからだ。見事に指先を火傷した。時間もないし1日持たせようと170℃に設定した私を少し恨んだ。へアイロンを片付けて、カーディガンを羽織り、ブレザーも羽織って、鏡で最終確認。「よし。」と呟いて、スクールバッグを右肩にかけて、少し底に厚みのあるローファーを履いて急いで出かけた。携帯を見て「まだ余裕あるじゃん……。」と先程の母の急かす言葉に少しイラッとして、前髪が崩れないように、最寄り駅まで歩いた。

 駅に着いて、歩きながら電光掲示板を見てみる。特にいつもと乗る列車は変わらない。ICカードをかざして駅のホームにむかう。ここまでは特に変化なし。私の事を周りから見たら、異変かもしれないけど。少し背伸びをして可愛くなろうとする姿は、やはり他人から見ると滑稽だったりするもので。視線が痛い気がする。やっぱり一本遅らせて電車に乗って行こうかな、なんて弱気な言葉を頭の中で考えていた。弱気になってホームから逃げようと階段付近の塀にもたれかかる。そうしているうちに乗ろうとしていた電車が来てしまった。俯いて明らか自信のなさそうな私を横目に降りてきた人がぞろっとホームの階段に吸い込まれていく。ここで同じ流れにのろうと思って、歩こうとした時。手を引かれた。

「……っぶねぇ!」声が聞こえた時には、私は電車に乗っていた。と言うよりは、乗せられていた。何が起こっているか、私はまるで分からず、ぽかんと立っていた。「……ーい!おーい!」はっと我に返った。「……わっ!」目の前に大きく開いた手がゆらゆらしていた。「あ、気づいた?なんかどっか行こうとしてるし、コレ乗ってないと次のやつ乗り換えじゃん?」俺って優しー!とか最後の呟きは聞かなかったことにして、一応私も頷いた。「……ありがと。」お礼は言うべきのような気がして思わず呟いた。けれどもこの男。自分に酔っていて私のお礼の言葉を聞いてなさそう。とりあえず落ち着いたし、適当に歩いて座れるところを探しに行こうと思って足を踏み出した。「えっ、あのっ、ちょっ……」男が吃った声が聞こえたけど、振り返らずに歩いた。そんなに遠くない場所にひとつ空いていた。そこに座っていつものイヤホンを取り出して耳に刺そうとした時。「……っ……話そっ?」そう言いながら男は私の腕を掴んだ。既にいつもと違う体験をしたのに、今日は朝で2回目。まさか音楽を聞く手を止められるとは思ってなかった。その時の男の顔も、私にとっては人生初めて見る、男が女の子を見る時の顔だったこと。まだその顔の正体をこの時は知らなかった。

 その時ちょうど次の駅に着いて、隣の席が空いた。「……座る?」と聞いてみると、男は大袈裟に縦に首を振った。男は座るなり「あー……えっと……。元気だった?」なんて本当は話す内容なんてひとつも考えていないような言葉が出てきた。「んー、まぁ。」と、愛想悪く返してしまったのにも関わらず、男はとっても目を輝かせる無垢な顔で、私の放つ言葉をひとつひとつ拾って大事そうに抱えていた。それがそんなに沢山会話をしていない私にも分かるほどだ。この男は、多分私の逆で、でも同じことを思われ続けた男なのかもしれない。私は「男たらし」、男は「女たらし」という名称の2つなのかもしれない。急にこの男が憎らしいという思いよりも、ほんの少し情が湧いた。「あ、名前、名乗ってなかったよね。一年の時も名前使ってなかったし忘れてると思うから。」男はそう言うとルーズリーフを徐に取り出して、カチカチとシャー芯を出して、窓を土台にして綺麗に行に合わせて名前を書いた。「柊 透和」この文字を見て1年の時の記憶が少し返ってきた。ひいらぎとわ。本当に少し関わっていた。なにか、この男のバツの悪そうな顔にも少し説明がついた。その顔に少し不服そうな表情をしてしまった私に「関わらない方が良かったのかな……はは……。」と、柊は乾いた笑いで目線が俯いた。「いや……!仲良くしてた友達ともクラス離れたし、まだ知ってる人がいて良かった。」とか思ってないようで本心をありのまま話してしまった。私はこの本心で男たらしというあだ名がついていたことを、その瞬間だけは忘れて話すことができた。今までの私とは比べ物にならないくらい正直な発言だった。そこから少し間を開けて「……そっか、それならよかったのか。」と柊はくしゃっと笑った。自分の気持ちに正直な柊に私は少し嫉妬しながら、ペンケースから見た目に似合わない可愛い肉球の付箋とシャーペンを取り出す。なにか言いたそうな柊の口より早く自分の名前を書き込んだ。「卯月 乙」書き込み終わった付箋を、渡そうと思った時、柊は急に口を開いた。「俺、名前言えるよ。苗字も。」謎に挑発された気になり「ふぅん、じゃあ当ててみてよ。」と先程までとは違う少し友好的な目線を送ってしまった。柊は動揺して「間違ってたら嫌だから!最初の文字!苗字と名前の!」と、当てる気があるのかわからないが、提案をしてきた。「苗字だけなら……。」と私はすぐ提案を飲んでしまった。でもこの電車の空間に私たちの会話を邪魔するような言葉は聞こえてこない気がした。「う、だよ、う。」と少しクイズみたいになっているこの空間がむしろ心地よくて、久しぶりに楽しくなれた。それもつかの間、この会話も長く続けられる訳もなく、学校の最寄り駅まで着いてしまった。車両から降りて、持っていた付箋を渡せずに一枚めくって、ぎゅっと強く握りしめてゴミ箱に捨てるところだった。その時彼は大袈裟に振り返り、大きく手を広げて「うづき!うづきおと!ね!合ってる!」私は思わず泣きそうだった。柊に名前を覚えてもらっていたことが半分、私の名前をそんなに明るく呼ばれることがあまりにも珍しい気持ち半分。ぐしゃぐしゃに握りつぶした付箋は捨てずにスクールバッグの中に押し込んだ。私の名前。卯月乙。この名前を大切に扱う人に出会えたのかもしれない。私は前髪を整えて大きく一歩を踏みしめた。この胸の高鳴りを私はずっと覚えることになる。

 今日の通学路は、なんかキラキラして見える。道の端に咲いている小さい花も、綺麗。大きく羽を開く蝶も、綺麗。小鳥の鳴き声も、綺麗。鼻歌が混ざるように、そよぐ風音に耳を傾け、目を輝かせて通学路を歩く。今の私はプリンセスのようで、一瞬かかとが浮いた気持ちになった。

 目の前に学校が近づく。なぜかどんどん重くなる足。周りの視線にようやく気がついた、私は何をやっているんだろう。さっきまでとは打って変わって気分の落ち込みが襲ってきた。思い出した。私はしがない高校3年生。「男たらし」と呼ばれるのを避けるために女友達を作り、周りに女を置く努力をした女だった。ここまで積み上げてきた私の礎を3年目にして壊すわけにはいかないこと、平々凡々とした学校生活を送るための努力を無碍することは、私にはできなかった。さっきまでの浮かれた心を押し殺して、着実に一歩一歩を踏みしめて、通学路を歩いた。また過ごしたくない1年のスタートだった。

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