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レッサーパンダのムー

作者: パパSE

 朝、動物園は開園前なのにとっても賑やかでした。

 というのも、パンダがやってくるからです。

 あのかわいく愛らしいパンダが、町の動物園にやってくるのです!

 もう動物園は準備に大忙しです。動物園に訪れた人がすぐにパンダに会えるように、入口のすぐそばにパンダ小屋を用意しました。もちろん、パンダ小屋の中には、笹をたくさん用意してあります。お客様がパンダと記念撮影できるように360度ガラス張りにしました。何かあっては困りますので、たくさんの警備員にも来てもらっていますし、忘れちゃいけない記念のパンダバッチもパンダクッキーも売店に用意しました。

 園長さんは準備が完璧か、何か忘れていないか確認して回りました。でも、もう入口の前にはたくさんのお客さんが集まって、早く開園するように求めてきています。「これは仕方がない」と思い、園長さんは少し早いですが開園することにしました。

 すると、一斉にみんなパンダの下に走り出します。子供はもちろん、大人もお年寄りもみんなパンダに向かって一目散に走り出します。あっという間にパンダの前には人だかりができ、警備員さんは事故にならないように懸命に誘導しなければならなくなってしまいました。しかも、記念撮影をしようにもパンダは小屋の中であっち行ったり、こっち行ったりを繰り返すためなかなかシャッターチャンスが訪れません。でも、パンダが動くたびにお客さんたちは「カワイイっ!」「こっち見てくれたぁ!」と大喜びするのでした。もちろん、パンダバッチもパンダクッキーも飛ぶように売れました。

 そんな大人気のパンダを、ムーはとっても悲しく寂しい顔で見守っていました。

 レッサーパンダのムーは、パンダが来るまではこの動物園で一番の人気者でした。

 とってもかわいらしいと町中の人たちが遊びに来てくれたのです。今、パンダ小屋がある場所も、元々はムーの小屋があった場所です。ムーはパンダが来たために別の小屋に移されてしまったのです。

 ムーは自分がもう必要とされていないのだと思いました。

 実際に、パンダを見た人は売店で記念品を買ったら、ムーのことなど気付かずに帰って行ってしまいます。

 でも不思議なことに、ムーは悲しい気持にはなりましたが、別にパンダを憎いと思ったり、恨んだりはしませんでした。なぜなら、パンダのかわいらしさは本物だったからです。自分から見ても、パンダはとてもかわいかったのでした。

「確かに自分もかわいかったと思う。でも、もっとかわいいパンダが来たんだ。これは仕方がないことだ」

 ムーはそう自分に言い聞かせて諦め、ただ来る日も来る日も自分の小屋の中でパンダ小屋を眺め続けるのでした。


 パンダが来てから動物園は毎日が毎日大忙し続きです。

 町中から人が来るだけでなく、他の遠くの町からも多くの人が訪れました。

「こんなに人が来てくれるなら」

 園長さんはこのパンダ人気の凄さに大喜びし、更に3頭のパンダを動物園に呼ぶことに決めました。

 もちろん、今のパンダ小屋には何頭も入りません。

 動物園は急いでパンダ小屋の改装を始めます。

 そして、ムーの小屋は再び別の場所に移されることになったのです。

 ムーはその頃には完全に元気をなくし、フワフワだった毛並みも色あせてしまっていました。

 園長さんもそんなムーを心配し、「パンダが見えないところにしてあげよう」と、パンダ小屋から遠く離れた場所に移すことにしたのです。そこは動物園の中でも隅っこの方で、なかなかお客さんが訪れないところでした。

 でも、ムーにはそんなことは関係がありませんでした。自分にはもう、誰も会いに来てくれないと思っていたからです。

「やぁ、君が”元”一番人気のムーかい」

 新しい小屋で一人眠っていたムーは、突然隣の小屋から話しかけられ顔を上げました。

「ははぁ~、これは本当にかわいらしい。想像以上、噂以上じゃないか」

 そこには年老いた一頭のゴリラがいました。

 もうそれなりの年なのでしょう、やせ細りあちらこちらの傷があります。そして話している時も、呼吸が荒いように感じられました。

「なんだってそんなに元気がないんだい?かわいい子というのは元気じゃないと」

 ゴリラはムーの沈んだ心などお構いなしに話しかけてきます。ムーは嫌な奴の隣に移ってしまったな、と思いつつも、自分が長いこと誰とも話していないのを思い出しました。

「あなたが言いましたよね、”元”だって。今の一番はパンダです。パンダが今はかわいく、僕はかわいかっただけです」

 それを聞いてゴリラが目を見開いて驚きました。

「なんと!一番じゃなくなればかわいくなくなるっていうのかい?そりゃぁ不思議だね。ワシなんかから見ればお前さんは十分かわいく、多くの子供たちに好かれると思うんだがね」

「いいえ、残念な事にもう誰も僕を見向きもしませんよ。パンダが来たんです、本物のね、僕はレッサーパンダですから。だからこの小屋に移されたんですよ、あなたの隣にね。あなたも同じでしょう、年老いて誰にも相手にされなくなって」

「はっはっはっ!誰も見向きもしないかっ!?はっはっはっ!確かに、ワシは年老いてみすぼらしいなぁ、おまえさんほどかわいければきっと人気者になれたんだけどなぁ。そのかわさが羨ましいぐらいだよ」

 大きな声で笑うゴリラをムーは煩らわしく思い始めました。

 そんなに僕になりたければなればいいじゃないか。そうして、パンダに負けて自分の価値を失えばいい。僕の立場にならなければ、誰も僕の辛さなんて分からないんだよ。

 ムーがそう思いゴリラに背を向けた時、彼の小屋に飼育員が入ってきました。

「おや、もうそんな時間かい」

 ご飯でも来たのかと思い、気楽なゴリラが恨めしく思いました。ただ動物園に居るというだけでご飯が食べられるのです。しかも、パンダやかつての自分のようにお客さんを喜ばせている訳でもなくです。

 しかし、どれだけ待っても食べ物の匂いはしませんし、ゴリラが物を食べる音は聞こえませんでした。それどころか、飼育係が小屋を出ていく音さえ聞こえないのです。

 疑問に思ったムーは彼の小屋の方へと振り返りました。

 そして、そこに立っているゴリラの姿を見て驚きました。

 なんと彼はビロードのついた衣装を着せられ、すてきなシルクハットをかぶっていたのです。毛並みも、飼育員さんが綺麗に手入れをして、とても輝いていました。先ほどまでの彼と同一人物とはとても想像がつきません。

「どうしたんだい?その格好は?」

 ムーは堪らずゴリラに問いただします。

 聞かれたゴリラはニヤリと笑い、その場でクルリと回って見せました。

「これからステージなのさ」

「ステージ?」

「ああぁ、お前も一緒にくるかい?」

 そう聞かれムーは悩みましたが、どうしても彼の姿が気になり一緒についていく事にしました。

 そして、動物園の真ん中にあるステージにたどり着きました。ムーもゴリラと一緒に舞台に上がります。もちろん、ムーが何かをする訳ではありません。ただ、舞台の上にある台に座らされただけです。

「そこからじっくり見てなさい」

 ゴリラはウィンクしながらそうムーに言い聞かせます。

 そして…、

「さぁ!みなさん!お待ちかねのショータイムです!当動物園の名物、ゴリラのサーカスショーです!」

 ナレーションと同時に盛大な拍手が巻き起こりました。その拍手とともに舞台に下がっていた幕が引き上げられ、ムーの目に客席が飛び込んで来ました。

 ムーは驚きました。

 客席にはたくさんの人が居たのです。

 もちろん、たくさんと言ってもパンダ小屋に集まった人たちよりは少ないです。でも、それでも客席は満席で立ち見客がでるほどでした。今この瞬間、お客さんはパンダではなくこのステージを見に来ているのです。

 そのお客さんたちに向かってゴリラはうやうやしく一礼をし、舞台の上にあった台を駆け登り、空中ブランコに飛び移りました。そして、空中を見事に舞い、決めポーズと共に綺麗に着地して見せたのです。

 観客は大喜びで拍手を続けます。

 ゴリラは更に玉乗り、綱渡り、そしてお手玉と様々な技を披露し、その度にステージは歓声に包まれるのです。

 ムーもその様子を見てハラハラドキドキしました。ゴリラが何かをする度に立ち上がって拍手をし、そして、とても輝いているゴリラを羨ましいと思ったのでした。

 確かに彼はみすぼらしい姿をしてました。でも、それを感じさせないほどすばらしい演技を見せてくれているのです。それに比べて自分はどうでしょうか。見た目がかわいいだけでチヤホヤされ、人気者になろうという努力を決してしませんでした。ただ居るだけでご飯を食べさせて貰っていたのは自分の方です。小屋でゴリラに酷い事を言ってしまった事をムーは後悔しました。

 そして、ある決心をしたのです。


 それから3ヶ月、結局新しいパンダが来ることはありませんでした。パンダは人気者で、いろいろな動物園が来てほしいとお願いしているからです。せっかく拡張したパンダ小屋も、元の状態に戻されてしまいました。

 でも、園長さんは特に気にしていない様です。

 なぜなら、お客さんはパンダを見に来るのではなく、レッサーパンダとゴリラのサーカスショーを見に来てくれるのですから…。

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