第9話 騒ぐ事を忘れた騒霊
この作品は「東方Project」の二次創作です。
原作 上海アリス幻樂団
改変、独自設定その他諸々 小湊拓也
植物の城砦は、完全に枯れ崩れた。
大量に崩落した植物の残骸が、太陽の畑を埋め尽くす。
このまま大地に還り、向日葵の肥やしになるのか。
空中からリリカ・プリズムリバーは、その様を見下ろしていた。
風見幽香も、霧雨魔理沙も十六夜咲夜も、矢田寺成美とルーミアも、今は空中にいる。
「……やって、くれたわね」
幽香が、まずは言った。
「私が、やろうとしていた事なのだけど……ね。おぞましい咲き方をさせられた花たちを、解放してくれた。その事は感謝するわ、どうもありがとう」
「死んじまった連中を解放してやるのが、まあ、あたいの仕事ではある」
赤毛を二カ所で束ねた娘が、空中に佇んでいた。
まともに物を切れそうにない、ねじ曲がった大鎌を担いでいる。
「死神……」
リリカは、呟いた。
「……もしかして、私を迎えに来てくれたの? その連中みたいに」
植物の城砦から吸い出された幽霊たちが、死神の周囲に、群がり漂っている。
「お迎えの役目は向いてないと、はっきり上司様に言われちまったところでね」
死神が、苦笑した。
「だいたいなあ、プリズムリバーの妹よ。お前さんは、死ぬんじゃない。消えるんだよ。お迎えなんか必要ない……今だって、生きてすらいないんだからな」
「……おい、そりゃ言い過ぎだろ。誰だか知らないが」
魔理沙が言った。
「お前、弾幕使いだよな? 弾幕使いが複数、ちょっと不穏な空気を出してる場所へ、そうやって首突っ込んで来るって事は。お前……弾幕戦、やりたいんだよな? 相手になるけど、ちょっと待て」
「死神の、小野塚小町よ」
成美が、紹介をした。
「私の知る限りでは、この世で一番の面倒くさがり、億劫がり……ねえ小町。貴女が、こんなふうに真面目にお仕事するなんて、やっぱり何か良くない事が起こってるのよね今」
「ひどい言われようだけど、まあいい。あながち間違いでもないからな」
死神・小野塚小町が、じっと成美を見つめる。
「……四季様がな、お前さんの事を気にかけてたぞ魔法地蔵。大外道妖怪の手先になって色々と悪事を働いている、とも解釈されかねない行動。少し控えた方がいいかも知れない、との事だ」
「控えた方がいい、かも知れない? 随分と、はっきりしない言い草ね。映姫先輩にしては」
「四季様でも白黒つけ難いほど、面倒な事をしているんだよ。幻想郷の連中ってのは」
軽く頭を掻きながら、小町は幽香を睨んだ。
「……その風見幽香って奴。地獄関係者としても、とにかく扱いの難しい案件でなあ」
「光栄ね」
「こいつが本当にヤバい事やらかすのを、さり気なく止めている。そんな一面も、お前さん方にはあるらしい。魔法地蔵、宵闇の小妖怪……それに白黒の魔女」
その眼差しが、魔理沙にも向けられる。
「……風見幽香を止めてくれて本当に、ありがとうな。今こいつが外の世界で暴れたら本当に、大変な事になる」
「そう……なんだよな。こういう連中を閉じ込めて外に出さない。そのための幻想郷、なんだよな」
言いつつ魔理沙が、咲夜の方を見る。
「こういう連中を……外に連れ出した奴が、どうもいるみたいなんだが」
「……スキマ妖怪のせいに、するつもりはないわ」
咲夜は言った。
「私たちは、外の世界で殺戮を行った。誰かに連れ出されたから、そうしたわけではない。私たちの意志によるものよ」
「おかげで今、幻想郷は、この様だ」
周囲の幽霊たちを、小町は大鎌で指し示した。
「外の世界で、お前らに殺された連中がな、何をどう間違ってか幻想郷に迷い込んでる。そいつらを今あたいが回収してる最中だ。その仕事を、つつがなく済ませたいと思っている。だからお前ら、弾幕戦をやるのは別に構わんが人死に・妖怪死にを出すなよ。あたいの仕事を増やさないでおくれ」
「何を、どう間違って……か」
魔理沙が、形良い顎に片手を当てた。
「間違いがある、間違えた奴がいる、って事か?」
「その間違いは、四季様が正して下さる。あたいやお前らが、気にかける事じゃあない」
「外の世界の幽霊を……幻想郷に、導き入れた奴がいる。わざとか、何か間違えたのか」
槍か薙刀のように、魔理沙は箒を回転させた。
「許せないから、ぶちのめす……のは当然として。そいつが何故そんな事をしたのか、どういう原因や理由があるのか。それが、今回の異変の根本だと思うぜ。私は、知らなきゃいけない」
「……同じ事、何度だって言うぞ。お前らが気にかける事じゃあない、是非曲直庁に任せておけ」
「白玉楼の連中は今、何をしている」
魔理沙は訊いた。
「あの冥界って場所、外の世界とも繋がっているんだよな? 外の世界で死んだ奴らも、流れ込む。流れ込んだものを、幻想郷に垂れ流している……冥界の管理人が、そんな事をしているんだとしたら」
「だとしても、お前らの出る幕じゃないんだよ人間。あたいらの領分に、これ以上……近付いて来るのはな、本当にやめとけ」
「……西行寺幽々子を、お前らの領分に収めておけるのかよ」
魔理沙は呻き、叫んでいた。
「あいつが何かやり始めたら、お前らで止められるのか? あの西行寺幽々子ってのが一体どういう存在なのか、お前ら是非曲直庁とやらは把握してるのか!? 私は見たぞ! あいつはなあ、もうちょっとで宇宙を滅ぼすところだったんだ!」
「…………らしいな」
小町の口調は、重い。
「冥界の管理人が……あそこまでの化け物に進化したのは、四季様にとっても想定外だったみたいだ。だからこそ、お前ら定命の連中を近付かせるわけにはいかないんだよ」
「とんでもなく大きな桜を私、見たわ。幻想郷を見下ろすように、咲き誇っていた」
幽香が言った。
「そう……あの桜苑の管理人さん。そんな素敵な化け物に、なってしまったのね。会ってみたいわ、また」
「会いに行きなさい。止めはしないわ」
咲夜が、いつの間にか、幽香とリリカの間に入り込んでいた。
「この子は、置いて行ってもらうわよ」
「何度か言ったと思うけれど」
幽香の視線が、咲夜を迂回して来た。
「リリカ・プリズムリバー。私は貴女の自由意思を一切、認めない。尊重しない。しばらく私と行動を共にするのよ」
「風見幽香。お前これから一体、何をするつもりだ」
小町が大鎌を振るい構え、捻じ曲がった刃を幽香に向けた。
「本当に、白玉楼に殴り込みでもしようって言うなら……やめておけ。西行寺幽々子を、刺激するな。あいつはな、是非曲直庁にとって、お前以上に厄介な案件なんだ」
「私……異変を、台無しにされたのよ」
言葉と共に、幽香は音を発していた。
風見幽香の音。
この音を、ルナサならば、聴く者を恐怖のあまり頓死させる、絶望の楽曲へと仕立て上げるだろう。
メルランならば。
聴く者たちが闘争心を掻き立てられて殺し合う、騒乱の楽曲を組み立てるだろう。
自分では無難・無害・無個性な楽曲にしかならない、とリリカは思う。
それを見透かしたように幽香が、こちらを見据えて語る。
「外の世界で皆殺しをする気は、もう失せたけれど。何故、どんなふうにして、私の異変が台無しになったのか、それは知っておきたいものよ。冥界の管理人さんと……ちょっと、お話をしないとね」
幽香が、右手を差し伸べてくる。
「さあリリカ、こちらへいらっしゃい。私と一緒に行くのよ」
言いつつ幽香は、左手を振るった。
衝撃が一閃し、幽香の周囲を薙ぎ払った。
それは、鞭であった。
植物の根、荊に蔓草。それらが絡み合い、うねる一本の凶器を成している。
植物の鞭が、幽香の周囲で、何かを粉砕したのだ。
金属片が飛び散った、ように見えた。
ちぎれた鎖、である。
幽香を絡め捕ろうとした鎖が、植物の鞭に打ち砕かれたのだ。
それは目に見えぬ鎖であったが、粉砕の瞬間のみ、幻視する事が出来た。
「今……時間を、止めようとしたわね?」
幽香が、咲夜に微笑みかける。
「存在しない鎖が、ね。私を、がんじがらめに縛り上げようとしていたわ」
「元より承知の上……お前のような大妖怪に、私の時間停止など効くはずもなし」
言葉に合わせて咲夜の細身が、旋風の如く軽やかに捻転した。
投擲の、動きであった。
いくつもの光が、幽香に降り注ぐ。
退魔の念を宿したナイフ。
何本ものそれらを、幽香は舞うように回避していた。
その時には咲夜は、幽香の背後に回り込んでいた。
両の細腕が、閃光を振るう。
いくらか大型のナイフが左右二本、交差する形に一閃し、斬撃の十文字を作り出す。
植物の鞭が、螺旋状に幽香を取り巻いた。
防御の螺旋。
それが、十文字の斬撃に叩き斬られた。
植物の根、荊や蔓草が、縦横に切断されて飛散し、枯れて崩れる。
幽香は、しかしすでに、そこにはいない。
「やるわね」
いくらか距離を隔てて幽香は、空中の見えざる足場に降り立っている。
「十六夜咲夜さん、だったかしら。貴女……妖怪を、狩り慣れているのね」
そんな事を言いながら幽香は、軽く左手をかざした。
いつの間にか手放していた日傘を、向日葵妖精が三体がかりで運んで来た。
そして、恭しく差し出す。
幽香は左手で受け取り、広げた。
「妖怪退治のお仕事でも、していたのかしら?」
「出来損ないを、殺処分していただけよ。ともかく、リリカ・プリズムリバーの身柄は、引き渡してもらうわ」
「まだよ。今のリリカを、楽団に戻すわけにはいかない」
言いつつ幽香は、ふわりと軽やかに、その場を離脱した。
回避。
激烈な斬撃が、幽香を強襲し、かわされて空振りをする。
歪んだ大鎌の、一閃だった。
「この幻想郷で、大人しくしていろ。風見幽香」
空振りをした大鎌を、小町は左肩に担ぎ構えた。
そうしながら、右手を振るう。
「外の世界だろうと冥界だろうと、同じ事。お前はな、どこへ行ったって災いしか引き起こさないんだよ!」
光が、投げ撒かれていた。
無数の、銭貨。
それらが超高速の弾幕となって、幽香を襲う。
そして日傘にぶつかり、キラキラと砕け散った。
「そう……私を、止めようと言うのね」
幽香の美貌が、にこりと歪んだ。
「それなら死神さん、貴女の上司を連れていらっしゃい。あの、可愛くて強い閻魔様を……」
その笑顔が、微かに引きつった。
何人もの十六夜咲夜が、幽香を取り囲んでいた。
一秒前の咲夜、〇・七秒前の咲夜、〇・四八秒前の咲夜、〇・二五秒前の咲夜、〇・一秒前の咲夜、〇・〇〇九秒前の咲夜、現在の咲夜。
その全員が、一斉にナイフを投射していた。
幽香一人に、向かってだ。
退魔の念を宿した刃が無数、光の雨となって、大妖怪に降り注ぐ。
いくつもの、大輪の向日葵が、幽香の周囲に咲き乱れた。
盾だった。
向日葵の盾に、無数のナイフが突き刺さる。
「私、ね……お花の咲いている場所なら、どこへでも行けるのよ」
幽香の声に合わせて、それら向日葵が、一斉に種を噴射する。
種は全て、光弾だった。
「今すぐ、冥界へ行く事だって出来る。その前に……貴女たちと、遊んであげるわね」
向日葵から放たれた弾幕が、咲夜を、小町を、それに魔理沙を、猛襲する。
その結果、どのようになったのか、見届ける事がリリカには出来なかった。
後ろから、袖を引かれたからだ。
「さ、今のうち」
囁かれた。
リリカは、半ば拉致されていた。
「逃げるよ。逃げたかったんでしょ?」
「え……いや、まあ……」
魔理沙の使う魔法の箒、のようなものにリリカは今、乗せられている。
箒ではない。
それは、空飛ぶ道路標識だった。
「鳥籠の中に、いられない。だったら、逃げるしかないもんね」
白い帽子の似合った少女が、一人。
道路標識に可愛らしく腰掛けて、飛行を制御している。
「逃げ出したら逃げ出したで、だけど行き先があるでもなし。実は鳥籠の中にしか居場所がなかった、なぁんていうのもね。よくあるお話」
「カナ・アナベラル……」
少女の後ろで道路標識にまたがったまま、リリカは呆然と名を呼んだ。
「久しぶり……ってほどでも、ないかな。今、何やってんの?」
「こうやってね、あっちこっち飛び回ってるんだけど」
カナ・アナベラルは、いくらか寂しげに微笑んだ。
「誰も、気付いてくれないの。やっぱり弾幕戦やらないと駄目なのかな」
「物騒だね。まるで、あの連中みたい」
リリカは、振り返った。
風見幽香を中心に繰り広げられていた弾幕戦は、もうずっと後方の彼方である。
戦っている者たちの姿は、見えない。
あの全員を殺し尽くした幽香が、凄まじい速さで追いかけて来て、自分は殺されるのか。
いや、とリリカは思った。
小野塚小町の言う通り、騒霊である自分は、幽香の一撃を食らったら消滅するだけだ。
それでいい、とは思う。
そんなものにカナ・アナベラルを付き合わせてしまうのは気の毒だ、とも思う。
「……私の事、助けてくれた。って事でいいの?」
リリカは訊いた。
「それなら、ありがとうだけど……この辺で、私を放り出した方がいいよ」
「お気遣いなく。別にね、助けてあげたわけじゃないから」
カナが応える。そして問う。
「……ね、リリカ。鳥籠の中へ、戻りたい?」
「鳥籠か。結局、そうだったのかな……」
風見幽香は先程、言った。
今のリリカを、プリズムリバー楽団に戻すわけにはいかないと。
楽団が、つまりは鳥籠か、とリリカは思った。
個性の塊である姉二人の音楽を、まとめ上げて無害な楽曲へと仕上げてゆく。
その役割が、つまりは鳥籠であったのか。
その役割を放り出して、大空へと飛び立つ。
それで自分は、何かになれるつもりでいたのか。
結局こうして、何者でもなくなってしまう。
最初から、わかりきった事ではないのか。
「…………馬鹿みたい。何やってんだろ、私……」
独り言のつもりだったが、カナは会話をしてくれた。
「お姉さんたちと一緒のままでもね。リリカ、きっと同じ事思ってたよ。馬鹿みたい、って」
「…………そうだね」
「私はね、ただ……お歌が、聴きたいだけ」
そう言うカナの声こそが、美しい歌のようであった。
「小鳥さんが、鳥籠の中で可愛らしく歌うのか。鳥籠を出て、雨風に当たって死にそうになりながら、悲鳴みたいに歌うのか。さ、リリカは……どっち?」




