第8話 滅びゆく世界
この作品は「東方Project」の二次創作です。
原作 上海アリス幻樂団
改変、独自設定その他諸々 小湊拓也
調和。
自分の役割が、それである事に、リリカ・プリズムリバーは長らく、何の疑問も抱いていなかった。
調和。
複数人で音楽を奏でる際、それは必要不可欠なものとなる。
姉二人に、無秩序に演奏をさせていたら人間が死ぬ。
ルナサ・プリズムリバーも、メルラン・プリズムリバーも、それで一向に構わないと思っているだろう。
二人とも、人間たちの命を糧として、自身の音楽を成長させんとしている。
妖怪として、あるべき姿とは言える。
だがリリカに言わせれば、人間が死ぬという事は、自分たちの音楽を聴いてくれる者が減ってゆくという事でもある。
聴いているだけで、死にたくなる。あるいは、気分が高揚するあまり高所から飛び降りてしまう。
姉二人の、そんな音楽を、上手く融和させなければならない。
そして、人間が聴ける楽曲へと仕上げてゆく。
それをする者が、必要となるのだ。
それが自分である事に、リリカは疑問も不満も抱いてはいなかった。
当然だ、と思っていたのだ。
姉たちにあるものが、自分には無い。
人間を死へと導く音楽など、自分には無理だ。
自分がキーボードを弾いたところで、毒にも薬にもならぬ無個性な調べが奏でられるだけなのだ。
ならば、出来る事をするしかない。
姉二人の有害極まる演奏を、なだめるように調和させて、無害な音楽に仕立て上げる。
それしか出来ないのならば、それをするしかない。
リリカはずっと、己自身に、そう言い聞かせてきたのだ。
それを、この十六夜咲夜は見抜いていた。
「リリカ・プリズムリバー。貴女、個性が欲しいの?」
太陽の畑に出現した、植物の城砦。
季節に合わぬ花々が、でたらめに咲き乱れる城内で、咲夜はリリカに問いかけてくる。
「個性など、過剰にあっても鬱陶しいだけよ。貴女の姉二人で充分過ぎるわ。どちらか片方だけでも、お腹いっぱいになりそうな素材を二つ……まとめ上げ、万人に聴かせるものへと仕上げてゆく。貴女は素晴らしい仕事をしているのよ? 誰にも真似が出来ない。無論、姉たちにも」
紅魔館のメイド長が、自分を高く評価してくれている。
それはリリカにも、わかってはいるのだ。
「ルナサ・プリズムリバー、メルラン・プリズムリバー……二人ともね、大切な妹に家出をされて、少し面倒な状態に陥っているわ」
「…………ルナ姉と、メル姉が……」
「プリズムリバー楽団にはリリカ、貴女が必要なのよ」
咲夜は言った。
そして、溜め息をついた。
「…………以上。今、私が言った事全て。貴女、頭で理解はしているのよね。だけど心では受け入れられない。わかるわ、大いに」
咲夜の細身が、ゆらりと動いた。
ナイフが飛んで来る、とリリカは思った。
かわせない、とも。
「だから私、貴女を説得はしない。無理矢理に、連れて帰るわよ」
「面白い事を言うのね、十六夜咲夜さん」
言葉を発したのは、風見幽香である。
「私の目の前で……無理矢理を、押し通す。とても面白いわ」
「……止めよう、とでも?」
言いつつ咲夜は、すぐにナイフを投げるような事はしない。
「貴女に、彼女を匿う理由はないはずよ」
「貴女が、この子を連れて行く理由もね」
幽香は微笑む。
「……リリカは私の客人。帰らせるかどうかは、私が判断する事よ」
「では、帰らせると判断なさい」
「させて、ご覧なさい?」
「待て。待て待て待て、ちょっと待て」
霧雨魔理沙が、割って入った。
「お前らに言わせれば、ここで私がしゃしゃり出る理由も無いんだろうけど。まあ待ってくれ」
「待つわ。言いたい事があるなら、言いなさい」
幽香が言い、咲夜も同調した。
「……聴きましょう。魔理沙、貴女の言葉なら」
「恩に着るぜ」
風見幽香も、十六夜咲夜も、霧雨魔理沙を認めているのだ、とリリカは思った。
この人間の魔法使いに、一目置いている。
仲裁を受け入れる、程度には。
自分は、自分の音楽は、誰かに認められているのだろうか。
「あー……とりあえず、な。私がここへ来た目的は、果たせた」
魔理沙は言った。
「幻想郷に今、おかしな感じに花が咲いてる……その原因は、判明した。大元を辿ると結局、お前らの仕業って事か。紅魔館」
「許せないでしょうね」
咲夜が冷たく微笑み、魔理沙は、いくらか不機嫌そうに溜め息をつく。
「……お前らが、どうやって外の世界へ出たのかって事を考えたらな。あの八雲紫のせい、とも言えるだろ。あいつが、紅魔館の連中をまとめて外の世界へ連れ出した。連れてかれた先で、お前らは大いにやらかした。結果……幻想郷に、大量の幽霊が流れ込んで来た。やっちまったものは、まあ今更しょうがないにしても」
魔理沙の睨む眼差しが、咲夜から幽香に移った。
「……同じ事を今からやろう、なんていうのは見過ごせない。やめておけよ、大妖怪……こっちから、外の世界に手ぇ出そうなんて」
「そう……そう、よね」
幽香は、何かに気付いた、ようである。
「外の世界では……紅魔館の面々が、大いに殺戮を行ったばかり。私が同じ事をしても二番煎じ。異変としては全然、駄目ね。気付かせてくれて、ありがとう魔理沙」
「…………なあ、リリカ・プリズムリバー」
魔理沙が、こちらを向いた。
「こんな奴の近くにいるのは、もうやめておけ。姉貴たちの所へ、帰れよ」
何がわかる、とリリカは叫びそうになった。
(偉そうな事を……! 貴女なんかに……私の、何がわかるって言うのよ……ッ!)
その叫びが出なかったのは、リリカ自身にも、何もわかってはいないからだ。
(私……何が、したいの? ルナ姉メル姉に、変な対抗意識燃やしてるだけで……これから、どうするの? ……どこで、何をすればいいの?)
ぼんやりと、見上げた。
植物の城砦。天井にも、花が咲き乱れている。
(…………教えてよ……レイラ……)
気のせい、であろうか。
咲き乱れる花たちが、少しずつ萎れてゆく。そんなふうに見える。
「……ねえ。ちょっと、変じゃない?」
矢田寺成美が、ルーミアを抱き持ったまま言った。
「外道破廉恥妖怪の風見幽香。貴女、何かした?」
「……私じゃ、ないわよ」
幽香も、何やら訝しんでいる。
城内に咲き乱れる花々が、少しずつ、いや急速に、枯れていった。
外の世界から流れ込んで来た、おぞましい霊魂が取り憑く事により、季節を無視して咲く事となった花々。
枯れてゆく。ぼろぼろと、崩れてゆく。
崩れゆく花々から、植物から、何かが立ち昇る。
霧や霞のような、陽炎のような、煙のような、空気の揺らめき。
歪んだ人面、のようでもある。
「幽霊が……」
魔理沙が、呟いた。
「……吸い出されて、いる……?」
震動が、起こった。
壁が、床が、天井が、柱が、枯れてゆく。枯れ果て、崩れてゆく。
植物の城砦そのものが、枯れ果て、崩壊を始めていた。
城砦を成す植物たちから、取り憑いていた幽霊が、吸い出されている。
城砦の外にいる、何者かによって。
枯死した植物の残骸が、破片が、大量に舞い散ってリリカの視界を埋めた。
幽香も、成美とルーミアも、咲夜も魔理沙も、姿が見えない。
何も、見えない。
ただ、何者かの声は聞こえる。
「おいおい……こんなに大量の幽霊、あんな小っぽけな舟で運んで行けって言うのかい」
呆れている。辟易している。
「まったく、豪快に殺しまくったもんだねえ。どこのどいつか知らないが……あたいは困る。そして、四季様はキレる。誰も幸せにならないじゃんよ」
「あら」
博麗霊夢は、声を上げた。
幻想郷の神が、二柱。寝台に、横たわっているからだ。
平凡な村娘にしか見えない、女神の姉妹。
包帯を巻かれた姿が、痛々しい。
ここ永遠亭で、治療を受けたばかりのようである。
「貴女たち……誰かに、虐められたの? 誰? ぶちのめして来るから言って。弱い者いじめは許せない」
「……そうね、弱い者いじめは駄目。貴女も気をつけなさい、博麗の巫女」
布団の中で、秋静葉が言った。
隣の寝台でも、秋穣子が布団を被っている。
「あー……まったく、大変な目に遭ったわ。ここまで運んでくれて、ありがとうね射命丸文」
「少しだけなら、恩恵をあげられるかも知れない。期待しないで待っててね」
「あはは、いやいや秋神様。どうか、ご無理はなさらずに」
射命丸文が、笑っている。
霊夢は、軽く睨んだ。
「あんたが……誰かの役に立つなんて、ね」
「お役に立ちますとも。何しろね、清く正しい射命丸でございますから」
「……あんたって、言われてるほど嘘ばっかついてるわけじゃあないのよね。あの新聞も、片っ端から全部ガセネタかと言うと、そんな事もなくて」
「それはもう、清く正しい射命丸でございますから」
「……じゃ、さっきの話も本当なわけね」
霊夢は、腕組みをした。
「魔理沙が、風見幽香の所へ……一人で、かち込んだっていう」
「幽香さんと、お話をつけると。そう、おっしゃってましたね」
話だけでは済まない。
当然、それも魔理沙は覚悟の上であろう。
「どこへ行くんです、霊夢さん」
動きかけた霊夢を、文はさりげなく阻んだ。
「まさか、とは思いますけど。魔理沙さんに、加勢をなさろうと?」
「当たり前でしょ、風見幽香と一対一なんて……命が、いくつあっても足りやしないわ」
言いつつ霊夢は、文を押しのけようとした。
尻餅をついた。
文に押し返された、わけではない。
文は、何もしていない。
霊夢の両脚に突然、力が入らなくなったのだ。
「ほらほら、八意先生にも言われたんじゃないですか? 今日一日、今夜一晩、ここで大人しくしてなさいって」
文が、助け起こしてくれた。
「……毒、喰らっちゃったんでしょ?」
「そう……ね。ちょっと油断したわ。あいつ、雑魚妖怪かと思ってたけど」
どうにか、霊夢は立ち上がった。
半ば、文の身体にしがみつくような格好になってしまった。
「……私の身体に……毒が効くなんて、ね……」
「霊夢さんは、人間なんですから」
文は言った。
「……八雲紫が貴女に設定したのは、人間の輪郭です。貴女はね、人間としての輪郭を、保って強めてきたんですよ霊夢さん。人間でしか、いられません。その輪郭がぼやけて、物騒なものが滲み出ちゃう事が……極めて稀にあるとしても、です」
「……あの戦いに参加してない奴が、何で知ってるわけ? そんな事」
「私が新聞記者だって事、忘れちゃ駄目ですよ」
文が、にやりと笑った。
「先の異変、大体のところは掴んでます。私もね、まあ皆さんほどじゃないにしても危険な目に遭いましたから。魔理沙さんとアリスさんが助けてくれたんです」
「まあ、いいんだけどね……私も、口止めしたわけじゃなし。するような事でもなし」
霊夢は、椅子に座った。
メディスン・メランコリーの毒が、思いのほか効いている。
不覚、としか言いようがなかった。
「私たち、大変なところを霧雨魔理沙に押し付けちゃったわけだけど」
穣子が、続いて静葉が言った。
「……貴女だって、危険な戦いをしているのよ博麗の巫女。無理をしては、駄目」
危険な戦い。
先の異変において、最も危険な戦いをさせられたのは誰か。
正気ではない博麗の巫女と戦わされた、言ってみれば霊夢以外の全員、ではないのか。
その筆頭が、霧雨魔理沙である。
自分は、またしても魔理沙に、危険な戦いを押し付けてしまうのか。
微かに唇を噛み、俯いた霊夢の顔を、文が覗き込んだ。
「ね、霊夢さん。今回の、お花の異変……風見幽香の仕業だと思いますか?」
「…………違う、と思う」
俯いたまま、霊夢は答えた。
「あいつが異変を起こすなら……こんなもんじゃ、済まない。とうの昔に人死に・妖怪死にが出てるわ。大量にね」
「さすがです。私もね、自分なりに今回の異変、調べているところなんですよ。で、霊夢さんと同じ結論に至りました。これはね、妖怪の仕業じゃありません」
霊夢は顔を上げた。文を、いくらか睨むような形になった。
「……あんた、何か掴んだの? 教えてくれない? 何で、こんな出鱈目に花が咲いちゃってるのか」
「霊夢さんなら、ね。もう掴めていると思いますよ」
文は、人差し指を立てた。
「お花と一緒に……何か、増えてるものがあります。気付きませんか?」
増えているもの。
思い当たるところが霊夢には、無くもない。
おぞましいほどに咲き乱れる花々から、感じられるもの。
「…………幽霊……?」
植物の霊魂、ではない。
人間の、霊魂である。
それらが幻想郷、いたる所で植物に取り憑き、花を咲かせている。
「……ちょっと待ってよ。人死にが、実は出てるって言うの? いや、でも……人里で、そんなに大勢の人が死んじゃってるなら、さすがにもっと大騒ぎよね」
「そうです。幻想郷でね、大勢の人が亡くなってるわけじゃありません。今のところは」
文は言った。
「大量の幽霊が、幻想郷に流れ込んで来ているんです」
流れ込んで来る。
どこから、なのか。
「…………外の世界から、って事?」
「外の世界で、人間が大量に死ぬ。まあ珍しい事じゃありません」
文は、嘲笑ったようである。
「あいつら、すぐ死ぬくせに命ってものを全然大切にしませんからね。本当に、外の世界の人間どもときた日には……まあ、見ている分には面白いかも」
「面白くないっての。あいつら、見ているだけで陰陽玉ぶちまけたくなるわ」
「死にますねえ。そんな事をしたら、人間が大勢」
文は、天井を見つめた。
屋外であれば、空を見上げているところか。
「ご存じかも知れませんが……ちょっと前にね、幻想郷のとある方々が外の世界へ行かれまして。ちょっとその、やらかしちゃったんです」
「……人間を大勢、殺した?」
「そういう事の出来る方々を、ひたすら閉じ込めて隔離して、外の世界を守る……そのための幻想郷です」
「言ってたわね。そんな事、紫が」
「幽霊が流れ込んで来る、程度には……幻想郷と、外の世界が、繋がり始めている。これが何を意味するものか、おわかりですか?」
文は、霊夢を見つめた。
「今回の、お花の異変ね。危ないのは幻想郷じゃなく、外の世界です。外の世界が、壊滅の危機を迎えています。危険物ばかりを閉じ込めた隔離空間と、繋がりつつあるんですから。だって考えてみて下さいよ霊夢さん。貴女が少し御機嫌斜めで弾幕を撒いただけで……外の世界の人間なんて、いくらでも死んでしまいます。ちょっと見てみたい気はしますね」




