第5話 花映宮
この作品は「東方Project」の二次創作です。
原作 上海アリス幻樂団
改変、独自設定その他諸々 小湊拓也
「貴女の正体」
迷いの竹林の、どこか。
博麗霊夢と対峙したまま、八雲紫は言った。
「私ずっと、隠し通すつもりでいたのよ。霊夢、貴女自身に対してさえも」
「……でも私、知っちゃった。自分の正体」
霊夢は、会話には応じてくれた。
「弾幕戦の、精髄……弾幕戦そのもの。それをね、玄爺と紫が人間の形に作り変えてくれた。感謝してる、本当に」
「知ってしまったなら自覚なさい霊夢。貴女はね、この宇宙で最も危険な力そのもの……私情のみで、動いて欲しくはないのよ」
「大げさじゃない?」
「今の貴女に関しては、ね……どれほど大げさに考えても、大げさな話にはならない。私は、そう思うの」
紫は、霊夢を見据えた。
揺るぎない。そう感じた。
今の博麗霊夢は、スキマ妖怪が何を仕掛けようが、決して揺るがぬ輪郭を持っている。
輪郭を、最初に設定したのは確かに紫だ。
与えられた輪郭を、強固に育てあげていったのは霊夢自身である。
「霊夢、今の貴女は……たった一人の妖精を救うためだけに、幻想郷を滅ぼしてしまいかねないところがある」
その輪郭の中に霊夢は、この宇宙で最も危険な力を閉じ込めている。
閉じ込めたものを霊夢は、思うままに解放する事が出来る。
「博麗の巫女は、それでは駄目。力を持つ者は、力を持つ者の視点に立たなければいけないのよ。個人的な友誼で物事を判断する事は許されない……数多くの生命体に対して霊夢、貴女は生殺与奪の権を握っている。それを忘れては」
「口数、多いわよ。紫」
霊夢が言った。
紫は、黙ってしまった。言葉を封じられた。
微かに、霊夢は笑ったようだ。
「お喋りなら、いくらでもしてあげるけど」
お祓い棒が揺れる。
純白の紙垂が、不穏に揺らめく。
「ねえ紫……まさか、とは思うけど。あんた、私が怖いの?」
会話は、終わりだった。
紫は、扇子を開いた。鋭利な光弾の嵐が、解放され速射される。
紫の周囲に、いくつもの裂け目が生じた。
数カ所で空間が裂け、光が溢れ出す。
幾条もの、破壊光線だった。
光弾と光線から成る弾幕が、正面から霊夢を猛襲する。
直撃。そう見えた。
光弾の嵐も、光線の豪雨も、霊夢の姿をズタズタに切り裂きながら荒れ狂う。
ズタズタに切り裂かれたのは、残像だった。
荒れ狂う弾幕は、全て回避されていた。
紫が気付いた時には、お祓い棒を喉元に押し当てられていた。
刃物であったら、斬首されていたところである。
「…………ッッ!」
紫は息を呑み、霊夢の左右後方でスキマを開いた。
何カ所かで空間が裂け、そこから破壊光線が溢れ出して霊夢を襲う……
いや。スキマは、開かなかった。
空間の裂け目が、開く前に閉ざされていた。
何枚もの呪符が、空間の裂け目に貼られ、これを閉ざしている。まるで、裂傷に貼られた絆創膏のようにだ。
紫は逃げようとした。後方に、スキマを開いた。
開かなかった。
空間の裂け目には、すでに呪符が貼られている。
「これが」
お祓い棒を紫に押し当てたまま、霊夢は言った。
「……あんたの作った、博麗の巫女よ。八雲紫」
(違う……)
お祓い棒に押されるまま、紫はくずおれていた。
たおやかな膝から、へなへなと崩れ落ち、無様に座り込んでしまう。
(霊夢、私は貴女を……作っては、いない……私は、最初の輪郭を設定しただけ……)
そうして出来上がった博麗の巫女を、紫は放置した。
何も、しなかったのだ。
結果。
博麗霊夢は、度重なる異変と激戦によって鍛え上げられ、最強の戦闘兵器と化した。
(制御……不能……)
紫は、立ち上がる事が出来なかった。
(霊夢が……私情で暴走し、幻想郷を危機に陥れた……としても。私では、それを止められない……)
「何という……」
呆然と、紫は呟いた。
「無様な、賢者……」
「ありがとう」
耳元で、霊夢が囁く。
紫は、抱き締められていた。
「私ね、あんたの事……他人を手駒にして自分は何にもしない、後ろで将棋の名人を気取ってるだけの奴だって思ってた。でも違う。幻想郷の賢者・八雲紫は、幻想郷を守らなきゃいけないんだものね」
倒れそうな紫を、霊夢はしっかりと抱き締めている。
「私、紫を尊敬する。感謝もしてるわ。私という存在を作ってくれて……本当に、ありがとう」
(だから……それは、違うのよ……霊夢……)
今の自分は、霊夢と、まともに会話する事も出来なくなっている。
呆然と紫は、それを実感した。
「大丈夫。私に、任せて」
霊夢の口調は、力強い。
「紫が守ってきた幻想郷……私、たとえ誰かを助けるためであっても犠牲になんか絶対しない。私のやり方で幻想郷、守って見せるから」
私のやり方。霊夢の、やり方。
それを否定する資格が、紫には無かった。たった今、失われたのだ。
(私……霊夢に、負けた……一蹴された……)
「じゃあね、行って来るから」
霊夢が、離れて行く。
「今回の異変……幻想郷の自然がね、おかしくなってる。妖精って連中を助けてやるところから、やっぱり始めるべきだと私は思うの。ま、見ててよね」
待ちなさい、霊夢。
その言葉が、紫の喉に詰まった。
自分の言葉が今、霊夢に対し、いかなる拘束力を持つと言うのか。
竹林の奥へと歩み去って行く霊夢を、紫は、立ち上がる事も出来ぬまま見送った。
もう一人、見送っている者がいる。
「幻想郷の賢者を相手に、陰陽玉がいかなる活躍をしてくれるものか。楽しみにしていたのですが」
声をかけられ、紫はようやく気付いた。
「……出番、ありませんでしたね陰陽玉。まさか、これほど容易く勝敗が決してしまうとは」
「陰陽玉まで使われていたら……私、きっと殺されていた……」
振り向きもせず、紫は言った。
何者であるのかは、わかっている。
「私は……博麗の巫女の、独断専行を止められない……無能で非力な賢者……責めて、詰ってくれれば、いいと思うわ……」
「貴女が弱いわけではありませんよ八雲紫くん。博麗霊夢が、よもやあれほどとは……私にとっても予想外、想定外です」
この冷酷な女神は紫に、もはや口頭注意すらしてくれない。
「何もせず、成り行きを見守るしかない場合というものは、確かにあると思います。私は」
「……私が、ずっと……そうしていたせいで……」
「博麗霊夢が、制御不能の怪物に育ってしまったと?」
放置する以外に、やりようがあったのか。
お前に何か、出来たのか。
そう言われている気分に、紫はなった。
「今の博麗霊夢が、幻想郷に災いをもたらすと。貴女は、本気で思っているのですか?」
「今でなくとも、いずれ……霊夢が、そのようになってからでは遅いのよ……なのに私は……」
「一蹴された。容易く、負けてしまった。ならば、それで良いではありませんか。勝敗は弾幕戦の常……博麗の巫女とて、幾度か敗北を喫しています。戦って全て勝つ事など出来ないのですよ。敗北を認め、次に進みなさい」
女神が、立ち去って行く。
紫は、まだ立ち上がる事が出来ない。
去り行く女神が、言葉だけを残した。
「今の戦い。私には、貴女がまだ本気を出せていないように見えましたよ八雲紫くん。敗れた自分が許せないのであれば……一度くらいは全力を尽くし、戦ってみては?」
世迷い言だ、と紫は思った。
自分が本気で戦ったところで、このように無様な事にしかならないのだ。
ルーミアは言った。
魔理沙は自分が連れて行く、もうここへは近付けさせないから見逃して欲しい、と。
霧雨魔理沙は言った。
退くわけにはいかない。自分は風見幽香と話をしなければならないから、道を空けて欲しい、と。
もちろん道を空けてくれるはずもなく、向日葵妖精の大部隊は弾幕を放ってくる。
光弾とレーザーの嵐を、魔理沙はひたすらに回避した。
縦横無尽の回避飛行を披露し続ける魔法の箒に、魔理沙はしがみついている。
後ろには、ルーミアがしがみついている。
「人間は!」
魔理沙の胴体に抱きついたまま、ルーミアは叫んだ。
「容易く死んでしまうのに! 何故こうも死に急ぐのかー!」
「はっはっは。私はな、ここで死ぬつもりはないぜ」
とりあえず、魔理沙は笑ってみた。
それでルーミアが安心してくれたのかどうかは、わからない。
ともかく。光弾やレーザーが、全身あちこちをかすめて走る。
全方位からの、射撃であった。
高速飛翔を続ける魔理沙に、向日葵妖精たちは弾幕を乱射しながら追い付いて来る。あるいは、回避方向に回り込んで来る。
「我らの魂、幽香様と共に……」
「我らの戦い、幽香様のために……」
「我らの命、我らの弾幕」
「……全てを、幽香様に」
前後左右、東西南北。様々な方角から、光弾の嵐が押し寄せる。無数のレーザー光が、宙を切り裂いて来る。
かわす方向が、あるとしたら上か下。
迷わず魔理沙は、下を選んだ。
上は、塞がれる。そう思ったのだ。
思った通り、何匹もの向日葵妖精が上空で布陣し、魔理沙の上昇を阻んでいる。蓋をする感じにだ。
空を飛ぶ生き物は、下にいる相手に上から攻撃を仕掛ける。
猛禽であろうと、妖精であろうと、妖怪であろうと、これはもはや本能のようなものだ。
急降下を、魔理沙は敢行した。
地面に激突する寸前で、ほぼ直角に飛行方向をねじ曲げた。真下から、前方へ。
全身がちぎれそうな、方向転換と急加速。
魔理沙は耐えた。
歯を食いしばると、微かに血の味がした。
上空に布陣した向日葵妖精たちが、豪雨の如く弾幕を降らせて来る。
地面すれすれの低空飛行をしている魔法の箒に、光弾が、レーザーが、集中し降り注ぐ。
箒の速度をほとんど落とさず、魔理沙はかわしていった。
回避すると言うより、速度で振りきった。
魔理沙に追い付けなかった光弾やレーザーが、ことごとく地面を穿つ。
大地を削るが如く土煙を蹴立て、低空を驀進する魔法の箒に、魔理沙もルーミアも懸命にしがみついていた。
「い、命知らずは格好いい事じゃないぞー魔理沙!」
「別にな、格好つけてるワケじゃあないぜ!」
前方、進行方向を、魔理沙は見据えた。
太陽の畑から生じた、と思われる植物の要塞に今、この箒はまっすぐ向かっている。
弾幕の花粉を放射する、まさに生ける砲台とも呼べる花々を咲かせた要塞。
その花々が、大量の光弾を噴出させる。
極太のレーザー光を、幾本も吐き出している。
地上に、向かってだ。
「ふふん、思った通り。対空砲火は万全だが」
太い、大出力のレーザー光が、魔理沙の後方で地面を粉砕した。
「……足元がな、お留守だぜっ」
巨大にそびえ立つ、植物の要塞。
弾幕を吐く花々が咲き乱れているのは、上部。空に近い部分である。
地面、根元に近い部分では、もはや樹木と呼べる茎や蔓が絡み合い、葉が生い茂って、花はほとんど咲いていない。
魔理沙を迎撃する砲台が、存在しない。
「花は、上の方に咲くもんだからな……彗星! ブレイジングスター!」
魔力を、魔理沙は全身から放出した。
星屑にも似た魔力の煌めきが、魔法の箒にしがみつく人妖二名を包み込む。
魔理沙とルーミアを乗せたまま、魔法の箒は流星、あるいは彗星と化した。
そして、植物の要塞に激突する。
星屑をまとう彗星の直撃が、強靱に絡み合う樹木を粉砕した。
要塞への、突入。
粉砕の衝撃に全身で耐えながら魔理沙は、しかし突入の勢いが、ゆっくりと消え失せてゆくのを感じていた。
植物の要塞の、内部。
中枢からは程遠い、外郭部から少し入り込んだ辺りで、魔法の箒は停止した。
樹木か、茎か蔓か、あるいは根か、判然としないものが絡み合って巨大な網を成している。
その強靱な網に、魔理沙もルーミアも箒もろとも、絡め捕られていた。
ルーミアは、目を回している。
植物の網に捕われたまま、魔理沙は見回した。
侵入者を捕えた網の部分、以外では、植物の絡み合いは密ではない。歩行あるいは飛行出来る程度の空間が、あちこちにある。
明るいのは、どうにかして陽光を採り入れているからか。それとも、どこかに光源があるのか。
突入によって粉砕され引きちぎられた植物は、すでに再生を完了している。
外から穿たれた穴が、塞がってしまったという事だ。
魔理沙もルーミアも、植物の要塞に、突入したと言うより呑み込まれ、捕縛されていた。
「……で。ここからどうするつもりだったの? 考え無しの魔法人間」
問いかけられた。
いくらか安産型の人影が、いつの間にか歩行空間に立ち、捕らわれの魔理沙を見上げている。
「中に入っちゃえば、こっちのもの。あとは成り行きでどうにかなる……なぁんて、まさか思ってないわよね? いくら考え無しでも」
「あ、あんまり考え無しとか言うなよ成子」
「大事な事だから何回だって言うわよ、考え無しの霧雨魔理沙」
矢田寺成美が、溜め息をついた。
「……まさか、中に入られるとはね。考え無し魔法人間を、ちょっと甘く見てたのは事実」
「用件は、言わなくてもわかると思うけど」
魔理沙は言った。
「……風見幽香に、合わせてくれ。この、花の要塞だかお城だか、造ったのあいつだろ? お前は、脅されて手伝ってる感じか。私が来たからには、もう大丈夫だぜ」
「その有り様で、よく言えるわね。そういうところは尊敬出来なくもないけど」
「ははは……中に入っても全然、こっちのものじゃなかったな」
笑ってごまかしながら魔理沙は、気付いた。
音楽。
微かに、聞こえてくる。
要塞内部のどこかで、楽曲を奏でている者がいる。
魔理沙は、耳を傾けた。
思わずそうしてしまう、心動かす調べ、ではある。
だが、何かが足りない。
それを、誰よりも演奏者自身が痛感している。
足りぬものを懸命に探し求めながら、奏でている。
そんな楽曲。
魔理沙は、呟いた。
「…………リリカ・プリズムリバー?」
「あの子も私もね、別に脅されているわけじゃあないのよ。自分の意志で」
成美が何か教えてくれようとしている、ようであるが、その時。
植物の網が、ほどけた。
魔理沙もルーミアも、解放されていた。
右手で箒を掴み、左腕でルーミアを抱き持ったまま、魔理沙は歩行空間に着地した。
そして、成美に問いかける。
「……お前が、ほどいてくれたのか?」
「違うわ。そんな権限、私に無いから」
捕虜を、拘束から解放する。
この植物の要塞において、そんな権限を持った存在は、一つしかない。独りしか、いない。
「ついて来て、魔理沙。対面許可よ」
成美が先導し、歩き出した。
「……外道破廉恥妖怪・風見幽香がね。貴女に、会いたがってるから」




