第4話 誰が為に巫女は
この作品は「東方Project」の二次創作です。
原作 上海アリス幻樂団
改変、独自設定その他諸々 小湊拓也
八意永琳が欲しがるだろう、と因幡てゐは思った。
「おいおい……お前さん、毒の塊じゃないか」
「そうなの?」
言いつつ博麗霊夢は、てゐの言う『毒の塊』と睨み合っている。
妖精五名に、てゐを加えた計六人を、背後に庇いながら。
チルノに大妖精、サニーミルクとルナチャイルドとスターサファイア。
チルノは意識を失っており、他四名は不安げに身を寄せ合っていた。
霊夢の背中が、実に頼もしく見えているだろう、とてゐは思う。
この妖精たちに、てゐが加わったところで到底、博麗の巫女への助勢は務まらぬと確信出来るほど危険な妖怪が今、霊夢と対峙しているのだ。
赤系統の衣装が愛らしく似合った、幼い少女。
小さく可憐な全身から、匂い立つような妖気が溢れ出している。
本当に、匂う。
毒の香り。
迷いの竹林、全域に漂い始めている。
見れば見るほど毒の塊だ、とてゐは思う。
「……わかるのねえ、兎さん」
毒香を発する少女が、可愛らしく微笑んだ。
「そう、私は毒の化身……名前はメディスン・メランコリーよ。スーさんのために、貴女たちの命を集めるの」
「そ、それは迷惑」
ルナチャイルドが、怯えながらも言った。
「ちょっとね、貴女ね、命を集められる方の気持ちも考えなさいよ」
「そうだ、そうだ! 人の迷惑ってもの考えろー!」
サニーミルクが霊夢の背後で、愛らしい拳を振り立てる。
気分を害した様子もなくメディスン・メランコリーは、にこにこと笑顔を保った。
「ああ大丈夫。みんなの命を集めた後でね、私の命もスーさんのものになるの。スーさんの中で、みんな、みんなね、ずっと一緒になれるのよ?」
「名前」
霊夢が言った。
いくらか荒々しく、お祓い棒を揺らしながら。
「……教えなさいよね」
「メディスン・メランコリーって今、名乗ったばっかりなんだけど? 物覚え、悪いのね。そんな役立たずの脳みそ、私の毒でトロットロに溶かしてあげる」
「あんたの名前なんて、どうでもいいの」
陰陽玉が二つ、霊夢の左右に生じて浮かんだ。
「そのスーさんとやらの、本当の名前。正体。あんたみたいな小道具を使って一体、何をやろうとしてるのか。全部、洗いざらい吐いてもらうわよ」
「スーさんはスーさんに決まってんじゃない、あんたバカじゃないの? 脳みそ、もうトロけちゃってるわけ!?」
毒の香りが、濃厚さを増した。
目に見える、紫色の毒気となって、メディスンの小さな全身から霧の如く噴出する。
紫色の、毒の霧。
その中でメディスンは、愛らしい両手を元気良く振り立てている。
「頭はバカでも、命の力は凄いわね! あんた。凄い生命力、凄い霊力! スーさんも喜ぶわ。後ろの小さいの六匹は添え物ね!」
その動き、その言葉に合わせて、光が振り撒かれる。
光弾だった。
なかなかの弾幕が、霊夢を猛襲する。
全て、祓われた。
純白の紙垂が、斬撃の如く一閃し、全ての光弾を打ち砕く。光の破片が、散華する。
お祓い棒で、霊夢は弾幕を粉砕していた。
てゐは、気付いた。
目に見えぬ、薄い、しかし強固な防護膜が、自分と妖精たちを覆い包んでいる。
巨大な椀を被せたような、霊力の防護結界。
霊夢によるものだ。
妖怪相手に弾幕戦を繰り広げながら、この博麗の巫女は、毒の霧から妖精や兎を守っている。
「何で……どうして……っ!?」
毒の霧と弾幕を、霊夢に向かってぶちまけながら、メディスンは狼狽している。
「あんた、私の毒を吸ってるはずなのに! 何で動いてるのよ!」
「毒ね、確かに吸ってる。不覚だったわ、今にも死にそう」
紫色に立ち込める毒霧の中、霊夢は獰猛に舞い踊ってお祓い棒を振るい、メディスンの弾幕を粉砕し続ける。
「ほら。身体も全然、動けてないし」
すらりと鋭利な右脚が、真紅の袴スカートを押しのけて跳ね上がり、メディスンを直撃した。
「あー駄目、動きに全然キレがない。厄介な毒ねえ」
蹴り飛ばされたメディスンが、竹に激突し、跳ね返って地面にぶつかり、涙ぐんで悲鳴を上げる。
「うっぐぐぐ……な、何で……」
「メディスンちゃん、だったね。あんたの毒、なかなかのもんだよ」
てゐは言った。
「博麗の巫女には、確かに効いてる。効いてて、これさ」
「化け物……!」
「失敬な奴」
倒れたメディスンに、霊夢はお祓い棒を突き付けた。
「あんた……付喪神? みたいなもの? ふむ、成りたての妖怪ね。どうやら」
「なるほど。初戦の相手が博麗の巫女とは、運が悪い」
てゐは、腕組みをして頷いた。
「まずは私くらいから、少しずつ慣れていかないとねえ」
「あ、あの、霊夢さん」
大妖精が、おずおずと言った。
「その子を……どうする、んですか……?」
「殺さないで!」
霊夢が何か言う前に、サニーミルクが叫んだ。
「何で? って言われると困るけど……か、かわいそうだと思うの」
「もちろん、ね……命を集められそうになった私たちの方が、かわいそうだと思うけど。ああ霊夢さん、助けてくれてありがとうございました」
ルナチャイルドが、ぺこりと頭を下げる。
黙っていたスターサファイアが、ようやく言葉を発した。
「……ずっと、ついてるわよ。その子に」
メディスンを、じっと見つめながらだ。
「幻想郷じゅうで、お花が変なふうに咲いてる……その原因の何かが、その子の後ろに、ずぅっと……」
「スターったら。また変な気配、感じちゃってるのね」
サニーミルクが言った。
「……でも霊夢さん。この子の、これね。結構、当たるのよ」
「ふん。じゃあ生かしといて色々、調べ上げなきゃいけないのかもね。こいつの後ろについてる、らしい何かを」
霊夢が、メディスンの首根っこを掴んだ。
持ち上げられ、ぶら下げられ、メディスンがじたばたと暴れる。
「なっ、情けは受けない! とっとと殺しなさいよ。私が死んだら、スーさんが直接、動くわよ。私が何かするより、ずぅっと大変な事になるんだからっ」
「……それ、もしかして命乞い?」
霊夢が、にこりと不穏な苦笑を浮かべる。
「まあいいわ。とりあえず、そのスーさんとやらに会わせてもらおうかしら」
言葉が、そこで止まった。
霊夢の表情が、険しく引き締まった。
その理由が、てゐには即座にわかった。
「そ……っか。そう言えば、そうだったね」
頭を掻き、言った。
「迷いの竹林に、そんなもの開けるようになっちゃったんだよね。うちの姫様が、不変の結界を張り直さなかったから」
「貴女がた永遠亭が、私たちとの交流の道を歩み始めてくれた事。喜ばしく思うわ」
まるで目蓋が開くが如く、空間が裂けていた。
優美なる姿が一つ、その裂け目からユラリと出現し、軽やかに降り立ったところである。
「だから私も、こうして……竹林の中に、スキマを開く事が出来るわ」
「うちの姫様か先生に用事なら、こんな所じゃなくて永遠亭の門前にでも開いたらどうかね。お前さんなら、門前どころか亭内にだって勝手に入って行けるだろうね」
「私、まだ命が惜しいわ」
八雲紫は、微笑んでいる。
「今日はね、永遠亭に用事があるわけではないのよ」
「……私に用がある、ってわけね」
霊夢が言う。
紫の美貌から、笑みが消える。
「……らしくないわね、霊夢。月の宙域で、私たちを皆殺しにしかけた貴女は一体、どこへ行ってしまったの」
「この小妖怪を」
メディスンの小さな身体を、霊夢は片手で吊り下げ、揺さぶった。
「……殺処分しろ、って言うの?」
「毒を振り撒く、危険な妖怪。生かしておく理由が、あるのかしら?」
「私……そういう指図を受けなきゃいけないわけ? あんたから」
「霊夢、貴女には力があるのよ。それにふさわしい視点を持ちなさい」
紫は言った。
「あれほどの恐ろしい力を、私は……博麗の巫女という輪郭の中に封じ込めた。貴女に、幻想郷の守り手であり続けて欲しいからよ霊夢。貴女には、幻想郷そのものを守って欲しい。幻想郷以外のものを守るために、その力を使って欲しくはない」
「…………何を……言ってるんですか? 貴女は……」
大妖精が、呆然と言った。
「霊夢さんは、私たちを守ってくれました。チルノちゃんを、助けてくれました……それが、いけないって言うんですか?」
「妖精たちよ。博麗の巫女に、あまり馴れ馴れしくしないで」
幻想郷の賢者が世迷言を口にしている、とてゐは思った。
「霊夢が、また悪い癖を出してしまうわ。貴女たち少数の妖精を守るためだけに、戦ってしまう。最強の力を、振るってしまう。私的な友誼のためだけに……博麗の巫女はね、私情で戦う存在であってはいけないのよ」
「ああ、はいはい。そういう感じね。同じ賢者様でも、あんたはそこなのね。まだ」
てゐは、嘲笑って見せた。
「全体を守るために、個々人の私情は片っ端から踏みにじる。それで上手くいく段階ってのは、確かにあると思うけどねえ」
「……幻想郷は、まだその段階よ」
「全体なんてもの、所詮は私情の集まりでしかない。どいつもこいつも私情で突っ走って、何やかやしながら結局はまあ、なるようにしかならない。賢者の役目なんてものは、その何やかやを微調整する事でしかない……っていうのは、うちの先生の御言葉だけどね。割と、正しいんじゃないかなあ」
「……貴女も、永遠亭の賢者も、目の当たりにしたわけではないでしょう? この博麗霊夢が、輪郭から私情を解き放った場合……一体、何が起こるのか」
てゐと会話をしながら紫は、じっと霊夢だけを見つめている。
「そして霊夢、貴女は目の当たりにしたはずよ。この宇宙に安らかなる死をもたらす、大いなる私情を」
「…………そう、ね」
霊夢は言った。
「アレは本当……ちょっと、勘弁して欲しかったわ」
「力ある者が、私情に走る。それはすなわち、ああいう事なのよ霊夢。私は貴女に、あのようになって欲しくはない」
それには応えずに霊夢は、メディスンの身体を放り捨てた。てゐに向かってだ。
「連れて逃げなさい、早く」
博麗の巫女が背後に庇う者たちに、メディスン・メランコリーが追加された。
「紫の奴、皆殺しをやるつもりよ」
「……守ってくれるのかい、私らを」
成りたての妖怪、であるらしい小さな少女を、てゐは抱き止めた。
「博麗の巫女に……どえらい借りを、作っちゃうね」
「きっちり取り立てるから、ちゃんと生きてなさい」
「ちょっと! 勝手に」
何か喚こうとするメディスンを、しっかりと抱いたまま、てゐは走り出した。
「はいはい、命知らずな言動は控えて。あんたはね、うちの先生が間違いなく欲しがるからね、こんな所で死なせるわけにはいかない」
意識のないチルノを抱えた大妖精が、隣に並んだ。
他の三妖精も、あたふたと続いて来る。
全員に、てゐは声をかけた。
「このまま永遠亭まで行くからね、絶対に私を見失わないように!」
後方で、光が弾け、轟音が起こった。
博麗霊夢と八雲紫、一対一の弾幕戦が始まったのだ。
花々が、叫んでいる。
悲鳴か、怒号か、狂笑か。
ともかく。耳に聞こえぬ絶叫が、発せられている。
霧雨魔理沙には、そう感じられてしまう。
捻れ、絡み合う、様々な植物。
それらが、ひしめき合う地獄の亡者たちのように見えた。
天国への微かな光明へと、我先にと殺到する屍の群れ。
救済を求め、泣き叫んでいる。怒り喚いている。
そう思えてしまうほどの、弾幕だった。
亡者の塊のような花々が、叫ぶように花粉を噴射している。
煌めく花粉が、光弾の嵐に変わる。
そして、魔理沙に向かって押し寄せ吹き荒れた。
「らしくないぜ、風見幽香……」
聞こえるとは思えない、届くわけがない。
魔法の箒を操縦し、弾幕の真っただ中を飛翔しながら、それでも魔理沙は叫んでいた。
「お前、弾幕戦やるなら自分で出て来いよ! そんな所に引きこもってないで!」
光弾と光弾の隙間に、箒もろとも全身で押し入って行く。
衝撃が、身体じゅうをかすめて走る。
光弾の感触。直撃ではない、かすめているだけだ。
身にまとう白黒の衣装は、幻想郷随一の物作り職人・森近霖之助の手によるものである。弾幕にかすられた程度で、破損はしない。
「思い出すぜ……紅魔館の連中と、初めて戦った時の事」
可能な限り速度を落とさずに小刻みな回避を繰り返しながら、魔理沙は眼前に小型八卦炉を浮かべた。
「あの時もなあ、お屋敷に一発でかいのをブチ込んだら、レミリアの奴が飛び出して来たっけ」
紅魔館よりも巨大に見える、花々の塊。植物の城郭。
彩り豊かな、その威容を見据え、魔理沙はニヤリと笑った。
「お前はどうだ? 一発喰らっても、引きこもったままか!」
轟音を伴う、爆炎の閃光。
八卦炉の中心から迸り、原野を白く照らしながら、植物の城郭に突き刺さる。
数種の花々が、焦げ砕けた。
植物の城郭、その一部が削り取られて消滅した。
あと百発は撃ち込まなければならないか、と魔理沙が思った、その時。
植物の城郭の一部、消滅し凹んだ部分が、緑色に盛り上がっていた。
茎が、蔓が、幹が、伸びて絡み合って葉を繁らせる。
そう見えた時には、花々が咲き開いていた。
植物の城郭はたちどころに再生を遂げ、マスタースパークの直撃が全く無かった事になった。
再生した花たちが、弾幕を噴射する。
光弾、だけではない。
高出力のレーザーが、光弾の群れを切り裂くように迸り、魔理沙を強襲した。
「嘘だろ……!」
逃げるように、魔理沙は回避した。
極太のレーザー光が数本、すぐ近くを激しく通過する。
無限に再生する、弾幕の砲台。
太陽の畑より生じた、それはもはや植物の要塞と言って良かった。
そして。たった今、見せつけられた再生能力に魔理沙は、馴染みのある魔力を感じ取っていた。
「…………生命操作……!」
魔法の箒にまたがったまま、魔理沙は身体を傾けた。
光弾が、顔面の近くを超高速で通り過ぎた。
「お前……そこに、いるのか? 成子……」
呟いている間に、魔理沙は取り囲まれていた。
植物の要塞から、いつの間にか出撃していた戦闘部隊。
向日葵の花を掲げた、妖精たちである。
「我らの命、幽香様のために……」
「我らの魂、幽香様と共に」
「我らの存在、我らの戦い」
「全てを、幽香様に」
それらの言葉は魔理沙にとって、死の呪文に等しかった。
風見幽香への忠誠を口にしながら妖精たちは、光弾を、レーザーを、乱射する。
乱射に見えて、狙いは容赦ないほどに正確だ。
光弾とレーザーから成る弾幕の嵐が、魔理沙を直撃していた。
いや。直撃の寸前で魔理沙は、己の全方位に魔力を展開していた。
「ノンディレクショナル・レーザー……!」
いくつもの魔法陣が出撃して魔理沙を取り囲み、光を放つ。
色とりどりの、巨大な魔力光線。
虹をぶちまけたような、彩り豊かな輝きが、魔理沙の周囲を薙ぎ払っていた。
光弾の嵐も、レーザーの豪雨も、それらの発生源たる向日葵妖精たちも、虹に薙ぎ払われて砕け散り、キラキラと飛散し消滅した。ように見えた。
飛散した煌めきが、空中あちこちで集合し、固まり、向日葵を持つ妖精の姿を取り戻してゆく。
「くっ……こいつら……ッ!」
魔理沙とて、忘れていたわけではない。
風見幽香が存在する限り、この妖精たちは、撃砕されても即座に復活再生する。
不死の戦闘部隊と言って良い。
「何だかんだで、妖精って連中は……幻想郷、最強の種族。かもな……」
向日葵妖精の群れが、魔理沙の前方に回り込む。上下左右の、逃げ道を塞ぐ。
「我らの戦い、幽香様のために……」
「敵性体、滅殺する。幽香様のために」
「待ったぁーっ!」
黒い、小さなものが、飛び込んで来て魔理沙を背後に庇った。
愛らしい両の細腕をいっぱいに広げ、通せんぼうの格好をしている。
それでは、この戦闘妖精たちを止める事は出来ないだろう。
思いつつ、魔理沙は名を呼んだ。
「ルーミア……」
「まったく魔理沙は、また無茶をして」
植物の要塞を見据え、ルーミアは言った。
「今あそこに近付いちゃ駄目なんだ。何しろ幽香が、めちゃめちゃ怒ってるからなー」
「怒ってる……?」
「そう。だからなー、命知らずな事をしたら駄目」
言いつつルーミアは、向日葵妖精たちの布陣を見渡した。
「と、いうわけで。みんな、魔理沙は私が連れて行って、もうここへは近付けさせないから。見逃して、くれないかなー?」




