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異説・東方花映塚  作者: 小湊拓也
30/30

第30話 絶望の桜吹雪

この作品は「東方Project」の二次創作です。


原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 空間が、裂けた。

 裂け目に沿って、空間が食い違ってゆく。

 その食い違いに、八雲紫の身体も巻き込まれつつあった。

 このままでは、真っ二つになる。

 空間の断層。

 これに比べたら、と紫は思わざるを得ない。

「私の、スキマなんて……児戯に等しい……」

 白く美しい歯を、食いしばる。

 懸命に、紫は己自身を保った。

 気力で、妖力で。

「私の……輪郭を……ッ!」

 周囲の空間と自身の境界線を、維持する事に、紫は全ての力を注ぎ込まなければならなかった。

 そうせねば、空間の断層に合わせて、自分の肉体も真っ二つになる。

 今すでに、なりかけている。

 食い違ってゆく空間に、下半身を持って行かれつつあるのだ。

 血を吐きながら、紫は歯を食いしばった。

 食い違っているのは、周囲の空間であって自身ではない。

 その状態を、固定しなければ。

 空間の断層から、己自身を独立させなければ、ならないのだ。

 何かを、紫は呟いた。

 即座に紫は、それを否定した。

(違う……貴女たちは、断じて違う! 私が……自分の輪郭を、維持するために……貴女たちを必要としている、なんて…………断じて、違う……ッ!)

 違う、と断じたところで、心の奥底から消えてしまうわけではないものが。

 呟きとなって、漏れ出してしまう。

「…………らん…………ちぇん……」

 紫の身体が、辛うじて繋がった。

 食い違っていない、無破綻の輪郭を、紫はどうにか取り戻していた。

 その間。

 空間の断層を作り出した少女が、ふわりと間合いを詰めて来ている。

「ここまでよ、紫」

 お祓い棒を紫に突き付け、博麗霊夢は言った。

「あんまり、うぬぼれたくはないけれど……今のあんたじゃ、私には勝てない。偉そうだけど、はっきり言わなきゃ駄目よね」

「…………私を……」

 刃のような純白の紙垂が、頬を撫でてくるのを感じながら、紫は呻いた。

「……何故……私を、殺さないの? 霊夢……」

「私が……紫を殺したいわけ、ないじゃないの」

 その気であれば霊夢は今、お祓い棒で紫の頭を叩き割る事が出来る。恐らくは、首を刎ねる事も。

 それをせずに霊夢は、紫の胸ぐらを掴んだ。

 間近から、睨み据えてくる。

「何度だって言うけど紫、私あんたに感謝してる。あんたを尊敬してる。だから、はっきり言うわよ八雲紫。私に勝ちたいなら本気、出しなさい」

「…………もう、嫌になってしまうわ……」

 紫は、笑い出したい気分だった。

「皆、同じ事しか言わないのね。皆、私に同じ幻を見てしまっている……真の力を発揮した八雲紫……そんなものがあると、信じている……」

 あるいは、泣き出したいのかも知れない。

 涙は、しかし出て来ない。

「……これが私よ? ねえ霊夢。貴女に勝てない、自分の輪郭を保つのが精一杯……これが本気の、八雲紫。逆さまに振っても、もう何も出ないわ。試しに振って」

「現実を見なさい。受け入れるのよ、紫」

 左手で紫の胸ぐらを掴んだまま、霊夢は右手でお祓い棒を向けた。

 高速回転する太陽、のようなものに。

 複数、多数……十二個の、大型光弾。

 全てが一つずつ、巨大な刃を生やしている。

 その刃を外側に向け、十二個は球状に並び、何かを包み囲んでいるのだ。

「あんたはね、あの二人がいないと駄目なのよ。あいつらがいなきゃ、自分の輪郭を保つ事だって出来ない。いいじゃない、それで別に」

 八雲藍と、橙。

 プロミネンスの如く外側に伸びた十二本の刃を振り回す、弾幕の結界の中、身を寄せ合っている。

 微笑み、眠っているように見える二人に、お祓い棒を向けたまま霊夢は言った。

「あいつらがいない八雲紫なんてね、本物じゃないんだから。本気の紫、本当の紫を取り戻したいなら、まずあいつらを助けなさい。いいわ、私が助けるから見てなさい」

「……余計な事を……しないで……」

 胸ぐらを掴む力に、紫は弱々しく抗った。

「藍も、橙も……今、大事な仕事をしている最中なのよ……」

 刃を生やした十二の大型光弾から成る、弾幕結界。

 その中に閉じ込められているのは、藍と橙だけではない。

 西行寺幽々子。

 目を閉ざした美貌には、うっすらと笑みが浮かんでいる。

 眠れる幽々子を、藍は今、封印しているのだ。

 橙と共に、無数の蝶々にまみれながら。

 命を、吸われながら。

 藍と橙の命が吸い尽くされるまで、封印は続く。

 この冥界の景色そのものを成す桜の巨木……西行妖の力を、封じておく事が出来るのだ。

 その間。紫には、やっておかねばならぬ事が、いくらでもある。

 それを、博麗の巫女に妨害されている。

 いや、違う。

 妨害を退ける事が出来ない、賢者としての力不足。

 それが、状況悪化の原因なのだ。

(私は……弱い……)

 霊夢が、胸ぐらを放してくれた。

 呪符が一枚、胸元に残った。貼られていた。

(何故……藍と橙が、傍にいないから? 霊夢の言う通り、だと言うの……? あの子たちが居なければ、私は…………弱い……自分を維持する事すら、出来ない……)

「……違う、違うわ!」

 紫は叫んだ。

 霊夢は、もはや聞いていない。こちらに背を向け、去って行く。

 追えなかった。身体が、動かない。

 去り行く霊夢の背中に向かって叫ぶのが、紫は精一杯だった。

「私を弱くしているのは藍と橙! 私は今、あの子たちから解放されたのよ!? 私は、私は……ッ」

 呪符が、爆発した。

 紫は吹っ飛び、墜落していた。

 西行妖の睥睨する、冥界のどこかへと。

「…………私は……何……?」

 呆然と、問いかけを発する。

「幻想郷の、賢者…………こんなものが……?」

 感謝している、尊敬している。

 霊夢は、そう言ってくれた。

 本心であろう、と紫は思う。

 荒ぶる弾幕戦の精髄に、博麗の巫女という輪郭を設定したのは、確かに自分である。

 霊夢は、それに恩を感じてくれている。

 だから、紫を殺さない。

「感謝も、尊敬も、恩も……要らない……殺してくれて、一向に構わない。私は貴女に、何もしてあげていないのよ? 霊夢……貴女という存在を、本当に設定したのは……」

 宇宙に滅びをもたらす、弾幕戦の精髄。

 それを博麗靈夢として育て上げた者は、別にいる。

 八雲紫など、何の役にも立っていないのだ。

「……お疲れの、ようですな」

 声がした。

 紫は、倒れていた。

 冥界の大地に墜落したまま、立ち上がる事が出来ない。

「今の貴女に最も必要なもの。それは……休息、でしょうな」

 いや違う。

 冥界の地面ではない、どこかの上に今、紫は寝そべっている。

 動く何か、空を飛ぶ何かが、落下中の紫を拾い上げてくれたのだ。

「貴方は……」

 甲羅の上、であった。

「ああ……貴方は……」

「私の見たところ。貴女は、何からも解放されておりませんよ」

 飛翔する、空を泳ぐ、亀の上に今、紫はいる。

「今や自力で空を飛べる、あの子でさえ……本当には、解放されておりません。良いと思いますよ? それで。誰かが傍にいなければ弱い、戦えない、まるで駄目。それで良いではありませんか、八雲紫殿」



 八雲紫の身体が、冥界のどこかへ落ちて行く。

 まるで、風に舞う木の葉のように。

 その様に、博麗霊夢は背を向けた。

「紫。私はね、あんたのやり方を否定した。だから……私のやり方、押し通すわよ。見てなさい」

 どこへ落ちたとしても、紫ならば死ぬ事はない。

 そう思いつつ、霊夢は飛翔した。

 冥界を睥睨する、桜の巨木。

 それを背景に浮かぶ、太陽のような弾幕の結界に向かってだ。

 落下中の紫が、飛翔する何かによって回収される。

 そんな様が、視界の隅に見えたような気がした。

 何であるかは、わからない。

 ともかく。何者かが紫を助けてくれたのなら、それはそれで良い。

 猛回転する弾幕結界を、心置きなく粉砕するだけだ。

 霊夢は思い定め、霊力を解放した。

「夢想封印!」

 解放された霊力が、いくつもの大型光弾となって煌びやかに旋回飛翔する。

 虹色に輝く、大型光弾。

 それらが、回転する太陽のような結界に激突してゆく。

 十二の光球から成る結界。

 一つ一つが、外側に向かって刃を生やしている。

 太陽の紅炎を思わせる、十二本の光の刃。

 それらが、夢想封印を切り刻んでいた。

 虹色の光の破片が、弾幕結界の回転に蹴散らされ、霧散して消える。

 霊夢は、息を呑んだ。

「こいつ……!」

『…………無駄な事はやめておけ、霊夢』

 八雲藍の、声だった。

 刃を生やした十二の大型光弾から成る、回転する結界。

 その中で橙共々、蝶の群れにまみれて眠っている、ような有り様を見せながら。

 藍は、言葉だけを霊夢に届けている。

『いや、無駄と言うより無益、いっそ有害……私は今、この弾幕結界で……西行妖の中枢を、封印しているのだぞ?』

「ああそう。じゃアレね、西行妖は今……力のほとんどを、封印されてると。あんたが封印、してくれてると」

 漂い集まる無数の幽霊を吸収しながら、花吹雪を舞わせ続ける桜の巨木。

 睨み据え、霊夢は言い放った。

「なら今こそチャンスじゃないの」

『何を言っている……』

「西行妖そのものを! ぶち砕いて、大量の木屑に変える! する事なんて他に無い!」

『貴様は馬鹿か……』

 藍の言葉をもはや聞かず、霊夢は空間を捻じ曲げにかかっていた。

 桜吹雪を放散する西行妖が今や大半を占める、冥界の風景。

 それが、食い違ってゆく。

 あちこちに、空間の断層が生じていた。

 今や風景そのものである西行妖が、断層に合わせ、ズタズタに食い違って裂けてゆく。

 黒いものが、大量に噴出した。

 闇色の、血飛沫。

 空間の断層から、噴出し、溢れ出し、霊夢の視界を満たしてゆく。

「何……これは……」

 西行妖の樹液、とでも言うべきか。

 食い違い裂けてゆく、桜の巨木から噴出・流出し、黒い荒波となって霊夢を襲う。

「こいつ!」

 お祓い棒を振るう。

 純白の紙垂が、魂魄妖夢の斬撃の如く一閃し、黒い荒波を打ち払う。暗黒の飛沫が散る。

 黒い荒波は、しかし別方向からも際限なく襲い来る。

 あちこちに生じている空間の断層、その全てから溢れ出し、波となって押し寄せる、闇色の樹液。あるいは黒い血飛沫。

 それらを、霊夢はひたすらに回避した。

 逃げ回るように飛翔する、しかなかった。

 上下左右あらゆる方向から、黒いものが襲いかかって来る。

 時折お祓い棒を振るい、打ち払いながら、霊夢は冥界の空を飛び回った。

 飛翔する少女の周囲で、黒い飛沫が散華し続ける。

 かわす、と言うより逃げ回るしかなかった。

「く……っ!」

 速度を上げながら、霊夢は空中を上昇して行く。

 巨大な黒色の波が、全身をかすめる。

 直撃を受けたら自分は死ぬ。

 生命を、魂を、抜き取られる。

 あの時。白玉楼の主たる冥界管理人に、そうされたように。

 それを霊夢は、根拠もなく確信していた。

 肌で、わかってしまうのだ。

「こいつ……こいつは……ッ」

 恐怖、に近いものを噛み殺しながら、霊夢は空中で停止した。

 黒い荒波の襲撃が、いつしか止まっていた。

 それは、もはや形なき波ではなかった。

 黒い鮮血とも言える、西行妖の樹液。

 空間の断層から大量に噴出したそれが、今や一つの形を成している。

 人影だった。

 霊夢は見渡した。

 おぞましくも優美なるものの、全体像を。

 黒く巨大な、人の形。

 今や西行妖と並び重なり、冥界全域を睥睨している。

 巨大ではあるが凹凸の美しい、魅惑の曲線を誇示する女性のシルエット。

 顔は見えないが、邪悪なほどの美貌を確信させる。

 そんな黒く巨大な女性が、佇んでいる。

 巨大なる佇まいに掻き消されたかの如く、空間の断層は全て消え失せていた。

 呆然と、霊夢は空中に立ち尽くした。

 美しく巨大な人影を、ただ見つめるしかなかった。

「…………西行寺……幽々子……?」

『違う。彼女は、ここにいる』

 刃を振り回す太陽。

 その中に、藍がいる。橙もいる。

 西行寺幽々子も、いる。

 全員、眠っているように見える。

 霊夢に言葉を届けているのは、藍だけだ。

『かつて外の世界に、一人の姫君がいた。富士見の娘、と呼ばれていた』

 十二の、刃ある大型光弾から成る結界。

 それは今、巨大な人影の眼前にあった。

『彼女は、死んだ。その屍から抜け出した、脳天気な亡霊……それが今、ここにいる西行寺幽々子だ』

 眠る幽々子、眠っているように見える藍と橙。

 三人を包む、太陽にも似た弾幕結界を、巨大な両手が左右から囲んだ。

 黒く優美な、右手と左手。

 巨大な女性の人影が、三人を抱き包もうとしている。

『一方、屍の方には……あまり脳天気とも言えぬものが、とどまり残ってしまった。富士見の娘の、本質と言うべきものだ。それを、西行妖が封じていたのだが』

 藍の言葉を聞き流しながら霊夢は、またしても空間を捻じ曲げた。

 空間の断層が、発生すると同時に消え失せた。

 巨大な人影に、吸収されていた。喰われていた。

「夢想封印……」

 虹色の大型光弾が複数、発生・飛翔し、巨大な人影にぶつかって消滅する。

 同じく、吸収されていた。

「…………まだ、わからんのか愚か者」

 藍が弱々しく目を開き、肉声を発する。

「弾幕戦の精髄たる存在・博麗霊夢! お前の力、お前の攻撃、ことごとくがな。この怪物には、養分にしかならんのだ!」

 太陽の形をした弾幕結界は、消え失せていた。

 刃を生やした十二の大型光弾。

 その全てが、吸収されたのだ。

 左右に迫る、黒く巨大な両掌に。

「西行妖が、封じていたものを……霊夢、お前は解放してしまったのだぞ。西行妖に、直接の破壊をもたらす事で」

「西行妖の、力の中枢……あんたが封印してくれていた、んじゃないの?」

 絶望を、霊夢は呟いた。

「封印されていて……これ? だって言うの……」

「……そういう事だ。西行妖そのものの破壊……ふん、そんなものは紫様が幾度もお試しになられた。紫様に勝った自分なら、出来る? そう思ってしまったのか、霊夢」

 命を吸う蝶の群れも、消え失せていた。

 そんなものたちが居なくとも、藍と橙を、いつでも死に至らしめる事が出来る。吸収する事が出来るのだ。

 黒く巨大な人影を現している、この女性は。

「そんな自惚れを、貴様が持ってしまったのは……まあ、仕方のない事かも知れん。何しろ紫様が、お前に負けてしまわれたのは事実。まったく本当に……頼りない御方……」

 愛おしげに、藍は嘆いている。

 意識のない橙を、抱き寄せながら。

「なあ霊夢よ。力はともかく、頭の出来は……お前どうやら、霧雨魔理沙には遠く及ばないなあ」

 藍は言った。

「この富士見の娘という怪物にはな、弾幕そのものが、攻撃としては通用しないのだ。何故なら弾幕は、こやつの大好物でしかない。どろどろと、ぎらぎらと、しているもの……その最たるものが弾幕だからな。富士見の娘には栄養にしかならぬ。魔理沙はな、いち早くそれに気付いた。この怪物を、弾幕使いの暴力で破壊する事は出来ぬと見抜いた。だから今、別の手段を取ろうとしている。プリズムリバー楽団の演奏会などという一見バカげた手段……だが霊夢よ、力押ししか出来ぬ貴様のやりようと比べれば遥かに有望と言えるな」

「…………わかってる、そんな事」

 それは今の霊夢の、心の底からの呟きだった。

「魔理沙はね、私なんかより……ずっと、頭が良くて……諦めない、心も強い……私……そうよ、私だって同じ。あんたたちがいないと紫が全然駄目、それと同じで…………私も…………魔理沙が、いなきゃ…………」

 声が、聞こえた。

 耳では聞こえない。

 頭に、心に、命に、魂に、直接刺さる声であった。


 どろどろしている。ぎらぎら、している。

 それなのに、こんなに綺麗。

 綺麗で汚い、汚くて綺麗。

 渦巻いて澱んでいるのに、澄んでいる。

 濁っている、燃えている、輝いている。

 凄いわ、こんなの初めて。

 ちょうだい。私に、全部ちょうだい。

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