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異説・東方花映塚  作者: 小湊拓也
29/30

第29話 夢の調べ

この作品は「東方Project」の二次創作です。


原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 この宇宙は、おぞましい。穢れに満ちている。

 心から、魂魄妖夢は、そう思った。

 だからこそ今。西行妖は、これほどまでに美しい。

 この宇宙にある、おぞましいもの、穢らわしいもの、全てを養分として西行妖は咲き誇る。

 養分たるものが、どろどろと穢らわしく濁り、ぎらぎらと厚かましく醜悪に燃え輝いているほど、西行妖は美しく咲き乱れるのだ。

 そして宇宙空間に、天の河の如く桜吹雪を流す。

 ガス状星雲のような花霞を、放散する。

 きらきらと蝶々の舞う花霞の中を、桜吹雪の中を、妖夢は流れ漂っていた。

「…………幽々子……様……」

 ぼんやりと呟く。

 応えは、ない。

 西行妖が咲いている。

 つまりは西行寺幽々子が、いるはずなのだ。

 何故ならば。

 未熟極まる剣士である自分・魂魄妖夢が、幽々子と西行妖との悪しき縁を、斬る事が出来なかったからである。

 漂い流れる妖夢の身体が、何かに軽くぶつかり、止まった。

 西行妖の、枝。

 宇宙空間を睥睨する、桜の巨木の枝に、たおやかな姿が腰掛けている。

 枝にしがみつく妖夢を見つめ、微笑んでいる。

「幽々子様……」

「いらっしゃい、妖夢」

 差し伸べられた片手を、妖夢は両手で抱き包んだ。

 繊細にして優美なる五指。

 触れたものを、安らかなる死へと導く。

「導いて……下さいませ、幽々子様……」

 涙が、こぼれた。

「妖夢を、安らかなる死へと……」

「貴女を殺せと言うの? 出来るわけがないわ」

「死ぬならば……幽々子様に、抱かれながら……」

 いささか困ったような笑みを、幽々子は浮かべた。

 そうしながら、妖夢を抱き寄せる。

 美しい細腕が、豊かなる胸が、仄かな桜の香りが、妖夢を包み込んでいた。

「……ゆゆこ……さまぁ…………」

 歓喜の涙を飛散させながら、妖夢は抱擁に溺れていった。

 このまま死ねるのか。それほどの悦びが、あって良いのか。

 このまま死ねないのか。そんな苦しみが、あって良いのか。

 その苦しみに、しかし耐えなければならない。

 何故ならば。

(ここに今……幽々子様は、おられないのだから…………ッッ!)

 抱擁を、妖夢は振りほどいた。

「妖夢…………?」

 怪訝そうな顔をしている西行寺幽々子を、妖夢は見据えた。

 睨み据えた。

 幽々子の瞳に、自分の顔が映っている。

 憤怒の、憎悪の、形相だった。

 否。それは、幽々子の瞳ではない。

 妖夢は、楼観剣を抜いた。

 抜刀の一閃で、幽々子を叩き斬っていた。

 叩き斬られた残像が、真っ二つになりながら揺らいで消える。

 西行寺幽々子の形をしたものは、妖夢といくらか距離を隔て、巨木の枝に降り立っていた。

「いや怖いですって……何で、わかっちゃうんですか? 貴女は」

 西行寺幽々子の姿を、その娘は脱ぎ捨てた。

 白黒の毛玉がいくつも付いた、寝間着のようでもある衣服。

 長い髪を収納していると思われる、縦長の帽子。

 そんな、奇妙な出で立ちの娘であった。

「もうちょっと、ね。貴女をよしよしってやって、懐いてもらってからね。じゃーん実は私でしたぁー! って、やる予定だったのに。台無しですよ、もう」

「何だ、貴様は」

 妖夢は、楼観剣の切っ先を向けた。

「いや……人を小馬鹿にしたような、その面。見た事があるような気がするぞ。私は、貴様と何度も会っている……のか?」

「夢の中でね。殺されそうになったのは、今回が初めてですけど」

 霧雨魔理沙とは違う白黒の娘が、言った。

「夢の中で私を殺すのは、まあ無理でしょうとは申し上げておきますね」

「ふん、夢と眠りに関わりある妖怪か」

「ドレミー・スイートと申します。目が覚めた後も、覚えていて下さったら嬉しいです」

「覚えておこう。死ね」

 妖夢は踏み込み、楼観剣を一閃させた。

 血飛沫が、噴出した。

 ドレミー・スイートと名乗った牝妖怪が、弱々しく倒れ伏す。

 手応えは、確かにあった。

 倒れ伏したのは、しかしドレミー・スイートではなかった。

 妖夢は息を呑み、そのまま窒息しそうになった。

「幽々子様…………!? 馬鹿な……いや……」

 桜吹雪の中で、妖夢は呆然とした。

 今。視界の中で咲き乱れている桜は、宇宙空間を睥睨する巨木、などではない。

 いくらか大型ではあるが、普通の樹木だ。

 その根元に今、魂魄妖夢に斬殺された姫君が倒れている。

 青ざめた美貌が、微笑んでいる。

 死せる笑顔を撫でる黒髪は、色艶を全く失っていない。

 流れ出す鮮血を、桜の根に吸わせながら。

 この姫君は、果たして本当に死亡しているのか。

 血染めの楼観剣を握り締めたまま、妖夢は見下ろし、立ち尽くしていた。

 その傍らにドレミー・スイートは、いつの間にか、いる。

「富士見の娘。生前の、西行寺幽々子さんですよ」

「生前の……幽々子様……」

「お祖父様が、いらっしゃるでしょう? 魂魄妖夢さん」

 ドレミーは言った。

「貴女は今、お祖父様のなさった事を……夢の中で、追体験しているんですよ」

「…………魂魄妖忌が……」

 ぼんやりと、妖夢は呟いた。

「幽々子様を……斬り殺した? とでも言うのか……」

「西行寺幽々子という存在を、生み出した。とも言えますね」

 言いつつドレミーは、桜の幹に片手を触れた。

「魂魄妖忌氏が、この姫君を斬殺なさった……その結果、西行寺幽々子という亡霊が生まれた。何の変哲も無かった桜の樹は、西行妖に変わった。妖夢さん、貴女の出生条件も確保されたんです。妖忌氏は婚礼を控えていましたからね。妖怪・富士見の娘は、それが許せなかった」

「だから妖忌は、先手を打った……か」

「西行寺幽々子は今、生前を遥かに上回る災厄となって覚醒しつつあります。宇宙が、死滅しかねないほどの」

 ドレミーが、じっと見つめてくる。

「貴女は一度、その事態を止めてくれました。月の防衛宙域で……妖夢さん! 貴女しかいないんです。西行寺幽々子を、止められるのは」



 魂魄妖夢は、目を覚ました。

 ベッドの上。温かな、よく日に当てた布団の中で。

 全身が、じんわりと痛む。

 膏薬が、染みている。

 その上から、包帯をしっかりと巻かれているのだ。

「あら。意識が戻ったのね」

 優しく、声をかけられた。

「何か食べられそう? 大したものは出せないけれど」

「……いただこう。腹が減った」

 身を起こそうとして、妖夢は止められた。布団の上から、そっと押さえられた。

 たおやかに見えて、力強い細腕。

 この少女は、人間ではないのだ。

「ここへ運ぶわ。貴女は、まだ動いちゃ駄目」

「良い匂いがする……」

「魔理沙から貰った茸で、スープを作っているところよ」

 アリス・マーガトロイドが、にこりと微笑む。

「冥界では……貴女が、お料理をしているのよね? あの西行寺幽々子という令嬢のために。恥ずかしいわ、私の作ったもの食べてもらうなんて」

「何でも食うさ。すまない、世話になっているようだな。感謝する」

 身を起こせないまま妖夢は微かに頭を動かし、一礼の真似事をした。

「手当てを、してくれたのか」

「永遠亭へ連れて行く必要は、なさそうね。貴女、頑丈だわ」

「……ここは、魔法の森か?」

「そう。貴女もしかして、空から落ちて来たの? 木に引っかかっていたのよ」

 様々な事を、妖夢は思い出した。

「……そうだ。上空で、霊夢と戦って……不覚を取った。あれは、やはり化け物だな」

「霊夢が動いている、という事は異変の最中なのね。お花が変な咲き方をしていた……のは、もう終わったようだけど。まだ何か、続いているのね」

 アリスは言った。

「異変解決中の霊夢と、戦っている。つまり貴女……異変を起こしている側にいるの?」

「ふん、そういう事になってしまうのかな」

「まさか、とは思うけれど……西行妖?」

 宇宙空間を睥睨する巨大な桜を、このアリス・マーガトロイドも一度、目の当たりにしている。

 他の大勢と同じく、西行寺幽々子に命を捧げるところであったのだ。

「あれが満開に咲き誇れば、一体どういう事になるのか……お前も、身をもって思い知ったはずだなアリス」

「私、安らかに幸せに死ねるところだったわ。魔理沙と一緒にね」

「あの事態が、また再び起こる……私を助けたら、その状況に加担する事となる、かも知れんぞ」

「そうなの? じゃあスープに毒でも入れておこうかしら」

 アリスは笑った。

「とりあえず、ゆっくり休みなさい妖夢。そのついでに……今、何が起きているのかを聞かせて欲しいわ」



 妖怪の少女が、人間の若者に恋をした。

 妖怪と人間が、しかし真っ当な恋愛で結ばれる事はない。

 少女は、愛おしさのあまり、その若者を捕食してしまう。

 様々な部位を、様々な調理法で食してしまう。

 そんな内容の、歌である。

 ミスティア・ローレライが、切々と歌い上げたところである。

 屋台の客は全員、惜しみない拍手を店主に送った。

 全員、と言っても二人だけである。

 自分リグル・ナイトバグと、永遠亭の兎の頭。

「いいねえ女将さん。これは、ちょっと……お金、取れるんじゃない? 上手くやれば」

 因幡てゐは、お世辞を言っているわけではなさそうだ。

「あー、私がもうちょっと若くて物欲たぎる頃だったらねえ。プロデュースしてあげたんだけどね」

「ふうん、貴女って若くないの? 兎さん」

 リグルは訊いてみた。

「確かに、海千山千っぽいところはあるかな。言われてみたら」

「海千山千は言い過ぎ。私はただ、あんたたちよりは世間ってものを知ってるだけさ」

 言いつつ、てゐは燗酒を飲み干した。

「ま……私からも、おめでとうを言わせてもらうよミスティア。永遠亭の兵隊を卒業して、一人で立派にやってるんだね」

「お世話になりました、本当に」

 ミスティアが、ぺこりと頭を下げる。

「永遠亭では皆さん、私らに良くしてくれたねえ。あんた方、兎さんも。八意先生も、姫様も」

「永遠亭に残って、働かないか……って先生、言ってくれたわね。嬉しかった」

 リグルは言った。

「私もミスティアも一人でやっていく方が性に合ってるから、お断りしちゃったけど。それは今でも、申し訳なく思ってるわ」

「気が変わったら、いつでもおいでと。うちの先生、そうも言ってたろう」

 言いつつ、てゐは視線をちらりと動かした。

 店主ミスティア以外に一人、この屋台には従業員がいる。下働きの少女である。

 てゐは、言葉をかけていた。

「いつでも帰っておいでと、そういうお話をしてるんだよ?」

「…………私に、帰る場所なんて……」

 俯いて何やら作業をしながら、鈴仙・優曇華院・イナバは、蚊の鳴くような声を発している。

「私、敵だったのよ? 輝夜様と、お師匠様の……」

「脱走兵を装って永遠亭に入り込んだ兎ちゃんが、何やら暗躍の真似事をしている。八意先生には、とうの昔にバレてたんだよ」

 てゐが、容赦のない事を言った。

「つまり泳がされてたって事だね、鈴仙あんたは。そんな自分が許せないって気持ちは、まあ、わからんでもないかな」

「もちろん最終的にはね、鈴仙隊長ご自身が決めなさる事だけど」

 ミスティアが、鈴仙の肩に手を置いた。

「私としてはね、ここでずっと働いて欲しい。こんな真面目な店員、なかなか確保出来ないよ」

「ミスティア……」

「奢るわ。呑みましょう、鈴仙隊長」

 リグルが言うと、鈴仙は睨みつけてきた。

 今にも泣き出しそうな目、であった。

「……だから……隊長は、やめてよね……」

「いいねえ、いいよ実に。ねえ、鈴仙少尉」

 ミスティアが、にやりと笑う。

「今のあんたを見てるとね、一曲いけそうだよ。迷子の兎ちゃんの歌。頭の中で歌詞、書けちゃった」

「曲は、どうしようか」

 てゐが、あながち冗談でもなさそうな口調で言う。

「プリズムリバー楽団にでも頼んでみる? 永遠亭の名前で、依頼してみようか。多分、姫様も先生も乗り気になってくれると思う。お金も出してくれるよ、きっと」

「……いくらか懐に入れる気でしょう、あんた」

 鈴仙が、じとりと睨む。

「もちろんね、私が題材の歌なんて許可しないけど……ミスティアの歌は、もっと聴いてみたいわ」

「あはは、ありがとうね兎さんたち」

 屈託なく、ミスティアは笑った。

「まあね。プリズムリバー楽団の作曲やら演奏で、私が歌うなんて……素敵な夢だよ。夢だけに、しておくさ」

「こんばんは。やってます?」

 客が来た。

 屋台の暖簾をくぐり、ひょいと顔を見せたのは、一人の洋装の少女である。

 人間ではない事は、一目でわかる。

 後ろに、もう一人いるようであった。

 ミスティアが、声を弾ませる。

「やってますよ! いらっしゃいませ、二名様? 悪いけどリグルとてゐさん、ちょっと詰めてもらえるかな」

「ありがとう」

 てゐの隣に、少女は座った。

 そして店主を見つめ、言う。

「……空を飛んでいたら、貴女のお歌が聞こえてきたの。とっても素敵な歌だったけど、何だか視界がね。暗くなって」

「あ……ご、ごめんなさい。私の能力です。つい鳥目に」

「まあまあ迷惑だけど、貴女の歌そのものは素敵よ。ねえ、可愛い小鳥さん」

 人外のものの眼差しが、じっとミスティアに向けられる。

「鳥籠の蓋。開いてるわね」

「……何の話?」

「鳥籠の中に、とどまるか。飛び立つか……貴女、迷ってる。そんな歌だったわ」

 謎めいた事を言いながら少女は、同行者の方を振り向いた。

「そう思うでしょ? まあとにかく座りなさいって」

 暖簾をくぐり、少女の隣に腰を下ろしたのは、同じく人間に見えて人間ではない娘であった。

 赤系統の、洋服と帽子。

 その姿を視界に入れた瞬間、ミスティアは固まった。

 息を呑みながら、声を発した。

「……え、何…………何で? こんな所に……」

「貴女の歌、本当に素敵よ」

 哀しげに、寂しげに、困ったように、リリカ・プリズムリバーは笑っている。

「でも、ね……ごめんなさい。プリズムリバー楽団は今、空中分解してる真っ最中。貴女から聞こえてくる音はね、ルナ姉かメル姉じゃないと編曲出来ないから……私じゃ、駄目だから……」

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