第28話 少女幻葬
この作品は「東方Project」の二次創作です。
原作 上海アリス幻樂団
改変、独自設定その他諸々 小湊拓也
以前。ほんの一時期。
プリズムリバー楽団が、ここ白玉楼と専属契約を結んでいた。
かの三姉妹は、白玉楼の主・西行寺幽々子ただ一人のために、演奏をしていたのだ。
そして、彼女に楽曲を捧げた。
西行寺幽々子、ただ一人のために作曲された音楽。
それが、今も聞こえる。
禍々しくも、荘厳なる調べ。
気が遠くなるほど邪悪でありながら、切ないくらいに純真無垢な音色。
あの楽曲が、まるで冥界の大気に溶け込んでしまったかのように。
今も、聞こえてくる。
無論、幻聴であろうと十六夜咲夜は理解している。
ここに今、プリズムリバー三姉妹はいない。
いるのは、西行寺幽々子。
満開にはいささか足らぬ西行妖を背景に、浮かび、空中で眠っている。
全くの無防備、に見える彼女を見下ろして空中に佇む、九尾の大妖怪の姿もある。
咲夜は、問いを投げた。
「八雲藍、貴女は……自分の命を犠牲にして、危険物を封印しようと言うの? そんな事が確実に出来るなら、選択肢の一つに加えるべきとは思うけれど」
危険物。
西行寺幽々子を、封印する。
八雲藍は今、そう言ったのだ。
「お前の命を、丸ごと使えば」
霧雨魔理沙が、言った。
「この化け物を、閉じ込めておくための結界が……本当に、出来ると思ってるのか? お前が無駄死にするだけで終わるんじゃないのか、八雲藍」
「藍様……」
橙が青ざめる。
藍が、静かに告げる。
「……反対するならば、代案を示せ。他に手があるとでも言うのか」
「聞こえないか? 私には聞こえるぜ。存在しないはずの、音楽がな」
咲夜が幻聴と思っているものが、魔理沙にも聞こえているようであった。
西行寺幽々子そのもの、とも言える楽曲。
今ここで、演奏されているわけではない。
だが。
邪悪にして荘厳、純真無垢でさえある、あの曲調と響きが、冥界の空気と混ざり合って今なお、流れ続けている。
咲夜は、そう感じる。
「あの楽曲は、プリズムリバー楽団が西行妖に捧げたもの。今、演奏してるわけでもないのに聞こえてくる。西行妖の記憶に、残り続けているから……だと思わないか」
「まさかとは思うが」
藍が、魔理沙を睨む。
「西行妖に……音楽を聴かせれば、事態が好転する。などとは言うまいな? 世迷い言にも、程があるというもの」
「そう決め付けるなって。まず、ちょっと確認したいんだが」
魔理沙は、一同を見渡した。
咲夜を、藍と橙を。
意識のない小野塚小町を抱き上げた、四季映姫・ヤマザナドゥを。
「西行妖ってのは、イコール西行寺幽々子。なのか?」
「西行妖は……最凶最悪の妖怪・富士見の娘を、西行寺幽々子という比較的安全な存在たらしめていたもの」
語り始めたのは、四季映姫である。
「富士見の娘は死に、その屍は、とある桜の木の下に埋葬されました。埋葬された屍から解き放たれたる霊魂、それが西行寺幽々子です。冥界で安穏と過ごす、平和な亡霊です。一方……桜の下の屍には、最凶最悪の妖怪としての禍々しい部分が残ってしまいました」
「どろどろしたもの、ギラギラしたもの。だな」
「墓標代わりの桜は、埋められた屍の禍々しい力によって、異形の巨木と化し……やがて人の命を奪うようになりました。西行妖の誕生です。妖怪・富士見の娘が、桜の巨木という形を取って、悪しき復活を遂げつつあった。そんな状況であったのかも知れません」
「抜け出した魂じゃなく、死体の方に残っちゃったんだな。何と言うか、本質みたいなもんが」
魔理沙は言った。
「富士見の娘とかいう妖怪の、本質を……その桜は、封じ込んでくれているんだな」
「封じていた、はずでした」
満開にはいささか足らぬ桜の巨木の枝振りを、映姫は見渡した。
「冥界を睥睨する、異形の大樹……このような状態で、西行妖は長らく安定していたのです。みだりに人の命を奪う事もなく」
「命を、大いに奪うところだったわね。先だっての異変では」
咲夜は言った。
思い出す。
冥界どころか宇宙を睥睨し、聳え立って咲き乱れ、星雲の如き花霞を放散する桜の巨木。
「……宇宙そのものが、死滅するところだったわ」
「西行寺幽々子が、己の生前たる富士見の娘と……再び、繋がってしまった。生前を、彼女は思い出してしまったのです。本来ならば起こり得ません。亡霊は、己の死を認識した瞬間に消滅する……はずで、あるのに」
意識のない小町の身体に、映姫は、すがりついているようでもある。
怯えている、のであろうか。
「彼女は、己の死を認識し、受け入れ、その先へと至りつつある。亡霊としての、新たなる段階……」
「……どんな段階へ至ろうとも。西行妖と完全に切れちまう、事はないんだな? この西行寺幽々子って奴は。だったら、西行妖の方に働きかけるしかないだろう」
空中で眠る幽々子の背景である巨大な桜を、魔理沙は見渡し、見据えた。
「そこでプリズムリバー楽団だよ! あいつらに、ここでまた演奏をしてもらう。あいつらの音楽なら、西行妖に届く。伝わる。西行妖に、力を取り戻させるんだ。富士見の娘って奴を封じ込む、力をな」
桜の木に、音楽を聴かせる。
魔理沙は、そう言っているのだ。
馬鹿げているのか。
しかし、と咲夜は思う。
今や冥界の空気の一部となっている、この楽曲を聴いていると、思わざるを得ない。
プリズムリバー三姉妹の演奏ならば。
冥界の中枢たる西行妖に、力を与える事が出来る、かも知れない。
冥界そのものを強力化する事が、出来るかも知れない。
死者を封じ込めておくという、冥界本来の役割を果たせるほどに。
「幽々子がヤバいものになりかけてるなら、それをまた西行妖に封じてもらう。西行妖には、頑張ってもらわないとな」
「馬鹿な……! そんな事で」
藍が否定の言葉を叫ぼうとした、その時。
蝶の群れが、嵐の如く押し寄せて来た。
眠れる幽々子を護衛する形に大発生し、魔理沙たちを押し包む。
全方位から、全員の生命力を吸引せんとする。
とてつもない回転が、起こった。
回転が、蝶の群れを弾き飛ばした。
咲夜を、映姫と小町を、魔理沙を、吹っ飛ばしていた。
「お前……!」
圧倒的な、獣毛の暴力。
九つの尻尾が、全員を殴り飛ばしたのだ。
空中で踏みとどまり、体勢を直しながら、咲夜は見据えた。
眠る幽々子と、その傍らに佇む藍。
いくつもの大型光弾が、あらゆる方向から球状に両名を取り囲む様を。
「……もう何でも良い。取れる手段があるなら、全て動員してくれ」
大型光弾は、十二個。
その全てが一つずつ、巨大な刃を生やしていた。
光の剣を伸ばした大型光弾たちが、十二の方向から幽々子と藍を取り囲み、旋回しているのだ。
光の刃が内側を向いていたら、両名とも切り刻まれているところであろう。
十二本の剣は、しかし全て外側を向いていた。
外から近付くものを、ことごとく切り刻む。
そんな弾幕で藍は今、自身と西行寺幽々子を包み囲んでいるのだ。
「その間、私が……こやつを封じておく。私の命を、丸ごと力に変えて作り上げた……弾幕結界よ」
刃を生やした十二の大型光弾が、それら刃を外側に向けつつ球状に藍と幽々子を囲み、旋回する様。
それはまるで小さな太陽が、両名を内包しているかのようである。十二の刃は、プロミネンスだ。
「霧雨魔理沙よ、君の言う通り……こんな事をしても、この化け物を長らく閉じ込めておくのは無理だ。だが、一時的になら」
「藍、お前……!」
「西行妖が、満開になる……」
外の世界から流れ込む大量の幽霊が、今なお西行妖に吸収され続ける。
この巨大な桜の、養分となり続けている。
「そうなれば今度こそ、幻想郷に死が振り撒かれる……こうして私が、こやつの力を封じている限り、そうはならぬ。が、いつまで保つか……」
刃を生やした、太陽の中で。
藍は、蝶々に群がられていた。
命を吸う蝶の群れが、藍の全身に止まっているのだ。
「私が……保っている間に、もうプリズムリバー楽団の公演でも何でも良い。打てる手を、全て打ってくれ……私が、無駄死にする前に……」
「死なせないね……」
八雲藍、だけではなかった。
太陽に似た弾幕結界の中。
黒猫の少女が、藍の身体にしがみついている。
蝶の群れに、生命力を吸われながらだ。
「橙……」
「藍様一人、死なせない……橙の、命も……封印に、注ぎ込むね……」
少女の弱々しい笑顔が、無数の蝶々に埋もれてゆく。
「…………橙は……藍様と、ずっと一緒…………」
「……橙…………」
埋もれる妖獣二体を内包する太陽に、魔理沙が八卦炉を向けた。
「ふざけるなよ……そんな結界、ぶち壊す」
「余計な事を、しないで」
声がした。
空間が、裂けた。
その裂け目の傍らに、八雲紫は佇んでいる。
「藍と橙が……死んで、くれるのよ。邪魔は、させない」
何かを叫ぶ前に、魔理沙は。咲夜も、映姫と小町も。
空間の裂け目に、呑み込まれていた。
八雲紫は、スキマを閉ざした。
霧雨魔理沙が、消え失せた。
十六夜咲夜も、閻魔と死神も、消えて失せた。
今頃は、幻想郷のどこかに放り出されている事だろう。
「……よくやって、くれたわ。藍……橙も」
刃を振るい回転する太陽を、紫は見つめた。
太陽の内部では、西行寺幽々子が眠っている。
彼女を守る蝶の群れが、藍と橙を覆い尽くしている。
どれほど保つか。
藍も橙も、自身の生命力を妖力に変え、弾幕結界に注ぎ込んでいる。
消耗しつつある生命力を、蝶々に吸われているのだ。
保ちはしない。
二人が命尽きると同時に、弾幕結界は消滅する。
藍と橙の生命を吸収し尽くした西行寺幽々子が、やがて目を覚ます。
それまで、いくらかは時間を稼ぐ事が出来る。
その時間で、幻想郷の賢者・八雲紫は何が出来るのか。
西行妖が、このままでは満開に至る。
それを止める手段は、あるか。
開花のための栄養分となっている幽霊の流入を、止める事は出来ないか。
万が一、西行妖が満開となってしまった場合。
ここ冥界の外に死が及ばぬよう、手を尽くさなければならない。
西行妖そのものの消滅は、これまで幾度も試みた。まだ出来る事はないか。
やらねばならぬ事は、いくらでもある。
「……大丈夫。私は、やれるわ」
紫は、口元で扇子を開いた。
「今の私に、出来ない事はない。私は……藍、橙、貴女たちから解放されるのだから。私を弱くするものは、もう存在しない……」
扇子の陰で、言葉を紡いだ。
「……何か、言いたい事がありそうね? 霊夢」
「言っても無駄、って気はするけど」
博麗霊夢が、いつの間にか後ろにいる。
「聞く耳……持ってる? 紫」
「聞く耳を持ってもらえない。会話ってね、そういうものよ」
振り向かず、紫は言った。
「自分の言った事が、相手に伝わるなんて思っては駄目。伝わらなくとも、自分の思いをまくしたてるの。千の言葉の一つくらいなら伝わるかも知れない。さあ霊夢、やってごらんなさいな」
「千も要らない。紫、あんたに贈る言葉は一つだけよ」
太陽の形の弾幕結界に、霊夢はお祓い棒を向けた。
「あの二匹を、助けてあげなさい。私も手伝うから」
「八雲式の最期、黙って見届けなさい」
「あいつらがいないと何も出来ない奴が、世迷い言ほざいてんじゃないわよ」
「貴女までもが、私を……そんなふうに見ている。だから私は、あの子たちを切り捨てる必要があるのよ」
紫は、扇子を畳んだ。
霊夢の傍らで、空間が裂けた。スキマが開いた。
「藍が、橙が、いる限り……私は賢者として、独り立ちが出来ない。幻想郷を守ってゆけない」
「あんたとは二回、戦って……二回とも、私が勝ってる」
溜め息混じりに、霊夢が言う。
その傍らではスキマが閉ざされ、呪符が貼られてある。
裂傷に貼られた、絆創膏のように。
「そのせいで紫あんた、相当トチ狂っちゃったみたいね? まあ、わかるわ。負けるって、そういうもんだから」
「……言い訳は、しない。私は……霊夢、貴女に一蹴された自分が許せない」
畳んだ扇子を、紫は霊夢に向けた。
「私は……変わらなければ、いけないのよッ!」
「紫あんた…………!」
絆創膏のように貼られていた呪符が、ちぎれた。
空間の裂け目が再び開き、霊夢を呑み込んで閉じた。
スキマは閉ざされ、霊夢は消えた。
魔理沙たちと同じく今頃は、幻想郷のどこかへ放り出されている。
そう思えた瞬間。
紫の眼前で、空中に亀裂が生じた。
亀裂が広がり、空の破片、とでも言うべきものが飛散する。
それらを蹴散らして、白い袖が舞う。
翼のような着け袖をまとう細腕が、空間を粉砕する。
そうして生じた大穴から、
「よい……しょ、っと」
博麗霊夢が、姿を現していた。
「あー、やっぱり駄目ね。私じゃ紫、あんたみたいに綺麗にやれない。教えてよ今度。綺麗に、スキマを開く方法」
言いつつ霊夢が、お祓い棒で、空間の大穴を撫でる。
空の破片が集まり、紙垂によって塗り固められる。
大穴は塞がり、消え失せていた。
紫は、嘆息するしかなかった。
「貴女、本当に……化け物ね、霊夢。まさか、これほどまでに……仕上がるなんて……」
「そう、仕上がっちゃったのね私」
霊夢は、苦笑している。
「何度でも言うわ、紫。これが……あんたの作った、博麗の巫女よ」




