第27話 妖怪・富士見の娘
この作品は「東方Project」の二次創作です。
原作 上海アリス幻樂団
改変、独自設定その他諸々 小湊拓也
弾幕とは何か。
根源的な問いを今、霧雨魔理沙は突きつけられていた。
自分の弾幕は、魔法である。魔力が、源である。
十六夜咲夜は、退魔の念をナイフに乗せ、それを投射して弾幕を成す。
外の世界で、妖怪退治を職業として行っていた時に、身に付けた技能であろう。
四季映姫・ヤマザナドゥは、魔理沙や咲夜と違い、人間ではない。人間であった過去もない。
閻魔である。
本人は謙遜し否定するであろうが、神仙に属する存在である。
その弾幕は、神通力とでも呼ぶべきものが根源であるに違いない、と魔理沙は思う。
魔力。
退魔の念に、物理的な刃物。
神通力。
力の源が何であろうと、違わぬものがある。
弾幕というもの、全てに通底する要素。
弾幕とは、すなわち武器あるいは兵器である、という点だ。
戦闘のための、道具なのだ。
弾幕とは闘争であり、殺傷であり、殺戮だ。
例えば今。外の世界から冥界・西行妖へと際限なく流れ込んでいる幽霊たちを、大量生産する手段。
それが、弾幕なのである。
「人を……殺せるんだぞ。私たちの、弾幕は……」
魔理沙は呟いた。
自分の放ったマスタースパークが、命中する様を見つめながらだ。
巨大な爆炎の閃光が、人影をひとつ包み灼いている。
花霞に浮かぶ幻影のような、たおやかで頼りない人影。
マスタースパークに飲み込まれ、灼かれ、消滅してゆく真っ最中……で、あるように見える。
「こいつ、ぶち殺してやる! って思いながら、ぶっ放す……それが、弾幕だ。殺意の塊なんだ」
魔理沙の小型八卦炉から放たれた、爆炎の閃光。
それが力尽き、薄れ細まり、消えてゆく。
包み灼かれていたものの姿が、現れた。
魔法の箒に跨がったまま、魔理沙は呆然と見据え、呻くしかなかった。
「どろどろ、ぎらぎら……してないわけが、ないんだよなぁ……」
花霞に浮かぶ幻影のような、たおやかで頼りない姿。
全くの、無傷である。
さらさらと揺らめく黒髪と、着物を滑らせ落としてしまいそうな白い肌は、むしろ色艶を増しているようだ。
渾身のマスタースパークが、この怪物にとっては、美容のための栄養分にしかなっていない。
「お前には、私たちの弾幕なんて……御馳走でしか、ないって事か」
「貴女たちは格別よ。どろどろとした殺意、ギラギラした闘争心……何て素敵な弾幕なのかしら」
西行寺幽々子は、微笑んだ。
いや。四季映姫曰く、その名を獲得する前の姫君であるらしい。
西行寺幽々子の、言わば生前と言うべき存在。
その邪悪なほどに優美なる姿が、巨大な桜を背景に佇み、嫣然と微笑みかけてくる。
「ちょうだい、ねえ……私に、もっと」
宇宙空間に聳え立つ、桜の巨木。
天の川にも似た桜吹雪を、宇宙全域に放散しているかのようである。
「これを……目の当たりに、したのですね。貴女たちは、月の戦いで」
魔理沙の傍で、四季映姫が言った。
自分より大柄な小野塚小町の身体を、しっかりと抱いて保持しながら。
「西行寺幽々子。よもや、ここまで……手に負えぬものに、育っているとは」
「そいつの回収は、出来たんだな」
「貴女たちが、彼女の注意を引き付けてくれたおかげです」
映姫に回収・保持されたまま、小町は意識を失っている。
「謝礼は後程……」
「私が死んだ時、閻魔の裁きを甘めにしてくれ」
「さあ。貴女が、そう容易く死ぬでしょうか」
裁きを甘くしてくれるとも言わず、映姫は見据えている。
生前の西行寺幽々子、とも言うべき妖怪の全身に、無数のナイフが突き刺さっている様を。
血は、一滴も流れていない。
たおやかな身体に無数、突き刺さったナイフが、全て、錆びて崩れた。
白い肌も、微笑む美貌も、全くの無傷である。
ナイフに宿っていた退魔の念が、美肌の栄養として吸収されてしまったのだ。
「この化け物……!」
十六夜咲夜が、いつの間にか魔理沙の近くにいた。
「人間から妖怪に、成り損なった者どもを……私は数多、殺処分してきたけれど。あれは……完成形、と言うべきかしら」
「人間は、妖怪の素材たり得るのですよ」
映姫が、語る。
「素材ですから、何者かが手を加えなければなりません。例えば十六夜咲夜、貴女が倒していた人外たちは……守矢の、貴女が知らぬ方の神によるものでした」
「私が知らない、守矢の神……」
「そのような存在に頼らず、生まれながら心のままに生きるだけで、完成に至ってしまう者……いるのですよ、極めて稀ながら」
「それが、あいつか」
桜を背景に佇む姿を、魔理沙は睨んだ。
「見たところ、完成はしてないな……もっと、もっとヤバいものになるぞ。アレは放っといたら」
「あれこそが、妖怪……富士見の娘」
言いつつ、映姫は念じた。
何本もの、ナイフではなく悔悟棒が、妖怪・富士見の娘の優美なる全身に突き刺さっていた。
「悔悟の棒は、罪に合わせて重さを増してゆく……さあ、己の罪過が身体の奥へと沈んでゆく。その重みで地獄へ落ちるが良い」
「…………そう……これが、私の……罪の、重さ…………?」
富士見の娘が、苦しげに呟く。
その全身に、何本もの鋭利な悔悟棒が、さらに深々と突き刺さり、埋まってゆく。
やがて、見えなくなった。
肉体か霊体か判然としない姫君の、しなやかで豊麗なる全身に、突き刺さった悔悟棒は全て吸収されていた。
「全然よ……こんなものでは、ないでしょう? 私は、もっと…………どろどろ、ぎらぎら、しているはずよ」
「あっ……貴女は……ッッ!」
映姫が、窒息しそうなほどに息を呑む。
「自身の、罪過・罪業までも……糧に、してしまうと言うのですか……!」
「どろどろしたもの、ギラギラしたものはな、全部あいつの栄養になっちまう」
魔理沙は、ふっと微笑んだ。
笑うしか、なかった。
「参った……勝てないぜ、こいつは。どろどろしてないギラギラしてない弾幕使いなんて、いないもんな」
魔理沙たちの攻撃ことごとくを糧として、吸収して、養分として。
妖怪・富士見の娘は今、羽化を遂げつつあった。
「……妖忌が、ね。長らく想い合った人と、結ばれる事になったのよ」
今にも衣服が滑り落ちてしまいそうな全身から、目に見えるほどの色香が溢れ出し、漂っている。まるで花霞のように。
「私、心から祝福したわ。本当よ? 本当に、素敵な人だもの。妖忌と、お似合い…………私なんかより、ずっと…………」
花霞のようなものが、富士見の娘を中心に、翼の如く広がってゆく。
それは、蝶の翅にも似ていた。
色鮮やかな紋様を渦巻かせ、キラキラと鱗粉を散らす翅。
「婚礼の段取りは……私に、任せてね……妖忌……」
それら鱗粉は、全て光弾だった。
あまりにも彩り豊かな弾幕が、キラキラと押し寄せて来る。
色彩の嵐を、魔理沙はかわした。
かわしきれない。
魔法の箒を縦横無尽に駆りながら、魔力を放散し、自身の周囲に張り巡らせる。
防壁が、形成される。
そこへ、色彩の嵐が追いすがり、ぶつかって来る。
魔力の防壁は、砕け散った。
光の破片を蹴散らしながら、色とりどりの光弾が魔理沙を直撃した。
いや、直撃は辛うじて避けた。
全ての魔力を肉体の防御に注ぎ込み、身体を捻る。
光弾が、全身あちこちを激しくかすめる。
それだけで、凄まじい衝撃が、肉体防御の上から流し込まれて来る。
体内、何カ所かが破裂した。
「うっぐ…………ッ!」
魔理沙は血を吐き、吐血を噛み殺した。
血まみれの身体が、魔法の箒から滑り落ちる。
どこかへ飛んで行ってしまいそうになる箒を、どうにか掴んで引き寄せながら、魔理沙は空中を漂った。
声が、聞こえる。
「私…………妖忌にも、あの人にも……幸せに、なって欲しい……」
富士見の娘は、微笑んでいるのか。
泣いている、ようでもあるが、涙は流れていない。
涙の代わりの如く放たれ散り、蝶の翅の形に広がったもの。
それは、開いた扇のようでもあった。
絵巻柄の、扇。
絵巻の内容は、恋物語だ。
何となく魔理沙は、それがわかった。
とてつもなく悲しい恋が、描かれている。
天の川の如き桜吹雪に彩られた、悲恋の絵巻物語。
その中心に今、富士見の娘は佇んでいる。
「私……今とっても、どろどろ……している……ぎらぎら、している……」
何かが、聞こえた。
楽の調べ、であろうか。
「…………こんな私って……どう?」
禍々しくも荘厳。
気が遠くなるほど邪悪でありながら、切ないくらいに純真無垢。
そんな音色である。
幻聴である事は、わかる。
だが魔理沙は、呆然と思う。
この絵巻物語に音楽を合わせるならば、これ以外には考えられない、と。
咲夜が、前に出た。
「……閻魔様と死神を連れて、逃げなさい魔理沙」
瀟洒なメイドの装いをした全身に、鮮血が滲んでいる。
端整な口元に、吐血の汚れが残っている。
魔理沙と同じ有り様だった。
「今ここにいる面々の中で一番、殺戮の穢れにまみれて……どろどろ、しているのは私よ」
「だから一番、あいつの注意を引き付けられるって言うのか」
後ろから魔理沙は、咲夜の肩を掴んだ。
手に、力が入らない。
「……責任みたいなもの感じているなら、今すぐ捨てろ。意味がない」
「…………」
「紅魔館の連中が、外の世界で大いに人殺しをした。結果、大量の幽霊が西行妖に流れ込んで、こんな化け物が目覚めちまった……に、しても。さっきも言ったが、たまたま紅魔館だったってだけの話だ。永遠亭の連中だったかも知れない、紫が一人でやらかしたかも知れない……私や霊夢だった可能性だって、あるんだぜ」
咲夜は唇を噛み、無言で俯いた。
すぐに顔を上げ、周囲を見回し睨んだ。
彩り豊かな、煌めきが見えた。
色とりどりの鱗粉を散らす、蝶の群れ。
咲夜を、魔理沙を、取り巻いて飛翔している。
映姫と小町が、どのような状態であるのかは見えない。
見回し、確認している暇もない。
魔理沙の全身に、すでに蝶たちは群がり止まっていた。
追い払う力を、魔理沙は失っていた。
蜜のように樹液のように、蝶々が魔理沙の生命を吸っている。
吸われた生命力は、そのまま富士見の娘の栄養分となる。
悲恋絵巻の中心で。微笑む美貌が、白い肌が、色艶を増してゆくのが見える。
歯を食いしばる力も、魔理沙は失いつつあった。
うっすらと、見える。
咲夜も、色とりどりの蝶々に覆い尽くされ、動かなくなっていた。もはや意識も、あるのか否か。
このまま意識を失えば、二度と戻らない。
それが心地良い、とすら魔理沙は感じてしまう。
幻聴であるはずの、楽の音が聞こえた。
確か、プリズムリバー楽団の演奏であったはずだ。
彼女たちが、冥界の主・西行寺幽々子をテーマに作り上げた楽曲。
無論、幻聴だ。今ここで演奏が行われているわけではない。
今ここ冥界に、プリズムリバー三姉妹はいない。
そうだ、と魔理沙は思い出した。
ここは冥界、白玉楼の敷地内なのだ。
宇宙空間ではない。
富士見の娘など、いない。
いるのは彼女の亡霊で、今は意識を失っている、はずであった。
夢の中か。
眠っている西行寺幽々子が、生前の夢を見ているのか。
その中に魔理沙たちは今、取り込まれているのか。
悲鳴にも似た、雄叫びが上がった。
「しゃああああああああッッ!」
魔理沙の全身に群がる蝶々が、ことごとく切り刻まれてゆく。
真紅の、爪によって。
蝶の群れから解放されながら、魔理沙は弱々しく名を呼んだ。
「…………橙……」
「全員、とっとと逃げるね!」
橙は叫び、愛らしい指先から伸びた真紅の爪を一閃させる。
咲夜の身体からも、蝶たちはズタズタに切り裂かれ、一掃されていた。
暗転しかけていた視界の中を、魔理沙は確認した。
風景そのものと言える巨大な桜は、確かにある。
だが、ここは宇宙空間ではなかった。
冥界。白玉楼の、上空である。
富士見の娘は、いない。
いるのは、死せる彼女である。
満開にはやや足りぬ桜の巨木を背景に、浮かび、眠っている。
桃色の髪が、風も無いのに揺らめいている。
意識のない、だが微笑んでいるようでもある西行寺幽々子。
何者かが、彼女を見下ろし、空中に佇んでいた。
「何もかもを吸収する、化け物……か」
九尾の、大妖怪だった。
「遥か昔……そのような者が私の近くにいた、ような気がする……ふん。まあ、そんな事は良い。橙、魔理沙たちを連れて退却しなさい」
「八雲……藍……」
気を失い落下しかけた魔理沙を、空中で抱き支えながら、咲夜が言った。
「貴女……今、何をしたの? 富士見の娘が……消えてしまったわ、あの化け物が……」
「富士見の娘……生前の、西行寺幽々子か」
藍が、語る。
「そんなものはいない。今ここにいるのは見ての通り、その亡霊だ。眠っている。無力・無抵抗に見える」
目を閉じ、微笑み、浮かんでいるだけの西行寺幽々子を、藍は見据えている。
「だからと言って、これに攻撃を加えた者は……己の過去と、こやつの過去が、混ざり合ったような空間に引き込まれる。西行妖が作り出した、内面世界だ。そこで……もはや存在しないはずの、富士見の娘と戦う事になる」
「それが……西行妖の、防衛手段……」
咲夜が呟く。
「富士見の娘は……その内面世界でのみ、存在を許されているのね」
「西行妖の、防衛戦力としてな」
「そいつが……」
咲夜に支えられたまま、魔理沙は呻いた。
「外へ出て来る、事はないのか? 西行妖の内面世界から……あの化け物が、外に……」
「こやつが、目覚めれば」
藍は答えた。
「目覚めた瞬間、この西行寺幽々子は……富士見の娘と化す。否、それよりも恐るべきものとして覚醒を遂げる。死を受け入れ、乗り越えた亡霊。己の生前と死後、両方を併せ呑んだ怪物だ。果たして、さあ博麗霊夢でも勝てるかな」
魔理沙は気付いた。
目に見えぬ何かが、浮かび眠る幽々子を包み込んでいる。
恐らくは、八雲藍の力だ。
「西行寺幽々子に私は今、封印を施している。この忌々しい眠り姫を、結界で包み込んでいる。結界の扱いに関しては、私は幻想郷で二番目の使い手だからな」
一番の使い手は八雲紫、なのであろう。
「眠り姫には……眠ったままで、いてもらおう。西行寺幽々子は、私がこのまま結界の中に閉じ込めておく。西行妖の、力の中枢を封印する」
「……出来るのかよ、そんな事」
魔理沙は言った。
「この西行妖……今だって、ほら見てみろ。流れ込んで来る幽霊どもを、どんどん喰って吸収している。外の世界の、どろどろしたもの、ギラギラしたもの……たらふく喰ってる最中なんだよ幽々子の奴。なあ藍、お前の力は認めるけどな。こいつの封印なんて、お前一人じゃ絶対に無理だ。紫や霊夢がいたって無理だ。忘れたのか? 紅魔館や永遠亭の連中も引っくるめて私ら全員……こいつ一人に、殺されるところだったんだぞ」




