第26話 閻魔候補生
この作品は「東方Project」の二次創作です。
原作 上海アリス幻樂団
改変、独自設定その他諸々 小湊拓也
「御成りである。控えよ」
星幽剣士コンガラが告げた。
口調は尊大である。
性格が尊大である、というわけではない。
この女剣士は、ただ忠実であるだけなのだ。
自分もまた、忠実であらねばならない。
今ここに現臨しつつある存在に対しては。
四季映姫は平伏した。
地獄の宮殿、謁見の間。
豪奢な絨毯に額を押し付け、映姫は這いつくばった。
小柄な身体を、さらに小さく折り畳んだ。
この場で自分を大きく見せる事など、許されないのだ。
「控え過ぎだよ、お嬢ちゃん。そこまで卑屈になる事はない」
コンガラの隣に佇む女性が、笑った。
あまりにも卑屈に振る舞う元・地蔵像の少女を、嘲笑っているのだろう。
その嘲笑が、しかし優しい。
「今ここに現臨あそばされるのはね、そんなに偉ぶった御方じゃないんだよ。ちょっと馴れ馴れしいくらいで、ちょうどいい。リラックスしなさいな」
「……は……はい……」
返事をしながら、映姫は青ざめた。
返事など、して良かったのか果たして。
自分など、この場で声を発する事すら許されていないのではないか。
「あれっ。私たち、もしかして怖がられている?」
苦笑いも優しい女性である。
「ほらコンちゃん、あんたがそんな怖い顔してるから」
「……黙れ、喋るな。私語を慎め」
馴れ馴れしく触れようとする手を、コンガラは振り払った。
「見よ。四季映姫の、この慎み深さ……せめて半分でも貴様にあればと思うぞ、魅魔」
「あっははは、ねえコンちゃん? わかってるとは思うけど……この子。慎み深さの中に、とんでもないもの隠し持ってるよ」
悪霊・魅魔が、映姫に微笑みかける。
笑顔は、本当に優しい。
「閻魔候補生・四季映姫……あんた、かなり弾幕戦やり込んでるねえ。見たらわかるよ」
「…………は……っ」
自分の声が、身体が、震えるのを、映姫は止められなかった。
弾幕。
その単語を聞くだけで、魂が震えてしまう。
この両名に、この場で、弾幕戦を挑む。
そんな衝動が、欲望が、身体を突き動かしてしまいそうになる。
星幽剣士コンガラ。悪霊・魅魔。
両名とも、地獄の最高権力者の側近である。
一介の閻魔候補生である自分など、本来ならば会話どころか対面すら許されぬ存在であった。
そんな相手に、弾幕戦を挑む。
(私……どうなって、しまうの?)
考えるまでもない、と映姫は思う。
自分など、たちどころに殺されて地獄の下層部に落とされる。
「弾幕戦やりたくて、ここまで上がって来たんだろう? 私が相手してあげてもいいけど……まあ、もうちょっとお待ちよ」
魅魔が言った。
「閻魔昇格試験の、最終課題。あの御方が、あんたを試して下さる。弾幕戦で、ね」
「弾幕戦を…………」
許可なく、映姫は言葉を発していた。
「……して、いただけるのですね……かの御方に…………私ごときが……」
「弾幕は、宇宙万民に平等である」
コンガラが、厳かに告げた。
「弾幕を司る御方。魔法を、霊魂を、司る御方。豊穣を、贖罪と浄化を、出産と死を、司る御方。祈る者に勝利をもたらす、地獄の女神にして三界の支配者……この宇宙で、最も平等なる御方の御現臨である。平伏せよ」
謁見の間。
最奥部に置かれてある、誰も座っていない豪壮なる玉座。
そちらに向かって、コンガラが恭しく身を屈し、上体を伏せ、秀麗な顔面を絨毯に近付ける。
魅魔も、それに倣う。
映姫は、より深々と平伏する。
誰もいない玉座に、キラキラと光が生じた。
その煌めきが、やがて小柄な人の姿を形作る。
「ふっふっふ。よく来た、よく来た。偉大なる地獄の女神にすがる、哀れな仔羊たちよ」
映姫よりも小さな、幼い少女。に見える。
豪壮な玉座にすっぽりと収まってしまう小柄な細身が、偉そうに両脚を組み、ふんぞり返っていた。
「さあさあ、あたいを崇め奉るが良い。お供え物をケチるでないぞ。蜂蜜たっぷりのお菓子をぎゃぶぅ」
少女の頭に、コンガラが拳骨を落とした。
「いったぁああい! 何すんだよ無礼者!」
「黙れ! 無礼者にして不敬者にして、たわけ者のクラウンピース! 私の剣による一回休みを味わいたいのかっ!」
一回休み、という事は妖精であろうか。
ひらひらとした薄手の衣服をまとう小さな身体は、怒り狂ったコンガラによって無惨に叩き斬られても、いくらか時間が経てば再生してしまうのか。
ともかく。
金髪を押しのけるようにたんこぶを膨らませた少女を、コンガラが玉座から摘まみ上げて揺さぶった。
「どうも姿が見えぬと思えば、くだらん事を!」
「本気でぶつ事ないだろー!」
クラウンピースと呼ばれた少女が、コンガラに首根っこを掴まれたまま涙を散らせ、じたばたと暴れ喚く。
「お前もうちょっと優しくなれって、いっつもご主人様に言われてるクセに全然出来てない! 少しくらい努力しろよー!」
「そうとも、馬鹿者に優しくするよう心がけている。拳骨で済ませてやれているうちに、少し慎み深くなってはくれぬか貴様」
「馬鹿者だと、このヤロー!」
「まあまあ」
魅魔が、割って入った。
「二人とも? 今日はほら、閻魔候補生の子が来ているんだ。いつもの微笑ましい光景を、あんまり見せつけるものじゃあない」
「魅魔ぁ! こいつ、やっつけちゃってよ!」
クラウンピースが、魅魔の背中に隠れながら、コンガラに人差し指を向ける。
そんなクラウンピースの背後に、映姫は回り込んでいた。
「……いけませんよ、そのような事。他者に誰かを殴らせる、それは時として、自分で誰かを殴るよりも重い罪となり得ます」
「あ? 誰だよお前……」
睨んでくるクラウンピースを、映姫はやんわりと抱き上げ、魅魔の背中から引き剥がした。
「閻魔候補生、四季映姫と申します。よろしくね? クラウンピースさん」
「…………お前、チビのくせに凄い力だな」
「……貴女の方が、小さいですよ」
「なにおう!」
「ほらほら怒らないの。小っちゃなクラピー、私は大好きよん」
「ご主人様まで、そんな事言って、まあご主人様だから許すけど」
「うふふ。貴女も、小さくて可愛いわねえ」
「……誰ですか貴女は。勝手に、人の頭を撫でたりして」
「そうですよ。私だってね、この子を撫で撫でしたいの我慢してたのに」
魅魔が、その我慢を放棄して、映姫の頭を撫で始める。
「あーもう可愛い! 閻魔候補生で、こんなに可愛い子が来るの初めてじゃないですかねえ」
「ち……ちょっと、ちょっと……」
「うふふふ。やっとねえ、閻魔っていうお仕事の魅力がねえ、若い子たちにも浸透してきた感じ? これも私が広報活動を頑張ったおかげ、コラちょっと魅魔その子を放しなさい。閻魔候補生はね、みんな私が面倒見るのよ」
「貴女が頑張ってるのは、その変なファッション広める事くらいでしょうが。映姫ちゃんにまで変な服、着せようったって、そうはいきませ」
魅魔は息を呑み、黙った。
コンガラが、抜き身の長剣を突き付けていた。
「……馬鹿を晒すのは、そこまでにせよ。貴女様も! いい加減に、なさって下さいませ」
「んもう、コンちゃん真面目なんだから」
映姫は、青ざめた。
「…………! あっ…………貴女、様が…………?」
「うふふふ、そういう事。じゃ始めましょうか、閻魔候補生・四季映姫ちゃん」
次の瞬間。
二人は、宇宙空間にいた。
コンガラも、魅魔も、クラウンピースもいない。皆、宮殿内の風景と共に消え失せてしまった。
島宇宙の大渦巻きを背景に、映姫は今、地獄の女神と対峙している。
「まず訊いておきましょうね、映姫ちゃん」
女神が言った。
「貴女にとって、弾幕とは?」
「弾幕は…………」
考える事もなく、映姫は答えた。
「……弾幕とは。私に、出来る事」
「ふむふむ」
「私は……路傍の、地蔵菩薩像でございました。地蔵尊の御姿を模して彫られただけの、作り物です。物言わず、動けませぬ。何も、出来なかったのです。ある時……私に供え物をしてくれた子供が、野盗に殺されました。私の、目の前で」
「その子は天国へ行けたし、野盗どもは地獄へ落ちたから。安心してもらって、いいわよん」
「そうなる前に……私に、出来る事があれば……良かったのに……」
成りたい。
何も出来ない者から、何かが出来る者へ。
路傍の地蔵が、最初に抱いた願望であり、最初に行った思考であった。
「私は……何かを、したかった。私に、手を合わせてくれる人々に対して。私の前を、素通りして行く人々に対して。私の目の前で、悪事を働く人々に対して。私は……真の地蔵尊には遠く及ばぬまでも、何かが出来る自分でありたかったのです」
「その思いを力の根源として、貴女は……弾幕を、やがて扱えるようになった」
地獄の女神が、頷きながら言う。
「良かったじゃない。野盗をぶち殺して子供を助ける、程度の事は出来るようになったわよ? まだ足りない?」
「足りませぬ。何もかも」
自分の声が、身体が、魂が、震えるのを、映姫は止められなかった。
地獄の女神。
一介の閻魔候補生である自分など、本来ならば会話や対面どころか、同じ空間に存在する事すら許されぬ存在であった。
そんな相手に、今から弾幕戦を挑む。
(…………私……どうなって、しまうの……?)
考えるまでもない、と映姫は思う。
自分など、たちどころに殺される。
地獄の下層部に落とされる、程度で済むかどうか。
閻魔昇格など辞退して、逃げるべきではないのか。
頭のどこかで、そんな冷静な計算が働いている。
だが映姫は言った。
「強き者の悪事から、弱き者を守り助ける……それだけでは駄目なのです。悪事を働く者たちに、裁きと導きを与えなければなりません。それが出来るようになれば……弱き者を守り助ける、必要すら無くなります。誰も、悪事を働かなくなるのですから」
「そうよね。悪い奴らを、裁いて、導いて、生まれ変わらせて、もう悪事を働かないようにさせる」
地獄の女神が、微笑んだ。
「そんな事……本当に出来たら、理想的よね」
「私は……青臭い事を、申し上げているのでしょう」
「そういう青臭さ、嫌いじゃないわよん」
女神の一見、優しげなる美貌から、微笑みが消えてゆく。
「裁く、導く……っていうのはね。殺すより、ずっと難しいのよ? 殺すより、力が要るのよ圧倒的に。わかっているとは思うけれど」
「それこそが、閻魔」
「閻魔候補生、四季映姫。貴女にとって、弾幕とは?」
問われた。
「次は……言葉ではないもので、答えなさい」
力が、押し寄せて来る。
それを、映姫は感じた。
「私に対して、さあ。何が出来る?」
「参ります……!」
こちらも、力で押し返すしかなかった。
力で勝てる相手であるのか否か。
そんな事は、関係ない。
力で来る者を、言葉で裁き導く事など出来ないのだ。
それを地獄の女神は、この最終課題で教えてくれようとしている。
力、そのものの弾幕が押し寄せて来た。
光弾の一粒一粒が、惑星を破壊する。そう思えた。
映姫は、回避に専念した。
ちまちまと光弾を投げつけたところで、勝てる相手ではない。
持てる力、全てを集中する必要がある。
惑星を破壊する光弾の、一つ一つをかわしながら映姫は、それらの発生源たる女神の位置を、辛うじて見失ってはいない。
地獄の女神の、姿はもはや見えない。
だが。弾幕が発生し続けている、その方向は把握していられる。今はまだ、辛うじて。
「……そこっ!」
映姫は素早く、地蔵菩薩の手印を結んだ。
愛らしい手印が、光を発した。
その光が膨張し、巨大な破壊光線となって伸びる。
地獄の女神へと向かって、宇宙空間を灼き穿ち、伸びて行く。
女神の放つ、光弾と光弾の狭い隙間を、押し広げるかのように直進する。
ひらひらと、何かが舞った。
蝶、である。
直進する極太の破壊光線に、蝶々の群れが軽やかにまとわり付く。
映姫は、呆然と息を呑んだ。
まるで水や花蜜を吸引するが如く。
蝶たちは、映姫の破壊光線を吸っていた。
柱のようであった極太の光線が、痩せ細り、消えてしまう。
「いいわよ、貴女の弾幕……」
地獄の女神の声、ではなかった。
桜の花びらが、映姫の頬を撫でて漂う。
「どろどろ、している……ぎらぎら、しているわ。ふふ……うっふふふふふふふふふ」
桜吹雪が、宇宙空間を舞い流れる。
地獄の女神など、ここには最初から、いなかったのだ。
「貴女は……」
映姫は見つめた。
とてつもなく巨大なものが、そこにあった。
無数の島宇宙を睥睨し、聳え立つ、桜の巨木。
天の川にも似た桜吹雪を、宇宙全域に漂わせている。
そんな風景の中央に、彼女はいた。
「西行寺…………幽々子…………」
映姫は呟いた。
「……いえ。冥界の管理者・西行寺幽々子となる前の…………」
「貴女、私を知っているの? 私は貴女を知らないわ、誰なのかしら……まあ、そんな事どうでもいいわね。大切な事は、一つだけ」
西行寺幽々子という名を獲得する前の姫君が、幽雅に微笑む。
「貴女が、どろどろ、ぎらぎら、しているという事……」
たおやかな両腕で、姫君は誰かを抱き上げている。
どうやら眠っている……あるいは気を失っている、一人の娘を。
死んでいる、ようにも見えてしまう。
「……………………小町…………!」
悲鳴に等しい声を、映姫は発していた。
ほんの一瞬ではあるが、一切の思考が止まってしまう。
一切の行動が、停止してしまう。
その間。
無数の蝶々が、映姫の小柄な全身に群がり止まっていた。
生命を、吸引される。
先程の破壊光線のように、吸い尽くされる。
そう思えた瞬間。
いくつもの閃光が、映姫の全身を撫でた。
止まっていた蝶々が、全て切り刻まれていた。
色とりどりの破片が、キラキラと散り消えてゆく。
「貴女も……来ていたのね、閻魔様」
映姫の喉元に、ナイフが突き付けられていた。
優美でありながら強靭な五指が、そのナイフを保持している。
閃光そのものの斬撃を、ナイフで生み出す五指。
この娘がその気であれば、蝶々のみならず自分の身体も切り刻まれていただろう、と映姫は思った。
「恩を着せるつもりはないけれど、私たちに力を貸しなさい。四季映姫・ヤマザナドゥ」
「……恩に、着ましょう。十六夜咲夜、それに霧雨魔理沙」
意識のない小野塚小町を抱き捕えている姫君と、霧雨魔理沙は睨み合っていた。
その目が、こちらへ向けられる。
「……気のせい、かな。さっき一瞬……魅魔様が、いたような……まあいいや、よろしく頼むぜ閻魔様」




