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異説・東方花映塚  作者: 小湊拓也
25/30

第25話 紅魔館と守矢神社

この作品は「東方Project」の二次創作です。


原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 小兎姫の綺麗な頬が、音高く鳴った。

 東風谷早苗は今、生まれて初めて、人に暴力を振るったのだ。

 他人の顔面を、素手で打ち据える。

 気持ちが良い、はずはない。楽しいわけが、ないのだ。

 それでも早苗は、暴力を振るわずにはいられなかった。

 平手打ちの形に振りきった右手が、震える。

 声も、震えてしまう。

「小兎姫さん……貴女という人は……っ!」

「…………お叱り。甘んじて、お受け致しますわ。風祝様」

 赤く腫れた顔で、小兎姫は微笑んだ。

「貴女様は、それで良いのです。虫けらの死に御心を痛め、お怒りを示される……そんな風祝様で、いらして下さいませ」

「虫けら、ではありません! 貴女は、人を殺したのですよ!?」

 守矢神社。

 巨大な拝殿、回廊の一角で早苗は今、小兎姫より報告を受けたところである。

 早苗の通う学校の生徒、数名を殺害したと。

「私……嘘をついて、しまいました……」

 とてつもなく高い天井を、早苗は仰いだ。

「守矢様の御神徳は、人の命を守るためにある……などと私が言っている、その裏側で。貴女がたは、人を殺している……」

「いくらでも嘘をおつき下さいませ風祝様。貴女の嘘は、世の人々にとって福音なのですわ。その裏では……手を汚す者が、必要となる。それだけのお話、でしてよ」

「……貴女お一人、ではないでしょう? 小兎姫さん。」

 早苗は、睨み据えた。

「手を汚していらっしゃる方々……他に、どなたが」

「それを知って、どうなさいますか? 風祝様」

 問いかけてきたのは、小兎姫ではない。

 回廊の、巨大な柱の陰に、いつの間にか佇む白衣の女性。

 朝倉理香子だった。

「一人一人、捕まえてビンタしてあげます? 喜んでしまう人、いるかも知れませんね」

「させませんわ! 風祝様より御打擲をいただく権利、栄誉、それは私だけの」

「はいそろそろ静かになさいね」

 刃の引っ込んだホーミングギアが、理香子の言葉に合わせて旋回飛行し、小兎姫の腹部を直撃した。

 細身をへし曲げ、白目を剥いて、小兎姫は意識を失った。

 理香子の部下である科学技術班の女性職員数名が、小兎姫を手際良く担架に載せ、運び去って行く。

 見送りつつ、理香子は言った。

「守矢神社という宗教団体が、汚れ仕事の一つも無しに……ここまで大きくなった、などと思っていらっしゃいますか? 風祝様は」

「…………皆様、私の耳に入れぬよう入らぬようにして下さる。そんなお話が、いくつもあるのは知っています」

「私もね。その類のお話、詳しく知っているわけではないですけど。汚れ仕事の専門家、と呼べる人たちは昔からいるらしいですよ。守矢神社という組織には」

 まさしく理香子の言う通りだ、と早苗は思った。

 このような事を知って、どうすると言うのか。

 守矢神社のため手を汚している人々に、風祝として何か言葉をかけるのか。

 労いの言葉か。それとも叱責か。

 汚れ仕事をするな、などと言う事は出来るのか。

(お神輿のように……ただ担がれている、だけの私が……)

「……過去に一人、恐るべき手練れがいたそうです。守矢神社の、汚れ仕事専門部隊に」

 理香子は言った。

「何故、今はいないのか。いない事にされてしまったから、だそうです。風祝様は、紅魔、と呼ばれたものをご存じですか?」

「ヨーロッパに出現したという……とてつもなく、恐ろしいもの。そう聞き及んでおります」

 とてつもなく、恐ろしいもの。

 他に表現しようのない何かが、欧州に破滅的な災厄をもたらした。

 それは、紅魔と呼ばれた。

 何であるのか、具体的には知られていない。

 知られる前に、紅魔は消え失せてしまったのだ。

 まるで、最初から幻であったかのように。

 だが。紅魔による破壊と殺戮は、幻ではなかった。

 欧州各国は今なお、復興もままならぬ状態であるという。

 理香子は、なおも語る。

「欧州各国から日本政府へ、そして日本政府から守矢神社に、要請が来たそうです。紅魔を滅ぼして欲しい、と。日本政府としては、ヨーロッパ方面に対して発言力を強める好機と言えば好機。守矢神社は要請に応じ、欧州へと人員を派遣しました。戦いの出来る人員部隊。その中には」

「貴女の言う……手練れの方が、いらしたと?」

「はい。そして彼女を含め、その部隊は誰一人として、守矢神社に帰って来る事はありませんでした」

 紅魔との戦いで全員、命を落としたのか。

 そうであるにしても、と早苗は思った。

「朝倉さんは……一つ、気になる事をおっしゃいましたね。いない事にされてしまった、と」

「守矢神社は欧州へ戦闘部隊を送り、紅魔と戦わせた……という事実そのものが、無かった事にされてしまったのですよ。何故かと言うと、欧州各国も日本政府も方針を変えたからです。紅魔を、滅ぼすのではなく、利用する方向へと」

「利用……それは紅魔への、服従とは違うのですか?」

「まさしく服従です。紅魔を、結局は人間の力で滅ぼす事は出来なかった。紅魔は、あまりにも強大だった。だから各国首脳は考えました。紅魔を味方に付けた国が、世界の頂点に立つ、と」

 もう聴きたくない、と早苗は思った。

 これもまた、守矢神社の高位神職者たちが、風祝の耳に入れぬよう入らぬようにしている話の一つなのだろう。

 ならば、聴かねばならない。

「各国こぞって、紅魔に媚を売り始めました。日本もです。何しろ、核よりも使い勝手の良い力が手に入るかも知れないのですからね」

「守矢神社が派遣した人たちは……」

「それです。守矢神社の戦闘部隊は当時まだ欧州で、紅魔との激戦の最中にありました。その状況をどうにかしなければ、紅魔を味方に付けるどころではありません。さて風祝様、ここで日本政府が取るべき手段、いかなるものが考えられますでしょうか?」

「その戦闘部隊を即時、撤退・帰国させるしかないでしょう……」

 言いつつ、早苗は思う。そうはならなかったのだろうと。

 無かった事にされてしまった。

 理香子は、そう言ったのだ。

「自分たちは最初から、紅魔に対する敵対行動など取ってはいない。それが日本政府、及び守矢神社の言い分でした。一部の攻撃的な者たちが暴走し、政府の意向に逆らって渡欧したのだと。勝手に、紅魔を攻撃したのだと」

 理香子は笑っていた。苦笑であり、嘲笑であった。

「だから……勝手に始末してくれて、構わないと」

「……見捨てられた……切り捨てられた、という事ですか? その、戦闘部隊の方々は……」

「日本からの、補給も増援も一切が打ち切られました。負傷者の帰国さえも、禁じられてしまったのです。日本政府としても守矢神社としても、派遣した戦闘部隊には……もはや、現地で死んでもらうしかありませんでした。はい、全員死にました。最初から、いなかった事になりました」

 自分の顔が青ざめてゆくのを、早苗は実感した。

 耳を、塞ぎたかった。

「すでに始まっていた、世界各国と紅魔との交渉に、日本もようやく参加出来る……と思われた、その頃。風祝様もご存じの通り、紅魔は消えてしまったのです。忽然と、まるで最初から地球上に存在しなかったかのように」

 理香子は、早苗の顔色を観察した。

「長々とお聴きいただいておりますが、本題はここから……風祝様、よろしいですか?」

「大丈夫……続けて、下さい」

「先頃の大破壊。あれは紅魔によるもの、との情報がございまして。守矢の信徒には欧州から逃げ延びて来た者も大勢おりますが皆、怯えながら言うのです。あれは紅魔だと。紅魔が、今度は日本に現れたのだと」

「幼く可愛らしい、でも明らかに人間ではない、空を飛ぶ女の子を見た……というお話も、あるようですね」

 早苗は言った。

「紅魔とは……女の子、なのでしょうか?」

「複数の、少なくとも外見は若い女性。そう言われているようですね。あの大破壊の現場でも、それらしい姿がいくつか目撃されております」

 理香子は、声を潜めた。

「その中に一人……欧州で全滅した、はずの戦闘部隊の生き残りがいたという未確定情報がございます」

「まさか……例の、手練れの人?」

「もしも彼女であるならば、守矢神社を裏切った……という事になりますが。それを咎める資格をお持ちの方が、果たしていらっしゃるのかと」

 ひとつ、理香子は息をついた。

「ともかく。紅魔、とおぼしきものが今後も現れた場合に、我々は備えなければなりません……プロジェクト『核熱造神』を一層、早急に、推し進めてゆく必要があるのです」



「お前……よく、やるなぁ……」

 額に、頭頂部に、こめかみと後頭部に、胸に、腹に、背中に四肢に、ナイフが突き刺さった状態で、その女は笑っていた。

 生きているはずはない。人間ならば、だ。

「お前ら人間は、あれだな……やけくそになった時の方が、ずっと強い。守るものが無い、失うものが無い。そうなっちまった人間ってのは……私ら妖怪よりも、ずっと危険だ。甘く見たよ……」

 若い娘、に見える。

 実際の年齢は、自分・十六夜咲夜よりも遥かに上だろう。

 何十年、あるいは百年以上、若々しく力強い肉体を保ち続けているのは間違いない。

 生命力の塊、とも言うべき娘であった。

 全身に、ナイフが突き刺さっている。

 その程度では、絶つ事の出来ない生命力。

 これが妖怪なのだ、と咲夜は思うしかなかった。

 自分が日本で戦っていた、狩っていた、殺処分し続けていたものたちは、妖怪ではなかった。

 人間から妖怪に成ろうとして成り損なった、単なる失敗作の群れだ。

 本物の妖怪が今、目の前にいる。

 退魔の念を込めたナイフで、滅多刺しにされながらも絶命に至らず、よろよろと立ったまま世迷い言を口にしている。

 投射用の小型ナイフを油断なく構えたまま、咲夜は会話を試みた。

「守るものが無い、失うものが無い……私が? ふん。意味不明な事を言って、私を煙に巻いて、油断を誘おうと言うのね」

「現実に対して、見て見ぬふりをするのは……やめておけよ、十六夜咲夜」

 自分の頭から一本、ナイフを引き抜きながら、妖怪・紅美鈴は言った。

「私が、何も知らないとでも思ってるのか? お前たちはな、切り捨てられたんだよ……日本政府にも、守矢神社にも」

「関係ないわ」

 自分が、人間という醜悪で愚かしい生き物を、見誤っていた。醜悪さと愚かしさを、見抜けなかった。

 ただそれだけの事なのだ、と咲夜は思う事にした。

「紅魔を、滅ぼす……それが私の使命」

「よく見ろ。目を、そらせるな」

 紅魔館の、門前広場。

 いくつもの屍が散乱する様を、紅美鈴は視線で示した。

「そいつら全員、何のために戦い死んでいったと思う? お前の言う、使命とやらのためか? 違うだろ。皆、お前を守って死んじまったんだよ十六夜咲夜」

 守矢神社の、戦闘部隊。

 欧州各国の要請を受けて、日本政府が……正確には宗教法人・守矢神社が派遣した、退魔戦闘者の一団である。

 咲夜の、仲間たちである。

 渡欧し、紅魔館との戦いに明け暮れていた。

 劣勢が続き、負傷者も出た。

 負傷者の帰国を、日本側から拒絶された。

 日本からの、補給も増援も打ち切られた。

 紅美鈴の言う通り。自分たちは、切り捨てられたのである。

「私ら紅魔館と、人間どもの間に……講和が、成立してしまった。まあ……講和と言うか、なぁ」

 人間側の無条件降服に近い、と美鈴は言わんとしているようである。

 少し違う、と咲夜は思う。

 各国首脳は愚かにも、紅魔館を軍事的に利用せんとしている。

 紅魔館を、味方に付けようとしている。

 そんな事が出来る、と思っているのだ。

 そのためには、未だ紅魔館と戦い続ける者が、人間側にいてはならない。

 最初から、いなかった事にする必要がある。

 負傷者の帰国を受け入れたら、それは日本という国家が、派遣した戦闘部隊を退却させた事になる。

 戦闘部隊を派遣した、という事実そのものを、無かった事にしなければならないのだ。

 派遣されて負傷した者など、いてはならないのである。

 負傷していた仲間たちは皆、咲夜を庇い、紅美鈴にとどめを刺された。

 その屍たちを見渡し、美鈴は言った。

「こいつら全員、お前に言ったぞ十六夜咲夜。逃げろ、生きろ、とな」

 自身の頭から引き抜いたナイフに、美鈴は唇を寄せた。

「……私と一緒に来い、お嬢様に取りなしてやる。一緒に、紅魔館で働こうじゃないか。私は、お前が気に入ったよ。負けたのは私だから……立場、貴女が上でも構いませんよ? ねえ咲夜さん」

 咲夜はナイフを投射し、美鈴を黙らせた。

 角が生えたかの如く頭のナイフを一本増やし、倒れた美鈴を、一瞥もせず。

 咲夜は、紅魔館の門扉を押し開いた。

 紅魔館、敷地内に一歩、踏み入って行く。

 その瞬間。風景が変わった。

 紅魔館が、紅美鈴が、消えて失せた。

 仲間たちの屍だけが、残っている。

 屍たちに、桜吹雪が降り注ぐ。

 桜吹雪の中。幽雅に佇む姿が、ひとつ。

「そう……みんな、みんな死んでしまったの……ね……」

 綺麗な唇が、言葉を紡ぐ。

 悲哀に満ちた口調。

 咲夜の仲間たちの死を、本当に悼んでくれている、ようではある。

「貴女の、過去……記憶……本当に、どろどろしているわ。ぎらぎら、輝いている……」

 花霞を、桜吹雪を、背景に。

 その女は、たおやかで頼りない、それでいて得体の知れぬ力が漲る姿を、晒していた。

 白く豊麗なる肢体からは、艶やかな着物が、今にも滑り落ちてしまいそうである。

 その身体をサラリと撫でながら、煌めく黒髪。

 まるで星空だ。

 この世のものとは思えぬ美貌に、咲夜は見入った。

 この世に生きる女が、これほど美しいはずはない。

 心の底から、そう思えた。

「…………西行寺……幽々子……っ!」

 名を呼びながら咲夜は、状況を思い出していた。

 霧雨魔理沙も、八雲藍に橙も、姿が見えない。

「さいぎょうじ……ゆゆ、こ? それは誰? うふふ、可愛らしいお名前ね」

 今はまだ西行寺幽々子ではないのであろう姫君が、微笑んでいる。

 死ぬ、と咲夜は思った。

 普通の人間であれば、この笑顔を向けられただけで、安らかに命を抜き取られる。

「貴女、私を……警戒している? 嫌っている? 憎んでいるの?」

 耳から忍び込んで脳髄を麻痺させてしまいそうな、涼やかなる声。

 会話に応じただけで、命を持って行かれる。

 そう思いつつ、咲夜は応えていた。

「私は、お前を……殺さなければ、ならない。そうしなければ皆、死んでしまうわ」

「そうなのよ。私が好きになった人は、皆……死んでしまう……」

 本当に、悲しそうな声であった。

「だから私も、貴女を……嫌いになりたい、憎みたい……だけど無理。貴女……とても、素敵なんだもの……」

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