第24話 原初の弾幕使い
この作品は「東方Project」の二次創作です。
原作 上海アリス幻樂団
改変、独自設定その他諸々 小湊拓也
禍々しくも荘厳。
気が遠くなるほど邪悪でありながら、切ないくらいに純真無垢。
霧雨魔理沙は今、全身で思い出していた。
以前、初めて冥界へと突入した際に、聞こえてきた楽曲を。
耳で聴いた瞬間、目に見せてくる。鼻に、香らせてくる。舌に味をもたらし、肌をも優しく撫でる。第六感にまで触れてくる。
プリズムリバー楽団による、そんな演奏だった。
あの時は、白玉楼と専属契約を結んでいたらしい。
ここ冥界の主・西行寺幽々子をテーマに、作曲したものであったという。
今この冥界に、プリズムリバー三姉妹はいない。
あの楽曲も、鳴り響いてはいない。
存在しないはずの音楽を、しかし魔理沙は全身で感じていた。
西行寺幽々子そのもの、とも言えた楽曲。
邪悪にして荘厳、純真無垢でさえあった曲調と響きが、冥界の空気と混ざり合って今、この先も未来永劫、流れ続けている。
そんな事を感じながら魔理沙は、魔法の箒を運転していた。
後ろに十六夜咲夜を乗せ、冥界の空を飛んでいる。
「あの、西行寺幽々子というのは……」
咲夜が、ぽつりと言った。
「……そもそも一体、何者なの」
魔理沙に対する問いかけ、ではなかった。
答えたのは、魔理沙の傍を飛行する、九尾の妖獣である。
「それを……私が、知りたい。紫様は結局、教えては下さらなかった」
九つの尻尾を引きずり、なびかせ、冥界の空を往く八雲藍。
その知的な美貌が時折、周囲を見渡す。
延々と続く石階段の左右は、同じく延々と続く桜の並木である。
咲き乱れている。
幻想郷でも、秋であるのに桜が咲いていたものだ。
「紫も……さあ知ってるのかな、果たして」
魔法の箒にまたがり、全身に桜吹雪を浴びながら、魔理沙は言った。
「今の西行寺幽々子は多分、あいつの想定を超えてると思う。遥かにな」
ひらひらと舞って視界を遮る無数の花びらが、鬱陶しいと言えば鬱陶しい。
首を動かし、かわしながら、魔理沙は見上げた。
無限に連なり続く、ように感じられてしまう石階段と桜並木。
その最果てに聳え立ち、冥界を見下ろすもの。
巨木であった。
プリズムリバー楽団の音曲を幻聴させる冥界の風景、その大半を占める巨大な桜。
空いっぱいに枝を伸ばし広げ、花を咲かせている。
満開、ではない。七分、いや八分咲きといったところか。
西行妖。
しんしんと桜吹雪を降らせる、それに向かって、魔理沙は箒を駆っている。
後ろに咲夜を乗せ、傍らに藍を従える格好で。
迷い家を経て、冥界へと至る。
かつて博麗霊夢が通った、白玉楼への道筋を、今は自分たちが辿っているところだ。
「人間だ、と言ってたな。紫は」
思い出し、魔理沙は言った。
「外の世界にかつていた、一人の人間の……紛れもない本質だ、ってな」
「本質的に、化け物である人間。まるで君たちだな、魔理沙に咲夜」
藍が、微笑む。
君たちが死ねば西行寺幽々子を上回る悪霊になりかねない、とは先程、言われたばかりである。
「今や君たちもまた、紫様の想定を超えつつある。お喜びであろう、とは思う。紫様は」
「さあ、そいつは……どうかなっ」
魔理沙は身体を傾け、桜吹雪をかわした。
首を動かす、だけでは回避しきれなくなっていた。
桜吹雪に、弾幕が紛れている。
無数の光弾が、無数の花びらに隠れるようにして襲い来る。
桜吹雪と共に吹き荒れる弾幕を、ことごとく回避しながら、魔理沙は縦横無尽に魔法の箒を操縦した。
箒が、軽い。
咲夜は、すでに空中へと跳躍していた。
メイド衣装を揺らし、すらりと鋭利な美脚を躍動させ、軽やかな跳躍を繰り返している。
そして、弾幕をかわしてゆく。
空中あちこちに、目に見えぬ足場が形成されていた。
咲夜本人曰く、森羅結界の応用であるという。
ほぼ飛翔も同然の跳躍と疾駆で、咲夜は弾幕を回避しながら空を往く。桜吹雪の中へと遠ざかる。
その間。魔理沙も、一方的な回避を強いられていた。
高速飛行する魔法の箒にしがみ付き、身を揺らす。
小刻みな制動に耐える全身を、無数の光弾がかすめて行く。
魔理沙は、歯を食いしばった。
「くっ……どこだ? どこから撃ってやがる……」
呻きながら、青ざめる。
優雅に舞うものたちが、視界の隅を横切ったのだ。
何羽もの、蝶々。
人妖の身体から、生命を、魂を、吸引するもの。
月の戦いにおいては、蓬莱人を含む弾幕使いの軍団が、この蝶の群れによって死滅しかけた。
死滅が、全宇宙に拡散するところであったのだ。
その蝶々が、桜吹雪と光弾の混ざり合う風景あちこちで、ひらひらと舞っている。
恐怖、に近いものが魔理沙の身体を一瞬、硬直させた。
その一瞬の間に、弾幕が密集して来る。
かわせない、死ぬ。
無数の光弾に撃ち砕かれるか、蝶々に命を吸われるか。その違いしかない。
そんな事を思いながら魔理沙は、柔らかな力に抱えられていた。
八雲藍の、細腕だった。
細くとも力は強い。
右腕で軽々と魔理沙の身体を抱えたまま、藍は左手で魔法の箒を回収しつつ、密集弾幕をかわして飛んだ。
「すまん……た、助かったぜ」
「あの蝶々は、やはり恐ろしいか」
言いつつ藍は、なおも執拗に密集してくる光弾の群れを、揺らめくように回避してゆく。
「……無理もない。我ら全員、命と魂を吸い取られるところであったからな」
「あの時、私たちは……西行寺幽々子たった一人に、全滅させられるところだった」
柔らかく力強い腕力に抱かれたまま、魔理沙は呟いた。
「あいつを……死んで化け物になっちまった、あいつを。本当の意味で殺せるなら、滅ぼせるなら。私たちは、そうするべきなんだろうか?」
「紫様いわく。あの西行寺幽々子という女、生前の方が化け物であったらしい。今、その状態に戻りつつあると……そういう事では、ないかなっ」
弾幕をかわし続ける、藍の尻尾から。
ふっさりとした、九尾の塊から。
その時、何かが飛び出した。
「しゃあああああああッ!」
二又の尻尾を振り回す、回転体。
桜吹雪の中へと、突っ込んで行く。
そして、何かを直撃する。
火花に照らし出されたかの如く、姿を現したもの。
それは、黒く優美な人影だった。
西行寺幽々子のシルエット、にも見えるそれに、黒猫の少女が今、猛回転する体当たりを見舞っている。
人影を削り取るかのように、橙は回転していた。
回転しつつ光弾を放ち、弾幕の零距離射撃を敢行している。
目映く火花を散らせながら、人影は揺らぎ、硬直した。
橙の攻撃が、どれほどの痛手となっているのかは、わからない。
ただ。桜吹雪と混ざり合っていた弾幕は、完全に止まっている。
「……よし、いいぜ。離れろ橙!」
魔理沙の叫びに応じ、橙は人影を蹴りつけて跳躍し、その場を離脱した。
硬直していた人影が、離れてゆく橙に狙いを定めようとする。
その時には藍が、魔理沙を抱擁から解き放っていた。
九尾の大妖怪に、投擲されたかの如く。
魔理沙は箒にまたがり、直進飛翔をしていた。
優美な人影に向かって、まっすぐに。
「彗星っ、ブレイジングスター!」
光り輝く魔力が、魔理沙を包み込む。
魔法の箒もろとも彗星と化したまま、魔理沙は人影に激突した。
幽々子のシルエット、らしき姿は砕け散り、消え失せた。
一体は、消滅させた。
何体もの優美な人影が、しかしその時には出現し、魔理沙を半ば見下ろすように取り囲んでいた。
「こっ……こいつは……」
黒一色の西行寺幽々子、のようなものたち。
まさしく影だ、と魔理沙は思った。
西行妖に宿る悪しき何かが、この場に複数の影を落としている。
影を、いくつ破壊したところで。
その悪しき本体に痛撃を与える事は、出来ない。
影たちが一斉に弾幕を放つ……かと見えた、その瞬間。
光が、降り注いだ。
鋭利な光の雨が、人影たちに突き刺っていた。
無数の、ナイフ。
全てが、退魔の念を宿している。
それらが突き刺さった状態のまま、人影たちが硬直・痙攣し、ひび割れてゆく。
ひび割れながらも無理矢理、動こうとしている。
そこへ、金色に輝く火の玉が、ぶつかって行った。
燃え盛る火の玉、に見える獣毛の塊。
九つの尻尾を振り回す、猛回転である。
ひび割れた人影たちが、一体残らず砕け散って消滅した。
回転を止めた藍が、そのまま空中に佇み、見据える。
桜の巨木が枝を広げる様、に占められた、冥界の空を。
その中心部。
八分咲きの桜の枝たちを背景に、浮かんでいるもの。
半ば横たわるように浮かんだ、幽雅なる姿。
和装の寝間着に包まれた肢体は、ぼんやりと妖しく、色香を輝かせている。
発光しているかのような、白い美肌。
死者でありながら、得体の知れぬ生気に満ちている。
たおやかな首筋と、美しい鎖骨の凹みが、はだけた着物から露出していた。
深く柔らかな、胸の谷間の一部もだ。
「……西行寺、幽々子」
咲夜が、呟いた。
いつの間にか魔理沙の後ろで、箒の長柄に腰掛けている。
「お休み中のようね。私たちは……化け物の寝込みを襲う機会を得た、と言えるのかしら」
「それは、どうかな」
眠っている、ように見える西行寺幽々子の様子を、魔理沙は見つめ確認した。
寝顔か死に顔か判然としない、静かなる美貌。
桃色の髪を揺らめかせ、目を閉じ、長い睫毛を伏せている。
端麗な唇は、微笑んでいる、ようである。
愉しい夢でも、見ているのか。
魔理沙は、耳を澄ませた。
プリズムリバー楽団による、あの楽曲が聞こえてくる、ような気がするのは幻聴である。
幻聴ではないものも、聞こえてくる。
先程から、ずっと聞こえてはいたのだ。
絶叫、であった。
悲鳴であり、怒号であり、狂笑であった。
桜のみで構成された、冥界の風景。
そのあちこちが、よくよく見ると歪んでいる。
歪みが、無数の透明な人面を形作っている。
醜悪な人面たちが、悲鳴を上げ、怒号を吐き出し、狂笑しながら、漂っている。
西行妖に、向かってだ。
外の世界より流れ込む、それは幽霊の群れ、であった。
様々な絶叫を張り上げながら、西行妖に群がってゆく。
西行妖に取り憑き、花を咲かせている。
幻想郷で、季節に合わぬ花々を咲かせていたように。
今、魔理沙たちが行っていた弾幕戦の最中にも、この幽霊たちは、西行妖に吸収されていたのだ。
喰われている、とさえ言えるだろう。
外の世界で死んだ人々が、冥界で咲き誇る桜花の、養分となっているのだ。
「……どうする?」
魔理沙は、意見を求めた。
「このままじゃ、西行妖が……幽霊どもを肥やしにして、満開になるぜ。満開になったら、どうなるか」
「……みんな、死ぬ。あの時と同じね」
橙の言う、あの時。
西行妖が、世界樹の如く宇宙を睥睨して聳え立ち、咲き誇った、あの時。
橙も藍も、魔理沙も咲夜も、桜吹雪と蝶々に包まれ、穏やかに死んでゆくところであったのだ。
「今、西行妖が満開になれば……あれが、また起こると」
魔理沙は言った。
「阻止する手段、その壱。まずは養分の流入を絶つ。こいつら大量の幽霊を」
「……滅する、か?」
言いつつ藍が、いくつもの魔法陣を周囲に飛ばした。
計十二個の魔法陣が、一斉に光弾を吐く。
十二種の弾幕が、歪んだ人面の群れを粉砕していった。霊体の飛沫が、大量に散る。そして消える。
幽霊の群れは、一掃された。
そう見えた次の瞬間には、歪んだ人面が無数、漂い満ちていた。
西行妖に、流れ込んで行く。
「外の世界から……幽霊が、ほぼ無限に流れ込んで来る」
藍が、溜め息混じりに苦笑した。
「一方、私たちは無限に弾幕を撃てる、わけではない。いずれは力尽き、休息が必要となる。その休息の間にも、西行妖は幽霊を摂取し続け、満開に近付いてゆく」
「……どうなってるんだよ、外の世界!」
魔理沙の叫びに応じ、八卦炉が炎と光を噴いた。
爆炎の閃光が、歪んだ人面たちを灼き払い、消滅させる。
マスタースパークが終息し、消え失せた時には、しかし幽霊の群れは何事もなく周囲に満ち、桜の巨木に流れ込んでいた。
「際限なく、人死にが起こってるのか!? 外の世界じゃ今」
「殺し合いしか能が無い。それが、外の世界の人間ども……まあ、その最たる例が私なのだけど」
咲夜が、暗く笑う。
「ともかく。この尋常ではない人死にの、何割かは守矢神社の仕業ね。人を助ける、ふりをして殺す。そんな連中よ」
「その守矢神社って所に……弾幕使いは、いるのか? いるんだろうな、恐らく」
無数の幽霊が、西行妖に吸い込まれゆく様を、魔理沙は見据えた。
「何となく、わかるぜ……こいつら、弾幕使いに殺されたんだ。弾幕使いが何人かいて、ちょっと機嫌を悪くすれば……このくらいの人死には、出る。お前ら紅魔館が、そんな感じだったんじゃないのか咲夜」
「ふふっ、そうね。楽しかったわ」
「紅魔館に負けないくらいの、弾幕使い集団が……まだまだ、外の世界にいくらでもいる。そういう連中を集めて隔離して、外の世界を守るための幻想郷と。紫が、そんな話をしていたな」
一瞬だけ、魔理沙は目を閉じた。
「……手段その弐だ。西行妖そのものを、切り倒すなり燃やすなりして消滅させる。これは、まあ……出来るもんなら誰かが、例えば紫が、とうの昔にやってるよな。というわけで、その参」
開いた目を魔理沙は、眠れる西行寺幽々子に向けた。
「あいつを……滅ぼせば。西行妖も、死ぬかな?」
「可能性は極めて高い、と思われる」
藍が、応えた。
「西行妖の中枢たるものと……西行寺幽々子は、密接に、緊密に、繋がっているからな。繋がっていると言うより、今や中枢そのものであると言って良いだろう」
「幽々子が、西行妖の……か」
眠り続ける幽々子に、魔理沙は八卦炉を向けた。
マスタースパークが迸る、よりも早く。
桜と幽霊で満たされていた冥界の風景が、突然、消え失せた。
魔法の箒で飛行していた魔理沙であったが、いつの間にか地上にいた。
箒を片手に、立っている。
咲夜も、藍も橙も、姿が見えない。
独り、魔理沙は謎めいた場所にいた。
夜である。天空では、月が皓々と輝いている。
月明かりを受けて、ぼんやりと妖しく光を帯びた桜吹雪が、魔理沙の視界を静かに舞い流れていた。
夜桜である。
西行妖とは比べられない、にしても立派な桜の樹が、月の下にて満開だった。
そして。
月夜の桜吹雪の中、幽雅に佇む姿がひとつ。
白く豊麗なる肢体からは、艶やかな着物が、今にも滑り落ちてしまいそうである。
その身体をサラリと撫でる髪は、桃色ではなく黒。星空の如く輝ける、黒髪であった。
少し惚けた感じの美貌が、こちらを向く。
澄んだ瞳に、立ち竦む魔理沙の姿が映る。
吸い込まれた。
魔理沙は一瞬、本気で、そう思った。
「お前は……っ!」
「貴女……ぎらぎら、しているわね……」
綺麗な唇が、言葉を紡ぐ。
「どろどろしたものも、ある……うふふ。少しだけ、妖忌に似ているわ……素敵……」
「お前……そうか……」
まるで、桜の肥やしとなるかのように。
地面には老若男女、無数の屍が散乱していた。
「外の世界を守るために……最初に隔離された、弾幕使い。それが、お前か。西行寺幽々子」




