第20話 竹の花(後編)
この作品は「東方Project」の二次創作です。
原作 上海アリス幻樂団
改変、独自設定その他諸々 小湊拓也
新聞記者である。
情報を集めるのが、仕事である。
伝手は、あった。
真偽定かならぬ情報も、射命丸文のもとには集まって来る。
「教えて下さい、風見幽香さん」
絡み合う竹で出来た、巨大な卵から生まれた怪物に、文は問いかけてみた。
「貴女が元々、妖精だったというお話……本当ですか? いろんな所で、ちょくちょく耳にするんですけど」
「さあ、どうかしら。昔の事なんて覚えていないわ」
確かに妖精のようでもある翅を、風見幽香は広げていた。
清かな竹林を背景に浮揚し、空中に佇んでいる。
美しい素足で、見えざる足場を軽やかに踏んでいる。
「私の、過去やら正体やらを……貴女、新聞に書きたいの?」
キラキラと花粉を散布する、様々な花が、幽香の周囲には漂っている。
ちぎれかけた、あるいは作りかけの、花冠のようである。
そんなものを幾重にもまとわりつかせた裸身から、妖精の如く翅を広げ、幽香は嫣然と微笑んでいた。
「読みたがる人、いるのかしら」
「私が読みたいです」
言いつつ文は、チルノを抱き寄せた。
「常々、思っていました。妖精の皆さんは、異変が起こる度に大暴れをしますよね。その大暴れの果てにあるのが……風見幽香さん、貴女のような存在なんじゃないでしょうか」
「まあ好きなように考えて、好きな事を書けばいいわ。そうそう、一つ特ダネをあげましょうか。まあ見てわかると思うけれど。今、霊夢も言った事だけど」
未完成の花冠を周囲に漂わせながら、幽香の裸身は、まるで光を発しているかのようである。
肌の白さが、眩しい。
すっきりとした鎖骨の窪みが、豊麗なる胸の膨らみが、眩しく神々しい。
「私……戦いに、負けてしまったのよ」
綺麗にくびれた胴の曲線から、尻にかけて広がりは、白桃を思わせる瑞々しさである。
その瑞々しさが、すらりと引き締まった左右の太股へと続いてゆく。
文は、見とれていた。
「こんなふうに再生しなければいけないほど、それはもう完膚なきまでに……ぼろぼろの、大負けよ。書きなさい? 新聞に」
若草の如き緑色の髪を揺らして微笑む美貌。
女神の美貌だ、と文は思った。
女神の裸身が、目の前にある。
「そんなに大したニュースでも、ないかしら」
「私、読みたいです。書きたいです……」
女神の再誕生。
その光景を今、自分は目の当たりにしているのだ。
「四季映姫、ヤマザナドゥ……そのお名前を幽香さん、今おっしゃいましたね」
「知っているの?」
「是非曲直庁にね、取材でお伺いした事ありますから……そうですか。あの御方と、弾幕戦をなさったんですね」
「で負けた、と」
博麗霊夢が、言った。
「冥界でも確か、やり合っていたわね。あんたと四季映姫。あの時は互角だったと思うけど、今回は……やられちゃったのね、ものの見事に」
「言い訳は、しないわ。私が弱いから負けた。それだけよ」
「やり返さないと、気が済まない?」
「当然。私はね、負けた自分が許せないのよ」
「弾幕使い、だもんね。自分が負けるのは嫌、自分が弱いままなのは嫌……当たり前よね。私だって、そうだもの」
霊夢が、小さく息をつく。
「幽香は、強いぞ」
文に抱擁されたまま、チルノが言葉を発した。
「強くたって、負ける……弾幕戦って、そうじゃないのか」
「……利いた風な事を言うのね、妖精が」
「あたい、最強だから」
チルノは、幽香に怯まない。
「最強だけど、何回も負けた。それが弾幕戦だぞ、幽香」
「……なかなか散々な目に遭ってるもんね。あんたも、異変の度に」
霊夢が、微笑んだ。
「そうよね……負けた事なら、私だってある。受け入れなきゃ、駄目なのよね」
「……報復感情も持たずに、敗北を受け入れろと」
幽香の口調が、いくらか剣呑な響きを帯びたのであろうか。
「復讐に、囚われるな……と。氷精と博麗の巫女が、二人がかりで私にお説教をするのね」
「そんな御立派な事、出来るわけないでしょ私が」
言いつつ霊夢は、お祓い棒を振るい構えた。
紙垂を揺らす先端が、一体の小妖怪に向けられる。
迷いの竹林の地面に座り込み怯えている、人形に。
「ま……こいつを大人しくさせてくれたのは感謝するわね。今ちょっと殺処分するから、その間に服でも着てなさい」
「…………ひ…………っ…………」
弾幕と共に見え隠れしていた、黒く優美なる人影たちは今、風見幽香によって全て粉砕され、消滅した。
後ろ盾、と呼ぶべきものを失い、メディスン・メランコリーは怯えている。怯えるしか、なくなっている。
紙垂が、ふわりと舞い上がった。
霊夢が、お祓い棒を振りかざしたのだ。
このまま、メディスンを撲殺するのか。
弾幕を発生させ、撃ち砕くのか。
「ダメだぁーっ!」
チルノが、文の抱擁を振りほどき、飛び出していた。
己の身体で、メディスンを庇おうとしている。
そんなチルノに、因幡てゐが飛び付いた。
「馬鹿、死ぬ気かい! 妖精の不死身なんてね、博麗の巫女の本気には通用しないよ!?」
「放せーっ!」
じたばたと暴れるチルノを、てゐが抱き捕えて引きずり、霊夢からもメディスンからも遠ざけようとする。
その間、お祓い棒が容赦なく振り下ろされる……事は、なかった。
霊夢の一撃よりも、早く、速く、宙を切り裂いたものがあるからだ。
鞭だった。
蔓植物が、荊が、根が、絡み合って出来た鞭。
それが、霊夢を急襲したのだ。
「あんた……」
霊夢は跳躍した。
その足元で、植物の鞭が地面を打ち据える。土が飛散する。
「敗北を認め、受け入れて、先へ進む……それは、とても大切な事。わかっては、いるのよ」
植物の鞭は、幽香の右手から伸びていた。
美しい五指に保持されているが、掌から生えているようにも見える。
「残念ながら私、この宇宙で最も偉大・強大なる存在というわけではないから。戦って負ける事はある。思い通りにいかない事、いくらでもあるわ。氷精チルノ、そこは貴女の言う通りよ」
ほぐれた花冠のようなものを漂わせる裸身に、いつの間にか、黒いランジェリーが巻き付いていた。
「四季映姫ヤマザナドゥが今ここにいて、私が戦って勝ったとしても。敗北が……私の、あの無様な敗北が、帳消しになるわけではないものね」
いや、黒ではない。赤色か。
そうかと思えば青に、オレンジ色に、若草のような髪に合わせた緑色へと、幽香の下着は目まぐるしく変色し、白い裸身を彩り続ける。
「……それは、それとして。戦わなければ、いけない時というものはね。確かにあるのよ」
下着の色をどうするか、幽香は迷っているのだ。
「今の貴女が、まさにそう。わかっているのでしょうね? しっかりしなさい、生まれたての小妖怪」
突然、言葉を向けられて、メディスン・メランコリーは怯えながら呆然としている。
「…………わ……私……?」
「貴女は一体、何がしたいの。何のために、これから生きてゆくの?」
幽香が、問いかける。
呆然としていたメディスンの瞳に、禍々しい炎が灯った。
「…………私は……咲くのよ……」
小さな全身から、紫色の炎が立ち昇る。
炎の如く濃密に揺らめく、猛毒の霧であった。
「全ての、命を……うふふふ。お前のような妖怪の命さえも養分に変えて、私は咲くのよ。美しく、咲き誇るの。あらゆる命は、ただ私を咲かせるためだけに」
「お黙り。私はね、貴女に話しかけているわけではないのよ」
幽香が言った。
メディスンの背後に浮かび上がりかけていた、黒い優美な人影が、ちぎれて消えたように文には見えた。
「私の、お話相手は……貴女よ、ちっぽけで無様な生まれたての妖怪。貴女はね、生まれた時から敗北を喫している。それは、その敗北は、受け入れては駄目」
幽香は、まっすぐにメディスンを見据えている。
今にもレーザー光に変わり、小妖怪を穿ち砕いてしまいそうな眼差しである。
「さあ言ってごらんなさい。貴女は何がしたいの? 何のために、生きてゆくの」
「わ…………私…………」
メディスンの大きな瞳からは、禍々しい炎が消えている。
この少女は今、ただ怯えているのだ。
「私…………スーさんの、役に……立ちたい……立てなかった…………」
「そう、仕方ないわね。誰かの役に立つなんて、貴女には無理だったのよ」
幽香の言葉は、容赦がない。
「だからね、これからは自分自身のためだけに生きなさい」
「そんなの! …………生きてるって、言わない……」
弱々しい口調、ではあるがメディスンは反論をした。風見幽香を相手にだ。
「私、居たいの。要るものに、なりたいの。要らないっていうのは……居ない、っていう事だから」
「好きなだけ、居たらいいじゃない」
「スーさんは……私なんか、もう要らない……」
「私も別に貴女なんか要らないけど、別にいいじゃないの。惨めな小妖怪は、誰かの許可がないと存在も出来ないの?」
「……そうね。私……惨め……」
メディスンは言った。
「出来る事、何もない……誰かのために、何も出来ない……これってね、すごく惨めで不幸なのよ? 何もしない、出来ない、する事ない……それって、この世に居ないも同じ……」
「今の貴女は、確かにそうよね」
「……居たのよ! 昔は私、間違いなく……この世に、居た……誰かが、私を……要る、って……」
「要らなくなったのね」
幽香の口を塞ぐべきだろうか、と文は思った。
「捨てられたのね。愛されなくなったから。必要と、されなくなったから」
「…………私、要らない……だから、居ない……」
「居なさい」
幽香は、命じた。
「要らなくても、居なさい。誰かに必要とされる、されない、そんな事は貴女の存在に関係ないわ」
「そんなの……」
「誰かに愛されなければ、必要とされなければ、存在すら出来ない……生まれた瞬間から負けている、生まれたての負け妖怪。何て惨めで無様」
優雅に嘲笑いながら今、間違いなく、風見幽香は激怒していた。
白く眩しい裸身を飾るランジェリーは、その憤怒を表すかのように赤い。
紅蓮色のブラジャーとショーツ、ガーターストッキングは、幽香の燃え盛る妖力が具現したものである。
「あの、風見幽香さん」
文は、思わず声をかけていた。
「素敵な下着姿、堪能させていただいております。目の保養どころじゃありません、魂の保養です。黒も青も緑もオレンジ色も、その赤も、最高だと思います。ピンクなんかも、いいんじゃないかなって」
「命が惜しくないなら、撮ってもいいわよ」
「ははあ、ありがとうございます。ではその、一枚だけ」
文は、カメラを構えた。
「あのですね幽香さん。私、個人的に思うんですよ。貴女に一番似合う色……案外ね、白なんじゃないかって。ちょっとリボンとか付いた可愛いやつ。清楚にいってみましょう」
「……こうかしら?」
燃え盛る紅蓮の赤色が、清楚そのものの白色に変わった。
目映い純白のランジェリーが、幽香の肢体を清らかに彩っていた。
ファインダーの向こうに今いるのは、流血と破壊をもたらす女神であり、穢れなき乙女でもある存在。
そんな事を思いながら、文はシャッターを切った。
「……最高です幽香さん、命の保養です。寿命が五千年は伸びました妖怪として」
「その寿命。今、終わらせてあげましょうか?」
「まあまあ。このお写真、新聞には載せません。私物にします。私有財産です。私だけの宝物です。凹んだ時なんかに、見つめて眺めてほっこりしようと思います」
「気持ち悪いわね、貴女」
苦笑しつつ幽香は、軽く右手を振るった。
植物の鞭が、メディスンの小さな全身に巻き付いていた。
「馬鹿は放っておいて……さあ、生まれたての惨めな生き物。貴女の性根、叩き直してあげるわ」
「や……やめてよ……」
巻き取られ、引きずり寄せられながら、メディスンは泣き声を漏らす。
泣き声、だけではなかった。
「やめてよぉおおおぉぉ…………!」
紫色の炎が、またしても燃えている。
炎と見紛うほど激しく濃密に揺らめく、猛毒。
それが、幽香を包み込む。
「あら……」
猛毒の揺らめきの中。幽香の微笑みが、艶やかさを増す。
白い肌が、色艶を増す。
純白の下着が、清楚さを増してゆく。
「あらあら……なかなかの毒、持っているじゃないの。そう、それでいいのよ」
毒は全て、幽香に吸収されていた。
博麗の巫女が不覚を取りかけていた、猛毒。
それが今、四季のフラワーマスターの活力に変わってしまったのだ。
ほぐれた花冠のように漂う花々が、毒性のある香気を噴出させる。
全て、有毒の花に変わっていた。
「この悪質有害植物……!」
霊夢が、幽香を睨む。
「一体……どうやったら駆除出来るのよっ」
「ねえ霊夢? 貴女なら、わかってくれるわよね」
純白のブラジャーを形良く膨らませた胸が、メディスンの顔面に押し付けられる。
「弾幕使いは、常に独り……誰かに愛される、愛されない。必要とされる、されない。そんなものに関係なく、目の前にあるものを撃ち砕きながら、ただ独りで突き進むのが弾幕使いよ。それを前提とした上での、仲間であり友達。貴女にとっての、玄爺も魔理沙もね」
顔を赤らめ、圧死しかけているメディスンの頭上に一瞬、小さな姿が浮かび上がった。
錯覚、であろうか。
それは、妖精のように見えた。
アリス・マーガトロイドの遣うような人形、にも見えた。
妖精のような人形のような、その少女が、にこりと可愛らしく微笑んでいる。
文は、慄然とした。
これほど可憐な、それでいて身の毛がよだつ笑顔を、文は見た事がなかった。
メディスン・メランコリーという妖怪の持つ、本質。
それが今、幽香の抱擁によって押し出されたかの如く一瞬、露わになったのだ。
一瞬の事である。
妖精のような人形のような少女の姿は、もう見えない。
幻影か、とも思われるそれを、しかし幽香も今、視認していたようである。
「いいわ……いいじゃないの、生まれたての妖怪。貴女、本当に素敵なものを持っている。それをね、育てていきなさい」
有毒の花々を漂わせる半裸身が、二対四枚の翅を広げ、揺らめかせる。
「誰からも愛されない、不要な存在……それでいいわ。不要どころか、有害な存在になってしまいなさい。それでこそ、妖怪」
幽香を黙らせるべく、霊夢は呪符の束を投射した。
複数の陰陽玉を周囲に浮かべ、光弾を速射した。
光り輝く無数の呪符と、光弾の嵐。
その弾幕を、何本もの太いレーザー光が迎え撃ち、切り裂いてゆく。
呪符も光弾も全て、ズタズタに裂けて飛び散り、消滅した。
「我らの命は、幽香様のために……」
「我らの戦い、我らの弾幕……」
「……全ては、幽香様と共に」
向日葵を持った妖精たちが、幽香の周囲に布陣していた。
そして再び、レーザー光の豪雨を放ち降らせてくる。
文は、逃亡にも等しい回避に追い込まれていた。
霊夢を気遣うような、余裕はない。自力でかわしてくれる、と思うしかない。
幻想郷最速と言われる天狗娘の全身を、妖精たちの放つレーザーが激しくかすめる。
妖精の戦闘能力が、明らかに向上している。
かつては妖精であった、大妖怪の力によってだ。
「居たい? 要るものになりたい? 違うわメディスン・メランコリー。貴女は要らないもの、居てはならないもの。皆に嫌われ、恐れられ、存在を禁じられ、それでもなお存在し続けるもの。妖怪が居る、というのは、そういう事よ」
女神だ、と文は改めて思った。
風見幽香は、妖精から妖怪へ、そして神へと至りつつある。
破壊と殺戮の神へ。
「貴女の毒で、幻想郷を皆殺しにしてごらんなさい。奪った命を、誰かに捧げるのではなく、貴女自身の糧にするのよ」
周囲、竹林のあちこちで、竹の花が咲いてゆく。咲き乱れてゆく。
(妖精の本質は、自然……他者の命を、糧とする事……)
回避に忙殺されながら、文は思う。
(だから妖精は、いずれは……人を喰らう、妖怪へと進化する。そして……)
「人妖の、血と屍を養分として……花が、咲き乱れる。台無しになっていた異変、さあ二人で成し遂げましょうか」
(命を養分として、美しく咲き乱れる……花の、女神。それが妖精の……最終進化形……?)
竹の花は、やはり凶兆であったのだ、とも文は思った。




