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異説・東方花映塚  作者: 小湊拓也
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第2話 闇と光の大嵐

この作品は「東方Project」の二次創作です。


原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

「貴女がたは」

 無許可でシャッターを切りながら、射命丸文は話しかけた。

 ぐったりと動かない、被写体の少女二人にだ。

「生前、というものをお持ちではないのですよね。騒霊の方々、皆さんそうなのかどうかは存じ上げませんが」

 エントランスホールの、左右の壁際。

 左の壁際ではルナサ・プリズムリバーが、両膝を抱え。

 右の壁際ではメルラン・プリズムリバーが、両脚をはしたなく床に投げ出し。

 それぞれ、弱々しく座り込んでいる。

 両名、可能な限り、最大限、距離を開いていた。

 近付きたくない。顔も、見たくない。

 お互いが、そう思っているのだ。

 仲を取り持つでもなく、文は言った。

「例えば白玉楼の姫君。あの方はとんでもなく出鱈目な力をお持ちですが、その力の大半は生前の業によって培われたもの。あれほど化け物な御方でもね、生前というものから脱却する事は出来ないんです。生前あっての、幽霊であり亡霊であり怨霊、悪霊……さて、騒霊の方々はどうなんでしょう」

 仲を取り持つのは、自分の役目ではない。

 最大限に遠ざかった二人の間に本来いるべき一人の少女が、本日は不在である。

 いつまで不在であるのか、全く見通せない状況だった。

「生前が無い。自由、とは言えるかも知れませんね。ただ……拠り所が無い、とも言えます」

 洋館。

 霧の湖の畔に建つ、二軒の洋館のうち粗末な方。

 そのような言い方をされる建物である。

 粗末ななりに普段は掃除も整理整頓も行き届いたエントランスホールが、今日は荒れ果てていた。

 階段の手摺は折れ、床も壁も天井も穴だらけである。

 たった今ここで、壮絶な弾幕戦が繰り広げられたのだ。

 ヴァイオリンとトランペットの単なる合奏練習が、いつの間にか弾幕戦になっていた。

 それを文は、新聞記者として見届けたところである。

「拠り所が無いまま、ただフラフラ自由に過ごしているだけでは、ね……貴女たち、いずれ消えてしまうかも知れません。だからね、いいと思いますよ? たまにはこんなふうに弾幕で殺し合う。自分自身というものを、ちゃんと確認して確立させる手段としては効果的です。たまにやるなら、ね」

 ルナサもメルランも、何も応えない。

 座り込み、俯いたまま、文の話を聞いているのかどうかもわからない。

 ひとつ、文は咳払いをした。

「……記事、書かせていただきますよ。プリズムリバー楽団は活動休止、まとめ役のメンバーが失踪中という事で」

 破壊されたエントランスホールの有り様を、ちらりと見渡す。

「薄々ね、思っていたんですよ私。貴女たち二人、実は仲が悪いんじゃないかなって。まあ妹さんがいたから、何とかまとまっていられましたけど。いなくなっちゃった途端コレですものね」

 弾幕戦の跡を、無許可で撮影し続ける。

「いっそステージパフォーマンスにしちゃったらどうです? プリズムリバー姉妹の殺し合い、お金払って見に来るファンはいると思いますよ」

 ルナサもメルランも、何も言わない。

 構わず文は、口調を明るくした。

「リリカさんが家出しちゃった理由ね。私、心当たりありますよ? 彼女たまに愚痴こぼしに来てくれましたから。愚痴と言うか、弱音ですかね……リリカさん、貴女たちの事を尊敬していますよ。自分の出す音には、悲しみも喜びもない。お姉さん二人のような音を出せない。そう言ってましたね」

 プリズムリバー楽団には、これまで幾度も突撃取材を敢行した。

 まともな会話相手になってくれたのは、三女リリカ・プリズムリバーだけであった。

 長女ルナサも次女メルランも、不躾な天狗の新聞記者を、はっきりと嫌っていたものだ。

 リリカにしても決して心を開いてくれたわけではあるまい、と文は思う。

 壁にでも話しかけるつもりで彼女は、文に向かって劣等感を吐露したのだ。

 姉たちのように奏でたい、奏でられない、と。

「だからね、お二人とも。リリカさんは、お姉さんたちが嫌いになって家出したわけじゃないと思うんです。安心して下さいって言うのも変ですけど」

 楽の音が、聞こえた。

 ヴァイオリンの調べ、トランペットの音色。

 ルナサとメルランが、いつの間にか立ち上がっていた。

 ヴァイオリンに弓を当て、トランペットに息を吹き込んでいる。

 各々、勝手に楽器を鳴らしている。相手に合わせようという気が一切ない。

 調和のない、乱雑な楽曲の嵐が、廃洋館の中を荒れ狂った。

 嵐の中で、文は呆然と立ち尽くした。

 呟きが、漏れる。

「…………お山が……」

 暗黒を、文は聴いた。

 耳で感じる闇、とでも言うべきものが、ルナサのヴァイオリンから流れ出して渦を巻き、文の心を包み込んで侵蝕する。

「……妖怪の山が、変なんです。立て続けに異変が起こっているって言うのに、天狗の上層部は動こうともしない。事なかれ主義が、まさか、あそこまで蔓延していたなんて……椛が危ない目に遭っても、誰も助けようとしないで……」

 暗い気持ちが、津波のように押し寄せて来る。

「誰か一人を犠牲にして、他の大勢を守る……天狗の組織力って、そういうもの? 絶対違うと思うんです。妖怪の在り方って、そうじゃないです……四天王の方々がいらっしゃった頃は、そうじゃなかった。現に、この間の異変だって……伊吹御前が、先陣を切って月の勢力と戦い、一時は生死不明にまで陥って……なのに妖怪の山の関係者は、誰も幻想郷のために動かなかった。ああ、でも……動かなかったのは私も同じ……私なんて、死んだ方がいいのかも知れない……」

 暗い気持ちが、砕け散った。

 トランペットが明るく、極めつけに明るく、鳴り響いたのだ。

「だったらァー、今からでも動けばイイんですよぉおおおお!」

 文は吼えた。笑った。

「お山のため、組織のため、幻想郷のため、そう言って結局は保身しか考えていない大天狗ども! 本当にいるのかどうかもわからない天魔様を崇め奉るばっかりで結局、自分らじゃ何にもしないあの連中を、私がジャーナリズムと暴力で追い落とすんですよ! ペンは剣より強いけど弾幕はもっと強し! 妖怪の山の大革命です、このっ! 射命丸文がッ、お山の頂点に立ぁああああああつ!」

 まるで龍が炎を吐くが如く、メルランのトランペットから底抜けに明るい楽曲が迸り、暗いもの全てを粉砕する。

 暗いものは、しかしすぐさま際限なく、ルナサのヴァイオリンから流れ出しては、文の心を闇で塗り潰してしまう。

 そこへまた、底抜けの明るさがトランペットから放たれて押し寄せる。

 鬱の嵐と躁の嵐が、代わる代わる文を強襲した。

(……くっ……こ、これが…………)

 ルナサにもメルランにも、表情はない。

 両眼には、しかし憎悪の炎が燃え盛っている。

 憎しみの眼光を、互いにぶつけ合っている。

 そうしながらヴァイオリンを弾き、トランペットを吹く。

 暗いものと明るいものが、嵐となって吹き荒れる。

 文は、頭を押さえた。

(…………これが……プリズムリバー姉妹……鬱の長女、躁の次女……それらの制御と調和を司る三女……誰か一人を欠いても、厄災にしかならない……)

 リリカ・プリズムリバーという制御装置を失った、躁鬱の嵐。

 それが今の、プリズムリバー楽団であった。

 真っ二つに裂けてしまう。

 文は、そう感じた。

 自分が、明るい部分と暗い部分、その二つに分かたれてしまう。ヴァイオリンに引かれ、トランペットに引かれて、引き裂かれてしまう。

 騒霊の姉妹に背を向けて、文は床を蹴り、羽ばたき、扉に体当たりをして廃洋館を飛び出した。

「うっぐぅ……だっ、駄目……このままでは……」

 花々が、見えた。

 霧の湖の周辺が、彩り豊かである。春にしか咲かぬ花、夏にしか咲かぬ花、秋にしか咲かぬ花。

 様々な種の花々が、咲き乱れている。

「このままでは、幻想郷に……躁の嵐と、鬱の嵐が……」

 文は、そのまま湖へと墜落していった。



 花が、目障りだった。

「数多く咲けば良い、というものではないのよね」

 紅魔館の露台。

 日傘の備え付けられたテーブルで、レミリア・スカーレットは午後の茶を愉しんでいた。

 その愉しみを妨げかねないほど、霧の湖の湖畔は彩り豊かである。

 様々な種類の花が、目障りなほど咲き乱れている。

 色鮮やか過ぎる湖畔の有り様を、露台の上から見つめながら、レミリアは従者に問いかけた。

「ねえ咲夜、貴女はどう思うかしら?」

「……花は、不吉なるもの。禍々しきもの」

 傍らに控えた十六夜咲夜が、口調静かに答える。

「いつぞやの異変以来……私には、そのような認識が根付いてしまいましたわ」

「私が博麗神社でのほほんと過ごしていた時の事ね。貴女、冥界にいたのよね」

「冥界の桜は、とても不吉で禍々しく……それ故に、美しゅうございました」

 彩りのうるさい湖畔の花々を、咲夜は睨んでいる。

「今……幻想郷に咲き乱れている花どもは、とても醜い。吐き気がいたしますわ」

「醜い……ふむ、確かにそうね」

 レミリアは、顎に片手を当てた。

「……何故かしら。あれら花々の醜さ、おぞましさが、私は妙に懐かしい……」

 霧の湖の静かな水面で、水飛沫が散った。

 何者かが入水した、ように見えた。

 その何者かは、湖畔に建つ、もう一つの洋館から飛び出して来たようである。

 プリズムリバー姉妹の住まう、廃洋館。

 この紅魔館からは、いくらか離れている。

「……愚か者が、いるわね」

 レミリアは嘲笑った。

「今のプリズムリバー楽団と、接触を試みるなんて……その愚かしい蛮勇には、まあ拍手を送ってあげても良いかしら」

「プリズムリバー三姉妹が……やはり今、何かしらの異常事態に見舞われているのですね」

 言いつつ咲夜が目を閉じ、聴覚を高め、聴き入っている。

 廃洋館の方から微かに漂い流れて来る、悪しき楽の音に。

 ヴァイオリンと、トランペット。

 全く合っていない。調和の、欠片もない。

 調和を司る人員が、今のプリズムリバー楽団には欠けているのだ。

 調和と制御を失ったものが、廃洋館から流れ出している。

「まるで……音楽の形をした、呪い」

 咲夜が言った。

「あのようなものしか、奏でられなくなっているとは……普通の人間が、あれを聴いたら正気を失いますわ」

「悲嘆に打ちひしがれて自ら命を絶つか、あるいは喜び浮かれて高所から飛び降りるか」

 今、湖に飛び込んだ何者かは、呪いそのものの調べから必死に逃げ出したのだろう、とレミリアは思った。

 それが出来ただけでも大したものだ、とも。

「今のプリズムリバー楽団は、制御を失った災厄の塊でしかないわ。何しろ……リリカ・プリズムリバーが、いなくなってしまったのだから。恐らくは自分の意思で」

「そうなのですか?」

「あれを聴けば、わかるでしょう」

 人間が耳にしたら、間違いなく正気も命も投げ捨ててしまうであろう呪いの調べに、レミリアは耳を傾けた。

「あの三姉妹を、幾度か紅魔館に招いて演奏させて、わかった事が一つあるわ。長女が奏でるものは闇、次女の奏でるものは光。双方を取り持って調和させ、他者に聴かせるための音楽に仕上げているのが三女……彼女は、けれど強烈な個性を持つ姉二人に劣等感を抱いている。姉たちと比べ、自分には何もないと思っている。それが時折、調和の微かな乱れとなって演奏に表れて来るのが、実に趣深くて私は好き」

 今、プリズムリバー姉妹は調和を欠いている。

 人間を死なせる音楽しか、奏でられなくなっている。

 それはそれで悪くはない、と思いながらもレミリアは命じた。

「……咲夜、リリカ・プリズムリバーを捜し出して連れ戻しなさい」



 温かく柔らかなものを、射命丸文は唇に感じた。

 息が、吹き込まれて来る。

 ぼんやりと、意識が戻って来る。

 それと同時に、咳き込んだ。

「げぇっ、げぼっ!」

 少なくない量の水を、文は吐き出していた。

 声を、かけられた。

「良かった、生きていたのね」

「はーっ、はぁー……えぇと、わたし……」

 見回してみる。

 霧の湖、湖岸だった。大きな岩の上に、文の身体は横たえられている。

 和装の似合う、若い娘が傍らにいた。

 岩に腰掛け、裾から現れた優美な尾鰭で、湖面をちゃぷちゃぷと撫でている。

 人魚だった。

「大丈夫そう?」

「……溺れていたんですね、私」

 文は、己の唇に軽く指を触れた。

 溺れ、青ざめていた顔が、微かに赤らんでゆく。

「…………人工呼吸、してもらいました? 私ひょっとして」

「うふふ。王子様のキスじゃなくて、ごめんなさいね?」

「いえ、素敵なお姫様のキスでした。ありがとうございます、わかさぎ姫さん」

 文はずぶ濡れの身体を起こし、岩の上で正座をして姿勢を正した。

「……助けて、いただいたんですね。本当に、ありがとう……天狗も、水の中じゃ全然ですね」

「そのカメラは大丈夫?」

「河童が作ったものですからね、防水は完璧です」

 言いつつ文は、わかさぎ姫を一枚撮った。

「……それにしても、不覚を取りましたよ」

「プリズムリバー楽団を、取材していたのね」

 廃洋館が建っているのは、ほぼ対岸である。

 躁鬱の嵐と言うべき調べも、ここまでは聞こえて来ない。

「……おかしく、なっちゃったわね。あの子たち」

「その原因をね、記事にしようと思ったんですが」

 原因は、しかし調べるまでもなく明らかであった。

「……これはもう、家出しちゃったリリカさんを連れ戻して仲直りさせて、それを大々的な記事にさせてもらうしかないですねえ。プリズムリバー、再結成と再始動です」

「リリカさんなら……私にも時々、悩み事を話してくれたわ」

 わかさぎ姫は言った。

「お姉さんたちのように演奏出来ない。それを、やっぱり随分と気にしていたわね。私、力になってあげられなかった……」

「まあ他人がどうこう出来る問題じゃないでしょう。リリカさんの行き先に、何かお心当たりはありませんか?」

 文の問いに少しの間、わかさぎ姫は沈思した。

「プリズムリバー楽団が、よく公演に使っている太陽の畑……あそこの地主さんが、三姉妹の相談役みたいな事もしているらしいわ。三人とも、その人とはよく話をするみたい。家出をして、頼るとしたら」

「……あの人ですか。よりにもよって、あの人ですか」

 文は、頭を抱えたくなった。

「確かに……楽団の、最大の後援者ですからね。何だかんだで面倒見もいい。メンバーの一人が家出したとなれば、放ってはおかないでしょうけど。うーん……あの人ですかぁ」

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