第19話 竹の花(中編)
この作品は「東方Project」の二次創作です。
原作 上海アリス幻樂団
改変、独自設定その他諸々 小湊拓也
迷いの竹林は、花盛りであった。
凶兆、であるとされる竹の花が、咲き乱れている。
大量の幽霊が、外の世界から流れ込んで来て花を咲かせる。
その異変は、ひとまず終息した、はずであった。
(私は……何にもしてないけど、ね……)
博麗霊夢としては、そう思わぬ事もない。
ともかく。この時期には咲かぬ桜も紫陽花も、散って消えた。
竹の花だけが、相変わらず咲き誇っている。
彩りに乏しい、開花の瞬間から枯れているようにも見えてしまう、竹の花々。
確かに凶兆とも感じられる風景を、霊夢は見渡した。
先程までは、冬の風景だった。
超局所的な雪景色が、ここにあったのだ。
それは消えた。
冬が、終わった。
春告精としては、言う事は一つしかないはずであった。
「…………春……ですよ……」
一時的な冬に、浄化されたかの如く。
リリーホワイトは今、この世の何よりも白色であった。
純白の衣装を、もはや他の何色に染める事もなく。
春が来る度、嬉しくて弾幕を撒いてしまう少女が、それをする事もなく。
ただ、迷いの竹林の空を見上げている。
消えてしまった冬を、探し求めるかのようにだ。
「すぐに、また会えるわよ。今は秋だもの」
霊夢は、声をかけた。
リリーホワイトが、振り向いてくる。
一度だけ、しゃくりあげて涙を拭う。
「去年の冬から、季節が何か……めちゃめちゃです。次の冬……ちゃんと、来てくれるんでしょうか……」
「私たちが、どうにかするわ……」
どうにか出来るとは思えぬほど弱々しい声を発しているのは、担架に載せられた秋穣子である。
「季節の調整を……これでもね、司っているのよ。神として……」
「あんまり、無理しないようにね」
霊夢は言った。
自分は巫女、相手は神。
敬意を失うまい、と思った。
「……助かったわ。本当に、ありがとう。秋神様」
「おかしいのよね……春の神、夏の神、冬の神……みんな、いるはずなのだけど」
同じく担架に載せられながら、秋静葉が苦笑する。
「私たちばかりが……働かされている、ような気がしてしまう。そんな事はないのでしょうけど」
姉妹、共に疲弊していた。
妖精の起こした氷雪の嵐に『季節』という性格を与え、一時的な冬をもたらす。
季節神の権能を使い、力尽きたのだ。
そして今。イナバたちによって、担架で運ばれて行く。
「秋神様……」
「……何も言わないで、春告精」
担架の上で、静葉が微笑む。
「私も穣子も、貴女を助けたわけではないから……」
「ちょっとくらい……ね。神様として、大きな顔をしてみたかっただけ……」
そう言って、穣子は意識を失った。
秋神の姉妹が、そのまま永遠亭の方へと運ばれて行く。
「さて……と。お前さん方は、どうかね。戻れるようなら、自力で永遠亭に戻って欲しいんだけど」
言いつつ因幡てゐが、射命丸文の左腕に注射を打っている。
「もう、ひと頑張り出来るなら……この場で、戦って欲しくもある」
「そのための解毒薬でしょう? ふふ、お任せあれ」
解毒の注射を打たれた文が、立ち上がりながら翼を広げる。
羽ばたき、舞い上がり、空中に佇む妖怪と対峙した。
「不覚を取った事は、認めましょう……もう負けませんよ、生まれたての妖怪さん」
「ふん……やっぱり使えないわねえ、妖精って連中」
紫色の炎、のようなものを小さな全身にまとったまま、メディスン・メランコリーは笑う。
嘲笑。優越の笑み。
炎に見えるものは、濃密な毒気の揺らめきだ。
「私が、咲くために必要なもの……やっぱりね、私自身で集めないと。手に入れないと」
揺らめき広がる、猛毒の霧。
その中に、やはり時折、見える。
黒い、禍々しくも優雅なる人影が。
「どろどろした生命、ぎらぎらした魂……みんな、みんな、私にちょうだい? ねえ……」
「……咲けません。貴女は、そんな事をしても」
涙を拭い、リリーホワイトは言った。
「もう、やめましょう」
「お黙り、役立たずの妖精」
「それは認めます。春に咲けない桜を、私は咲かせてあげたかった……けれど、出来なかった。おっしゃる通り、私は役立たずの春告精」
リリーホワイトは今、メディスンと会話をしているようでいて、そうではない。
「……私が咲かせてあげたかったのは、貴女じゃありません。貴女は、いない人なんです」
「世迷言を! 私は、ここにいる! 今度こそ美しく咲き誇る! 邪魔をするなぁあああああ!」
紫色の炎が、激しく燃え上がった。そう見えた。
まるで燃え上がるように、竹林の上空全域を紫色に塗り潰す、猛毒の霞。
それが、地上に押し寄せて来る……寸前で、ズタズタに裂けた。
縦横無尽に吹き荒れる疾風が、毒の霞を切り裂いていた。切り刻んでいた。
紫色に変色した空そのものが、断ち切られているかのようである。
「幻想風靡……!」
疾風は、射命丸文であった。
夢想封印を回避されてしまうのではないか、と思えるほどの超高速飛翔。
紫色の毒気が、ズタズタに飛散し、蹴散らされ、消えてゆく。
メディスンが放ったのは、しかし毒だけではなかった。
燃え上がるような毒霞に紛れるようにして、無数の光弾がばら撒かれている。
その弾幕を、文は速度を緩める事なく、かわしていった。
「やるわね……」
思わず霊夢は、呟いた。
幻想郷最速。それは、認めなければならないか。
「つい最近。幻想郷で、ね……とてつもなく大きな桜が、咲いたんです」
疾風の如く空中を駆けながら、文は言った。
「あれが、貴女なのでしょうか……と思っていましたが。春告精さんのお話によると? 違う、ようですね」
とてつもなく巨大な桜なら、霊夢も見た。
月の、防衛宙域。
戦いが終わった、と思われた瞬間。
それは、宇宙を睥睨するが如く出現し、咲き乱れたのだ。
花吹雪、及び蝶々の群れを伴ってだ。
あの時と同じものが今、見えた。
何羽もの蝶が、ひらひらと出現し、文の全身に群がって行く。
いや。出現と同時に、すでに貼り付いている。
幻想郷最速の躍動力を秘めた肢体のあちこちに、色とりどりの蝶々が止まっているのだ。
超高速を発揮する前に、文はこのまま生命を吸い取られてしまうのか。
と、見えたその瞬間には、蝶たちは凍り付き、砕け散っていた。
美しい翅の破片を内包した氷の粒子が、文の周囲でキラキラと散る。
霊夢が何かをする、暇もなかった。
「お前……もう、やめろよ」
言葉を発したのは、チルノである。
「リリーはリリーで、メディスンはメディスンで、お前じゃないんだぞ」
「そうよ、私は私……」
メディスンが言った。
メディスンの声、ではあるが、メディスンの言葉ではない。
霊夢は、そう感じた。
「私らしく、綺麗に咲くの。私の……私だけの、お花……あなたたちの命を、屍を、養分にして、咲き誇るのよ……」
紫色の炎が、燃え上がった。そう見えた。
メディスンの小さな身体から、燃え盛るような毒気が溢れ出し、揺らめいているのだ。
その揺らめきの中に、いくつもの人影がある。
黒い、禍々しくも幽玄なる影。
複数のそれらが全て、蝶の群れをまとっている。
皆、死ぬ。殺される。生命を、奪われる。
本気で霊夢は、そう思った。
霧雨魔理沙も、アリス・マーガトロイドも。
レミリア・スカーレット、十六夜咲夜も。
藤原妹紅と、蓬萊山輝夜も。
八雲紫と式神たちも。
月の防衛宙域において皆、この蝶々の大群に殺されかけたのだ。
全宇宙に死をもたらす蝶の群れが、今また押し寄せて来る。
「やめろぉおおおおおおおおおっ!」
チルノの叫びに合わせ、氷雪の嵐が吹いた。
幻想郷の季節そのものが、またしても氷精の身体を通じ、力を放出している。
猛吹雪が、蝶々の大群とぶつかり合う。
凍り付いた蝶たちが、キラキラと砕け散ってゆく。
粉砕されたものたちを、遥かに上回る数の蝶々が、すでにチルノの小さな身体を包み込んでいた。
「チルノ……」
「チルノさん!」
リリーホワイトが、文が、声を発しながらも、蝶の群れに覆い尽くされてゆく。
霊夢は、お祓い棒を握り込んだ。
長柄に、霊力を流し込んでゆく。
そうしながら、跳躍する。
蝶々が、キラキラと群がって来る。
跳躍を飛行に変えながら、霊夢は空中で踏み込み、お祓い棒を振るった。
流し込んだ霊力が、長柄から、紙垂の一本一本へと行き渡る。
霊力を宿す紙垂が、斬撃の如く一閃した。
蝶たちが、その一閃に薙ぎ払われて砕け散る。
全身で、霊夢はお祓い棒を振り回した。
細い肢体が、紅白の巫女装束もろとも柔らかく捻転する。
艶の豊かな黒髪が、ふわりと弧を描く。
それと共に純白の紙垂が高速で舞い、死の蝶々を片っ端から粉砕した。
煌めく破片を蹴散らしながら、お祓い棒がチルノを、文を、リリーホワイトを、撫でてゆく。
三人を包み込んでいた蝶の群れが、紙垂に打ち払われて砕け散り、掃き清められたかのように消滅する。
「三人とも、生きてる!?」
「あ、ありがとうございます。霊夢さん」
いくらか生命を吸われたのか、文の口調は少し弱い。
比べると、チルノは元気だ。
「霊夢、メディスンは……」
「殺す」
霊夢は、断言した。
「このままだと、みんな死ぬ。幻想郷が滅ぶ。妖精の不死身なんて、あいつには通用しないわ」
あの時。月の防衛宙域において。
幻想郷の名だたる弾幕使いたちを、皆殺しにしかけたもの。
全宇宙ありとあらゆる生命を、死滅させるところであったもの。
それが今メディスン・メランコリーを通じて、幻想郷に力を及ぼしている。滅びを、もたらさんとしている。
通路を、完全に断ち切らなければならない。
「待って……」
リリーホワイトが、懇願を始めた。
「待って下さい、霊夢さん……」
「問答無用。私の事、軽蔑して恨んでくれていいから」
「そ、そんな事しないけど……」
何か言おうとするチルノを、リリーホワイト共々、てゐが掴んで引きずり戻す。
「博麗の巫女。手を汚してくれる、あんたを……私は尊敬するよ、要らんだろうけど」
「紫が、やろうとしてた事だけどね」
メディスン・メランコリーを危険物として殺処分、しようとしていた八雲紫が、結局のところ正しかったのだ。
それを、霊夢が止めてしまった。
「意味なかったわね、まったく……」
押し寄せる蝶々の群れを、黒く幽玄なる人影たちを。
それらを今、幻想郷に出現させている人形妖怪を。
霊夢は見据え、唇を噛んだ。
「偉そうな口きいて、ごめん紫……幻想郷を守るって、こういう事なのよね」
お祓い棒を構え直した、その時。
「!…………霊夢さん、危ない!」
文が飛翔し、ぶつかって来た。
霊夢は抱きすくめられ、さらわれていた。
「ちょっと、何……」
などと言いかけている間。
無数の光弾が、文を、霊夢を、かすめて走る。
その弾幕が、蝶々の群れを打ち砕いていた。
破片が、鱗粉を散らせながら舞い消えてゆく。
横合いから、何者かが弾幕を放ったのだ。
その何者かは、しかし霊夢に加勢をしてくれた、わけではないようだった。
現に今、文が飛び込んでくれなかったら、霊夢も撃ち砕かれていたところだ。
「誰…………」
霊夢は、息を呑んだ。
弾幕は、無数に咲き乱れる竹の花々から、放出されていた。
彩りに乏しい竹の花たちが、その恨みの如く色とりどりの光弾を大量に放ち、蝶の大群を粉砕し、メディスンの毒霧をズタズタに蹴散らしている。
「ひっ……な、何者……」
怯えるメディスンの周囲で、黒く幽玄なる人影たちが片っ端から弾幕に穿たれ、穴だらけになりながら砕けてちぎれ、消滅した。
「霊夢さん、これは……」
何が起こっているのかを文は、おぼろげに理解しつつあるようだった。
無数の竹が今、弾幕を放つ妖怪と化している。
弾幕の砲台である花々を咲かせたまま、ぐにゃりと歪み曲がり、絡み合ってゆく。まるで蛇のように。
「そう……いう、事……」
霊夢も、理解した。
外の世界から流れ込んで来た幽霊が、幻想郷で植物に取り憑き、でたらめに花を咲かせる異変。
それが終息した、ように見える今もなお、竹の花だけが咲き続けている。
そのような事態の原因となり得るもの、の存在を今、霊夢は思い出していた。
「あんた……ねえ、もしかして誰かに負けた? そんな事が出来る奴そうそういるとは思えないけど」
思い出しながら、会話を試みる。
「あんたほどの化け物が、跡形もなく潰されて、まるで肥料みたく幻想郷の土に混ざり込んで……結果、弾幕の出る竹の花なんてものが咲いちゃったと」
花を咲かせた無数の竹が、球状に絡み合い、固まっている。
その塊に、亀裂が走る。
霊夢は、溜め息をついた。
「砕けて潰れて原形が無くなっても……その辺から、また生えてくる。あんたって、一体どうやったら殺せるのかしらねえ」
巨大な竹の球状塊が、裂け砕けてゆく。
それは、孵化の光景にも似ていた。
とてつもなく危険な生命体が、竹の卵から生まれつつある。
声を、発しながらだ。
「…………やって……くれたわね……四季映姫……ヤマザナドゥ……」
卵殻のような竹の破片を蹴散らし、翅が広がった。




