第18話 竹の花(前編)
この作品は「東方Project」の二次創作です。
原作 上海アリス幻樂団
改変、独自設定その他諸々 小湊拓也
竹の花は凶兆である、と言われている。
射命丸文に言わせれば、それは迷信である。
竹という植物は、開花の周期が異常に長い。
人間の中には、竹の花など一度も見ずに天寿を全うする者も大勢いる。
滅多に咲かない。だから、咲いた時には何かが起こる。
そのような話が、生まれてしまったのだろう。
竹の花など、恐れる事はない。
だが。
迷いの竹林を低空飛翔しながら文は、不安に囚われていた。
「おかしい……幽霊は、もう憑いていないはず」
稲穂に似ていなくもない竹の花が、咲き乱れているのだ。
外の世界で、人間が大量に死んだ。
大量の幽霊が、幻想郷に流れ込んで来て植物に取り憑いた。
そして、花を咲かせた。
季節に合わぬ花々が、大いに咲いた。
その後、幽霊たちは除去された。
是非曲直庁が動いたのだろう、と文は見ている。
庁関係者へのインタビューをし損ねたのは、新聞記者としては不覚であった。
ともかく。花の咲く異変は、それをもって終結した、はずであった。
竹の花は、しかしまだ咲いている。
まだ、と言うより。今なお新しく、咲き続けている。
文の周囲。竹林の風景のあちこちで今、メキメキと音を立てて、竹が開花し続けている。
「幽霊が憑く、なんていうのより……もっと危険な何かが、竹のお花を咲かせてる、あっちょっと待って下さいチルノさん!」
驚くべき事であった。
天狗である自分が、飛行速度で妖精に遅れを取っている。
「危険ですってば!」
無理矢理に文は追いすがり、後ろからチルノを抱き締めた。
「外の世界の幽霊なんかより、ずっと剣呑で意味不明な何かが起こってます! 永遠亭で、大人しくしていましょう。ね?」
「メディスンが!」
チルノの小さな身体が、じたばたと暴れる。
「あいつに、呼ばれてる! あいつに呼ばれて、メディスンがどっか行っちゃう! 止めなきゃダメだっ!」
「あいつ、とは?」
「だから、あいつだよ!」
「……なるほど、あいつですか」
チルノが説明出来ずにいる間。
それは、文の視界に入って来た。
白黒の妖精。
一言で表現すれば、そうなる。
ゆったりとした衣服が、目まぐるしく変色を繰り返しているのだ。
白から黒へ、黒から白へ。
明滅する、リリーホワイトであった。
「逃げて……下さい……っ! 早く! 逃げてぇえええッ!」
叫びながら、弾幕を撒いている。
煌びやかな光弾の嵐が、白黒の明滅に合わせて放たれ荒れ狂い、襲いかかる。
因幡てゐに。
メディスン・メランコリーに。
そして、博麗霊夢に。
メディスンが、前に出ようとしている。
戦うため……と言うより。弾幕に当たって自殺しようとしている、ように文には見えた。
そんなメディスンを、てゐが押さえつけるように止める。
両名を、霊夢が守っていた。
しなやかな全身でお祓い棒を振るい、リリーホワイトの弾幕をことごとく打ち砕く。
黒髪の舞いに合わせて、純白の紙垂が斬撃の如く弧を描き、光弾の破片をキラキラと蹴散らし続けた。
躍動する霊夢の左右に陰陽玉が浮かび、返礼の光弾を速射する。
その弾幕が、リリーホワイトを直撃する寸前で消え失せた。
吸収された、かのように。
文は、目を凝らした。
蝶々が一瞬、見えた。
幻影の如き蝶の群れが、リリーホワイトを取り巻いてヒラヒラと舞い、陰陽玉の光弾を捕食・吸収している。
蝶々を操る何者かが、リリーホワイトを守っている。
そうでなければ、と文は思う。
霊夢の弾幕を無効化など、春ではない時期の春告精に出来る事ではない。
そして。
蝶々を操る何者かが、チルノには見えている。
「お前やめろぉーっ!」
文に抱き捕えられたまま、叫んでいる。
「メディスンだけじゃなくて、リリーにまで! おかしな事するなぁああああああッ!」
「……あんた、うるさいわよ」
チルノの叫びに反応を示したのは、メディスンである。
「私の頭越しに……勝手にねえ、スーさんに話しかけてるんじゃあないっ!」
てゐに取り押さえられたまま、メディスンは空中に向かって力を解放していた。
いくつもの花が、空中に咲いていた。
光で出来た大輪。
全て、光弾だった。
咲き乱れながら散った花々が、そのまま弾幕となって文を襲う。チルノを襲う。
チルノを抱いたまま、文は回避行動に入った。
広範囲に咲き乱れる弾幕の花、ではあるが、かわせる。幻想郷最速を謳われる身であれば。
文は、羽ばたいた。
背中から広がる黒い翼が、羽ばたきながら、しかし麻痺した。
文の身体が突然、動かなくなったのだ。
毒気が、全身に染み込んで来る。
「くっ……こ、これは……?」
突然、ではない。
薄い、紫色の毒香。
文を包むように、先程から漂っていたのだ。まるで霧のように。
(甘く見た! この、メディスン・メランコリーという……生まれたての、妖怪を……っ)
派手に、弾幕の花を咲かせる。
それと同時にメディスンは、相手の動きを封ずる毒の霧を、密やかに散布していたのだ。
紫色の毒霧に包まれ、絡まれ、文は動けなかった。
そこへ、弾幕が押し寄せて来る。
全方向からだ。
毒に侵された両腕で、翼で、全身で、チルノを庇う。
他に出来る事が、文には無かった。
守るため、と言うより。すがり付くように、文はチルノを抱き締めた。
「大丈夫」
抱擁の中で、チルノが囁く。
「大丈夫だぞ、射命丸……あたいが、守る」
「チルノさん……」
力が、溢れた。
文には、それがわかった。
抱擁の中にある、氷の妖精の小さな身体。
その奥底から、煌めく力が溢れ出し、チルノと文をもろともに包み込む。
ほんの一瞬の、事であった。
その一瞬で、メディスンの弾幕は砕け散っていた。
全方向から押し寄せて来た光弾の嵐が、煌めく力に跳ね返され、砕け、消滅する。
「……すごい……凄いです、チルノさん……」
呆然と、文は呟いた。
「これが……貴女の、力……」
「違うぞ、射命丸」
チルノは言った。
「あたいの力じゃあない……幻想郷が、あたいに力を貸してくれてる。そんな気がする」
それは文にも、何となく感じられる。
声がした。
「季節解放……」
永遠亭で養生中であった患者が二人、そこにいた。
暖色をまとう、二人の少女。
「幻想郷の季節、そのものが……妖精を通じて、力を発現させている」
「大したものね。曲がりなりにも季節神である、私なんかが力を振るったところで……弾幕を消すなんて事、出来やしないわ」
秋の、姉妹神であった。
「妖精って連中……ちょっと力、持ちすぎだと思わない? お姉様」
「仕方がないわ穣子。妖精というのは、言ってみれば……幻想郷そのもの、のような存在だから」
姉・静葉が、妹・穣子の言葉に、そう応える。
「さておき。季節の変調は、私たちにとっても他人事ではないわ」
「今年の春から、どうも季節が変なのよね。その元凶が……幻想郷に、ちょっかい出してきたってわけ」
穣子が、メディスンを、リリーホワイトを、見回し睨みつける。
「西行妖! 冥界で、大人しくしていなさいっ!」
「西行妖……」
先の異変を、文は思い返した。
巨大な桜が、幻想郷に出現したのだ。
幻想郷、どの場所からでも視認する事が出来た、花霞をまとう大樹。
どこからでも見えるが、どこに生えていたのかは、わからない桜。
空に投影された、巨大な幻像であったのかも知れない。
そんなものが幻想郷で確認されていた頃。
博麗霊夢や霧雨魔理沙は、月の近くで様々な敵と戦っていたという。
月人。地獄界や魔界の勢力。
そして、西行寺幽々子。
今はもう、幻想郷を睥睨する桜の巨木など、どこからも見えはしない。
だが、見えるものはある。
メディスンの背後、リリーホワイトの背後。
黒い、優美にして幽玄にして不吉な人影が、文には一瞬、確かに見えた。
「邪魔、しないで……」
メディスンが呻く。
その小さな身体から、紫色の炎が噴出した。
炎の如く濃密に揺らめく、猛毒の霧であった。
空中あちこちで、弾幕の大輪が咲く。
「スーさんの、邪魔……してんじゃないわよッ……!」
「…………そう……そうよ。私は……咲くの……」
リリーホワイトの明滅が、止まった。
ふわりとした衣服が、黒一色で固定されてしまった。
「私が咲けば、みんな死ぬ……死んで、私の栄養になってくれるの……私、もっともっと……綺麗に、咲ける……」
「殺すわよ」
霊夢が、宣告した。
「妖精を、殺す。一回休みじゃ済ませない……そのくらいじゃないと、これは止められない」
「待ちなさい、博麗の巫女」
「待てないわよ。西行妖ってのが、どういうものか。今ここにいるメンツの中で多分、一番よく知ってるのが私……あれはね、何としても止めなきゃいけないの」
静葉の静止を払いのけるように、霊夢はお祓い棒を振るった。
「私も……紫の事、あれこれ言えないわね。幻想郷を守ろうとするなら結局、危険物は殺して排除って話になっちゃう。それが一番、手っ取り早いから」
「わかるけど、待ちなさい」
静葉が、重ねて言う。
霊夢は聞かない。
「妖精の命を止めたら、幻想郷の自然とか季節とかがおかしくなるかも知れないけど……そこは何とかしてよね、秋神様」
「何とかするために来たのよ。氷精チルノ、ちょっと力を貸しなさい。博麗の巫女は、ちょっとの間でいいから私たちを守ってちょうだい」
穣子が言い終えぬうちに、弾幕の花が激しく散華した。
メディスンの弾幕。
花吹雪の如く、襲いかかって来る。
「止める? スーさんを!? 何で、そんな事! 許されるって思っちゃうかなぁああああああああ!」
紫色の炎の如き、猛毒の霧。
それが一気に、燃え広がった。
燃え広がり、空中を焼き尽くすかのように、放散されていた。
猛毒をまとう光弾の嵐を、霊夢が単身、迎え撃つ。
「夢想封印……!」
虹の塊が複数、発生した。そう見えた。
彩り豊かな、多色の大型光弾たち。
それらが高速旋回し、毒霧の嵐を切り裂いてゆく。弾幕の花吹雪を、粉砕してゆく。
毒の飛沫と光の破片を蹴散らし、メディスンを強襲する。
蝶の群れが、またしても出現した。
メディスンを取り巻いて飛翔し、夢想封印を迎え撃つ。
虹色の大型光弾を、吸収しながら砕け散る。
蝶々の破片にまみれながら、メディスンは空中でよろめき、愛らしく歯を食いしばる。
その間。穣子が、チルノに命じていた。
「さあ氷精、ひたすらに氷と雪を作って吹かせなさい。何も考えなくていいわ、とにかく寒くするのよ。この辺りを徹底的に」
「そ、それでいいのか? メディスンとリリーを、助けられるのか」
「貴女の生み出す寒さに、私たちが『季節』という性格を与える。季節解放が発生している今なら、一時的になら、出来るわ」
静葉が言った。
「一時的に……この辺りが、冬になる。説明はここまで、さあ」
「わ、わかった! 射命丸、ちょっと寒いけど我慢してくれ!」
次の瞬間。
ちょっと、どころではない寒気の嵐が、文を襲った。
氷雪の粒子が大量に生じ、超高速で渦を巻き、空気を急冷しながら吹き荒れる。
「やめて……」
黒衣のリリーホワイトが、悲鳴に近いものを発しながら光を撒いた。
弾幕だった。
「冬は嫌……だって最初から、みんな死んでるもの……命はね、私が奪うの。どろどろした命、ぎらぎら輝く命、みんな……私を、綺麗に咲かせてくれる」
大量に撒かれた光弾が全て、しかし次の瞬間にはことごとく砕け散り、蹴散らされていた。
夢想封印。
虹色の大型光弾が、リリーホワイトの弾幕を、蝶の群れを、粉砕する。
霊夢の声に合わせてだ。
「さあ、少しの間だけ守ってあげたわよ! どうにかなるんでしょうねっ、これで!」
その声も、吹雪の轟音に掻き消されてゆく。
氷が、雪が、暴風が、荒れ狂っていた。
自分が人間であったら、とうの昔に凍え死んでいる、と文は思った。
竹林の風景を白く塗り潰す暴風雪の中に、人影が見えた。
蝶々を操る、黒い人影……とは違う。
もっと頼りない、凍死寸前の人間が見る幻影のような姿。
冬、そのものの姿。
文は、そう感じた。
「…………私だって、冬は嫌だよ。リリー」
幻聴も聞こえる。
自分は寒さで、死にかけているのか。
「だって、君に会えないもの」
死に際の幻にしか見えない人影が、言葉を発している。
その言葉が、リリーホワイトにも聞こえているようだ。
「誰? ……まあ、誰でもいいわ。私が綺麗に咲くための、栄養になりなさい」
「……かわいそうに。自分は存在している、と思い込んでしまっているのだな」
皮肉ではない。
本当の憐憫が、籠もった声である。
「いない者は、喋らないで欲しい……いや、自分の口で喋るのは構わない。それが出来ないからとリリーに喋らせようとするのは、やめてもらおうか」
「何を……」
「思い出して、リリー。冬だけじゃない、夏にも秋にも、みんな君を待っている」
頼りない幻のような人影が、包み込むように、リリーホワイトを抱き寄せる。
「一番、君を待っているのは……もちろん、私だけどね」
それは、幻影でも幻聴でもなかった。
確かに存在する者が、辛うじて聞き取れる声を発しているのだ。
「…………レティ……?」
リリーホワイトが、名を呟く。
ふわりとした衣服から、一切の黒色が消え失せている。
まるで、暴風雪に塗り潰されたように。浄化されたかのように。
春告精は、純白を取り戻していた。
「……レティ……なの?」
「春、夏、秋に、レティ・ホワイトロックは存在してはならない」
あまりにも儚い笑顔が、一瞬、確かに見えた。
「だけど、まあ……幻想郷だからね。時々、起こってはならない事が起こる。そういう事もある。時々だからね、私はもう消えるよ」
「待って……レティ……」
「またね、リリー」
姿は、もはや無い。
声も、消えてゆく。
「君は今、私に会う夢を見ているだけ……私も、リリーに会える夢を見ていただけ」




