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異説・東方花映塚  作者: 小湊拓也
18/30

第18話 竹の花(前編)

この作品は「東方Project」の二次創作です。


原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 竹の花は凶兆である、と言われている。

 射命丸文に言わせれば、それは迷信である。

 竹という植物は、開花の周期が異常に長い。

 人間の中には、竹の花など一度も見ずに天寿を全うする者も大勢いる。

 滅多に咲かない。だから、咲いた時には何かが起こる。

 そのような話が、生まれてしまったのだろう。

 竹の花など、恐れる事はない。

 だが。

 迷いの竹林を低空飛翔しながら文は、不安に囚われていた。

「おかしい……幽霊は、もう憑いていないはず」

 稲穂に似ていなくもない竹の花が、咲き乱れているのだ。

 外の世界で、人間が大量に死んだ。

 大量の幽霊が、幻想郷に流れ込んで来て植物に取り憑いた。

 そして、花を咲かせた。

 季節に合わぬ花々が、大いに咲いた。

 その後、幽霊たちは除去された。

 是非曲直庁が動いたのだろう、と文は見ている。

 庁関係者へのインタビューをし損ねたのは、新聞記者としては不覚であった。

 ともかく。花の咲く異変は、それをもって終結した、はずであった。

 竹の花は、しかしまだ咲いている。

 まだ、と言うより。今なお新しく、咲き続けている。

 文の周囲。竹林の風景のあちこちで今、メキメキと音を立てて、竹が開花し続けている。

「幽霊が憑く、なんていうのより……もっと危険な何かが、竹のお花を咲かせてる、あっちょっと待って下さいチルノさん!」

 驚くべき事であった。

 天狗である自分が、飛行速度で妖精に遅れを取っている。

「危険ですってば!」

 無理矢理に文は追いすがり、後ろからチルノを抱き締めた。

「外の世界の幽霊なんかより、ずっと剣呑で意味不明な何かが起こってます! 永遠亭で、大人しくしていましょう。ね?」

「メディスンが!」

 チルノの小さな身体が、じたばたと暴れる。

「あいつに、呼ばれてる! あいつに呼ばれて、メディスンがどっか行っちゃう! 止めなきゃダメだっ!」

「あいつ、とは?」

「だから、あいつだよ!」

「……なるほど、あいつですか」

 チルノが説明出来ずにいる間。

 それは、文の視界に入って来た。

 白黒の妖精。

 一言で表現すれば、そうなる。

 ゆったりとした衣服が、目まぐるしく変色を繰り返しているのだ。

 白から黒へ、黒から白へ。

 明滅する、リリーホワイトであった。

「逃げて……下さい……っ! 早く! 逃げてぇえええッ!」

 叫びながら、弾幕を撒いている。

 煌びやかな光弾の嵐が、白黒の明滅に合わせて放たれ荒れ狂い、襲いかかる。

 因幡てゐに。

 メディスン・メランコリーに。

 そして、博麗霊夢に。

 メディスンが、前に出ようとしている。

 戦うため……と言うより。弾幕に当たって自殺しようとしている、ように文には見えた。

 そんなメディスンを、てゐが押さえつけるように止める。

 両名を、霊夢が守っていた。

 しなやかな全身でお祓い棒を振るい、リリーホワイトの弾幕をことごとく打ち砕く。

 黒髪の舞いに合わせて、純白の紙垂が斬撃の如く弧を描き、光弾の破片をキラキラと蹴散らし続けた。

 躍動する霊夢の左右に陰陽玉が浮かび、返礼の光弾を速射する。

 その弾幕が、リリーホワイトを直撃する寸前で消え失せた。

 吸収された、かのように。

 文は、目を凝らした。

 蝶々が一瞬、見えた。

 幻影の如き蝶の群れが、リリーホワイトを取り巻いてヒラヒラと舞い、陰陽玉の光弾を捕食・吸収している。

 蝶々を操る何者かが、リリーホワイトを守っている。

 そうでなければ、と文は思う。

 霊夢の弾幕を無効化など、春ではない時期の春告精に出来る事ではない。

 そして。

 蝶々を操る何者かが、チルノには見えている。

「お前やめろぉーっ!」

 文に抱き捕えられたまま、叫んでいる。

「メディスンだけじゃなくて、リリーにまで! おかしな事するなぁああああああッ!」

「……あんた、うるさいわよ」

 チルノの叫びに反応を示したのは、メディスンである。

「私の頭越しに……勝手にねえ、スーさんに話しかけてるんじゃあないっ!」

 てゐに取り押さえられたまま、メディスンは空中に向かって力を解放していた。

 いくつもの花が、空中に咲いていた。

 光で出来た大輪。

 全て、光弾だった。

 咲き乱れながら散った花々が、そのまま弾幕となって文を襲う。チルノを襲う。

 チルノを抱いたまま、文は回避行動に入った。

 広範囲に咲き乱れる弾幕の花、ではあるが、かわせる。幻想郷最速を謳われる身であれば。

 文は、羽ばたいた。

 背中から広がる黒い翼が、羽ばたきながら、しかし麻痺した。

 文の身体が突然、動かなくなったのだ。

 毒気が、全身に染み込んで来る。

「くっ……こ、これは……?」

 突然、ではない。

 薄い、紫色の毒香。

 文を包むように、先程から漂っていたのだ。まるで霧のように。

(甘く見た! この、メディスン・メランコリーという……生まれたての、妖怪を……っ)

 派手に、弾幕の花を咲かせる。

 それと同時にメディスンは、相手の動きを封ずる毒の霧を、密やかに散布していたのだ。

 紫色の毒霧に包まれ、絡まれ、文は動けなかった。

 そこへ、弾幕が押し寄せて来る。

 全方向からだ。

 毒に侵された両腕で、翼で、全身で、チルノを庇う。

 他に出来る事が、文には無かった。

 守るため、と言うより。すがり付くように、文はチルノを抱き締めた。

「大丈夫」

 抱擁の中で、チルノが囁く。

「大丈夫だぞ、射命丸……あたいが、守る」

「チルノさん……」

 力が、溢れた。

 文には、それがわかった。

 抱擁の中にある、氷の妖精の小さな身体。

 その奥底から、煌めく力が溢れ出し、チルノと文をもろともに包み込む。

 ほんの一瞬の、事であった。

 その一瞬で、メディスンの弾幕は砕け散っていた。

 全方向から押し寄せて来た光弾の嵐が、煌めく力に跳ね返され、砕け、消滅する。

「……すごい……凄いです、チルノさん……」

 呆然と、文は呟いた。

「これが……貴女の、力……」

「違うぞ、射命丸」

 チルノは言った。

「あたいの力じゃあない……幻想郷が、あたいに力を貸してくれてる。そんな気がする」

 それは文にも、何となく感じられる。

 声がした。

「季節解放……」

 永遠亭で養生中であった患者が二人、そこにいた。

 暖色をまとう、二人の少女。

「幻想郷の季節、そのものが……妖精を通じて、力を発現させている」

「大したものね。曲がりなりにも季節神である、私なんかが力を振るったところで……弾幕を消すなんて事、出来やしないわ」

 秋の、姉妹神であった。

「妖精って連中……ちょっと力、持ちすぎだと思わない? お姉様」

「仕方がないわ穣子。妖精というのは、言ってみれば……幻想郷そのもの、のような存在だから」

 姉・静葉が、妹・穣子の言葉に、そう応える。

「さておき。季節の変調は、私たちにとっても他人事ではないわ」

「今年の春から、どうも季節が変なのよね。その元凶が……幻想郷に、ちょっかい出してきたってわけ」

 穣子が、メディスンを、リリーホワイトを、見回し睨みつける。

「西行妖! 冥界で、大人しくしていなさいっ!」

「西行妖……」

 先の異変を、文は思い返した。

 巨大な桜が、幻想郷に出現したのだ。

 幻想郷、どの場所からでも視認する事が出来た、花霞をまとう大樹。

 どこからでも見えるが、どこに生えていたのかは、わからない桜。

 空に投影された、巨大な幻像であったのかも知れない。

 そんなものが幻想郷で確認されていた頃。

 博麗霊夢や霧雨魔理沙は、月の近くで様々な敵と戦っていたという。

 月人。地獄界や魔界の勢力。

 そして、西行寺幽々子。

 今はもう、幻想郷を睥睨する桜の巨木など、どこからも見えはしない。

 だが、見えるものはある。

 メディスンの背後、リリーホワイトの背後。

 黒い、優美にして幽玄にして不吉な人影が、文には一瞬、確かに見えた。

「邪魔、しないで……」

 メディスンが呻く。

 その小さな身体から、紫色の炎が噴出した。

 炎の如く濃密に揺らめく、猛毒の霧であった。

 空中あちこちで、弾幕の大輪が咲く。

「スーさんの、邪魔……してんじゃないわよッ……!」

「…………そう……そうよ。私は……咲くの……」

 リリーホワイトの明滅が、止まった。

 ふわりとした衣服が、黒一色で固定されてしまった。

「私が咲けば、みんな死ぬ……死んで、私の栄養になってくれるの……私、もっともっと……綺麗に、咲ける……」

「殺すわよ」

 霊夢が、宣告した。

「妖精を、殺す。一回休みじゃ済ませない……そのくらいじゃないと、これは止められない」

「待ちなさい、博麗の巫女」

「待てないわよ。西行妖ってのが、どういうものか。今ここにいるメンツの中で多分、一番よく知ってるのが私……あれはね、何としても止めなきゃいけないの」

 静葉の静止を払いのけるように、霊夢はお祓い棒を振るった。

「私も……紫の事、あれこれ言えないわね。幻想郷を守ろうとするなら結局、危険物は殺して排除って話になっちゃう。それが一番、手っ取り早いから」

「わかるけど、待ちなさい」

 静葉が、重ねて言う。

 霊夢は聞かない。

「妖精の命を止めたら、幻想郷の自然とか季節とかがおかしくなるかも知れないけど……そこは何とかしてよね、秋神様」

「何とかするために来たのよ。氷精チルノ、ちょっと力を貸しなさい。博麗の巫女は、ちょっとの間でいいから私たちを守ってちょうだい」

 穣子が言い終えぬうちに、弾幕の花が激しく散華した。

 メディスンの弾幕。

 花吹雪の如く、襲いかかって来る。

「止める? スーさんを!? 何で、そんな事! 許されるって思っちゃうかなぁああああああああ!」

 紫色の炎の如き、猛毒の霧。

 それが一気に、燃え広がった。

 燃え広がり、空中を焼き尽くすかのように、放散されていた。

 猛毒をまとう光弾の嵐を、霊夢が単身、迎え撃つ。

「夢想封印……!」

 虹の塊が複数、発生した。そう見えた。

 彩り豊かな、多色の大型光弾たち。

 それらが高速旋回し、毒霧の嵐を切り裂いてゆく。弾幕の花吹雪を、粉砕してゆく。

 毒の飛沫と光の破片を蹴散らし、メディスンを強襲する。

 蝶の群れが、またしても出現した。

 メディスンを取り巻いて飛翔し、夢想封印を迎え撃つ。

 虹色の大型光弾を、吸収しながら砕け散る。

 蝶々の破片にまみれながら、メディスンは空中でよろめき、愛らしく歯を食いしばる。

 その間。穣子が、チルノに命じていた。

「さあ氷精、ひたすらに氷と雪を作って吹かせなさい。何も考えなくていいわ、とにかく寒くするのよ。この辺りを徹底的に」

「そ、それでいいのか? メディスンとリリーを、助けられるのか」

「貴女の生み出す寒さに、私たちが『季節』という性格を与える。季節解放が発生している今なら、一時的になら、出来るわ」

 静葉が言った。

「一時的に……この辺りが、冬になる。説明はここまで、さあ」

「わ、わかった! 射命丸、ちょっと寒いけど我慢してくれ!」

 次の瞬間。

 ちょっと、どころではない寒気の嵐が、文を襲った。

 氷雪の粒子が大量に生じ、超高速で渦を巻き、空気を急冷しながら吹き荒れる。

「やめて……」

 黒衣のリリーホワイトが、悲鳴に近いものを発しながら光を撒いた。

 弾幕だった。

「冬は嫌……だって最初から、みんな死んでるもの……命はね、私が奪うの。どろどろした命、ぎらぎら輝く命、みんな……私を、綺麗に咲かせてくれる」

 大量に撒かれた光弾が全て、しかし次の瞬間にはことごとく砕け散り、蹴散らされていた。

 夢想封印。

 虹色の大型光弾が、リリーホワイトの弾幕を、蝶の群れを、粉砕する。

 霊夢の声に合わせてだ。

「さあ、少しの間だけ守ってあげたわよ! どうにかなるんでしょうねっ、これで!」

 その声も、吹雪の轟音に掻き消されてゆく。

 氷が、雪が、暴風が、荒れ狂っていた。

 自分が人間であったら、とうの昔に凍え死んでいる、と文は思った。

 竹林の風景を白く塗り潰す暴風雪の中に、人影が見えた。

 蝶々を操る、黒い人影……とは違う。

 もっと頼りない、凍死寸前の人間が見る幻影のような姿。

 冬、そのものの姿。

 文は、そう感じた。

「…………私だって、冬は嫌だよ。リリー」

 幻聴も聞こえる。

 自分は寒さで、死にかけているのか。

「だって、君に会えないもの」

 死に際の幻にしか見えない人影が、言葉を発している。

 その言葉が、リリーホワイトにも聞こえているようだ。

「誰? ……まあ、誰でもいいわ。私が綺麗に咲くための、栄養になりなさい」

「……かわいそうに。自分は存在している、と思い込んでしまっているのだな」

 皮肉ではない。

 本当の憐憫が、籠もった声である。

「いない者は、喋らないで欲しい……いや、自分の口で喋るのは構わない。それが出来ないからとリリーに喋らせようとするのは、やめてもらおうか」

「何を……」

「思い出して、リリー。冬だけじゃない、夏にも秋にも、みんな君を待っている」

 頼りない幻のような人影が、包み込むように、リリーホワイトを抱き寄せる。

「一番、君を待っているのは……もちろん、私だけどね」

 それは、幻影でも幻聴でもなかった。

 確かに存在する者が、辛うじて聞き取れる声を発しているのだ。

「…………レティ……?」

 リリーホワイトが、名を呟く。

 ふわりとした衣服から、一切の黒色が消え失せている。

 まるで、暴風雪に塗り潰されたように。浄化されたかのように。

 春告精は、純白を取り戻していた。

「……レティ……なの?」

「春、夏、秋に、レティ・ホワイトロックは存在してはならない」

 あまりにも儚い笑顔が、一瞬、確かに見えた。

「だけど、まあ……幻想郷だからね。時々、起こってはならない事が起こる。そういう事もある。時々だからね、私はもう消えるよ」

「待って……レティ……」

「またね、リリー」

 姿は、もはや無い。

 声も、消えてゆく。

「君は今、私に会う夢を見ているだけ……私も、リリーに会える夢を見ていただけ」

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