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異説・東方花映塚  作者: 小湊拓也
17/30

第17話 滅びの開花

この作品は「東方Project」の二次創作です。


原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 自然界には、毒が満ちている。

 早朝の竹林は、しかし毒気など微塵も感じられないほどに清かである。

 涼やかな夜明けの日光が、無数の竹に濾過される事で寒々しさを増し、メディスン・メランコリーの小さな全身を冷たく照らす。

 永遠亭から、どれだけ離れたのだろうか。

 自分が今、どこに向かっているのかも、メディスンは把握していなかった。

 何も、わからない。

 教えてもらえるわけはないが、語りかけてみる。

「…………スーさん……」

「はいはい、何かね」

 竹の茂みが、鳴った。

 白い、小柄な姿が、ひょっこりと出現する。

 低空を飛行するメディスンの行く手を、地上から遮ろうとしている。

「私はスーさんとやらじゃないけどね、教えてやれる事はある。あんたの馬鹿さ加減とか、ね」

「……尾けて来た、ってわけ?」

「と言うより、回り込んだのさ」

 にやりと、因幡てゐは微笑んだ。

「迷いの竹林で、私から逃げられるとは思わない事だねえ……さ、永遠亭に帰るよ。朝の散歩って事にしといてあげるから」

「……私が、帰る場所は…………」

「スーさんとやらが、あんたを受け入れてくれると思うのかい?」

 てゐが、姿を消した。

 白い、小さな兎の少女など、どこにもいない。

 いるのは、白色の巨獣である。

 熊の如く巨大に肥え太った、白兎。

 まさしく地上にいながら、飛行する者の行く手を阻んでいる。

『たくさん殺さなきゃいけないんだろう? だけど……お前さんには、それが出来ない。出来ていない』

 声が、まるで弾幕の如く、メディスンを威圧する。

『諦めなよ毒妖怪。あんたにはね、スーさんとやらのお役に立つ事は出来ないのさ』

「…………黙れ……」

『あんたは、もう永遠亭にしか居場所が無いんだ。その毒を薬として役立てる生き方をしな。うちの先生に、全てを委ねるんだよ』

「黙れ……だまれっ、だまれぇええええええッ!」

 殺意、以外の何もかもが、メディスンの中からは消し飛んだ。

 白い巨獣の威圧感に抵抗するには、殺意を燃やすしかなかった。

 この巨体を死に至らしめるには、どれほどの毒が必要となるか。

 いや。計算する事に、意味はない。

 自身の生命、全てを毒に変換し放出する。

 迷いの竹林、そのものを枯死させる毒を。

 そうメディスンが覚悟を固めかけた、その時。

 全方向から、弾幕がぶつかって来た。

 周囲。竹林のあちこちから、光弾の嵐が噴出している。

 何名もの弾幕使いが、竹の茂みに潜んでいる。

 その全員による、弾幕の一斉射が、メディスンの小さな全身を容赦なく直撃していた。

「覚えておくといい。永遠亭の兎はね、狩られる側じゃなく狩る側さ」

 てゐは、小柄な少女の姿に戻っている。

 同じような風体の、兎の少女たちが、周囲の茂みに見え隠れしている。

 イナバと呼ばれる、永遠亭勤務の妖精たち。

 迷いの竹林、限定の存在である。

「まあ、あれだ。うちで一番、狩りの上手い兎ちゃんは今ちょっと、家出の真っ最中なんだがね」

 てゐの言葉をメディスンは、竹林の地面に墜落し倒れ伏したまま、聞かされていた。

「ぐぅ……っ……お、おまえぇええ……」

「痛い? 怪我しちゃった? じゃ、うちの先生に治してもらおうかねえ」

 近付いてメディスンを引きずり起こそうとした、てゐの動きが、そこで止まった。硬直した。

 声が聞こえたから、であろう。

「………春……」

 熱に浮かされたように、呟きながら。

 その少女は、ふよふよと低空を漂っている。

 ふんわりとした白い衣服を身にまとう、妖精の少女。

 いや、黒い衣服か。

「春ってね……死の季節、なんですよー……」

「何だい、妖精どもがトチ狂ってるのは知ってるけど」

 てゐが、呆れ果てながらも警戒している。

「……あんたも、なのかね。春告精」

「生き物が、沢山生まれて……沢山、死ぬ……みんな腐って、土に還って、新しい生命の栄養になる……」

 春を告げる妖精リリーホワイトが、秋に出現していた。

 歌うように、妄言を垂れ流している。

「そうして生まれた生命もね、どんどん死んで……腐っていく……だから私、春が好き……」

 妄言に合わせて、リリーホワイトの衣服も帽子も色が変わり続ける。

 白から黒へ、黒から白へ。

 白黒の明滅を繰り返しながら、この妖精は竹林に迷い込んで来たようである。

「みんなが生まれて、死んでいく……春が、大好き……うふ、うふふふふふふ春、春ですよぉー……」

「秋、なんだがね。今は一応」

 言いつつ、てゐがメディスンを背後に庇う。

「何十年かに一度、竹の花が咲く……なんてのよりね。あんたが夏秋冬に出て来る方が、ずっと不吉だよリリーホワイト」

「夏も……秋も、冬も……ね。命が、いっぱい……いっぱい……死んでいくの……春に、私が咲くために……」

 私、とは誰の事か。

 リリーホワイト自身ではない。

 メディスンは何故か、それが確信出来た。

「命は……みんな、私のもの……私の、栄養……」

 春告精の可憐な唇から紡ぎ出される、その言葉は、誰のものか。

 それはリリーホワイトの声でありながら、リリーホワイトの言葉ではなかった。

「……私……そろそろ、咲いても……いいわよね?」

「駄目だね」

 てゐが、きっぱりと告げた。

「何を咲かせようとしているのかは、わからないけど……竹の花なんかより、ずっと良くないものだってのはわかる。お前さんの好きには、させないよ」

「好きに、させてよ……」

 リリーホワイトの服と帽子が、真っ黒に染まった。

「私、ずっと我慢していたのよ? 咲きたいのに……咲けない……ずっと、ずぅっと、そうだったのよ。いい加減……私の好きに、させてくれてもいいじゃない……咲いたって、いいじゃない」

「何を言ってる……」

 てゐには理解が出来ないだろう。

 メディスンには、わかる。

 今、全てが理解出来た。

「…………スーさん……」

 呟きが漏れる。

「そう、新しい子を見つけたのね……私が、役に立たないから……」

「スーさんだって? この妖精が?」

 そんな事を言いつつ、てゐも理解に至ったようである。

「いや……毒人形に、春告精。あんたらの、背後にいる奴が」

「役立たずの、私を……始末しに、来たのね……」

 メディスンは微笑み、てゐの前に出た。

 役に、立たない。

 それが、今の自分だ。

 何も出来ない。出来る事がない。

 それは、とてつもなく不幸な事ではないのか。

 メディスン・メランコリーという生まれたての妖怪の、それが最初の思考であった。

 自分は今、この世に存在しないも同然なのではないか。

 メディスンは最初、そう思った。

 かつて自分は間違いなく、この世に存在していた、とも。

 愛されていた。

 自分は、必要とされていたのだ。

 要る。それはつまり、居るという事だ。

 だが。やがて自分は、要らないものとなった。

 居ないものとなった。

 そして、捨てられた。

 愛されなくなった。必要と、されなくなった。

 それは仕方がない、とメディスンは思う。

 自分は、きっと何の役にも立たなかったのだろう。

「そんな私を、スーさんは拾ってくれた。役立たずの私を、頼ってくれた……のに私、何にも出来なかった……」

 メディスンは、小さな両腕を広げた。

 空中の、リリーホワイトに向かってだ。

「だからスーさんは、私を……殺す、のね? ありがとう。捨てられるより、ずっといい」

「何言ってんの、早くお逃げ!」

 そう言いながら執拗に、てゐはメディスンの前に出ようとする。

 守ろうと、してくれている。それはわかる。

 だが、とメディスンは思う。

 てゐは、知らないのだろう。

 要らない、すなわち居ない。

 そんな状態で存在し続けるのが、一体どういう事であるのかを。

「捨てられる……って、ね。そういう事なのよ? 兎さん。何の役にも立てないまま放置される……それなら、死んで消えちゃった方がまし……」

「お前さんの気持ちは問題じゃないんだよ毒人形。どうだっていい。ただねえ、自分が永遠亭の患者だって事だけは忘れないでもらおうか」

 兎が、牙を剥いた。

 メディスンは、そう感じた。

「……あんたに、勝手に死なれたらね。こちとら、八意先生に〆られちまうんだよっ!」

 てゐの小さな身体に、何かが漲ったように見えた。

 白い巨獣が、また出現するのか。

「みんな……みんな、死ぬ……私に、命をくれる……」

 リリーホワイトが、歌うように笑う。

「どろどろした命……ぎらぎら、輝く命……みんなの命で、私は咲くのよ。咲き乱れるの。それが春……春、春、春ですよぉー。うふっ、ふふふふふ、うっふふふふふふ」

 黒い衣服が、ひらひらと揺らめく。

 春告精が、暗黒を身にまとっているかのようだ。

 闇が、リリーホワイトの小さな身体から、迷いの竹林全域に振り撒かれつつある。

 そう見えた。

「あはっ、あははははははは、きゃっははははははははは」

 愉しげに嬉しげに笑うリリーホワイトの背後に、一瞬、メディスンは確かに見た。

 黒い、人影を。

 禍々しくも優美な、幽玄そのもののシルエットを。

「…………全員、お逃げ。毒人形ちゃんを運んで、今すぐに」

 イナバたちに、てゐは命令を下した。

「これは駄目だ、下手するとみんな死ぬ……妖精の不死身なんて通用しない、命そのものを持って行かれる!」

 命令通りイナバたちが、数名がかりでメディスンを担ぎ上げる。

「無駄よ……スーさんがね、みんな、みんな、殺そうとしてるんだから……」

 抗わず、ただメディスンは笑った。

「誰も助からない……私も、あんたたちも……」

「きゃはははははははは、うふっ、あっはははははははははは」

 リリーホワイトも、笑っている。

 笑いながら、暗黒を振り撒こうとしている。

 迷いの竹林に。

 あるいは、幻想郷全土に。

 何かを、リリーホワイトは言った。

 聞き取れない。

 ただ、見えたものはある。

 涙の、煌めき。

 愉しげに、本当に愉しそうに笑いながら、リリーホワイトは涙を流していた。

 そして。言葉も、辛うじて聞き取れた。

「……………………逃げて…………」

 大量の光が、ぶちまけられた。

 黒服をまとう春告精の小さな身体から、まるで爆発したかのように弾幕が放たれたのだ。

 光弾の嵐が、押し寄せる。

 てゐも、イナバたちも、メディスンも、まとめて粉砕する勢いである。

 白い巨獣が、出現した。

 熊よりも大きな兎と化したてゐが、その巨体で、全ての弾幕を受け止めようとしている。

「……らしくない事、するもんじゃないわ」

 何者かが、言った。

 押し寄せて来た弾幕が、何かに激突し、砕け散った。

 てゐを守る形に出現した、盾あるいは壁のようなもの。

 布団ほどもある、巨大な呪符であった。

 何枚ものそれらが突然、空中に貼り出されたかの如く現れたのだ。

 そこへ光弾の嵐がぶつかり、跳ね返されて砕け、キラキラと飛散・消滅する。

 呪符の壁も、力尽きたように消えてしまう。

『……あんたも、早起きかい』

 白い巨獣が、縮んでゆく。

 小さな兎の少女に、戻ってしまう。

「朝の、散歩ついでに……助けてくれたと、いうわけかね。博麗の巫女様が、しがない兎を」

「散歩、ね。ちょっと良くないお散歩をしようとしてたのは、あんたよねメディスン・メランコリー」

 博麗霊夢が、ゆらりと進み出る。

「早起きして……何、人里へでも行くつもりだった? 毒を撒きに」

「……それを、やろうとして……出来なかった……」

 イナバたちの手を振り払い、メディスンは言った。

 霊夢を、睨んだ。

 自分の毒を、眼光にも込められたら良いのに。

 心から、そう思った。

「私……スーさんの役に、立てなかった……あんたが、あんたさえ、いなければ……博麗霊夢…………ッッ!」

「……そんなに、殺したいのね。命を、集めたいのね」

 霊夢は、重々しく溜め息をついた。

 メディスンの、あまりの愚かしさに呆れ果てている……という様子でもない。

 そんなものは問題にならぬほど、深刻な事態に直面した。

 今の博麗霊夢は、そのような表情をしている。

「お前は勘がいい……って、魔理沙は言うのよね。私に、よく」

 黒衣のリリーホワイトを、霊夢は見つめた。

「そんな事ない、って私は思うんだけど。今回は、今回だけは……勘、と言うか最悪の予想が、当たっちゃった感じ」

「どういう事だい……」

 てゐが訊いた。

「おかしな感じに花が咲いたり、毒人形みたいな妖怪が生まれたり、春を告げる妖精がトチ狂ったり……こんなのの原因が、あんたには予想つくって言うのかい博麗の巫女」

「春告精がトチ狂ったの、今回が初めてじゃないのよね」

 霊夢は、お祓い棒をリリーホワイトに向けた。

「メディスン・メランコリーで上手くいかなかった事を、リリーホワイトにやらせようって言うのね……あの時と、同じく」

「ちょっと……やめなさいよ、博麗の巫女」

 メディスンは言った。

「私の頭越しに……スーさんと、会話しようなんて。許さないわよ……」

「スーさん……なんだね」

 てゐが、息を呑みながら声を発する。

「スーさんっていうのが、誰なのか……あんたには見えているのかい、博麗の」

 霊夢は、すぐには応えない。

 無言のまま、お祓い棒をリリーホワイトに……いや。彼女の背後に、向けている。

 そこには、何もない。何もいない。

 ……否。黒い、優美な人影が一瞬、またしても見えた。

 一言、霊夢は呟いた。

「…………西行妖……」

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