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異説・東方花映塚  作者: 小湊拓也
16/30

第16話 夜想曲

この作品は「東方Project」の二次創作です。


原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 この世に、これほど頑丈な物質がある。

 自分の力では、破壊出来ない。

 レミリア・スカーレットにとっては驚くべき事であり、その驚愕は苛立ちを伴うものであった。

「へ……へへっ、うぇへへへへへ、どぉも~」

 血まみれの顔面で、女は愛想笑いを浮かべている。

 床に叩き付けられ、壁に擦り付けられ、弾幕を撃ち込まれ、グシャグシャに潰れながら腫れ上がった顔面。

 これ以上、破壊する事が、しかし出来ない。

 歪み、腫れ上がり、潰れながら、しかし目鼻口の原形だけは決して失わぬ顔面を、女はニタニタと微笑ませている。

「い、いやぁ本当にお強い。だけでなく、お美しい! まさに女帝の風格。きっと、お心も広いに決まってます。うっかり迷い込んだ虫ケラを、笑ってお見逃し下さる程度には、お優しいに違いないです! ねえ、お嬢様? 女帝は虫ケラをネチネチいたぶり殺すような事しちゃいけませんて」

「女帝? お嬢様? それは私の事かしら」

 苛立ちを隠さず、レミリアは言った。

「先程とは随分と違うわね。お前、私の事をどう呼んでいたかしら? 偉ぶった子供、と。生意気な小娘、と。そんな事を言われた記憶があるのだけど」

「め、めめめめ滅相もございませんて!」

 土下座に近い形で座り込んだまま、女は首を横に振っている。ぶんぶんと激しく、長い髪を振り乱して。

 まだまだ元気だ、とレミリアは思った。

 やさぐれた、人間の若い娘。最初は、そう見えた。

 人間ではなかった。

 若い外見を保った牝妖怪。珍しい存在ではない。

 自分レミリア・スカーレットも、言ってみれば、そうだ。

「私! 貴女様を、それはもう御尊敬申し上げておりますとも。へへえ、うへへへへへ」

 世迷い言を吐く牝妖怪に、レミリアは光弾を投げた。

 真紅の宝珠にも似た、大型光弾。

 へつらう牝妖怪を、容赦なく直撃する。

 紅魔館の床が、広範囲に渡って砕け散る。

 大量の瓦礫と共に牝妖怪は宙を舞い、錐揉み回転をしながら吹っ飛んだ。

 そして落下し、顔面で床に鮮血を塗り広げる。

「金目のものを、よこせ……と」

 豪奢な椅子に、小さな身体を座らせたまま、レミリアは言った。

「この屋敷を、よこせと。そうすれば命だけは助けてやる、奴隷として使ってやる……と。お前、そんな事も言っていたわね? 私に向かって」

「……で……出来心だったんですぅ……」

 牝妖怪は身を起こし、すぐさま土下座の姿勢を取った。

 ボロ布となった衣服をこびりつかせた全身は、血まみれで、もはや屍となる寸前に見える。

 だが、とレミリアは思わざるを得なかった。

 完全な屍に変える事は出来ない、と。

 凡百の妖怪であれば、屍すら残さぬ攻撃を、何十発も喰らわせた。

 なのに。

 単なる流れ者の強盗でしかないはずの、この牝妖怪は、血まみれの顔で泣きじゃくるだけだ。

「私、かわいそうな虫ケラなんですからあぁ。ね? ね? 見逃してあげましょうよ。何でもします、何でもしますからぁああああ」

 だらしなく涙を流す目に、指を突き刺してみようか、とレミリアは思った。

 眼球を潰し、眼窩の奥から脳髄へと弾幕を撃ち込んでみる。それでどうか。それでも、殺せはしないか。

「……そこまでよ、レミィ」

 無言で見物していたパチュリー・ノーレッジが、ようやく言葉を発した。

「もうやめておきましょう。弱い者いじめが愉しいのは、まあ、わからなくもないけれど」

「この牝妖怪……かわいそうな弱者とは程遠い、したたか者よ」

 レミリアは言った。

「この、しぶとさ……鬱陶しいほどの、頑丈さ。妖怪として、かなり強固な芯を持っている。流れ歩いて人間を捕食するだけの野良犬、と思っていたけれど」

「使い捨ての兵隊としては、なかなかのものよ」

 土下座をしている牝妖怪に、パチュリーがしずしずと歩み寄る。

「飼ってあげましょう。このところ、人間どもの動きも煩わしい……確か紅美鈴、と言ったわね貴女。たかって来る蠅を追い払う仕事、くらいは出来るのでしょうね?」

「出来ます! やります! 何でもします!」

 流れ者の牝妖怪・紅美鈴は、泣いて喜んでいる。

「ああっ、何て! お美しく慈悲深い、まるで女神様のような魔女の御方!」

「若作りの死に損ない……貴女、私をそう呼んでいたわね最初」

 言いつつパチュリーは、たおやかな片手を掲げた。

「聞こえていなかった、とでも思っているのかしら」

「あっ、あれはその」

 紅美鈴の足元に、魔法陣が発生した。

 何やら言い訳めいた悲鳴を垂れ流しながら、東アジア出身と思われる牝妖怪は魔法陣に吸い込まれ、消え失せた。

「地下牢に送っておいたわ」

 パチュリーは言った。

「……それとも。フランの餌にでも、してあげた方が良かったかしら?」

「やめて」

 椅子の上で、レミリアは頭を抱えた。

 小柄な身体が、さらに小さく、縮こまってしまう。

 それを、止められなかった。

「…………触れないで……あいつの事には……」

 妹ならば。

 しぶといほどに頑丈な紅美鈴を、破壊する事が出来ただろうか。

 自分には出来ない事を、妹は出来る。

 どうしてもレミリアは、そう考えてしまう。

「いつまでも、触れずにいられると?」

 容赦のない事を、パチュリーは訊いてくる。

「未来永劫、あの子が封印の中で大人しくしてくれる、とでも思っているの? フランの力、誰よりも貴女が知っているはずよレミィ。あの子が自力で出て来た場合の備えは」

「そんな事は絶対あり得ないって……スキマ妖怪は、言っていたもの……」

「どうして、そんな言葉を信じてしまうの」

 パチュリーは、溜め息をついた。

「あのスキマ妖怪が、意図的にフランを解き放つ……事は絶対にないとでも?」

「やめて! やめて、やめてっ! やめてぇええええええッ!」

 レミリアは、悲鳴を上げていた。

 先程の、紅美鈴のようにだ。

「いない! いないわ、フランなんて!」

 紅美鈴は先程、涙を流していた。

 レミリアは違う。涙など、一滴も出て来ない。

「私に……妹なんて、いない……最初から、いなかったのよォ……」

 恐怖で、涙腺が凍り付いていた。



「お前たちの音楽を聴いていると」

 レミリア・スカーレットは、誉めてやった。

「過去の自分を、思い出してしまうわ。高圧的で、凶暴で、荒れ狂っていて……その実、とてつもなく臆病で惨めだった頃の、私をね。まあ……今は違うのか、と言われるとね」

 プリズムリバー邸。

 元より荒れ果てていたのか、今の弾幕戦で破壊されたのか、判然としないエントランスホールの床に、二人の少女が倒れ伏している。

 プリズムリバー三姉妹、長女ルナサと次女メルラン。

 レミリアは、容赦のない言葉をかけた。

「しっかりなさい。死んだ、わけではないのでしょう? 生前を持たないお前たちは、死を知る事もない。ただひたすら存在し続け、音楽を奏でるしかないのよ」

「…………死……なら、知っているわよ。私たち」

 ルナサが弱々しく上体を起こし、暗い瞳でレミリアを睨む。

「大切な存在を……私たちは失って、幻想郷へ来た。吸血鬼に、理解してもらおうとは思わない……けど、ね……」

 憤怒の、眼光だった。

「私たちは……死を、知っている。それを否定する事は、許さない……」

「その意気よ。私を、貴女たちの共通の敵にしてしまいなさい」

 レミリアは言った。

「いい加減に、仲直りをするのよ。プリズムリバー姉妹」

「……あんたたち、みたいに? って言いたいの?」

 メルランが、よろよろと立ち上がった。

「あいっ……たたたた……まったく、どうかしてたわ。あたしたち……紅魔館の令嬢を相手に、弾幕戦をやるなんて」

 そんな事を言いながら、苦笑している。

「……さすが……いろいろ言われてた、みたいだけど。あんた、やっぱり強いわ。レミリア・スカーレット嬢」

「いろいろ、ね」

 レミリアは目を閉じた。

 過去を、あの頃を、もう一度、思い浮かべてみる。

 妹フランドール・スカーレットに、ただ怯えていた、あの頃を。

「紅魔館の姉妹は、妹の方が強い……そんな噂よね」

 にこり、とレミリアは笑って見せた。

「否定はしないわ。私がね、あの子に殺されかけて……紅魔館を追い出されていたのは、事実だから」

「貴女のところの、メイド長」

 ルナサが言った。

「……大切なお嬢様が、いなくなってしまって。随分と弱っていた、みたいだけど」

「気の迷いね。咲夜は、私などいなくとも立派にやれる子よ」

「まあ無事に、貴女が戻って来て。紅魔館の主に、返り咲いて……何もかも、収まるべきところへ収まったと」

 そこでルナサは言葉を切り、俯いた。

「……ねえレミリア嬢。貴女、妹さんと……仲直り、したのよね? 一体どんなふうにしたのか、知りたいわ」

「はあ? 何、言っちゃってんの。この馬鹿姉貴」

 メルランが血相を変えた。

「あたし、あんたと仲直りなんて!」

「するわけがないでしょう」

 ルナサが、涼やかに嘲笑った。

「私はね、リリカと仲直りをするの」

「ああそう、あの子を味方に引き込んで! 二対一で、あたしを攻撃しようってワケね!? あんた本当、性格腐りきってる!」

「いい加減にしなさい、まったく」

 疲弊しきった身体に鞭打って殺し合いを始めそうな姉妹の間に、レミリアは無理矢理に割って入った。

「私では……貴女たちの喧嘩は、止められないわねえ」

「……殺して、止めてみてはどうなの」

 ルナサの言葉を、レミリアは取り合わなかった。

「止められる人物を連れて来たわ。紅魔館の客人よ」

 ちらり、と入り口の方を見る。

「死を、知っている。そう言っていたわね? ルナサ・プリズムリバー。生前も死も経験し得ない騒霊に、死を教えた人間がいる……と。さあ、お待たせして申し訳なかったわね」

「とんでもありませんわ。こちらこそ本当に……申し訳、ございませんでした」

 細い人影が、一つ。

 足取り静かに、エントランスホールに歩み入って来たところである。

「レミリアお嬢様に、ご無礼と、ご迷惑を……まったく本当に、この子たちは」

 老婆である。

 枯れ木のような細身を、壺装束に包んでいる。

 市女笠の下で、理知的な輝きを放つ瞳は、青い。

 和装の似合った、西洋人の老婆。

 騒霊の姉妹に、静々と歩み寄って行く。

「……貴女たちが仲良く出来る、わけがないと。思っては、いたけれど」

 呆れ果て、溜め息をつく。

 そんな振る舞いからも、しかし深い愛情をレミリアは感じ取ってしまう。

 憎み合い殺し合う姉妹に対する、愛情。

「ねえ? ルナサにメルラン。貴女たち、私が死んだ年齢を、とうの昔に超えているはずよね。いつまで経っても子供なのは、まあ羨ましくはあるけれど」

「……………………レイ…………ラ…………?」

 メルランが、呆然と呟く。

 ルナサは名を呼びすらせず、飛び付いていた。

 レイラ・プリズムリバーの老いた細身に、まるで仔犬のように。

 震えている。

 声を殺し、泣いている。

 そんなルナサの頭を、そっとレイラは撫でた。

「私はねえルナサ。お姉さんらしくしなさい、なんて言い方は大嫌いだけど……貴女を見ていると、したくなってしまうわ。ほんの少しでいいから、妹たちの気持ちも考えなさい。メルラン! 貴女も」

 泣き喚きながら突っ込んで来たメルランを、レイラは細腕で抱き止めた。

 二人まとめて、しっかりと抱き締めた。

「年長者を立てなさい、なんて言い方はもっと嫌いだけど。無闇に反発したところで、ね。貴女の誇りや尊厳が、必ず守られるわけでは」

「うわぁああああああああああん! レイラ! レイラああああああああああ!」

 老婆の言葉を聞こうともせず、メルランは泣き叫ぶ。

 レミリアは、思わず両手で耳を塞いだ。

 レイラはしかし、大声に顔をしかめる事もなく、穏やかに苦笑している。

「貴女たちには、ね……会いたくなかったわ、本当に」

「嫌だもん、ダメだもん! あたし、レイラがいなきゃ全然! 絶対! やだもぉおおおおおん!」

「よしよし。相変わらず声が大きいわね、メルランは……ルナサは、声が小さいのねえ相変わらず」

 泣きじゃくる姉妹の肩を、背中を、レイラは優しく叩いた。

「さて……それで。リリカはどこ? 正直に言いなさい怒らないから。貴女たち、今回はどうして喧嘩をしているの?」

 メルランが何やら言い訳めいたことを言っているようだが、もはや単なる嗚咽でしかなかった。

 聞き取れぬ嗚咽を背に受けて、レミリアはエントランスホールを出た。

 邸外。霧の湖の、畔である。

「やれやれ……何をしているのかしらね、私は」

 月を見上げ、呟いてみる。

 プリズムリバー姉妹の自宅に関しては、霧の湖の近くにある洋館、としか聞いていなかったのだろう。

 レイラ・プリズムリバーは、まずは紅魔館を訪れた。

 門番の紅美鈴とは、初対面で随分と仲良くなったようである。

 凶悪な強盗であった牝妖怪が、いささかは丸くなった。無闇に人を殺さぬようには、なった。

「まあ別に、私が教育をしたわけではないけれど……うん?」

 レミリアは、耳を澄ませた。

 何かが、聞こえた。

 遠い、歌声。

 幻想郷のどこかで、誰かが歌っている。ここから、そう遠くはない。

 聞き取れる歌詞を、レミリアは口ずさんでみた。

「月に御座す、高貴で永遠の御方のために……ふふっ。何とも、愚かしい歌」

 嘲笑いながら、目を閉じる。

 視覚を休ませ、聴き入った。

「けれど、声は……悪く、ないわね」

 プリズムリバー楽団の伴奏で、歌わせてみたい。

 一瞬だけレミリアは、そう思った。

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