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異説・東方花映塚  作者: 小湊拓也
15/30

第15話 月下の幻想少女たち

この作品は「東方Project」の二次創作です。


原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 幻想郷は、何としても守らなければならない。

 八意永琳は強く、そう思う。

「ごく自然に……貴女のような存在が、生まれてしまう。とても危険」

 メディスン・メランコリーの、幼く愛らしい裸身を隅々まで観察しながら、そんな呟きを漏らしてしまう。

 永遠亭の、広大な浴室。

 小さな全身に石鹸の泡を塗りたくりながら、メディスンが睨んでくる。

「自然に生まれるわけないじゃない、私なんか……誰が、生んでくれるって言うのよ」

「だから、自然によ」

 この少女よりも、ずっと上背のある裸身を湯に浸したまま、永琳は言った。

「貴女、お人形だったのよね。人間に捨てられたんでしょう?」

「……はっきり言うのね」

「慎重に、腫れ物に触れるかのように、気遣ってあげた方がいいかしら」

「それは、やめて」

 微かに、メディスンは苦笑したようである。

「それをやったら毒、撒くからね。あんたは死なないでしょうけど」

「平気なわけでは、ないわ」

 人間に捨てられた人形が、妖怪になってしまう。

 それが幻想郷なのだ。

 人形を捨てる。

 ただそれだけで、毒を振り撒く生体兵器が勝手に出来上がってしまう。

 妖怪という、天然の生体兵器の産出地。

 それが、幻想郷だ。

 邪悪な者・野心的な者に征服支配されるような事があれば、他の様々な世界に危険が及ぶ。

(その事態を未然に防ぐ事が……八雲紫、貴女に出来るの? 幻想郷の賢者として)

 ここにはいない者に、心中で語りかけてみる。

「まったく。羨ましいわね、不老不死なんて」

 メディスンは湯を浴び、泡を流した。

「花は散るから美しい、なんて考え方……私は出来ない。永遠に咲いていられる方が、いいに決まってるじゃない。どう考えたって」

「自分の意思で、蓬莱の薬を調合・服用した私に……その言葉を否定する資格は、ないのよね」

 湯の中から永琳は、浴室の高い天井を仰いだ。

 天井を透かして、月を見上げる。そんなつもりでだ。

 自身を含めて永琳は、この宇宙に、四人の蓬莱人を生み出した。

 間違いなく自分は、何かに背いている。

 その自覚が、永琳にはある。

 この宇宙に法を定める全能の存在が、もしあるとするならば、自分は厳格に裁かれているだろう。

 今後、裁かれないとは限らない。

「そう、永遠の方が良いに決まっている……そう思ったからこそ、私は蓬莱の薬を作った。己の意思で、永遠を求めた。不老不死を否定する資格など、私には無い……」

「ずっと、満開で咲き誇っていられるお花。あったら素敵だって私、思うわ」

 メディスンが、湯に飛び込んで来た。

 湯の飛沫を、永琳はかわさず浴びた。

「永遠の命に……貴女も、やはり興味があるの? 生まれたばかりの妖怪」

「当然。生まれたからには、生きないと」

 メディスンは笑った。

 にっこりと明るく、あるいはニヤリと不敵に。

「生きて、お花を咲かせなきゃ」

「貴女の場合は、毒性のあるお花ね。彼岸花か、鈴蘭か」

「……お花、いっぱい咲いてたよね」

 メディスンは、懐かしんでいる。

 幻想郷全域に咲き乱れていた花々は、秋に咲く種類のもの、以外はことごとく枯れて散った。

 秋なのに桜や紫陽花を咲かせていた、悪しき養分のようなものを、何者かによって吸い取られてしまったかのようにだ。

「ぐっちゃぐちゃに、咲いてたの……私、綺麗だって思ったわ。何だかね、お花が叫んで泣き喚いているみたいだった。死にたくない、死にたくない、ってね」

「そう……」

「私、ずっと生きていたいけど……死ぬって事にも、ちょっとだけ興味湧いた。私の毒で、死! 作れるかな。いっぱい」

「作れは、しないわ」

 湯の中で永琳は、メディスンの小さな裸身を後ろから抱き締めた。

「貴女の毒はね、人を死なせるためではなく、生かすための薬になるのよ。そのために私はいる」

「……私から毒、ずいぶん搾り取ってくれたわね」

「喜んで、出していたじゃないの」

「あんたが、おだてるから」

 永琳の細い二の腕に、メディスンが頬を寄せてくる。

「永琳って……綺麗よね。私も、最初から大人の妖怪で生まれたかった。こんな小っちゃい身体じゃなく」

「貴女は、きっと小さいままね。今後、何百年あるいは何千年、妖怪として存在し続けても……いいじゃない、それで」

 元々が人形であった少女の、今は別に球体関節で繋がっているわけでもない身体を、永琳はそっと抱擁した。

 つるりと幼く瑞々しい肌の感触を、全身で感じた。

 永遠の若さを否定する資格など、やはり自分には無い。

 永琳は強く、そう思った。



 いつから、こうしているのか。

 いつまで、こうしているのか。

 メルラン・プリズムリバーは、わからなかった。

 ぼろぼろの壁にもたれかかり、両脚を床に投げ出している。

 床も、あちこちが破損している。

 エントランスホールのあちこちから、月光が射し込んで来る。

 穴だらけ。

 この洋館が、元からこれほど酷い状態であったのか。

 自分たちが、破壊したのか。

 それもメルランは、わからない。

 わかる事は、ひとつ。

 自分たちには結局、破壊する事しか出来ない、という事だ。

 自分の音楽は、破壊しか生み出さない。

(…………元々……そうだったじゃんよ……)

 心の中で、呟いてみる。

(あたしの音楽なんて、物は壊す、人は殺す……それだけ……)

 メルラン・プリズムリバーの奏でるものを聴いた人間は、気分の高揚を抑えられなくなる。

 昂ぶったまま殺し合い、あるいは笑い喚きながら高所から飛び降り、命を落とす。

 自分の音楽は、人間を殺せる。

 それで得意がっていた時期が、確かにあった。

 あの姉も同様であろう、と思いつつメルランは顔を上げた。

 反対側の壁際で、ルナサ・プリズムリバーが膝を抱えている。

 陰気臭い。

 見ていて殺意が湧くほどに、鬱陶しい。

 同じ事を、ルナサも自分に対し思っているだろう、とメルランは思う。

「ふ……ふふっ、うふふふふふ……」

 耳障りな笑い声。メルランの音感は、これを受け付けない。

 膝を抱えたまま、ルナサが笑っていた。

「私たち……ここまで、仲が悪かったのね。こうしてリリカがいなくなるまで、わからなかったわ」

「……喋らないでくんない? ルナ姉の声って本当、気持ち悪いから」

「勝手に、気持ち悪がっていればいいわ。貴女の快不快に配慮しなければいけない理由も、なし」

「…………あたし、わかってた。リリカがいる時から。あたしとルナ姉、冗談抜きで仲悪いって」

 メルランは言った。

「あたし……あんたの事、大っ嫌い」

「気が合うわね、姉妹だから? 私も貴女が大嫌いよ」

 朝方も、こんな感じのやり取りをしているうちに、気がついたら殺し合いの弾幕戦に移行していた。

 決着は付かず、二人同時に力尽きた。

 何度やっても同じであろう、とメルランは思う。

 プリズムリバー姉妹の間に、力の優劣はない。

 あるのは、役割の違いだけだ。

 姉ルナサが鬱の調べを、自分メルランが躁の調べを、それぞれ奏でる。

 お互い、合わせる必要はない。

 好き勝手にヴァイオリンを弾き、トランペットを吹かせば良い。

 好き勝手な音の嵐を、妹リリカ・プリズムリバーが巧みに調整し、ひとつの音楽に仕上げてくれるのだ。

 今までは、そうだった。

 リリカを失った今。

 プリズムリバー楽団は、もはや音楽と呼べるものを奏でる事は出来ないのだ。

 出来る事は、躁と鬱を楽器から垂れ流す。それだけだ。

 掻き鳴らす音で、人間を死へと誘う。それだけだ。

 人を殺すだけの調べ。それは、もはや音楽ではない。

「あたしたち……リリカがいないと、何にも出来ない……」

 メルランは呟いた。

 独り言である。

 断じて、ルナサに話しかけたわけではない。

 この鬱陶しさ極まる姉に、会話を求めたわけではないのだ。

 なのに。

 ルナサは鬱陶しくも、言葉を発してくる。

「このまま、消えてしまえるなら……それが一番、良いのかも……ね……」

「音楽を、奏でられない楽団なんて……何のためにいるの? って感じ……だもん、ね……」

 鬱陶しい姉と、ついつい会話をしてしまう。

 そんな自分が、メルランは腹立たしかった。

 その腹立たしさも、薄れてゆく。

 自分は消えるのだ、とメルランは思った。

 ルナサの言う通り、それが一番良い。

「……見ていられないわね、まったく」

 声がした。

 音が、聞こえた。

 リリカが帰って来た、わけではない。

 それは、絶望の音であった。

 消える前に、自分たちは死ぬ。

 そう思わせる、音だった。

 西行寺幽々子が発していた音、に似ている。

 禍々しさ、気高さ、悲哀。

 全てが、彼女に匹敵する。

 リリカが今、ここにいてくれれば。

 プリズムリバー楽団は、最高の音楽を作り上げる事が出来るだろう。

 この恐ろしい音を、この上なく邪悪で高貴で荘厳なる楽曲に仕上げる事が出来るだろう。

 自分たちでは、出来ない。

 リリカ・プリズムリバーを欠いた自分たちに、この禍々しくも気高い音に、触れる資格はない

「生前という拠り所を持たない騒霊は、よほど強固に自我を保っていなければ、存在し続ける事すら出来ない……お前たちには、それが出来ていた」

 邸内に射し込む、まるでスポットライトのような月明かりの中。

 小さく可憐な人影が、いつの間にか佇んでいた。

「私、尊敬していたのよ? ただ一つ、音楽だけを拠り所にして、プリズムリバー楽団という存在を確固たるものとしている騒霊の三姉妹をね」

 幻想郷そのもの数回は滅ぼせるほど絶大なる妖力が、極限まで小さく固まり、可憐な少女の姿を形作っている。

 メルランは、そう感じた。

「……それが一体、何という体たらく」

 月光のスポットライトの中から、レミリア・スカーレットは、足取り優雅に歩み寄って来る。

「余計な世話を、焼かせてもらうわ……姉妹喧嘩をするな、などと言う資格。私には無いけれど、ね」



「かんぱーい! おめでとう、ミスティア」

「かんぱーい! ありがとー!」

 大勢の酔客を、帰した後である。

 ミスティア・ローレライの屋台には一人、リグル・ナイトバグが残った。

 屋台の従業員である鈴仙・優曇華院・イナバを加え、三人で、閉店後のささやかな宴会を開いているところである。

「鈴仙隊長も、ありがとうね。助かったよ」

「……もう隊長じゃありません。私、貴女の部下ですから」

 注がれた酒を、鈴仙は一気に飲み干した。

「何にも出来ない、無能な兎を……拾ってくれて、ありがとうね。ミスティア社長」

「やめてよ!」

「あんまりにも使えないようなら、弾幕で撃ち殺してくれていいから」

「殺さないって。本当に……よく、生きて帰って来てくれたよ」

 ミスティアは、鈴仙の猪口に酒を注いだ。

「月まで行って……どえらい戦いが、あったんでしょ?」

「あの戦いで……ふふっ。本当は私、死んでいるのかもね」

 注がれた酒を、鈴仙は飲み干した。

 しばらく注ぐのはやめよう、とミスティアは思った。

「生きている実感が、ないのよ今。私……一体、何をしているのかしら……」

「知りたい? じゃ、教えてあげる」

 リグルが言った。

「貴女はねえ鈴仙隊長。永遠亭から家出して、ミスティアの屋台で働いてるの。私、お客目線で見てたけど、なかなかのお仕事ぶりだったと思うわ」

「いずれ、八目鰻の下処理も教えてあげる。めんどいよ~」

 ミスティアは、鈴仙の肩を軽く叩いた。

「生きてる実感なんてね、あってもなくても生きてるもんよ皆」

「私……死んでおけば、良かった……あの戦いで、嫦娥様の兵士として……」

 鈴仙の声が、震えている。

「だったら……とっとと自殺しろ、なんて思ってるんでしょう!? どうせ! ええ、私だって思うわよ!」

「うーん。何て、めんどくさい兎さんなの」

 リグルが苦笑する。

 ミスティアは、月を見上げた。

「嫦娥様って、あれでしょ? 鈴仙隊長が教えてくれた……月に御座す、高貴で永遠の御方」

 永遠亭では、鈴仙から歌を教わった。

 戦闘に用いる、暗号としてだ。

 霧雨魔理沙たちとの戦いで、その暗号は若干、役には立ったのか。

 その戦いも終わった今。

 何の意味も持たぬ、単なる歌となったものを、ミスティアは口ずさんでいた。

 月に御座す、高貴で永遠の御方……嫦娥なる存在を、ただひたすらに讃える歌。

「…………歌、上手いわね。貴女……」

 鈴仙が、小さく呟いた。

「その歌、教えた時から思っていたわ……ミスティア。貴女の声、とても綺麗よ」

 嫦娥、という誰かを心の支えとして、この玉兎の少女は、孤独な任務に耐えてきたのだ。

 いつかは、嫦娥の下へと帰還する。

 それが鈴仙の、希望であったのだ。

「ありがと。発声とか、ちょっと真面目に取り組んでた時期もね。実はあるんだ、私」

 調理台を、ミスティアはそっと撫でた。

 ようやく、屋台を持つ事が出来た。

 自分の夢だった。それは、間違いない。

 この商売に、自分はこれからも誇りを持ってゆける。

 だが、その一方で。

「…………歌」

 鈴仙が、言葉と共に眼差しを向けてくる。

 真紅の瞳が、ミスティアのどこかを見透かしにかかる。

「歌いたいのね、ミスティア……屋台で商売をするのと同じくらい、貴女の夢だったんでしょう?」

「……二足の草鞋なんて、履けないよ」

 ミスティアは、目を逸らせた。

 この隊長の眼光に、得体の知れぬ力があるのは確かなのだ。

「幻想郷でね、私なんかが……音楽で、やってけるわけないじゃんよ。プリズムリバー楽団がいるんだよ? 幻想郷の音楽はね、あの子たちだけで充分。私の歌なんか誰も聴いてくれないっての」

 リグルが、無言でミスティアを見つめる。

 月を見上げ、ミスティアは目を閉じた。

 目蓋越しに月光を感じながら、歌った。

「月に御座す……高貴で永遠の、御方のために……」

 嗚咽が、聞こえた。

「…………ごめん、隊長」

「いいの……聴かせて、ミスティア」

 鈴仙が、涙を拭う。

「貴女の歌……私は、聴くから……」

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